猫耳の一族

 一之瀬静乃が立っている場所。それは皇居桜田門前だった。橘圭吾から渡された地図に記された指定された場所とは皇居桜田門だったのだ。時間は既に夜更け。女性一人が出歩いていい時間帯ではないが、圭吾が全く来ないので静乃は困り果てていた。

 静乃はリュックに最低限の下着や衣服、日用品、そして食料及び水を詰めて圭吾が調達した衣服のままである。



 (遅い……)



 待った時間は一時間以上。静乃の我慢は玄関になりつつある。しかし、もう決めてしまった。圭吾と共に異世界に向かい。呪いを解く。その為にも我慢強くならなればければ。



「待たせたか?」



 その声は唐突だった。静乃は驚き体を震わせた。そして振り向く。背後に圭吾が軽装のまま立っていた。



「あんたねぇ! びびらせるな」



「悪い。ちょっと試した」



「何を?」



「えっ? ああ。これから見せる。それとこれ」



 圭吾はそういうと、エンカーブレスレットと財布を渡すと一人桜田門橋を渡り始めた。それに静乃も続く。ただこの時間帯は通行人でさえ疎らであり、橋を渡ると夜とはいえやや目立つのだった。



「ちょっと!」



「おい君達。何をしている?」



 その声で圭吾と静乃は振り向いた。そこには警官が立っていた。静乃は分かっていた。門の近くには桜田門警備派出所と呼ばれる交番があり、一時間以上いる自分を見ていた事を静乃は分かっていた。



「こんばんわお巡りさん」



 圭吾は笑顔で答えた。それを見た静乃は演技する圭吾に対し似つかわしくないと思った。



「ここで何をしている? こんな時間に」



「いえ。ちょっと旅行に」



 圭吾は左目の義眼を発動する。六号義眼ではない新たな義眼が警官を見つめて、警官の脳に直接魔術を掛ける。魔術の効果は忘却。一定の時間帯の記憶を消去する魔術だ。



「行くぞ」



 警官は突っ立ったまま、呆然としたままになった。静乃は訳が分からず圭吾に聞いた。



「何をしたの?」



「一時的な記憶消去だ」



「すごいわね」



 圭吾はそう言うと歩き出した。

 静乃は圭吾が使用する魔術は会う度にレベルアップしていると感じた。このまま圭吾が様々な魔術を取得すると“ここ”では何でも出来るようになるのではないかと思ってしまう。



「何だ? どうした?」



 動かない静乃に圭吾が振り向き言った。



「何でもない」



 静乃も歩き出した。そして桜田門前に到着すると、圭吾は右手を桜田門にかざした。そして義眼にて結界を起動させ、桜田門を周囲から普段通りに光景に見せる様にすると重要な魔術を起動させる。

 異世界へと向かうための転送魔術である。それは桜田門に魔方陣として仕込まれてた。門の扉に紫色の魔方陣が圭吾の魔力に反応して突如現れた。

 静乃は驚く。



「こんな所にあるの!?」



「そうだ。これは俺のパトロンが用意した物だ。もっと目立たない場所で用意できないのかと聞いたがここが一番条件がいいらしい」



「そのパトロンっていうのはあんたとどういう関係なのよ? この一か月に知り合ったの?」



「その話はあっちに着いてから話す。それより準備はいいか? 必要な物はそのリュックに詰めているんだろう?」



「うん。いいわよ」



 静乃は少し緊張し始めていた。これから経験した事のない事に挑むのだから無理もない。



「この魔方陣の中に飛び込めばいい。それだけだ。では、行くぞ」



 圭吾は先に飛び込んだ。そして魔方陣に呑まれていく形で圭吾の姿は消えた。その光景に驚きつつも、静乃も意を決して飛び込んだ。



「一之瀬!」



 圭吾の声に目を閉じて飛び込んだ静乃は目を開いた。そこに広がっていたのは長いトンネルだった。紫の光に包まれた長いトンネルの先には白い光が見え、二人は落ちる様な形でトンネル内を進んでいた。そして凄まじい追い風が二人を光の出口へと追いやるのであった。

 静乃はただその光景を前に圧倒され、何も発する事無くただ出口へと向かい、二人は出口の光に包まれた。



「あっ!」



 最初に静乃が見たのは夜の川であった。そして予想通りその川にダイブした。



「なっ!?」



 驚く静乃。慌てるも泳ぎには自信がある静乃は辛うじて水面に顔を出した。



「はっ? 橘? どこ!?」



 川の流れは速かった。そして川の周囲はジャングルに囲まれていた。静乃はパニックになりそうになるも、どうにかして岸辺にあがろうと泳ぐ。が、着衣水泳は難しい。どんどん流されていく。



「ちょっと橘!? どこよ!!」



 圭吾の姿を探すが見当たらない。次第に静乃の耳に嫌な音が聞こえ来た。それは水が落ちる音だ。静乃は川の進行方向へを見る。当然、川は途中で途切れていた。つまり滝だ。



「ちょっと!!!! 嘘でしょ!?」



 静乃は無抵抗のまま滝に落ちていった。静乃の意識はそこで途切れてしまうのであった。































 



「ん……」



 静乃はゆっくりと目を開けた。最初に視界に映った物それは茶色の天井だった。見覚えないの天井を見つめながら、静乃はゆっくりと首を横に向けた。

 そして静乃は驚いた。そこには見た事がない人間がいたからだ。



「……猫耳?」



「はい?」



 猫耳を頭に生やした少女がそこにはいた。少女は静乃の声に耳を震わせてこちらに顔を向けた。中南米においての代表的なコートであるポンチョを身に纏い、水色の長髪を靡かせるその猫耳少女は起きた静乃に笑顔を見せた。



「一之瀬静乃さん。始めまして、私の名はリオッテ。ネリーテ一族(ぞく)の者です。圭吾さんからはお話は聞いております」



 そう説明しながら、水の入った木のコップを静乃に手渡す。



「あっ。どうも」



 つい静乃は手に取り、礼を言ってしまうが直後に目を丸くした。



「猫耳っ!?。本物!?」



「はい? 本物? 本物とはどういう意味ですか?」



 暖簾の様な布の掛けられている出入り口から、圭吾が現れた。



「一之瀬。少しうるさいぞ」



「橘!? あんたねぇ!」



 静乃は圭吾に一番文句が言う。川に出で滝に落ちるなど事前に説明しろと静乃は言いたかったが、圭吾はそれを察したの如く手をかざした。



「何よ?」



「お前の言いたい事は分かっている。川に落ち、滝に落ちた事だな」



「そうよ!」



「悪かった。通過中に酔ってしまってな。お前を助ける余裕がなかった」



「そもそも最初から説明しなさいよ! おかげで荷物とか濡れ濡れじゃない!」



「悪い悪い。俺も酔うとは思ってなくてな。落ちる前に助けられると思ってたんだよ」



 圭吾は手に握っていたリュックを掲げた。



「お詫びに乾かしておいた。それに服もな」



 静乃はここで気づく。今着ている服はスポブラの様な物とスパッツの様な物だと。それ以外は肌が丸出し。恥ずかしくなり、掛け毛布で体を隠す。



「変態! また私の裸見たの?」



「ご安心ください。着替えは私がしましたから」



 そう苦笑いでリオッテは言った。



「そういう事だ。リュックの中に入っていた物も濡れて駄目になっていた物も使える状態にしておいたからな」



 リュックの中には生理用品や下着があった。それらを考えると静乃は恥ずかしくなった。



「女の子の荷物を勝手に覗くとかあんた最低よ。 私が起きて許可されてからやりなさいよ」



「時間がない。そもそもお前の下着とか興味がない」



 聞き捨てならない言葉を静乃は聞いた。最初から圭吾は嫌いな男だが、さらに嫌いになりそうだと静乃は思った。興味がない。安心した様な気持ちをどこか感じつつ、女としての魅力を否定された気分になった。



「私の下着に興味がないって……あんたねぇ!」



「ほうほう目覚めたようじゃな」



 その声に一同がその声のしたほうへと顔を向けた。そこにポンチョを着た老輩の男がいた。腰が曲がり、長い髭を蓄えて杖を持つ老人だった。しかし、ただの人ではない。リオッテと同じく猫耳を持つ。



「長老」



 圭吾が言った。



「圭吾。お前さんが連れてきた女子は目覚めたようじゃな」



「はい。助けていただきありがとうございます」



「いいのじゃ。困った時はお互い様じゃ。それに……」



 ここで静乃は長老と呼ばれる老人の目がいやらしい目になっている事に気づく。



「いいおっぱいじゃった!!!」



 そう言って長老はサムズアップした。



「おじいちゃん!!!」



 リオッテが顔を赤くして言う。孫娘としては祖父の行動は身内として恥ずかしい。



「いいじゃろ! 若いおっぱい見たいんじゃわしは!」



「覗いてたのね! もう、エロいんだからおじいちゃんは!」



「エロいだと! そこは元気だねおじいちゃんって言う所だと前から教えているじゃろリオッテ!!!」



「もっと他のとこで元気を証明してよおじいちゃん!」



 その会話を聞いていた静乃は長老を責めるよりも、つい吹くように笑ってしまった。



「ほう。やっぱり笑っていたほうがかわいいのぅ」



「えっ?」



 そう言われて静乃は顔を赤くした。



「長老。後でお話があります」



 圭吾が言った。



「今後の事か? 後でわしの家に来い」



「はい」



 長老は一人出て行った。



「それで一之瀬。お前に身につけて貰う物がある」



 圭吾はそう言って、部屋の片隅の机に置いてあった。巻かれた包帯を手に取った。



「これは抑制呪帯(よくせいじゅたい)と言って、体に巻くことにより呪術の発動や効果を遅延させたり弱体化させたりできる物だ。お前にはこれを体に巻いてもらう」



 抑制呪帯。包帯に魔術文字が刻まれた道具である。魔術世界のこの世界において呪いを受けた者が抵抗する策として用いられる常套手段の一つである。



「それでこの呪いは発動しないの?」



「完全に防ぐことは出来ない。発動しにくくするぐらいだ。それと俺達は準備を整え次第ここを立つ。帝国に向かうぞ」



「帝国?」



「この世界においての帝国とは“ガルディスト帝国”の事だ。ガルディスト大陸の中央部分を支配している大国で、ここから約5000キロ。海を渡った先にある」



 5000キロと言う数字にピンとこない静乃だったが、途方もない距離だとは分かる。



「まさか……歩いていくとか言うんじゃないでしょうね?」



「ああ、そのまさかだ」



 その圭吾の言葉で静乃の士気はグッと下がった。



「5000キロなんて歩いた事ないわよ!」



「だろうな。まあ、俺は一万キロ歩いた。俺が出来たならお前にも出来るはずだ」



「無茶言うな。昔と違って私はか弱い乙女だ」



「お前の口からか弱いだと!……明日は恐ろしい物が降ってきそうだ」



「……ねぇ橘。あんた、昔に比べてさらに口が酷くなったじゃない?」



「それはお前の気のせいだ。それより包帯を巻け、それが終わったら準備に取り掛かれ」



 圭吾はそう言って、リオッテに合図を送る。リオッテは軽く会釈し、圭吾は出て行った。



「仲良しなのですね」



 リオッテは清清しい笑顔で静乃に言った。



「どこが!?」



「そう見えますよ? 二人は幼馴染なのですか?」



「幼馴染って言うほどの付き合いはないわよ。まあ、腐れ縁はあるかもしれないけど」



「そうですか……では、静乃さん。包帯を巻きますね」


























「長老」



 圭吾は長老の家へと入った。そこで長老は椅子に座って茶を啜っていた。



「この度もご協力感謝いたします」



「いいのじゃ。お前さんのご先祖には昔大きな借りがあるのでな」



「曽祖父はかつて世界中を回っている時、奴隷として囚われたあなたを助けたそうですが今の曽祖父からは考えられません」



 圭吾は曽祖父と直接会った事はないが、幾度も間接的に話している。その会話から曽祖父は人情を重んじる様な人柄ではなく、冷徹な魔術師だと圭吾は感じている。



「人は変わる。若い頃の奴はやさしい男だった」



「そうですか……」



 圭吾は腑に落ちなかった。



「話は変わるが帝都に向かうのか?」



「はい」



「魔力を感じないあの娘を連れて帝国に向かうのはあまりおすすめできんな。魔人どもの格好の餌食じゃぞ」



「それは承知の上です。策は考えております」



「そうか。しかし、それとあの組織が絡んでいるのだろう? それも考えておるのか?」



 “組織”とは、東京危機(トウキョウクライシス)を計画し、東京を侵略し地獄へと変えた秘密結社。最古の名はイデア魔術会と名乗るあの組織だ。



「その為に曽祖父から力を貸して貰っております。曽祖父もあの組織は毛嫌いしている様ですし」



「そうか。ならいいのだが」



 長老はそう言って茶を啜った。



「早くても明日の朝に出るのだろう? 今夜は宴を考えておる。今日ぐらいはゆっくりして行け」



「そうしたい所ですが、準備があるのです」



「せっかちな奴じゃの。だが、宴にはちゃんと出ろ。村の者はお前さんを気に入っているからな」



「はい。では、そうさせて頂きます」



 圭吾はそう言って長老のテントから出て行った。


































「おいお前! 圭吾のメスなのか?」



 テントを出た静乃は目を輝かせていた。なぜなら目の前に猫耳の小さな男の子達が三人いるからだ。その姿は可愛らしい、フィクションの中でしか見たことがない猫耳が目の前にあるという事実に静乃のテンションは上がっていた。

 川の辺にテントを張り、生活するネリーテ一族は先住民族であり、獣人族猫人目に属する獣人の種族である。




(何これ! 猫耳! 猫耳よね! すっごい! すごいかわいい!!)



 惚けた顔で男の子達を見る静乃に対し、一人のネリーテ小僧が静乃の胸を揉んだ。



「きゃあ!」



「この人間のメス。大した乳じゃねぇぞ」



「なっ!?」



 確かに大したサイズではないが、とても失礼だと静乃は怒鳴った。



「ちょっとねぇ! いきなり女の子の胸を揉むとかどういう神経してんの!?」



「うっさいメスだな。ぼっーとしてるお前が悪い」



「そうだそうだ」



 とても可愛らしい容姿だが、言動はセクハラおやじそのものである。



「こら! 客人に失礼でしょ!」



 テントから出てきたリオッテが三人の小僧に向けて怒鳴った。



「ごめんなさい静乃さん。我々の一族は男尊女卑が強い民族なので、女性に対して配慮がないのです」



「リオ姉の方がでかいな!」



 小僧達はそう言って逃げるようにその場から消えていった。静乃はなんてデリカシーがないんだと思いつつ、ここは日本とは違うという事、つまり違う世界だと実感した。



「お気を悪くさせて本当にごめんなさい。あの子達には後できつく言っておきますから」



 リオッテが申し訳なさそうに言った。



「いいのよ。まあ……胸触られたぐらい」



 ここに来るまで好きでなはい男に見られ、エロ長老に見られてもう正直怒るのも疲れている。



「そうだ。その程度でいちいち騒いで貰っては困る」



 その声に二人は振り向く。そこには圭吾が立っていた。



「どういう意味よ?」



「文字通りの意味だ。明日から向かう所は基本人間がアウェイな土地なんでね。どんな事があっても文句は言うな。ストレスが溜まる」



 そのストレスが溜まるという圭吾の台詞に静乃はカチンと来た。もう大きなストレスは感じている。



「あのねぇ! 川に落とされてんですけど私!」



「だからどうした? 川に落ちたぐらいで」



「普段の生活で川に落ちることなんてそうそうあるもんじゃないでしょ!? なのに謝罪の言葉とかないの?」



「悪かったと言ったはずだが? もっと謝れと言うのか? そうか、なら…………ごめんなさい」



 その“ごめんなさい”は明らかに棒読みだった。



「何か棒読みに聞こえたんだけど気のせいよね?」



「気のせいだ。きっとまだ耳に水が入っているせいだろう」



 そんなものは関係ない。と静乃は心中で言うのであった。



「圭吾さん。もしかしてこちらの世界について静乃さんに詳しく説明されてないのでは?」



 リオッテが申し訳なさそうに圭吾に聞いた。



「えっ? ああ、まだ教えていない。旅の最中で教えてやろうと思っていたが事前にある程度教えてやる」



 相変わらず偉そうな圭吾に静乃は嫌悪感を感じつつも、仕方なく聞くしかない。



「リオッテ。世界地図を持ってきてくれ」



「はい」



 リオッテはそう言ってテントへと向かった。



「まず最初に言っておく。この世界は俺達の住む世界ととても似ているがとても異なるともいえる世界だ」



「どういう意味?」



「こちらも宇宙が存在し、なおかつこの世界は……つまりこの星は太陽系第三惑星地球として定義されている。一年を365日とし、一日を24時間として生活している点は俺達の世界と全く同じだ。四季もあるとなるとなおさらだ」



「私達と時間の感覚は同じなのね。それならあまり困りそうにないけれど?」



「似てる点は確かに多い。だが、決定的に違う事も多い」



 圭吾がそう言い終えた時、リオッテがちょうど良く丸めた世界地図を持ってきた。それを圭吾は受け取り広げた。



「見ろ。この世界の世界地図だ。この世界の地理は二大陸を基本とし語られる」



 圭吾が開いた世界地図には大きな大陸が左右に描かれていた。地図の真ん中から左側の大陸がやや大きく、右側の大陸は左側の3分の2程度の大きさだった。地図に記された文字は英語の筆記体に似た文字であるが静乃では読めない。



「こちらが俺達がこれから向かうガルディスト大陸」



 圭吾は地図の左側を指した。一番大きな大陸である。



「そしてこちらがラスティア大陸だ」



 圭吾はそう言って右側の大陸を指した。右側の大陸の南部は島々が連なる諸島や列島が集中している。



「ラスティア大陸はアステア共和国を中心とした連合が構成されている。こちらで言うヨーロッパ連合に近い。そして主にこのラスティアに多くの人間が住んでいる」



「人間が住んでいるのは当たり前じゃないの?」



「そうなんですけど、そこは少し違うのです」



 リオッテが言った。



「こちらの世界で決定的に異なる事の一つ。それは魔人、つまり“魔族”がいるという点だ」



 魔族。そんな存在は静乃にとっては漫画などの存在、フィクションの存在だ。いきなり魔族と言われてもピンとこない。



「魔族……?」



「そうだ。この世界には人とは異なる存在がいる」



 決定的な違い。それは魔術と魔人の存在だ。魔術は説明不要だが、魔人魔族については静乃にとって

全く未知の存在である。



「簡単に説明するとファンタジー系の創作物に出てくる物と同じ様な存在だと思っていい。だが甘く見るなよ。魔族と呼ばれる奴らは人間より多くの魔力を持ち、怪力などの特殊能力を持つ者が多い。数は人に比べて少ないが生命力は人の比ではない。また独自の文化を形成し、民族意識が高く争いが絶えない民族もいる」



 簡単に説明された静乃だったが、少し恐怖心を感じた。



「そんなのがいるの?」



 静乃はリオッテに聞いた。



「はい。ちなみに我々ネリーテ一族は獣人と呼ばれる比較的魔人族に近い存在です」



 リオッテは右手を自身の胸に当てながら説明した。



「本当にファンタジーな世界って事ね。ここは」



「そうだ。まるで絵に描いた様な世界だ」



「それでだ。一之瀬」



「何?」



「俺達が行くガルディスト大陸は魔族達の陸だと言っていい、人間にとってはアウェイな所だ」



「はっ!? 魔族がウヨウヨしている所になんで行くのよ!?」



「お前の呪いを解けそうな解呪師が帝国にしかいないのだ。しょうがないだろ。それと俺は既に行っているから安心しろ」



「本当に大丈夫なの?」



 不安になる静乃。



「まあ、未だに人間が奴隷として扱われる地域もありますが圭吾さんがいれば安心ですよ」



 リオッテはそうサラリと言ったが、静乃は気が気でない。



「安心できないわよ! 本当にあんたといれば大丈夫なのよね」



「安心しろ。無傷で東京に帰してやる」



「確かにあんたの強さはこの目で見てきたけど、そんな物騒な魔族とか聞かされたら不安だわ」



「確かに恐ろしい存在ではあるが、人を当然と食らっていた数世紀前よりはだいぶマシだ。いいか一之瀬。おとなしくして目立たなければいいんだ」



 魔族の中には人を食らう種族がおり、ヒトモドキというほぼ人肉と同じ味がする家畜猿が100年前に登場するまで多くの魔人は平然と人を攫い、食らっていた。

 ヒトモドキの登場や法の整備により、現在、表向きでは人攫いは重罪、そして殺人食人は死罪として扱われている。しかし、長寿の魔族の中では未だに人の味を忘れられない輩がいると噂されており、秘密裏に人間が取引されているとも言われている。



「あんたの言うとおりにすればいいんでしょうけど、やっぱ怖いわよ」



 静乃の不安は当然だった。食われるなど想像を絶する。



「この世界に来た以上俺なしでは元の世界には戻れない。俺の指示には従って貰う」



「分かったわよ……」



 静乃はそう言ってため息をついた。

 圭吾はそんな様子の静乃に対し恐怖は理解できた。しかし、そんな恐怖で立ち止ませる事はできない。この世界は“日本”とは違う事をいち早く理解させるべきだと圭吾は思っていた。


































 夜になるとネリーテ一族の全員による圭吾たちの為の歓迎の宴が始まった。村中の者が歌い踊り、その中心で圭吾と静乃はいた。

 二人の周りには鮮やかな料理がズラリと並べられているが、現代の日本人では到底考えれない料理もあり、それを見た静乃は絶句した。



(嘘!? 虫の炒め物!?)



 それは見たことがない様な虫が大量に混ぜ込まれて炒められた料理であった。一部カブトムシに似た虫が見え、その幼虫らしき物が見え、そしてあのGの頭文字が付く害虫に良く似た虫がチラリと見えた。その料理に静乃は吐き気を催した。



「おい一之瀬。それは見てくれはそんなだが、ともておいしいぞ」



 そう言ってカブトムシらしき昆虫を手で掴み頬張る圭吾に、静乃はさらに吐き気を催す。



「よく食えるわねあんた!?」



「喰えちっぱいメス!」



 昼間に静乃の胸を揉んだ男の子が、笑顔でその料理の一部を手掴みで持ってきた。しかし、その一部はあのGの半壊した姿だった。



「いやぁあああ!!!! 近づけないで! 気持ち悪い!」



 静乃もそこは女の子だ。Gの害虫など見るだけで嫌悪。それに良く似たそれを食えなど死んでも不可能。そんな事を知ってか知らぬか男の子は怖がる静乃を見ておもしろがった。



「アハハハッ! ちっぱいはビビリだな!」



「うっさいわエロガキ! そんなもん食えるか!!!!」



「つまんないメスだな。おいしいのに」



 男の子はそう言ってそれを自分で食おうとするが、一瞬の隙を突いて静乃の口にそれを放り込んだ。



「ほげぇええええ!!!!」



 なんともいえない奇声を発しながら、静乃は吐き出そうとしたが、それは止まった。



(……おいしい?)



 それは初めての味だった。東京に来ておいしいと呼ばれるレストランを廻った静乃であったが、害虫Gに良く似たそれはどのレストランでも味わった事がない程の美味だった。



(悔しいけどおいしいと認めざるといえないわこれ……)



 納得しない静乃であったがGを噛み締める。なんとも言えない嫌な音が聞こえて来るが、それでも美味の前では無視できるレベルだった。



「どうだちっぱい。おいしいだろ?」



 男の子の問いに黙って静乃は頷いた。認めざるおえない。このGによく似た虫はおいしい。



「もう満腹なのですか?」



 宴が始まって一時間が過ぎた頃。人の集まりから離れてそれを眺めている圭吾にリオッテがサラダ料理を一皿盛って来た。



「ああ……それにしても相変わらず賑やかにするのが好きな種族だな」



「はい。それが私達の特徴であり長所ですから。圭吾さんは嫌いですか?」



 リオッテの問いに圭吾は夜空を向いて答えた。魔術世界の夜空は無数の星が眩しいと感じる程だが美しい。



「特に嫌いではないけど、多くないか」



 そう言って苦笑いした。



「毎日ではありませんよ週に三日ぐらいです」



「それでも多い方だ。俺達の世界ではここまではしない」



「圭吾さんと静乃さんの世界では賑やかにしないのですか?」



「特別な日は祝うさ。誕生日とか合格した日とか、祭りだって時々ある」



 その圭吾の言葉に不服そうな顔をリオッテは見せた。



「それってつまらないと思います」



「だろうな。特にネリーテ一族なら」



「ギャハハハハッ!!!! 最高!」



 宴の中心から下品な笑い声が二人に聞こえてきた。それは明らかに静乃の声だった。



「おいリオッテ? まさかお酒が出ているのか?」



 その問いにリオッテは笑顔で答えた。



「当然出てますよ! わが一族自慢の酒を振舞っております」



 自信満々に言うリオッテに圭吾はため息をついた。静乃の酔った姿は初めて見るがどうやら酒乱らしい。あのエロい男の子をジャイアントスイングしている。



「うえーい! おもしろーーーーい!!」



 ジャイアントスイングをされても男の子は楽しんでいた。周囲の大人達もほとんど酔っていて、テンションはマックスだった。



「姉ちゃんすげぇな!」

「もっとやれやれ!」



 煽られる静乃。ニヤリと笑い、右手の人差し指を天に向けて指した。



「やってやんよぉ!!!!フォーーーーーーーーーーーー!!!!」



 そんな静乃の姿に圭吾は呆れつつも、明日は朝早く出発だぞと内心思うのであった。


































「おい」



 テント内で寝ていた静乃は圭吾の声を聞き目を開けた。そこにはマントを羽織った圭吾の姿があった。黒いマントの圭吾の姿はどこか怪しい雰囲気を醸し出している。

 周囲はまだ薄暗く、夜明け前だと静乃は理解した。



「頭が痛い……つーか何なのよ」



 二日酔いの静乃は不機嫌だ。



「何なのよじゃない。朝早く出ると言っただろ?」



「あっ……」



 静乃はすっかり忘れていた。昨夜の宴が予想外におもしろく、のめり込んで飲みすぎて寝てしまったのだ。そのせいか当初の目的を忘れていた。



「お前は観光客か? 呪いを解くために来たのを忘れてないだろうな」



「……はい」



 正直に言うと忘れてましたと言いたい静乃だったが、言ったら怒られそうなので黙った。



「さっさと支度しろ。出発するぞ」



「分かったわよ」



 だるい体を起こした途端、テントに誰かが入ってきた。



「リオッテ」



 リオッテだった。寝巻き姿のリオッテは二人を見て少し残念そうな顔を見せて言った。



「もう行ってしまうのですね」



「ああ、世話になった。長老にもよろしく伝えてくれ」



「帝国は良い話は聞きません。道中お気をつけて」



「ああ」



 圭吾は言った。

 そして不安な顔を見せる静乃にリオッテは気遣い言った。



「圭吾さんと一緒なら大丈夫ですよ静乃さん」



 そう言われて静乃は圭吾を見るが、納得出来ぬ顔でリオッテが言った。



「実は言うと昔からこいつ嫌いで苦手なのよ」



「奇遇だな。俺もだ」



 この圭吾の性格は中学時代からだ。その時から苦手だった静乃にとって彼との旅などストレスが溜まる事しか想像出来ない。



「はぁー不安よ」



「そうかい。ほら行くぞ」



 圭吾はテントから出て行く。しばらくして準備を整えた静乃も外へと出た。リオッテから譲って貰った茶色の長袖と東京から持ってきたジーンズを着用し、その上からポンチョに酷似したマントを羽織い、さらにマントの中にはネリーテ一族特製のショルダーバックを背負った静乃は来た前とはだいぶ違う姿となった。



「おい圭吾」



 その声に圭吾は振り向く。するとそこには長老がいた。



「長老。起きていたのですか?」



「老人が朝早いのはお前さん達の世界でも同じじゃろ」



 言われてみればそうである。



「見送りなどいいのに」



「遠慮するな。それより曽祖父にはよろしくな」



「はい。この度も世話になりました」



「おう。気をつけてな」



 圭吾は一礼すると歩き出す。その後を静乃も「お世話になりました」と言って急いで一礼し圭吾に続く。

 まずは川沿いを下り、最寄の町へと向かう。そこまでは歩きだ。



「ねぇ橘」



「何だ?」



「最初はどこに行くの?」



「このまま川沿いを下り近くの町だ」



「ふーん。それはどれぐらいかかるの?」



「歩いて一時間だ」



 その言葉を聞いて静乃のテンションはさそっく下がった。運動は嫌いではないが、一時間も歩くなど苦痛でしかない。




「嫌だなという顔だな。残念ながらその町で買い物を済ませた後は三時間は歩いて貰うぞ」



 さらにテンションは下がった。想像はしていたがやや想定以上だと静乃は思った。

 


「そんな事よりお前あんな事をするのだな」



「何か言った?」



 二日酔いの頭痛とテンションが下がったおかげで圭吾の言葉を静乃は聞き逃した。それに対し圭吾は

静乃に気づかれる様に笑った。



「いや、なんでもない」



 二人の魔術世界の旅は始まった。旅は前途多難である。魔族が闊歩するこの世界に現代日本の常識は通用しない。一之瀬静乃は呪いを解き、東京に帰る事が出来るのかは誰にも分からない。


































 

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