魔戦川の戦い

 この日の魔戦川は深い霧に包まれていた。魔術世界最大の長さと幅を持つこの川を渡るのは容易ではない。さらにこの時期の濃霧と川上空を浮遊し流れている浮遊諸島で余計に困難になる。しかし、逆にそれらを利用すれば川を警備に見つからずに渡り切れる可能性はある。



「なるほど! あんた頭いいな」



 圭吾の説明を聞いたデュカは納得した。無謀で無計画な密入国は考えていない事にデュカは安堵した顔を見せる。とはいえそもそも密入国は無謀であるが。



「確かに今日の天気と浮遊諸島を利用すれば警備には見つかりにくいだろう。だが、もうちょっと準備期間が欲しかったぜ。もっと早くここに来られなかったのか?」



「色々時間が無くてな。それより到着場所だが、サンディア山脈を越えたジードニア郊外にしてもらいたい」



 サンディア山脈は標高5000m以上が連なる山脈で魔戦川に沿うようにして存在する。そのサンディア山脈は超えると直ぐに国境を超え四強国の一国スニアード皇国に入る事となる。スニアードの地方都市であるジードニアに到着さえすれば帝国に入るの事は比較的容易な事だった。



「ジードニアか。まあ妥当だな。あそこの領主は適当な野郎で警備は手薄って話だ」



「四強国の一つに入国さえしてしまえば帝国に入るのは容易い。一日かかるだろうが今日はよろしく頼む」



「了解よ。安全にジードニアまで運んでやるぜ」



 そう言ってデュカは自信ありげに胸を手で叩いた。



「普通準備ってのは30分って所だが頑張って15分でしてやんぜ。朝早くでなきゃ警備隊に見つかり安くなっちまうからな。それと圭吾さんよあんたは旦那って呼ばせて貰うぜ!」



 デュカはそう言って、メイズの方へと行った。それを見計らって静乃が圭吾に近寄り、声をかけた。



「ねぇ橘」



「何だ?」



 あのドラゴンに対する違和感を話すつもりでいた静乃であったが、言うのを止めた。きっと気のせいだろうと。



「……なんでもない」



「そうか――それより何も問題ないな。これから飛んでスニアードに向かうが、買い忘れた物とかはないだろうな?」



「ええ。大丈夫」



「おーい。お二人さん! ちょっとこっちに来てくれ!」



 遠くから大きな声で呼んできたのかはデュカであった。どうやら話がある様である。二人はデュカの所へ向かうのであった。


































 浮遊諸島とは名の通り空に浮く島々である。太古から存在する浮遊諸島は飛行魔術が確立されていなかった時代、多くの人々から崇拝の対象として崇められていた。特に天使族が住まう島の事も相まって多くの種族は浮遊諸島を崇高な陸地として崇めていた。

 現代においても世界を流れ行く浮遊諸島の到来に合わせて祭りを行う地域が多く存在している。浮遊諸島は魔術世界に広く影響を与えている。



「先生。これじゃ何も見えません」



 魔戦川上空100m。浮遊諸島の切れ端の様な10m程度の小島に魔術研究クラブの3人娘とライットはいた。

 濃霧に対しアメリーが言った。この日の霧はとても濃い霧となっている。数十m先の視界が全く視認できない程だ。



「こんな所をドラゴンが飛んでくるの? 危ないよね?」



 リエルが言った。彼女の言う通りでこんな濃霧の中を飛ぶのは危険行為である。さらに浮遊諸島が飛来している川の上空は無数の数十m級の小島や岩が点在している事で危険度はさらに増している。特別な魔術でも使用しない限りここを通るのは至難の技である。



「ですね。でも、だからこそですよ。こんな日を選んで飛んでくるという事はどういう事だと思いますか?」



 ライットの問いに三人は顔を見合わせた。



「ドラゴンでしょ? この地方じゃ別に珍しくない魔物だけど……」



 アメリーが言った。



「部長、忘れているわ。この地方でドラゴンが珍しくないって言うのはドラゴントランスポーターがいるからよ」



 ルアが言った。



「つまり……どういう事?」



 首を傾げながらリエルが言った。リエルは基本的に成績はいいがアホである。



「簡単な事ね。つまりドラゴントランスポーターを狩れって事でしょ?」



 アメリーの問いにライットは笑みを見せた。



「ご名答ですアメリー部長。まあ、重要なのは運び屋でなくその荷物の方なんですけどね」



「荷物? 何か重要な物なのかしら?」



「それは教えられない。おっと来たようです」



 ライットの感知魔術が微かにだが電波を感知した。それはルディア方面からであり、ドラゴンだとライットは瞬時に解析した。



(ほう……まあ、見る事が出来ないのであればその手は常套手段ではありますね)



「何も感じないけど?」



 ルアが言った。



「わかんなーい」



 リエルが言った。



「何かいるわね……」



 三人それぞれの感知魔術には差があり、三人の中ではアメリーの感知が最も高い感知力を誇る。S級ライセンスを持つライットからしてみればそれでも大した感知ではない。



「仕方ないですね」



 ライットはそう言って三人の頭をポンポンと触った。すると三人の感知魔術は強化された。ライットがバックアップを行ったのだ。



「すごーい! 本当だ。数キロ先からこっちにくるのが分かる!」



 ルアが目を輝かせながら言った。



「さすがです先生。こんな小島だらけの中で一体だけ見つけるなんて」



「あなた方がどこまで魔術を極めたいのかは知りませんが、これぐらい出来れば色々と便利ですよ」



 ライットはそう言って笑みを浮かべた。それに対しアメリーはつい見惚れ顔を赤くした。



「では、試験開始です。試験内容はドラゴンの荷物の奪取です。一番最初に私の所に荷物を持ってきた者が合格です。荷物は多少傷つけていいですが、壊してはなりません」



 ライットは手を上げた。



「では開始」



 手を勢い良く下ろした。それと同時にアメリーはマントを羽織って空を飛び、ノアは地面を強く蹴り上げてジャンプし、リエルは箒を亜空間から呼び出しそれに跨って飛んでいった。



(さあ橘圭吾。あなたがどれぐらい成長したか私に見せて下さい)


































 ルディアを立った圭吾達一行は濃霧に包まれた魔戦川に差し掛かった。

 ピンクのメスドラゴンであるメイズはやや小さなドラゴンだ。先頭はデュカその後ろに圭吾、続いて静乃が乗って少し窮屈なのだった。しかし、密入国する以上は忍耐は必要だった。

 デュカは濃霧の中を大してメイズに減速させる事なく進む。濃霧の上さらに浮遊諸島の小島が

点在するこの川を目だけで進むのは危険だ。しかしデュカはとある魔術にて障害物を回避している。



「へぇ、電波魔術か?」



「おうよ! 運び屋になる時、一生懸命努力して覚えたんだ。この魔術なら遠くの飛行物や雲の動きだって分かるぜ」



 デュカが使用していたのは電波魔術だった。これは名の通り電波を使用できる魔術で、空を飛ぶ時にはとても役に立つ魔術である。長波や短波を使い分けてレーダー、通信などを行える優れた魔術ではあるが、誰でも簡単には取得する事は出来ない高等魔術である。



「これを使いこなす為に俺がどんだけ苦労したか教えてやりたいぜ」



「奴隷層出身がこの魔術を使えるとは驚きだな」



「そういうあんたは腕がいい魔術師なんだろ? 俺には分かるぜ。その左目。ただの左目じゃねぇな」



 デュカの言う通りで、今圭吾の左目にあるのは義眼である。普段は普通の目に見えるのだが、この世界で名を馳せたとある義眼工の名作である。



「そこまで見破るとはな。魔術適正が高いんじゃないか? その気になればより多くの魔術を使える様に出来ると思うが?」



「俺は魔術師には興味ねぇんだ。運送で名を上げて実業家になりたいんだよ俺は、それでな……おっとこれはいう事じゃねぇな」



 話を途中で止めるデュカに対し、圭吾は過去に何かあるのだろうと思った。



「それで嫁さんよ。あんたは旦那のどこに惚れたんだ?」



「えっ!? 私?」



 いきなり話をふられた静乃は慌てふためく。そもそも静乃はシートベルトもない竜の背中が怖く、飛んでからは落ちない様に必死だった。呑気な世間話などしている余裕はあまりない。



「えっとその……それは」



 その返答など全く考えていなかった静乃は慌てふためく。そもそも私は惚れてない!と言いたい所だが、設定上それが言えるはずもない。



「魔術がすごく使える所かな?」



 最後はなぜか疑問系になってしまった。



「そっか! そうだよな! 腕のいい魔術師の嫁とにならば大抵の所は住めるし、楽な生活できるしな!」



 やや皮肉めいた様なデュカの言葉だった。



「まあ嫁さんは利口だぜ。この大陸で無力体質の野郎と一緒になるのはバカのする事だ」



 無力体質とは魔術世界において全く魔力を持たない人間や魔族に対する総称だ。基本的にこの世界に生まれた者は魔力を持って生まれる。しかし、例外的に何らかの原因で全く魔力がない状態で生まれてくる者も存在し、昔から差別の対象となっていた。それはいまでも根強く残っており、時折社会問題にもなっている。



「そうですよね」



 意味はよく分からないが、とりあえず静乃は話を合わせた。

 離陸から15分が経過した。既に魔戦川上空、数十m級の岩石の塊と言える小島を濃霧の中進むメイズはなんら問題なく飛行を続けていた。それも全てデュカの電波魔術のおかげである。彼の言葉通り進めば決して小島や岩に当たることはない。低速ではあるが確実に魔戦川を渡る事は可能だ。



「大した腕だ。それでまだ新人とはな」



「旦那から見たらいい腕なんだろが、おっさん達からじゃ全然ダメなんだぜ。おっとメイズ、ここは上昇だ」



 デュカの命により、メイズは素直に上昇を始める。そして小島を乗り越えた瞬間、それは飛来した。圭吾は瞬時に感知した。



(矢!?)



 それは光の矢であった。浮く小島を上に避けた圭吾達に対して一本の矢が飛来したのだ。幸いにも当たる事はなかったが、すぐ真横を通過した。



「なっなんだ!?」



 デュカは驚嘆した。メイズも途端に怯えてしまう。



「おい旦那! これってもしかして見つかったのか!?」



「まだ分からん! しかし……来るぞ!」



 圭吾の言葉通り、光の矢と魔力の弾、つまり魔弾が周囲から無数に飛んできた。この窮地に圭吾は義眼を起動させる。『ルディルスの眼』。そう呼ばれる義眼を起動した。すると虹彩部分に紋様が浮かび上がり、装着者の魔術能力を拡大させる。



「このドラゴンをコントロールさせて貰うぞ!」



「何っ!? 何、言って」



 間に合わせる為に、デュカの言葉を遮る様な形で圭吾は強制的にメイズのコントロールを奪い、直ちに回避運動を始める。急降下し始めたメイズに静乃は悲鳴を上げた。



「きゃあああっ!」



 急降下しても攻撃は追撃してくるのであった。自動追尾ミサイルの如く、光の矢と魔弾はメイズに乗る圭吾達を追う。



「おいおい! これって警備じゃねぇだろ旦那!」



 濃霧の中を、高速で急降下するメイズの動きは凄まじい。ジェットコースターでもそうそうない加速は静乃を恐怖させた。



「ひぃい!」



 右往左往の機動で、次々飛来してくる弾を避けていく。光の矢は小島に突き刺さり、魔弾は小島に直撃すると小さく爆発した。その中を飛んでいく圭吾達乗るメイズは圭吾のコントロールのおかげもあり、次第に攻撃から逃れていく。



「よし。敵から離れたか」



 完全に敵の攻撃は止んだ。



「おいあんた! 話が違うじゃねぇか!」



 攻撃を止んだ途端デュカが怒鳴った。圭吾はメイズのコントロールを解き、デュカの怒号に驚く。



「悪かった。これは想定外だ」



「何が想定外だ! おかげでメイズはすげぇ怯えているぞ!」



 デュカの言う通りで、メイズが震えているという事は圭吾と静乃でも分かった。確かにあの攻撃は恐怖してしまうだろうと静乃は思った。自分も怖い。



「本当にすまない。とりあえずどこか小島に隠れるぞ」



「ちっ! まあ、そうだな。どこか隠れられる場所を探せ!」



 デュカは舌打ちしながらも圭吾の案を肯定した。圭吾の言う通り、敵がまだ近くにいるのは明白であり、隠れる場所を探す必要が生まれた。

 圭吾はルディルスの眼の能力を最大限に利用して周囲の小島を分析する。メイズが隠れる事が可能で尚且つ見つかりにくい小島である。分析の結果、最適の小島を発見した。



「あっちだ」





















 

















 圭吾達を見失ったアメリーは舌打ちした。感知魔術から反応が消えた事を確認すると、感知魔術の有効範囲を広げようとする。



「ちょっと部長さん。あまり範囲を広げると逆探知されるかもよ」



 アメリーに警告したのはルアだ。空を飛ぶアメリーに対し、ルアは上の小島から見下ろながら言った。



「知ってるわよ。でも、多少のリスクを背負わないと勝てないわよ」



 アメリーは多少のリスクを背負っても、優位に立とうとするタイプであった。それに対し、ルアはどちからと言えば慎重派である。



「敵は明らかに私達以上の魔術師でしょあれ。A級じゃないかしら」



 ルアが自身の分析した結果を言った。



「大体先生も何よ。荷物が人なら人って何で言ってくれないのよ」



「先生ってそういう人でしょ部長。いえ……自称彼女さん」



「あーあ! そうだったわね。彼女の私とした事がすっかり忘れていたわ」



 アメリーは不機嫌そうに言った。



「ねぇ先輩達」



 その声に二人は振り向いた。そこには箒に跨ったまさに魔女姿のリエルがいた。



「何、リエル? さっきの攻撃には参加しなかったけど? まさか、先輩二人を利用して敵の出方を見てたの?」



 アメリーの問いにリエルは首を横に振った。



「部長。リエルにそこまでの頭ないわよ」



 ルアが言った。



「それもそうだったわね」



 そのアメリーに返答にリエルは頬を膨らませた。そして不機嫌になったのか一人どこかへ飛び去ってしまった。



「リエル!」



 アメリーが咄嗟にリエルを止めようとしたが、それをルアが止めた。



「ほっときましょうよ部長。どうせいつもの事だし」



「だけど警備に見つかったらどうするの? ただではすまないのよ」



「あの子はそこまでアホじゃない。それよりあの子を利用して……」


































 「どういうことだ旦那。あんたら命狙われてんじゃねぇのか?」



 デュカの声が小さな洞穴に響いた。洞穴がある小島に避難した圭吾達は、その洞穴で隠れていた。圭吾は周囲を確認しながら、不安を漏らすデュカの言葉に耳を傾けた。



「どうやらそうらしいな。想定外だ」



「またかよ想定外って……一体あんた本当は何やらかしたんだよ?」



 そう言ってデュカは静乃を見た。目が合ってしまった静乃は途端に目を反らす。



「嫁っていうのも怪しいな。本当はどういう関係なんだあんたら?」



 デュカの言葉に二人はしばらく黙った後、圭吾が口を開いた。



「……ああ、俺と一之瀬は夫婦でもなんでもない。言って置くが犯罪者ではない。そして命を狙われる道理はないが、とある組織からは狙われてはいるかもな」



「かもなって……」



 その時だった。洞穴の奥で怯えていたメイズが途端にその巨体を震わせ始めた。それにいち早く気付いたデュカは咄嗟にメイズに近づく。



「まさかメイズ?……我慢しろメイズ! ここで戻るな!」



 何の事だが分からない圭吾であったが、話で聞いた竜の話をつい思い出した。



(まさか……)



 メイズは光りだした。すると途端にメイズは縮んでいく。そしてとある大きさまで小さくなったメイズを見て、静乃は驚きながらも見覚えがあった。



「女の子……?」



 ドラゴンがいた場所にいたのは小さな女の子だった。しかもそれは飛び立つ前の広場で出会ったピンク色のロングヘアーの女の子だった。



「まさかお前竜人族の子供を! 希少一族の子供を竜運びに使っていたのか!?」



 圭吾が少々声を荒げて言った。静乃はよく分からないが、よくはないらしい事は理解できた。



「しょ……しょうがないねぇだろ! こいつがどうしても恩返ししたいって」



「恩返しだと……?」



 竜人族。言葉通り竜の人。ドラゴンに変身出来る能力を持つ一族である。かつて七人勇者と共に戦ったとも言われる名族で、長らく栄華を極めたが、現在はその数を減らし一部の山中でしか生活していない希少一族となっていた。その為、国際条約にて保護対象にされている。許可なく連れ出す事は重罪に課せられている。




「そうだ。メイズはどうやら拉致された子供らしくてな」



 圭吾はその言葉で思い出した。竜人族はその希少うえ高値で取引されていると。奴隷は人間だけではなく、希少種族にまで及んでいる事は聞かされ、知ってはいた。



「俺がこの商売を始める時、竜を探していた時だ。とある空港で逃げ出したメイズを俺がその場で見つけてな。追われているのを助けてやったんだ」



 メイズはそのデュカの説明に何度も頷いた。



「そうか。その助けてくれた礼にお前の商売の手伝いを」



「そうだ」



「だが、お前のやっている行為は違法行為だ。俺が言うのもおかしいが、バレたらただではすまない。早く故郷に返してやった方がいい」



「分かってるぜそんな事……でも、妹がな……」



 デュカ自身分かっていた。しかし、妹が偉くメイズと仲が良くなってしまった事で仲を引き裂く事は容易に出来なくっていた。妹が泣く所は見たくない。



「どんな事情であれこの商売を続けていく以上は別れるしかない…………まあ、今はそんな事よりこの状況をどうにかしなくてはいけない」



 圭吾はそう言って辺りを見渡した。先ほど感じた魔力は二つ。個々の魔力の感じからして自分より劣る魔術師である事は分かるが、連携を持って攻められばこちらが不利、敵の数は分からない事や、ろくに戦えるのはこちらでは自身だけという状況からして不利な戦況であると圭吾は結論付けた。



「さっきの攻撃はこちらの出方を見る為に放った物だ。次の攻撃は当てる気でくるだろう」



「マジかよ。もし、ここが見つかったら」



「これだけの濃霧だ。敵もこちらを捕捉しづらいはずだ」



 圭吾は濃霧の中を見渡す。そして感知を最大感知にし、敵の所在を探し当てようとすが、見つからない。




(俺の感知ギリギリで止まっているのか? それとも)



 圭吾は目を瞑り集中する。しばらくして目をパッと開いた。



「ここはもう強行突破しかない。敵に囲まれる前にこの川を渡り終える」


































 敵を逃してから10分以上たったその時、リエルが一番に圭吾達の現在地を割り出した。

 アメリー、ルア、リエルの三人達は個別に行動し、圭吾達を探していた所だった。感知は不得意のリエルだったが運良く探し当てたのだ。



「見つけた」



 箒の速度を速める。濃霧中の加速は危険だが、的確に浮遊する島々をすり抜け目的の小島を視界に捉えた。小島から数十mはなれた位置で止まった。



(あそこ……)



 目標を定めたリエルは手を出した。



「行けアルイン」



 差し出した掌から亜空間に収納していたいつも持つ犬ぬいぐるみが飛び出した。名をアルイン。リエルは魔道具を主力として戦うアイテムユーザーと呼ばれる魔術師である。

 アルインは普段の大きさを大きく凌駕する程巨大化した。そして大きな口を広げ洞窟ある小島に突っ込む。



「やれ」



 小島を丸呑みする程大きく開いた口でアルインは小島を一口で噛み砕いた。アルインの口内はリエルが支配する亜空間に繋がっており、飲み込んだ物を捕らえる事が出来るのだ。



「あっけないな」



 何の抵抗も無かった事に拍子抜けしてしまうリエル。ともあれ一番に荷物を捕らえる事に成功した事に嬉々するのであった。



「あっけない? それはどうかな?」



 男の声に気付いた瞬間。リエルの感知が反応する。上空から落ちてくる者だ。気付いた時には遅かった。背後上空から来た圭吾に跨っていた箒を刀で斬られた。



「なっ!?」



 突然の事に驚きながらも、攻撃しようとするがアルインは遠い。こちらに戻しても遅すぎる。

 圭吾は落ちながら、同じく落ちるように飛んできた竜の姿のメイズの背中に着地した。そこにはもちろんデュカと静乃がいる。



「一気に離脱だ! 全速力だ」



 圭吾の指示により、メイズは速度を速めた。正直メイズは怯えていたが圭吾が支配する事により恐怖を感じにくくなっている。



「やる」



 落ちていくリエルは亜空間からスペアの箒を取り出し、跨る。そしてアルインを追わせる。

 アルインは小島を飛び乗りながら追うが飛行するメイズの方が早い。あっと言う間に竜の姿は霧の中に来えた。



「逃げられた」



 逃げられたと同時にテレパシー魔術で異変に気付いた先輩のアメリーが通信してきた。



『何があったのリエル』



(目標発見した。だけど逃げられた)



『目標はどこに向かってるの!?』



(川の向こう岸。真っ直ぐ逃げる気だと思う)



 見事、第一手から逃げ切った圭吾は一先ず安堵のため息をついた。



「ふぅー」



「やっぱ大した魔術師なんだなあんた」



 圭吾の動きに感心するデュカであった。しかし油断は禁物である。



「こっからが本番だ。敵はあれで三人目。まだ大勢いるかもしれない」



「敵の数正確に捕捉できてねぇのか?」



「俺の感知魔術ではこの天候や環境では限度がある。正直、出たこと勝負かな」



「だっ大丈夫なんだよな!?」



「さあな。だが、やられる気は毛頭ない」



 圭吾はそう言った途端、メイズを急降下させる。ジェットコースター以上の落差に静乃はまた悲鳴を上げてしまった。



「きゃああああっ!!!」



「おい一之瀬。悲鳴上げるんじゃねぇ!」



 無理なお願いであった。

 そして、その悲鳴を聞いたのは近くにいたルアだった。



「何? 会長? リエル?」



 ルアが辺りを見渡す。



「お前ちゃんと話を聞いてたのか? 悲鳴なんて上げたら敵に見つかるだろ馬鹿!」



「ごめん! でも、こういうの苦手なのよ私!」



 静乃の叫びに苛立ちながらも、敵の接近を感知する圭吾。振り向いた瞬間。横から蹴りが圭吾の顔目掛けて飛んだ来た。

 蹴りを放ってきたのはルアだ。



「ひぃい!」



 ついデュカは情けない声を上げてしまった。それに比べ圭吾は冷静に対処した。右手でその蹴りを受け止め、投げ飛ばした。



「ぐっ!」



 空中に投げ飛ばされたルアは体制を立て直す。



「ほら見ろ! もう見つかっただろ!」



「なぁさっきの女の子じゃねぇ!? パンツ見えたよな旦那!?」



 顔を少し赤くしながら嬉しそうにデュカが言う。



「そんな事知らん! 今は集中しろ!」



 デュカの言う通り、リエルはスカートであったが所謂見せパンである。



「くっ! やるなあの男」



 浮遊した岩に着地したリエルは言った。



「にしてもスカートで蹴ってくるとか胸が熱くなるな旦那!」



 まだデュカはパンツについて話している。それに対し、静乃は蔑んだ目を向けた。



「……そんな目で見つられると俺、興奮するタイプなんだ!」



 静乃に視線に顔を赤くするデュカであった。



「キモ!」



「お前ら今危ないって事理解しているか!? まだ安全が保障されてんじゃないからな!」



 圭吾の言う通りである。濃霧に潜む彼女らは未だに一行を狙っている。




「分かってるぜ! パンツはもう脳裏に叩き込んだ! 周囲を警戒だ!」



 そう言ってデュカは嬉しそうに辺りを見渡す。それを見て圭吾はまだデュカはパンツが見たいんだなと確信した。


































 三人娘は圭吾達の後方300mにて一先ず集まった。アメリー、ルア、リエルの三人は圭吾の実力の高さに少々怯みながらも、ライットの為に捕まえる事は諦めていなかった。正確にはライットの為なのは二人だが、彼女らの魔術に対する好奇心は高い。



「ルア。あなたは右から攻めなさい。リエルは左から。私は真後ろから狙うわ」



「ちょっと部長さん。いくら部長だからっていいとこ取り?」



 ルアが反抗的に言った。例え部長であってもルアは物申す。



「いいルア。あの男は連携しないと追い詰める事はできないわ。それでも勝てるかは怪しいでしょうけど、ここは協力して戦うべきよ」



「だからって部長はいいとこ取りする気でしょ? 分かるんだから」



「ルア。いい加減にして」



「ねぇ先輩方喧嘩しないでよ。そんな事してる間にもどんどん先に行かれちゃうよ」



 リエルの言う通りである。速くはないが、着実に距離が遠くなるのを三人は感知で分かった。



「……そうね。でも、先生は持ってきた一人が合格だと言ってた。勝負するのはまず確実に捕まえた後にしましょうかルア」



「そうね部長。そうしましょう」



「私はそこまでやる気ない。捕まえた後は辞退する」



 リエルはかったるいそうな態度で言った。やはり食べることばかり考えているようだ。



「あんたって本当食べる事しか考えてないわね」



 ルアが呆れた風に言った。そんな事も気にもせず、ルアはどこからか取り出したお菓子をむさぼり始めた。



「別にそれでもいいわリエル。捕まえる事さえ手伝ってくれればいいから」



 アメリーは息を呑む。そして声を少し大きくして言った。



「必ず捕まえる。ライット先生の為に!」



「結局、それだよね」



 リエルが突っ込む様に言った。





































 













 圭吾は高い警戒意識を保ちながら、竜人のメイズの体を操りながら濃霧の中を突き進む。三人の攻撃から逃れることができるのは自分だけだと心の中で言い聞かせ、圭吾は集中していた。



「ねぇ橘」



 その集中を邪魔するが如く静乃が圭吾に尋ねた。



「私達三人ぐらいに追われているんだよね?」



「そうだ」



 静乃は上を向いた。先ほどから気になる影を圭吾に伝える。



「何か上の方にいるんだけど……」



 それは大きな影だった。こちらの竜メイズより大きな物体がこちらの上空を飛んでいた。



「あれは……」



「旦那! あれ竜ですぜ!」



 デュカの言う通りそれは巨大な竜であった。しかし、その巨大竜はメイズの様な竜ではなくデフォルメ化された竜であった。

 そんな丸っこい巨大竜はこちらに向かって下降し始める。圭吾はメイズの体を操り、速度を速め逃げる。

 逃げていく圭吾達に向けて巨大竜から炎が放たれた。放たれる炎も巨大であり、一発でメイズを包み込むレベルだ。



「くっ!」



 圭吾はメイズを操り右に避けるが、次々と巨大な炎は放たれて、左右に何度も避けた。

 巨大竜の正体はリエルのぬいぐるみである。ぬいぐるみと言っても魔道具であり、本物と大差ない代物である。リエルはそれを大きく具現化し操るのだ。



「リエル! もっと狙いを定めて撃ちなさい!」



 竜の頭の上で部長アメリーが隣のリエルに指示する。



「分かってるよ部長。でも、あいつすばしっこいよ」



 連射される炎は正確にメイズを捉えて放たれているが、メイズを操る圭吾の反応速度の方が早い。



「これじゃ埒が明かない!」



 そう言って飛び出したのはルアだ。得意魔術の肉体強化によって浮遊する岩々を足場として、圭吾達に素早い動きで近づいた。

 圭吾に向けて右ストレートを繰り出す。強化魔術で極限まで高められたルアのパンチはとてつもない威力を秘めるが、それを寸前で圭吾はかわしその右腕を掴んで再び放り投げた。



「すげぇな旦那……見えなかった」



 それを見ていたデュカか感心しつつ畏怖した表情で言った。



「どうって事はない。この襲撃者達はどうやら戦闘慣れしていない。実戦経験は俺の方が勝っている」



 圭吾の言う通りでアメリー達は学生であり、実戦経験など皆無だ。しかし、数的有利はアメリー達にある。



「いくら慣れていおうと!」



 放り投げたれたルアは岩に着地し、再び圭吾達に向けて飛ぶ。それと同時に飛び出したアメリーが渾身の魔力弾を放ち、リエルは最大火力で竜の炎を放った。

 三方向同時攻撃である。これはどう逃げてもどれかに当たるコースだった。しかし、圭吾は焦る事なく左の目に備えた義眼を発動させる。

 ルディルスの眼。カーテォ作の魔術無効を初めて取り入れた画期的な義眼だ。今から200年前魔術無効化が登場し、その翌年に早くも登場したこの眼は当時の戦場において猛威を振るった。しかし、その最強の時代もそう長くは続かない。登場から三年後には対無効化術式か発明され、それを組み込んだ魔術には全く効かなくなった。その後改良を施され幾度か戦闘を有利に進めた機会はあったが、その度に対無効化術式も改良されイタチごっことなり、戦争が終わる頃には大した脅威では無くなった。

 そうした経緯を持つルディルスの眼ではあるが、戦闘職の魔術師でもない限り現代でも通用する代物である。有効範囲は100m、発動すると範囲内の魔術は対無効術式を組み込んでいない限り無効無力停止させられる。その発動の際は範囲内の魔術師は違和感を覚える。それは術式や魔方陣が割れる様な感覚だ。



「何っ!?」



「これって!?」



「ふにゃ?」



 圭吾の魔術無効か発動しアメリーの魔力弾、ルアの肉体強化、リエルの竜の炎はそれぞれ無効化及びかき消された。そしてリエルの竜はぬいぐるみと戻り、三人娘はそれぞれ落下していく。



「きゃああああ!!!!」



(これは……)



 遥か後方から戦闘を傍観していたロイットは三人の異変にいち早く気付いた。そして使用された物が何なのかを感じた感覚から瞬時に導き出した。



(魔術無効……あの人はこんな物も与えていたのですか……)



 そう心の中で述べつつ、笑みを浮かべたロイットは三人を助ける為に動き出した。


































 デュカは一瞬の出来事でポカンとしつつ、しばらくして圭吾に聞いた。



「何したんだ旦那!?」



「魔術無効だ。周囲100mは無効化した」



 そう言って圭吾は左腕を抑えた。火傷の痛みを緩和していた魔術を魔術無効で無力化してしまい、痛みを感じてしまう。



(こいつの欠点は対策を施していない自分の魔術も無力化してしまう事)



 圭吾の使用している魔術のほとんどは対無効化を組み込んでいるが、医療系魔術は圭吾にとって不得意な分野であった為対術式は組み込めなかった。



「大丈夫か旦那? 痛そうだか?」



「大丈夫なの橘?」



 デュカと静乃が心配した表情で聞いてきた。



「安心しろ、問題ない。そんな事より急ごう。追っ手を無効化したとはいえ安心できないからな」



「そうだな。旦那の言う通りだ。ならメイズを解放してくれ」



 圭吾は魔術によってコントロールしていたメイズを解放した。



「大丈夫かメイズ?」



「クゥーン」



 メイズは犬の様な鳴き声で答えた。圭吾はやや疲れた様子でため息をついた。ルディルスの眼の瞳に浮かび上がっていた雪華模様が薄れて消えていった。



「言っておくが高くつくぜ旦那」



「分かっている」









































 浮遊する岩石の上、三人をそこに座らせたライットは安堵しつつも無念の思いを感じていた。うまくあの男を捕獲できていれば組織内の立場も上がっていた可能性があるからだ。



「先生……ごめんなさい」



 部長であるアメリーがライットに告げた。ルアも同じ顔だった。



「気にしないで。最初からあなた達では無理だろうと思ってました」



「それってどういう事先生?」



 部長のアメリーが気に障ったのか、怒り顔で立ち上がり言った。



「あの男はA級の魔術師でしょう。良くてC級のあなた達では相手には出来ない事は分かってました」



「じゃあどうして先生も混ざらなかったの? S級だと言われる先生ならどうにかできたはずじゃ……」



 ルアも納得していない顔をライットに見せて言った。公式に認められている魔術師のクラス分け最高はA級であるが、都市伝説的な話でS級があると言われていた。



「S級……そんな階級は存在しませんよルア。それにこれはあなた達の為です。魔術の鍛錬になると思ったので」



 腑に落ちないが二人はライットがそう言うならという表情で互いを見合わせた。



「分かったわ先生。私達の為なのね」



「でも、どうせなら勝ちたかったわ」



 アメリーとルアがそれぞれ言う背後で、一人座ったまま動かないリエルにライットが気づいた。



「どうしましたリエル?」



 蹲ったまま動かないリエルに三人は怪我でもしたのかと思ったが、その直後のお腹の音でそれが無用の心配だと思い知らされた。



「リエル……あんたね」



 アメリーが少し呆れた様子で言った。



「お腹減った……お腹」



 リエルは本当にお腹を空かせている。そんなリエルを見てライットは一つ思いついた。



「せっかく魔戦川に来たのですから、名物でも食べて帰りますか?」



 その言葉で三人はライットを見る。



「この地方の名物『ゴブリン魚(さかな)の踊り食い』いってみましょうか?」



 ゴブリン魚の踊り食い。魔人達が内蔵の強さを競う為に生み出された食べ物であり、狂暴で何でも食らう魚であるゴブリン魚を生きたまま食うのは並みの人間では自殺行為である。よほどの魔術師でもない限りお腹を食い破られてしまうのだ。

 それを知っている三人は一斉に叫んだ。



「えぇぇぇぇぇ!!!!?」









































 





 



 サンディア山脈を超えたジードニア近郊の森ににて、夜の暗闇の中一体のドラゴンが降り立った。

 メイズである。圭吾達一行は無事に魔戦川を渡り、ついに帝国四強国のアニアード皇国に辿り着いた。



「たく。とんだ荷物だったぜ」



 デュカが少々嫌味を含めて言いながら、地面に降りた。続いて圭吾、静乃も降りた。



「まあ感謝している。言った通り報酬は上乗せだ」



 圭吾はそう言って懐からサフォス二つを取り出し、デュカに手渡した。デュカはその宝石を凝視した後、安堵の笑顔を見せた。



「間違いねぇこの二つは本物だ。これなら当分楽が出来るぜ」



「さよならだねメイズちゃん」



 二人の後ろで静乃は一人メイズの顔を撫でた。



「ガウゥゥ……」



 メイズはどうやら寂しいのか、寂しそうな声を上げた。



「おいおいメイズ。嫁さんじゃない静乃さんを気に入ったのか?」



 デュカはそう言いながらメイズに飛び乗った。



「ここから街までどんくらいかかる?」



 圭吾が尋ねた。



「20分程度だな。じゃあ、これでお別れだ旦那」



「ああ。世話になった」



 圭吾はそう言って振り向き、街へと向かう。静乃は一人飛び立つメイズに手を振る。



「おい。何をやってる? 行くぞ」



 先を行く圭吾は静乃に叫んだ。



「分かってる! 行くわよ」



 ついに二人は帝国の土地に足を踏み入れた。魔人と異端魔術師達が支配するガルディスト帝国。魔力を持たない人間は人間扱いされぬ国に異世界から来た二人は呪いを解く為向かうのであった。









































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