竜の運び屋

 魔人。魔術世界において人型魔族に対する人間の呼称である。そんな魔人を真横に感じる一之瀬静乃の心は穏やかではない。

 魔術世界に来て一週間が過ぎていた。橘圭吾と一之瀬静乃は長い距離を歩き、船に乗り大海を渡り、ガルディスト大陸に上陸していた。そもそも静乃は船に乗るまでネリーテ一族の住む場所が島だと知らなかった。

 そんな静乃であるが今はとても落ち着きがない。なぜなら座っている席のすぐ隣にはトカゲ人間、つまりリザードマン、レプトイドと呼ばれる魔人がいるからだ。緑色の硬そうな肌の上に衣服を着たその魔人の身長は2メートル近い。フィクションにおいてよく見かけるトカゲ人間であるが、現実に目の前にするとでかさも相まって恐縮してしまう。

 そんな静乃を前に立つ圭吾は至って冷静だった。マントのフードを深く被り、微動だにしない。

 旅を続ける二人が乗っている乗り物は電車だった。この魔術世界においても電気というエネルギーは存在する。それを活用した機具類は多数に存在するが、現代よりやや遅れ気味の印象を受けた。

 二人が乗る路線の名はガルディスト東部線である。黒く禍々しいデザインの車両はいかにも魔族が好みそうな物であり、乗車率100%越えの乗客達も当然の如く、魔人8の獣人1の人間1で割合であった。ほとんどの非魔人の者は明らかに従者か奴隷かと思われる姿である。



(本当にアウェーなのね。ほとんど魔族じゃん)



 人間が住むのには好ましくない大陸である事は圭吾から散々説明されていた静乃であるが、想像より酷い社会で不安ばかり先行していた。すでに電車に揺られて三時間。降りる駅は次だがまだ電車の速度が緩まる気配はない。



「次はルディア。次はルディア」



 唐突にアナウンスが流れた。明らかに活気がないそのアナウンスは日本と比べる必要がない程だった。



(ていうか、電車あるなら事前に説明しろっての!)



 5000キロ歩くなどではなく、移動する事でしょと静乃は乗る前に思った。そもそもこういう交通機関があるなら事前に説明しろと電車に乗る前に静乃は圭吾に言った。



「降りるぞ」



 圭吾が言った。それに対し静乃はやや不機嫌そうに「うん」と小さく言い立ち上がる。そして出入り口に移動しようとした時、静乃に隣に座っていたリザードマンが静乃に声をかけた。



「おい。そこの人間のメス!」



 ドスの利いた声はそれだけで静乃を恐縮させた。恐る恐る振り向くとそのリザードマンは手を差し出した。その手には途中の街で買った魔除けのお守りが握られていた。金属製のキーホルダーで言うべきそのお守りは圭吾が買い与えた物で、現代日本のお守りと異なり魔術効果で本当にささいな不幸は防いでくれる品物であった。



「落としたぞ」



 そう言ってニコッとリザードマンは手渡そうとする。静乃はぎこちない笑顔でそれを受け取った。



「ありがとうございます」



 次第に電車の速度は緩やかになっていく。そしてルディア駅に着いた列車は一斉にドアが開き、何百人のも魔族達がホームに溢れかえった。その中を掻き分けて進む二人。逸れそうになった時、女性の大きな声に静乃は立ち止まった。



「きゃあ!」



 人間の女性がホームに座り込んでいた。その隣で若い男が彼女を心配そうに見つめていた。



「ルイカ。大丈夫か?」



 ざわつく周囲。そこに一人の蛙顔の魔人が若い男を蹴り飛ばした。



「何やっておる! 早く立てクズども!」



 豪勢な衣服を身にまとっているその蛙魔人はどうやら二人の主人である様だった。薄汚れた衣服に身に纏った男女二人はよく見ると首輪をしており、奴隷の様だ。そして何よりルイカと呼ばれた女性の腹は大きく、それは明らかに妊娠していると分かる身体だった。



「ちょっ!」



 見かねた静乃は注意しようとしたがそれを圭吾は止めた。



「止めないでよ!」



「止めろ。余計な事に首を突っ込むなと言っただろ」



 小さな声で圭吾は言った。ここで静乃は我に返った。ここはアウェー。出しゃばった所で共感してくれる人間は極めて少ない。魔族の大半は人間を卑下するという圭吾の言葉を思い出し、静乃は悔しい気持ちを抑えた。



「こんな所で産むなよルイカ。汚わらしい人間の血をここで晒す事は許さんぞ!」



「わ、分かっております! ですがもう少し休ませてください。陣痛が」



 ルイカはそう言って腹部を手で押さえた。しかし主人の蛙魔人はお構いなしに立たせる。



「さっさと歩け!」



 陣痛に耐えながらルイカは歩き出す。その背後で拳を強く握る男の姿を静乃を見た。



(なんて所よ。身持ちの女性を乱暴に扱うなんて……)



 静乃の心中を察した様に圭吾は小声で言った。



「酷い所だと思っているだろうがこれはまだ序の口だ。帝都はさらに酷い」



 その言葉を聞き、静乃は怒りを覚える。しかし、自分一人ではどうにもならない事に己の無力さにも怒りを覚えるのであった。





































 シア国はガルディスト大陸東部に位置するこの国である。その第二都市ルディアに到着した圭吾と静乃は路地裏の小さな旅館に到着し、チェックインして案内された小汚い部屋に入った。二人部屋だが狭く、古びた壁はカビ臭い匂いが漂ってくる。



「前の旅館より酷くなってない?」



「そりゃ、そうだ。ここはもう魔人の社会だ。人間が寝泊り出来る格安の旅館はこの程度だ」



 圭吾はそう言ってマントを脱ぎ壁に掛け、ベッドに腰を下ろした。静乃もマントを脱ぎ、向かい側のベッドに腰を下ろす。

 最初は恋人でもない圭吾と同じ部屋に泊まるというのに抵抗があった静乃ではあったが、さすがに一週間も過ぎれば慣れてしまった。そもそも圭吾は襲ってくる気配などないし、着替えたいと言えば素直に部屋から出て行ってくれる。



「今日はここまでだ。明日に備えて今日は体を休めろ」



 偉そうな態度は変わらないが。



「まだ昼前じゃない。徒歩とか乗り合い馬車とかで先に向かわないの?」



 静乃の問いに魔術にて小型化していた世界地図を懐から取り出し、元の大きさに戻して広げた。



「今いるルディアという街はここだ」



 圭吾が指差す箇所はガルディスト大陸東部のシアと記された国の一箇所だ。



「えっーと……これが帝国でしょ……えっ?結構近くまで来たんじゃん」



 静乃の言う通りであった。目的地ガルディスト帝国まであと二つの国を通るぐらいだ。それでも相当の距離はあるのだが。



「まだまだだ。それにここから検問を通る事になる。帝国に入国するのは簡単じゃない」



 ガルディスト帝国の検問は厳重である事や、許可証がなければ通れないという事はこの世界では常識である。ガルディストを囲む国のほとんどはガルディストの傀儡国家である事も暗黙の了解であり、当然その国々にはガルディスト直営の国境検問所が何箇所も存在する。



「ガルディストは軍事国家だ。スパイなどの密偵を取り締まる事は日常茶判事だ」



「物騒な国ね本当」



 ここに来るまで圭吾から帝国の事を教えられた静乃であったが、教えられる事は好ましくない事ばかりだ。



「鉄道の次の街であるエルトニは検問駅でな。乗客全員を魔術にて強制スキャンし、そこで許可証がない者は洗い出される。国外追放が常だが、場合によっては死刑って事もある」



「許可証がないからって死刑ってどんだけよ。そんなに怪しい奴は国に入れたくないわけ」



「検問官に権力が集中しているんだ。検問官の気分次第で裁判無しの死刑実行は珍しくないらしい」



 静乃は現代日本の司法の差に驚くばかりだ。魔族中心国家とはいえ、人間や外の者に対し差別的な帝国はどう考えても旧時代的に思えてくる。右翼的と言えざるおえないと静乃は感じ、こちらの世界のどの国々と比較してもここまで窮屈で劣悪な国はないだろうと思った。



「そこでだ。当然俺の許可証はあるが、お前の分は用意できていない。偽造するって手もあるがそんな金はない。だとしたらどうすると思う?」



「どうするって……諦めるの?」



「馬鹿かお前。呪いを解くためにわざわざこんな世界まで来たんだろ? なのにそう簡単に諦めるだと?」



「うっさいな。分かってるわよそんなの!」



「だったら簡単だ。密入国するしかないだろう」



 密入国。その言葉を聞くと危うい気持ちに静乃はなった。許可証無しで死刑だというのに密入国など見つかったら即死刑直行ではないか。



「密入国って……さっきあんた許可証なければ死刑だって言ってたじゃん!」



「ああ、そうだ」



「なのに密入国って!? 私を殺すつもり!?」



「安心しろ。まあ確かに見つかったら死刑だが、帝国じゃ珍しくない事だ。そもそも年間に数万単位の密入国者がいるらしい。検問が多いくせに密入国者の取り締まりが手緩いのは魔族らしいな」



「らしいなって……あのね」



「それでどうやって密入国するかだが……」



 静乃の言葉を無視し、圭吾は地図のとある場所を指差した。それはこの街に隣接する川だ。



「魔戦川(ませんがわ)。この魔術世界最大の長さを誇る川にして最大の川幅を誇る川だ。ガルディスト大陸を横断する様に流れるこの川を渡るには鉄道以外の物で渡るしかない」



「渡るって船でしょ?」



「それでは駄目だ。船は常套手段でよく警備の魔人の標的にされる。密入国者の為に船を出している業者もいるが、相当の大金を用意しなければ成功なんてない」



「ならどうすんのよ?」



「安心しろ。考えはある。この時期はちょうど浮遊諸島が川を沿って流れてくる時期で、しかも竜の運び屋(ドラゴントランスポーター)もこの辺りで繁忙期のはず」



「ドラゴントランスポーターって言うのは何よ? まさか?」



「名の通りドラゴンに乗り運搬を業務とする運び屋の事だ。この地方で有名な伝統的な職業でな。空がまだ飛べなかった時代、竜を飼いならし人や物を運ぶ様になったのが始まりだとされている」



「説明はいいわよ! まさか私をドラゴンに変身させて……」



「するかそんな事。やっと最近ドラゴン化が収まり始めたんだ。それを戻してどうする?」



「そう……よね」



 圭吾の言葉に静乃は一先ず安心した。



「この街に運び屋が集まる空港みたいな場所がある。明日朝早く起きてそこに向かうぞ」



「分かったわ。なら何を準備する物は必要よね?」



「そうだが……買い物にでも行くのか」



「当然でしょ? さあ、行くわよ。橘は荷物持ちね」



「はいはい」



 この一週間で静乃が買い物好きである事に圭吾は気づいたのであった。滞在先でいつも買い物に付き纏う静乃を見て分かったのだ。なにせ異世界のショッピングなど普通に生きていては経験できぬ事だ。

買い物好きなら楽しいだろう。

 浮かれている静乃を横目に圭吾はどこか心のどこかで和むのであった。





































ルディアの高級ホテルのとある一室にいて三人の魔女が一人の男の帰りを待っていた。的確には年頃の少女達で格好こそは魔女そのものであるが、彼女らは魔術に絶対的自信を持っていた。

 聖マリサ・アスティアール学園高等部『魔術研究クラブ』それが彼女らの属するグループ名である。つまり学生の彼女らはとある目的を持って人間アウェーの土地まで来ていた。それは顧問の試験に挑む為だ。



「ただいま」



 その顧問が部屋へと帰ってきた。途端に三人はその顧問に駆け寄る。



「先生遅い」



「待ちくたびれた」



「お菓子買ってきた?」



 三人の魔女はそれぞれ顧問に文句を言うが、顧問の男性教諭はにっこりと笑った。その笑顔は屈託のない美しい笑顔だ。

 ライット・ゲハルゲン。圭吾が敵対する組織の会員であり、美しい顔立ちの男は教師だった。東京危機後の圭吾に組織の入会を誘ってきた彼はとある目的の為、部員の少女達を連れてルディアまで来ていたのであった。



「リエル。お菓子など買ってきませんよ」



 一番背の低い魔女のリエルは幼い体を持つ高等部一年の少女だ。常に不気味な犬の様なぬいぐるみを持つ可愛らしい少女であるが、どこか闇がありそうな雰囲気を持つ。



「先生。本当だよね。この試験に合格したら彼女にしてくれるって?」



 高等部二年のルアは一見清純派に見えるが、経験豊富な少女だ。入学当初からライットを狙いアタックし続けているが全て空振り。クラブに入ったのもライット目的である。



「先生は私の彼氏だし。ルアはセフレでしょ?」



 高等部三年のアメリーは貴族の娘であり、スタイル抜群の学園のヒロインの一角である。とても美しいクラブ部長の彼女であるが、彼女もまたライットに恋焦がれる一人の女子生徒であり、勝手にライットの彼女を自称している。



「全く君達は何を言っているのですか? 私は生徒とは付き合わないですよ」



「嘘だあ~。だってこの前先生と二組の子がチューしてたって聞いたよ!」



 噂話は聞き漏らさないルアが言った。



「それはきっと私に嫉妬した男子生徒が私に化けて意中の女子に迫ったのでしょ? なぜなら私の正確な身体データを高額で買い取った男子生徒がいたのですから」



「うっわーキモっ最低じゃんそいつ! 先生に化けてまでやりたがるかな普通。きっと超キモい奴なんだろうな。二組の子可愛そう」



 そう言ってざまあみろという笑みをルアは浮かべた。



「うちの学園に入学しておいて変身魔術を見破れない方が悪いわね。恋は盲目って言うけどそれなのかしら。もちろん私は本物の先生をちゃんと見つけられるんだけどね」



 そう自身満々に言ったのはアメリーだ。彼女の魔術の腕はクラブでも一番であることは確かだが、ライットに陶酔している所はその二組の子と似たり寄ったりである。



「お菓子買ってくるー」



 一番の下級生のリエル一人部屋を出て行こうとする。ただ一人ライットに関心を示さず。マイペースな彼女はクラブでも異質だ。リエルはライット直々に勧誘し、入会した経緯があるがそれは彼女の一族が食った物を魔力に変換できる特異体質であったからだ。ライットはそれを研究する為にリエルに近づきクラブに入会させた。とはいえ当人は食うことばかりでライット内心少々呆れている。



「駄目ですよリエル。これから明日の試験について大事な話があります」



 リエルは出ようとしていたが、おとなしく席に座った。



「約束でしょ先生。試験に合格したら彼女にしてくれるって」



「何を言っているのですかルア。私の秘密について教えると言っただけですよ」



 秘密。それはライットが秘密裏に属するあの組織についてである。ライットは教師という業務に勤める一方、優秀な生徒を組織に勧誘するという事も行っていた。とはいえ未だに御眼鏡に適う生徒は現れてはいない。



「やっぱグラディンの会の会員なんですね先生って」



 アメリーが言った。それに対し笑顔で答えるライット。



「さあ、それはどうでしょうね」



 学園内でもライットが会員であるという話は生徒達の間では有名だった。組織の存在は都市伝説程度の認識だが、その存在を信じる者は少ないくない。とうはいえ本当は実在しているだが、ライットはそれを表立って認める事は決してない。



「組織より先生の彼女になりたい」



「はいはい。では試験内容について説明する」



 三人はライットに注目する。



「試験開始は……そう明日の早朝。場所は魔戦川。試験内容は……そうドラゴンの捕獲って所ですかね」



「ドラゴンの捕獲?」



 ルアが言った。



「曖昧ですね先生。どうしてですか?」



「曖昧だね」



 アメリーとリエルが言った。



「確定情報ではないのですよ。予言的な情報でね。まあ、当日になって試験は中止かもしれませんが」



「なにそれー。適当じゃんか先生」



 ルアがかったるいそうに言った。



「早朝なのですから。今日は早く寝ましょう。寝不足はお肌の大敵でしょ?」



「えー。まだ食べたい」



 リエルが頬を膨らせて言った。それを宥めるアメリー。



「先生の言うことを聞きましょう。学園には別荘に行っての合宿という話なのだから、あまり人目につく事は避けなくてはね。今日は寝ましょう」



「アメリー部長がそう言うなら仕方ないなー。今日は大人しく寝ますよ先生」



 ルアが言った。



「では、おやすみなさい三人。恋バナなどで夜更かしなどしないように」



 三人は同時に『はーい』と言い、そしてライットは三人の部屋から出て行った。

 ライット・ゲハルゲンの本当の目的。それは橘圭吾への奇襲である。組織からの命令は『橘圭吾を始末する事』。しかし、ライットは圭吾の事を気に入っていた。その気になれば殺すなど容易いが、今回はあえて面白半分で生徒達でやらせてみる事にしたのである。

 ライットは笑みを浮かべながらホテルの通路を歩いていった。


































「おはよう」



 橘圭吾はその声に振り向いた。そこにいたのは一之瀬静乃だ。路地裏の格安ホテル出入り口前に揃った二人はホテルを後にする。

 時間は早朝。圭吾の計画通り朝早く起きてドラゴントランスポーターが集まる場所へと向かうのだ。

 高い湿気を感じながら二人は路地裏の通路を歩いてく。シア国第二都市ルディアは西洋的な街並みであった。二階三階建ての建物が連なり、そこに魔人か人間が住んでいた。しかし、住める者は比較的裕福な者である。一部の人間や弱小魔族の者はいわゆるスラム街に居住している。



「こっちだ」



 路地裏の通路を二人は出た。出た場所は駅前大通り。馬車が行き来する通りだが早朝の為、行き来する馬車は少ない。



「集まる場所はこの大通りの先だ。馬車が増える前に着かなきゃならない。昼間だととても通れないからな」



 圭吾の言う通り、この通りの交通量は膨大であり昼でここを渡るなど怪我を覚悟せよと言われる。信号機は存在するが、数はとても少ない。



「歩いてどのくらい?」



「20分ぐらいだ」



 一週間前の静乃ならばこの20分の徒歩程度で少しやる気を失うとこだったが、今となっては20分程度は楽な方だと感じるのだった。ここまでくるまで数時間徒歩は当たり前。歩き疲れて爆睡した最初が懐かしいと感じる。



「その橘……ドラゴントランスポーターって具体的にどんな人達なの?」



 大通りの歩道を歩いていく中で、静乃は圭吾に聞いた。



「古代からドラゴンを家畜として扱い生活していた一族の一人が他族の者にドラゴンの飼い方を教えてその者が物の運搬を始めたのが最初だと聞いている。基本的に人間が多く、魔人がやっているのはごくわずかだ」



 それを聞いて一安心した静乃。魔族の人々にはやはり抵抗感があった。虫や爬虫類の顔をした魔人を見るとどこか拒否感が沸いてくる。静乃も女子。虫類爬虫類は好まない。



「それを聞いて安心したわ。どうも魔人は苦手で」



「正確には虫類爬虫類型の魔人だろ? もしかしてと思っていたがお前その類苦手だろ?」



「うっ……」



 一番知られたくない奴に知られた事に静乃は気分を悪くした。



「なんで分かったのよ?」



「中学の時、虫とかで騒いでた記憶があったからな」



「なんでそんな事を覚えてんのよ!」



「たまたまだ。とはいえドラゴンもどちらかと言えば爬虫類だが? 大丈夫なのか?」



「大丈夫よ多分。一度なってるからには慣れているはず……」



 信用できない返事に圭吾は不安になるが、もう遅い。



「たとえ土壇場で無理と言っても無理矢理乗せるからな。もうこの手段しかない以上、我慢してもらう」



 これ以上乙女に何我慢させる気だと言いたい静乃であったが、ここは従うしかない。



「分かってるわよ。たとえアレルギーになっても乗るわよ」



 そんな会話をしている内に、ついにドラゴンポーターが集まるルディア中央市場に到着した。ここはルディア最大の市場であり、ルディア周辺地域からあらゆる特産物が集まり、売買される場所である。ドーム状の巨大な屋根の下、人、魔族、獣人達が朝早くから忙しく活動している。



「へぇーテレビで見たこっちの市場みたいね」



「ああ。ドラゴントランスポーターがいるのはこっちだ」



 圭吾の案内で市場内を二人は進む。しばらく進んだ先、ついにドラゴンが見えてきた。



「凄い……」



 赤、青、緑、黄色、色鮮やかなドラゴン達が大きな広場にて屯っていた。大きさは約20mから10m程度で皆、体を丸めて寝ており、人が近づいてもピクリともしない。初めて見る光景に静乃は正直ワクワクした。



「ここで待ってろ。俺はを交渉してくる」



「分かった」



 圭吾はドラゴン達の主人と交渉する為に、運び屋が集まっている場所へと一人向かった。一人残された静乃は広場の出入り口付近で暢気にドラゴンを眺めるのであった。



(私も一度こんなのになったのよね)



 そう思いながら、つい一匹の大きなドラゴンに静乃は近づいていく、するとその一匹が突然の目を開いた。



「ひっ!」



 突如大きく開いたドラゴンに驚く静乃の足に何者かがマントを引っ張った。それにつられて転びそうになるが、すぐに誰が引っ張ったか分かった。



「……女の子?」



 それは小さな女の子だった。ピンク色のロングヘアーのその女の子は大きな瞳で静乃を見つめていた。幼い顔立ちが愛くるしい女の子である。



「どうしたの?」



 静乃はやさしく聞いた。静乃の問いに女の子は無言だが、突如静乃に抱きついて来た。



「なっ何!?」



 訳が分からない静乃。しばらくたっても抱きつく女の子にどう接したらいいか分からないが、どうやら好かれたらしいと静乃は思った。



「おいメイズ! どこに行ったメイズ!」



 どこからか女の子の名らしき名前が聞こえてきた。それは探している声だ。それに反応したのはそのピンクの長い髪の女の子だ。



「……もしかしてあなたの事?」



 その声に振り向いた女の子に対し静乃は言った。すると女の子は頷いた。



「だったら行かないとダメじゃない? 心配してるよ」



 静乃の言葉に女の子は俯き、動こうとしなかったがしばらくして静乃から離れて声のする方へと行ってしまった。



「おい静乃」



 普段の苗字呼びとは違う圭吾に違和感を覚えつつ振り向く。すると中年男性と共にいる圭吾がそこにいた。



「この人があんたの嫁さんか?」



「ああ。そうです」



 便宜上圭吾と静乃は夫婦として旅をしている設定であった。最初のうち抵抗のあった静乃であったが、そうでもないと怪しまれるというのはこの一週間の旅を通して理解した。



「ふーん」



 中年男性は食い入る様に静乃を見る。そして見終わった後、圭吾に告げた。



「わりぃなあんちゃん。この話無しって事で」



「どうして?」



「どんな理由で駆け落ちしたのかは知らねえが、密入国の手助けはリスクたけぇよ。いくらその宝石が報酬ってもな。臨時ボーナスとしては俺にはちょい安いぜ」



 ジョンから与えられた宝石は一級品だと説明されていたが、どうやらその価値は下がっていたようだと圭吾は思った。確かに密入国のリスクはとても高い。最悪同罪で死罪も珍しくない。リスクを承知で飛んでくれる運び屋はそういないと予測していが、一人しか話に乗ってこなかった事に圭吾は少し焦っていた。



「そんな……」



「普通は船で行くのがセオリーだぜ。まあ、それでもその宝石一つじゃ二人分はたりねぇだろうな」



「お願いです。俺達はどうしても行かなきゃならない」



「無理だ。他をあたりな」



「ならばこの市場で俺達を運んでくれる様な人を紹介してくれませんか?」



「多分俺ぐらいしかいねぇよ。あとはもう……いや、いたな」



「誰です!?」



 中年男性は圭吾を連れて大きな広場の奥へと案内する。すると一人の若い青年がそこに座っていた。ニット帽に似た帽子を被り、見た目からして圭吾たちと同い年程度だと思わせるその青年はこちらに気づき立ち上がった。



「デュカ。てめぇにいい話がある」



「俺に? まさか仕事の依頼か!?」



 デュカと呼ばれる青年は嬉しそうな表情を浮かべる。無理もない。彼はドラゴントランスポーターの新米だ。この仕事を始めて二ヶ月もたたない新人であり、運んだ仕事も片手で数える程しかない新人だった。小さな雑用、事務の仕事ばかりで飽きてきた近頃、圭吾を連れてきた先輩同業者に期待が膨らんだ。



「まさか荷物の輸送依頼で?」



「おう、まあそんな所だ」



「よっしゃぁ! 久々のまともな仕事来たー!」



 腕を振ってデュカは喜びを表現する。それに対し中年男性は咳払いした。



「えーとなデュカ。これは言っておくが」



「分かってる! 分かってるぜギュライのおっさん! 荷物には傷一つ付けずに目的地まで運んでやるぜ!」



 やる気満々のデュカに対し、ギュライのおっさんと呼ばれた中年男性はまた咳払いした。



「いいかよく話を聞けアホ。運ぶのはこのあんちゃんとその嫁さんだ」



「そーかあんちゃんとその嫁さんか! すげぇな! 俺、人運ぶのか…………って!? 人間だと!?」



 デュカは驚きの顔を見せた。そしてギュライのおっさんの見つめた後、背後の圭吾を見た。



「おいマジかよ。俺が人なんて!」



 現代のドラゴントランスポーターは基本貨物輸送だ。旅客輸送は交通が発達した現代よほどの事がない限り依頼が来ないのが常だった。鉄道や船、飛行船による旅客輸送が当たり前の現代でわざわざドラゴンで運ばれたい客などは訳ありだと相場が決まっている。そもそも本来ならば新人に来る依頼ではなかった。



「おいおいおい。まさかそれって合法じゃないって事か?」



「そうだ。このあんちゃん帝国に密入国したいんだとよ」



 その言葉を聞いたデュカはしばらく圭吾を見つめた後、ため息を付いた。



「……むちゃ言うな。俺じゃ無理だ。警備隊に捕まる」



「そこを掻い潜り、運ぶのがプロだぜ新米。黄金期は世界各国を飛び回り悪人だろうが善人だろうが運びまくった時代の先輩達を見習ったらどうだデュカ? 日頃からでかい口叩いてるくせにいざ依頼が来たらビビるとは期待外れ……」



 その言葉を遮るような形でデュカは片手の手のひらをギュライの目の前で見せた。



「……うっせえなギュライのおっさん! 俺は将来ドラゴントランスポーターを担う男だぜ! 違法輸送ぐらいでビビるわけねぇだろが! やってやんよ! やってやるぜぇ!!」



 そう言ってデュカは仁王立ちした。その姿を見た圭吾は乗せられやすいお調子者じゃないかと疑念を抱くのだった。



「それでこそ期待の新人デュカさんだな。じゃああんちゃん。そういう事だから、このデュカと交渉してくれ」



「えっ? ちょっと待っ……」



 待ってくれと言う前にギュライは圭吾からそそくさと去って行ってしまった。困惑する圭吾にデュカは馴れ馴れしく接してきた。



「えっとさーーもち違法って事は料金は普段の倍……三倍ぐらいですよねお客様?」



 そう両手を合わせて目を輝かせて聞いてくるデュカに、圭吾は困惑しつつも答えた。



「まあな……この宝石なんだが」



「こっこれはっ!」



 デュカは目を丸くした。圭吾が持っていたのは一等宝石であるサフィスだったのだ。黄緑色の宝石サフィスは大きさによるが小さくても比較的高値がつく。デュカにとってそれはまさに宝の代物であった。その気にならばその石一つで三年は働かずに生活できるとデュカは思った。



「サフィスじゃねぇか! すげぇもん持ってんなあんた」



 そう言って圭吾の手からデュカはサフィスを奪い取った。



「おい!」



 デュカは懐からルーペを取り出し、慣れた手付きで宝石を鑑定士の如く確認した。そして笑みを浮かべた。



「すげぇ! すげぇ! 本物だぜこれ! あんた貴族とかなんかか?」



 確かに“この石”を与えたあの男は貴族だと圭吾は内心で呟いた。



「そういう者ではないが、繋がりはある」



「そっかー! なら話は決まりだぜ。運んでやるよあんたら」



 上機嫌なデュカは圭吾の依頼を受ける事にした。デュカはかつて鉱山にて宝石の盗人を経験しており本物と偽物の区別が出来る技術を身に付けていたのだ。そのおかげで一時期囚われの身となっていたが。



「さっきはこれでは足りないと言われたが?」



「あんなおっさんじゃ本物偽物区別できねぇよ。どうせ偽物だと思ったんだろ。あんたを試す様な事をしなかったか? まあ、無理もねぇな。よく偽物を渡すクソ業者とかが一時期いたからな」



 そうニヤニヤしながら説明するデュカは見るだけで嬉しそうなのが分かった。



「それじゃ改めて自己紹介させて貰うぜ。俺の名はデュカ。ラストネームはねぇ。奴隷出身だ。奴隷層だからって舐めるんじゃねぇぞ。魔力はあるし、魔術はちょこっとだが使える! 俺には夢がある! 奴隷から億万長者になるっていう夢だ!」



 自身満々に告げたデュカに対し圭吾は感心したのだった。奴隷層出身者はほとんどその立場に甘んじていると聞いていたからだ。その通りで今まで見た奴隷層らしき人々の目は死んでいた。しかし、中には向上心溢れる者もいるものだ。それは目の前にいるデュカだ。



「奴隷層からのサクセスストーリーか。おもしろそうだ」



 圭吾は手を出した。契約成立の握手である。



「圭吾だ。橘圭吾だ。短い間だがよろしく頼む」



 正直圭吾は怪しい男だとデュカは思っていたがそれでも本物のサフィスの前では眩む。デュカはためらいなく圭吾の手を握った。



「おう! よろしくだぜ圭吾!!」


































「静乃。紹介するデュカだ」



 紹介されたデュカに対し、静乃は挨拶した。



「静乃です。よろしくお願いします」



「よろしくな奥さん。にしても若い夫婦だよなあんたら。俺と同い年位じゃねぇか?」



 圭吾と静乃を交互に見た後デュカは何かを思いついたのか、指を鳴らした。



「圭吾さんよ。タメ口でいいか? 俺って育ちからか敬語苦手でよ。どうやら同い年みたいだし、いいだろ?」



 最初から敬語使っていたかこいつと思う圭吾であったが、問題はない。



「構わないが」



「なら圭吾って呼ばせて貰うぜ。奥さんは嫁さんでいいか?」



 結婚してないのに“嫁さん”呼ばわりされるのに抵抗を覚える静乃であったが、ここは我慢である。



「ええ。いいですよ」



「嫁さんもタメ口でいいって! 短い間だろうけど仲良くやっていこうぜ」



 デュカに対しチャラそうなイメージを静乃は持った。別に大学でもこの手のノリの男子はいたので別に珍しくもないが、緊迫した空気での旅の中でこのテンションは少し戸惑うのであった。



「そうね。仲良くやっていこう」



 苦笑いで静乃は言った。



「それで、もう出れるのか?」



 圭吾が聞いた。



「はっ? まさかもう出んのか?」



 唐突だったのか、デュカは驚いた顔を見せた。



「そうだ。今すぐ出たい。その為にこんな時間に来たんだ」



「聞いてないぜ圭吾! ちゃんと準備させろよ」



 馴れ馴れしい口調のデュカに圭吾は少し苛立った。



「高い報酬を払うんだ。これぐらいの無茶は聞いて貰う」



「くっ…! しょうがねぇな。30分で準備してやらぁ」



「悪いな。それとまだドラゴンを見せて貰っていなかったな。もちろん三人乗って飛べるドラゴンなんだろうな?」



 一口にドラゴンと言っても大小や種類がある。肩に乗る小型ドラゴンから小高い丘程度の大型ドラゴンが存在するこの魔術世界で、ドラゴントランスポーターが飼うドラゴンは最低軽自動車程度のサイズのドラゴンが必要である。



「俺のドラゴンは他と比べるやや小さいが三人は乗れるぜ。安心しな。見せてやるよ。こっちだ」



 デュカの案内する。広場を過ぎた先の滑走路区域でドラゴンが集まっている場所まで来た圭吾達二人の目の前に現れたのはピンク色のドラゴンだ。軽自動車と同等のサイズで寝息を立てて蹲っていた。



「俺の相棒メイズだ! メスのドラゴンのカワイコちゃんだぜ!」



 自慢する様にデュカは紹介する。一方静乃はメイズと言う名に先ほどの女の子をふと思い出した。



(メイズってさっきの子と同じ名前……それとこの声も似てる様な……偶然よね)



 単なる偶然だろうと静乃は思う事にした。



「うん。確かに三人は乗れるな」



「だろ? 新米だからってちゃんとしたドラゴンが相棒だぜ」



 三人の声にメイズは目を覚ました。覚ました目につい目を向けた静乃はある物を瞬時に感じた。それは既視感だ。



(見た事がある瞳……まさか……)



 静乃はメイズと呼ばれるドラゴンに会った事があると感じた。それを感じながらも、静乃は何も言い出せず、ただただ佇むのであった――――



































 

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