目的は眼
一筋の眩しい光が突き進む。圭吾の左手から放たれた魔力を織り込まれ膨大な熱量を帯びた巨大ビームは、木々や車、土手、高架、建物を次々溶かして貫き、東京スカイツリーの横を通って食人臓体へと向かう。その驚異的な攻撃にロイは素早く感知し、驚嘆する。
「なんだと!? こんな事が!?」
昭和通りにいるグールの一匹がビルの壁が熱せられているのに気付き疑問符を付けた奇声を発した。
「きぃやぁ?」
みるみるうちに熱され、赤くなっていく壁に興味を示すグールはたちまち増えた。
そして次の瞬間、壁が完全に溶けて眩しい光がグール達を包みこむ。突然の事に驚き、溶かされていく中、最後に苦し紛れの奇声を発した。
「きぃやあああああああああああああ!!!!!!!」
あらゆる障害を溶かし進むビームは、確実にラクーアの食人臓体に向かう。しかし、ロイも無防備でない。防御魔術は備えている。
「鉄の球(スイール・ボール)!」
魔戦術兵器“鉄の球(スイール・ボール)”が五つ食人臓体の前に現れた。そして大きく円形に並び、五つの間に巨大な魔力防壁を構成する。それは圭吾の砲撃を受け止める魔力の壁だ。半透明で紫色の壁が、光の砲撃を受け止める。
防壁は軋みながらも、防ぐ。
「くっ!」
凄まじい威力が壁に激突し、空気が震える。壁によって防がれたビームは一部流れ弾となり、周囲の道路やビルに直撃してはそれらを溶かした。
攻撃を完全に受け止め終わったのは、攻撃を受けてから30秒後の事だった。
「うはははははっ!!!! やってくれますね! 三流魔術師!」
ロイのテンションは最高潮だ。遥か遠方に声は届きはしないがロイは確実に圭吾を見定めた。
「くっ……これだけの数を隠していたのか……!」
冷却された左腕に少々の痛みを感じながらも、攻撃が通らなかった事を圭吾は悔む。しかし、予想範囲内であり、次の手も考えている圭吾はすぐさま行動を起こす。
地面に刺した刀を引き抜き、先程の攻撃により道となったビームの痕を走り出す。公園を抜け、荒川を飛び越えて、ビーム痕に沿って凄まじい速度で食人臓体へと向かう。マントの効力で身体強化は普段の10倍であり、常人からさらにかけ離れた行動が可能である。
「来ますか! いいでしょう! 相手をしますよ!」
ロイはステッキを振るい、グール達に指示を送った。それはもちろん圭吾の迎撃だ。
総勢約1000万匹のグールが、一斉に動き出す。その光景は壮大であった。地面を覆い尽くす様な感覚に陥りそうな程の数が蠢く。
「来るか!」
感知にてグール達のの動きを察知した圭吾は、突如、食人臓体には向かわないルートを走り始める。それは南下するコースだ。スカイツリーを目の前に、江東区に向けて進路変更した。信号機を蹴り、標識を蹴り、建物の屋上を凄まじい速度で移動する。
「ビビりました? そんな事はないですよね?」
当然グールの群れも圭吾を負って江東区方面へと流れる。必死に逃げる様な形に見えるが、圭吾には策がある。
(付いて来い。 お前達は本体から引き離す!)
圭吾の策は、まずはグールを食人臓体から引き離す事である。これだけの数はいくらマント装備でも倒せない数であり、引き離した後、本体にとっておきの一撃を本体に食らわす。
圭吾はビルの屋上、民家の屋根を忍者の如く駆け巡る。その後をグールが地上と屋根から二手に分かれて追う。
「きぃやあああああああ!!!!」
一匹だけ突飛したグールが圭吾の横から襲う。しかし、圭吾は難なくそれを避け、振動剣化した刀で頭を斬り飛ばした。
「きぃやあ……!」
倒されたグールは仲間により捕食される。
「こいつら見境ないな」
グールの行動に歯止めはない。進化したグールは効率重視で仲間さえも食らうのであった。
「ちっ」
先回りされた事を感知で察知した圭吾は、舌打ちした。目の前のビルの屋上にグールが三匹待ち構えていたのだ。
「きぃやああああああ!!!!」
三匹が一列に並んで、ビル屋上に飛び込んできた圭吾を襲う。圭吾は襲ってきた一番のグールの頭を踏み台にし、二番目に鋭い爪で攻撃して来た二匹目のグールを交わして刀で頭を突き刺し、二匹の背後からジャンプして攻撃してきた最後の三匹目は肩マントよるビーム攻撃で吹き飛ばした。
どこかで見た様な光景である。まさかあれをすべて蹴散らすとはとロイは驚いた。
「すごい、すごいです! まさかあれを避けるとは!!!」
圭吾は残った残り一匹を刀で蹴散らすと、再び走り出す。
「ここで蹴散らす!」
圭吾は、肩マントに魔力を送る。次の砲撃を行うのだ。増幅の魔眼をフル稼働させて、肩マントに魔力を送る。一分足らずで肩マントに魔力がチャージされた。
東京都現代美術館の屋上に、降り立った圭吾は、大きく空に向けて100m程度飛び上がり、向かってくるグールの大軍に左腕を向ける。右手で左腕の肘を支え、肩マントは緑色に輝き出し、左手の掌が緑の光を放つ。
「食らえ!」
緑色の巨大なビームが放たれる。放たれたビームに寄り何万のグール達は次々融解していく。そのまま圭吾は薙ぎ払う様に撃ち、食人臓体に向けて撃つも、再び鉄の球の防壁に防がれるのであった。
「ほう。連射とはやりますねえ……しかし! まだまだ!」
「ちっ!」
圭吾の左腕に痛みが走る。無理な連射で左腕にダメージとして重なる。ジョンから『最低一時間以上あけて撃て』と言われているが、圭吾は自責の念から撃ったのであった。しかし、それでも敵は打ち破れない。
(そろそろ頃合いか)
圭吾は少なくなったグールを引き連れて、徐々に西へと向かう。建物の上を高速で跳び、移動する。江東区から中央区に向けて、進路を変更し、墨田川を越えようと圭吾は跳んで、走る。
「どこに向かうのですか?」
ロイは圭吾の行動が読めなかった。感知出来ていた圭吾の魔力も、今は微かに感知しか出来なくっていた。それは圭吾がロイのの感知魔術を解析し、対応している事を意味している。
(ただの三流ではない様ですね……私の感知を見抜くとは――しかし!)
圭吾が隅田川を一飛びで越え月島を抜け、月島から一飛びで築地に大きく跳んだ瞬間、すぐ横、数キロ先に位置する清洲橋に群がるグールを圭吾は横目で見た。そして一匹の口に光が灯っている事に気付く。その一匹のグールに多数のグールが体中に齧りついて、魔力を送ッている事に圭吾は気付いた。
「まさか……!」
「ビームはあなたの専売特許じゃありません! 発射ああああああああ!!!!!!!!!」
ロイが高らかに宣言すると、一匹のグールからビームが圭吾目掛けて放たれた。紫色の巨大ビームが空中を移動する圭吾を襲う。
当然、空中では方向転換できない圭吾は、危機感を募らせた。
「くっ!」
寸前で魔力防壁を展開、そして肩マントに覆われた左腕を東京タワーに向けて肩マントの機能の一つである魔力にて構成される飛行錨(ロケットアンカー)を発射する。
(間に合え!!!)
紫の大きなビームが空中漂う圭吾を襲う。一見、圭吾は消滅したかに思えたが、ビームの中から一本の錨が飛び出した。緑色のエネルギー(魔力)で構成された跳ぶ錨は、高速で真っ直ぐそのまま東京タワーに突き進んだ。そして第一展望台一階に突入し、壁に突き刺さると、固定された。
「何をするつもりです!?」
ホテル屋上にて観察していたロイが呟いた。
圭吾は楔を巻き上げる。すると、ビームの中から圭吾が飛び出した。球体の防壁にて完全にビームを防ぎ切った圭吾は、そのまま東京タワーに飛んで向かう。
圭吾は防壁を解除する。魔力を大量に消費した事を感じ取った圭吾は、疲労を感じる。
「なんだか分かりませんが落とします!」
圭吾の意図が未だ分からないロイは、先回りさせていたグール達を攻撃させる。高速で空中を移動する圭吾に向けて、複数のグールがジャイアントスイングにて、味方のグールの足を掴んでは、高速で回っては投げ飛ばした。その光景は滑稽だが、次々飛び掛かってくるグールの命中率は決してそう低くなく、移動する圭吾の周囲を次々通過しては落ちていく、次第に圭吾の真横に迫る個体も現れた。
「きぃやあああああああああああっ!!!!!!!」
その一匹の攻撃が圭吾を襲う。得意の奇声を発しながら、グールの爪攻撃が圭吾の衣服を掠めた。服を切っただけで、傷にはならなかったが、圭吾はひやりとした。
「くっ!」
「何をやっているのですか!? 当てなさいよお!!!」
当たらないグールの攻撃にロイは苛立ちを覚える。そうしている間にも、圭吾は東京タワー第一展望台一階に飛び込む事に成功した。ガラスを突き破り、転がる様に着地してしまったが、怪我無く到着した事に圭吾は安堵した。
「……これからが本番だ」
圭吾は一人そう呟いて、立ち上がった。
東京タワーに飛び込んだ圭吾を見たロイは、グール達を東京タワーに登らせ、周囲から触手を走らせた。あっという間に東京タワー周辺はグールと触手だらけとなった。
「さあ! 追いつめましたよ!」
ロイは勝利を確信した。対して東京タワー内の圭吾は膝をつき、集中して魔力をタワー全体に送る。タワー一つに魔力を送り込む作業は人間一人では苦行であるが、仕掛けた魔法陣を無駄にしない為にも、圭吾は懸命に送る。
「いけぇ!」
全力で送る。その間にもグールが第一展望台にまで登り詰め、圭吾を視認し、奇声を発した。
「きいやあああああああああああ!!!!」
その時だった。東京タワーが一瞬で消えた。群がっていたグール達や触手は一斉に落ちていく。突然の事にロイは驚嘆しながらも、何が起きたのか観察する。
「何!? 何をした三流魔術師!? タワーが消えただと!?」
グールの目を通して、タワーのあった場所をくまなく観察するロイ。しばらくしてロイは圭吾が転送魔術を用いた事に気付いた。タワー跡地から、転送による魔力の残留が確認できたのである。
あの三流魔術師……転送魔術を使ったのか!? これは三流を改めないといけませんかね――
そう思いながらニヤリとロイは笑う。三流だと罵っていたが、二流程度まで上げてやろうかと思っている様だ。
「にしてもー……どこに飛びました?」
ロイは周囲をくまなく探す。1000万匹のグールを用いて、東京のあちこちを探すが東京タワーを確認できない。
あんな巨大な物どこに隠せる? どこに飛ばす? あの魔術師何か……
転送され消えてから一分が経過した時、ロイは気付いた。
まさか……!!?
上からだ。空からあの赤いタワーが真っ逆様に食人臓体目掛けて落ちてきた。曇った空を打ち破って落ちて来た東京タワーは、とてつもない落下速度で真っ直ぐに落ちていく。これが圭吾の仕掛けた秘策であり、大本を倒すための必殺の一手として考え出されていたものだ。
予想外の攻撃にロイは驚嘆しがらも、冷静に対応した。
「食人臓体! 受け止めよ!」
ロイの命により、巨大な触手四本で落ちていく東京タワー目掛けて動く。四つの手がタワーを受け止めようとするが、圭吾がそれを阻止する。
東京タワーの天辺付近にいた圭吾は、切断力最大の振動剣化した刀で、四本の巨大な触手を斬り刻んだ。綺麗に刻まれ、バラバラになった触手は落ちていく。
さらに圭吾は、最後の仕掛けで東京タワーを回転させる。
「くっ!!!」
ロイは苛立ちながらも、食人臓体の真上に鉄の球を再び円形に並ばせて魔力防壁を寸前で展開する。激しく回転した東京タワーの先端が直撃した。激しく空気が震え、衝撃が周囲のガラスを吹き飛ばした。凄まじい衝突エネルギーが発生し、夜で暗かった東京は少し明るくなった。
「防ぎ切れ!」
鉄の球による防壁は明らかに押し負けていた。ロイは少々焦りながらも、懸命に鉄の球に自身の魔力を送る。すると防壁は盛り返し、徐々に東京タワーを押し退け始めた。
(よし!)
ロイはこれも防ぎ切ったと確信した。三流だと侮っていたがよく私を追い詰めたなと思いながら、回転が弱まって行く東京タワーを見つめながら言った。
「よくぞ私をひやりとさせました。でも……もうおしまいですよ! 三流魔術師!」
その言葉を言い切った直後、回転しながら落下していた東京タワーは回転が止み、バラバラに分解された。赤い鉄骨や展望台のガラスが次々離れ離れとなり、食人臓体の周囲に音を立てて落ちていく。
(……そういえば……あの三流魔術師は?)
攻撃を防ぎ切った余韻に浸っていたロイは重大な事を忘れていた。
この攻撃を行ったあの三流魔術師の姿が見えない事だ。
「まさか――!」
ロイは遅かった。そして圭吾は勝利を確信した。バラバラとなる鉄骨に紛れて、食人臓体の真横に現れた圭吾の左手に見えるのは緑色の光。肩マントの砲撃の光だ。
「くそ……くそがあああああああああああああああああ!!!!!!!!!」
「いっけえええええええええええええええええ!!!!!!!!!!!!!」
圭吾の捨て身の砲撃が撃たれた。それは魔力をありったけ込めて放たれたのである。ラクーアの北側に位置する路線の真上で放たれた砲撃は、ほぼ南に向けて撃たれた。
無防備の食人臓体に直撃した巨大かつ緑色のビームは、そのまま食人臓体を焼き殺しながら、凄まじい速度で押し退けていった。千代田区の皇居を通過し、新宿駅の横を通って、レインボーブリッジに食人臓体を叩きつけた。
悲鳴を上げる事ができない食人臓体であるが、その光景から悲鳴が聞こてきそうであった。容赦ない熱で焼かれて灰と化していく。
「ぐっ!」
ビームを掃射する圭吾の左腕に激痛が走る。しかし、圭吾はやめない。これで決まるの攻撃をやめるわけにはいかない。
激痛に耐えつつ、ビームが放たれて一分後、食人臓体は細胞一つ残らず緑色のビームにより灰にされ消滅した。食人臓体が直撃したレインボーブリッジは一部を残して音を立てて崩壊していく。
東京を地獄にさせた元凶は消滅した。圭吾は安堵したが、次の瞬間、背後からの攻撃に気付いた。
「きいやあああああああああああ!!!!!!!」
圭吾は一匹のグールの蹴りによって吹き飛ばされた。東京ドームの真上まで飛ばされた圭吾は、東京ドームの屋上に着地した。すると、とこからか飛んできた魔弾が、東京ドームの屋根を斬り裂いて圭吾をドーム内に落下させる。
「しまっ……」
動きたい圭吾であるが、動けない。肩マントには火がついており、それは左腕全体を包み込んでいた。東京ドームの人工芝、センターに落下した圭吾は、火がついたマントを素早く投げ捨てた。
「はぁはぁ……」
辛うじて増幅の魔眼は発動しているが、もう魔力はゼロに近かった。増幅しようにも魔力は微か程度で、増幅してもたいした量にはならない。
そして左腕は黒く焦げていた。痛みは感じるが、左腕全体の感覚は薄れて、動かそうにも動かないのであった。左腕の機能喪失は圭吾のとって予想範囲内であったが、やはり現実に起きてしまうと喪失感は逃れらないのであった。
圭吾の体は満身創痍となっていた。
「よくぞやりましね! 三流魔術師!」
ドーム全体から聞こえてくる男の声に圭吾は警戒する。周囲を見渡し探る。するとホームベース付近に立つ燕尾服姿の男が圭吾の視界に入った。
「お前か……! この地獄を引き起こしたのは!?」
疲れ切り、ボロボロの体で立ち上がり、圭吾はセカンドベース付近まで歩いていく。
「いかにも! 私の名はロイット・バン・クリント。この世界とは異なる世界から参った魔術師です。あなたは?」
「……橘圭吾」
「タチバナ? んーやはり、この国の者の名ですか」
「何の事だ?」
「いえ。なんでもありせんよ。それより――」
ロイはそう言って、持っていたステッキの先端を激しく芝に叩きこんだ。
「よくもやってくれましたねぇ!! 私の最高傑作を!!」
ロイの表情が明らかに怒りに満ちている事に圭吾は気づきながらも、怯まない。
「黙れ! お前がやった事は最低の事だ! 人間のクズが何を言う?」
「黙るのはそちらですよ!……私の可愛い愛しき子たちは母体を失い、今頃消えていっているでしょう……なんとまあ可哀そうに」
そのロイの言葉から予想通りグールが消滅したと圭吾は確信した。大本を叩いて破壊すれば、グールは消滅するだろうと仮説し、それが実証されて安堵の顔を見せた。
「何嬉しそうな顔しているのですか!? こちらは被害者なのですよ!?」
「うるせぇ! 何が被害者だ!? 東京のあちこちで好き勝手に食い殺した野郎が言っていい台詞じゃねぇぞクズ野郎!」
「はぁ~? 食い殺したのは無力体質の者達ですよ? 何が悪いのですか!?」
「……何?」
無力体質という単語を圭吾は初めて聞いた。
「その様子からして知らない様ですね。無力体質とは先天的に魔力を持たない体質の事です。私の世界では魔力を持っているのが普通であり、持たない者は劣等人種なのですよ。つまりカス、ゴミです」
「つまり……お前にとって東京にいる人々は」
「察しがいいですね……そう――単なる奴隷かゴミとかカスですよ」
そう言ってロイはニヤリと笑って見せた。
「ふざけんな! だからって人を殺していいわけないだろ!」
「“魔力持たない者人であらず”です。これはこちらの魔術始書において記載されている文であります。そして私の国ではその文にのっとり、無力体質の者を殺しても殺人罪にはなりません」
圧倒的に異なる倫理観に圭吾は唖然とする。しかし、どう考えてもそれは許せないと圭吾は感じていた。
「お前の国の法律はよく知らんが、お前のやったことはここでは重罪だ。子供まで殺した貴様は恐ろしい外道だよ」
「無力体質のガキをいくら殺しても私の心は痛みませんでしたよ。むしろ楽しかったです。それにグールの材料になったんだからゴミとは言い過ぎましたね。訂正します」
その言葉から、グールが捕食した人々を材料に生産された事を圭吾は確信した。そしてこの男の内面がとても歪んでいる事に気づく。
「お前……腐っているのか?」
「どういう意味です?」
「人の痛みを理解できないのかと聞いている!?」
「人の痛みねえ……無力体質の奴らの気持ちなんて分かりませんよ。というか、分かりたくないです。アハハハハッ!」
そう言って笑うロイに圭吾は憤怒を覚えた。刀を強く握り、ここで決着をつけると決意した。
「お前は……ここで殺す!」
それが圭吾のできるせめての報いだった。一之瀬、レイナ、佐藤一家、松井、自衛官達と避難者達。その人たち全ての思いをゴミと罵り、踏みにじった男は圭吾にとって悪である極悪である。到底、許す事はできない。
「はあ? そんなボロボロの体で私を殺す? バカ言うのも控えたらどうです?」
「黙れ! お前は許せない! ここで死ね!」
「それは……」
ロイはステッキを持ちあげ、振るった。
「こっちの台詞です!」
その言葉と同時に、一塁側ベンチと三塁側ベンチの中からグールが大量に出て来た。計30匹、ロイの周りを囲む。
「もうグールはいないはずだ!?」
「これは私個人の為に用意した特注グール達です。私の魔力で構成され、他のグールより高い戦闘力を持っていますよ!」
ロイは余裕そうな顔で説明した。逆に圭吾は追い詰められ、危機感を募らせた。
「さあ。どこまで持つでしょうか? いたぶりがいがあります!」
グールの攻撃が始まって10分が経過した。ボロボロの圭吾を飛び掛かって攻撃するグールは五匹である。10分間の間、傷ついた体で懸命によけて大きなダメージを負わずにすんでいた圭吾は、まだ諦めていなかった。
(まだ! まだ奴を殺せるチャンスはある!)
そんな圭吾に対し、ロイは欠伸をしていた。とりあえず10分間待ったロイであったが、ろくに攻撃が当たらず悲鳴が聞こえてこない事に飽き飽きし始めてた。
「さらに5匹追加しますよ。よろしいですか?」
命乞いもしない圭吾に、ロイは感心しながらも内心見下している。正直、いつでも殺せるのだが、それでは食人臓体を破壊された恨みをはらせないのである。
「あ! そういえばすっかり忘れていましたよ!」
ロイがわざとらしく言った。グール達の攻撃が止る。
「あなたに見せたい物があるのですよ」
そう嬉しそうにロイは告げた。そして五匹を下がらせて、一塁ベンチにある者を取りに行かせる。
「さあーて! あなたはどんな顔をするのかな?」
何事かと圭吾が見つめる一塁ベンチから出て来たのは一之瀬静乃とレイナだった。両者とも気絶してぐったりとしたままであった。その為グールにより担がれて運ばれてきた。
(一之瀬! レイナ!)
圭吾は驚いた。飛行機も無事に乗っていたと思っていたからだ。そして同時に少し安堵もした。
「ほほう……その顔からしてやはりこの2人はあなたの大事な人ですかね? 空港のトイレで捕まえたんですよ」
圭吾の顔の様子から、ロイは確信した。
圭吾はどうすれば2人を助けられるか考える。もう、救いだせる手段は少ないが、せめてあの2人でも逃がしてやろうと思うのだ。
「その2人をどうするつもりだ?」
「こうするのです」
そう言って、一之瀬達をグールに羽交い締めさせた。そしてその二匹をマウンドに立たせる。
「ドラマチックにいきましょう。助け出したいお姫様はどっちかな?」
三匹が圭吾の前に立ち塞がった。
「どちらも助ける」
圭吾は小さくそう呟いて走り出した。最後の魔力を用いて懸命に動く。左腕は使えないが、まだ右手は使えるのである。飛び掛かってきた二匹のグールを刀で斬り刻む。斬り刻むも、刀は途中で止まる。しかし、強引に引き裂いて、一匹目のグールを刀を向ける。
二匹目のグールの頭部に刀を突き刺す。そして引き抜き、二匹目のグールは蹴りで吹き飛ばした。
「これで!」
最初に助け出したのは、一之瀬静乃だった。一之瀬を羽交い締めにしていたグールを倒し、一之瀬を担いで後退する。
ロイ達から離れた圭吾は、センターの外野席に一之瀬を運んだ。席に一之瀬を座らせる。すると、運良く一之瀬が目を覚ました。
「……たちば…………な?」
「起きたか一之瀬。いいかよく聞け」
「わたし……グールに襲われて……」
「そうだが生きてる。いいか一回しか言わない。よく聞け」
「そうだ……レイナちゃんは?」
静乃は辺りを見渡す。気付いたら東京ドームだという事に驚くが、ホームベース付近に見知らぬ男とグール。そして羽交い締めにされているレイナを見て、さらに驚いた。
「レイナちゃん!? 何やってんのよあれ!?」
「あれが親玉だ。いいか、お前の質問に答えてる時間はない。これからの事を説明する」
「何がどうなってんのよ?」
「……いいか。俺はこらからレイナを助ける。そしてお前にレイナを預けるから、そしたら逃げるんだ全力でな」
「逃げろって外にはグールがいんのよ!?」
「もういない。安心しろ」
「本当なの?」
「本当だ。俺を信じろ」
今までに見た事のない圭吾の目に、静乃は黙って頷き言った。
「分かったわ。あんたはどうす――」
静乃は圭吾の左腕が丸焦げになっている事に気付いて驚いた。
「その左腕! なにがあったの?」
よく見ると圭吾の服装がボロボロなのに静乃は気付いた。どこかしら疲れている様子に静乃は心配になる。
「あんたも逃げるんだよね?」
圭吾は返答しない。黙って背中を見せた。
「時間は出来るだけ稼いでやる。でも、過度な期待はするなよ。この格好から分かるよな」
「……死ぬ気?」
「さあな」
圭吾はそう言って、再びセンターに降りてロイ達の場所へと歩いて戻った。
「逃げる相談でもしましたか?」
「お前には関係ない。そんなことよりその子を解放しろ」
その子とはレイナの事である。
「嫌ですよ。そもそもなんですその口の利き方は? 立場分かってます? 私は有利な立場であり、今この子の命を握っているのですよ。だったら少しは改めて貰えないと」
「断る。誰がてめえみてえな外道クズ野郎を尊敬するかよ」
「ほほう、言ってくれますねー。でも、いいでしょう。その減らず口叩いてあげましょうか」
そう言って、ロイはパチンと指を鳴らす。するとレイナが目を覚ました。
「おにい……ちゃん」
「助けてやる! 待ってろ」
意識が朦朧とするレイナであったが、置かれた状況に気付くと暴れ出した。
「なにこれ?……助けてお兄ちゃん! 怖いよ! 怖いよお!!!」
数匹のグールが暴れるレイナを懸命に抑える。
「暴れないでくださいよ。これからいい事をしますよお嬢ちゃん」
ロイは柔和な笑顔をレイナに見せる。
「えっ?」
「お母さんに会いたくはありませんか?」
ロイの言葉に、圭吾は疑念を抱く。レイナの母はとっくに食い殺されていると確信しているからだ、
「嘘をつけ! この子の母親は……」
寸前で言葉を止める。圭吾は言えなかった。
「この子の母親はなんです?」
圭吾の言いたい事を見越しているロイは、圭吾にニヤリと笑って見せた。その笑みに圭吾は嫌悪する。
「さて……感動の再会です! お嬢ちゃん! あなたのお母さんですよ!」
わざとらしいロイの動作を合図に三塁ベンチの奥から現れたのは一人の女性だった。30代程度と思われる女性はどこかレイナに似ていた。
「お母さん!!」
レイナが涙目で叫んだ。そして羽交い締めにしていたグールがレイナを解放する。当然、レイナはその女性に向けて走り出した。
それと同時にその女性の正体を看破した圭吾は、レイナに向けて叫ぶ。
「違う! その人はお前の」
言わせるかと言う様な形で圭吾はグールの飛び蹴りを食らい、吹き飛んだ。
「ぐはっ!!」
「橘!」
センター外野席から静乃が叫ぶ。
「おやおや邪魔してはいけないでしょう。あなたに決して出来なかった母と子の再会……感動的なシーンを邪魔しないでくださいよ」
「嘘を……つけ」
腹を蹴られた圭吾は、悶絶する。
その間に、ついにレイナは母親らしき女性に飛び付いた。
「お母さん!!!」
母の胸に飛び込んだレイナは、泣いていた。そして絶対に離れないというぐらいに母を抱き締めていた。
「お母さん! お母さん! 怖かったよう! 寂しかったよう!」
母らしき女性は笑みを浮かべているが、言葉を発しない。
「……素晴らしい光景だ」
ロイがそう呟いた瞬間。それは起こった。それは絶望の光景である。圭吾の目に焼きつく。
「レイナーー!!!!!」
レイナの体が突き破られた。それは母から飛び出した黒い槍だった。三本の槍がレイナの幼き体を突き破り、致命傷を与えたのである。
「お…かあさん……どうして……?」
「アッーハハハハハハハハハハハハッ!!!!!!! もう最高ですよ! 上げて落とすはやっぱり最高だあ!!! アッハハハハハハハ!!!!!」
ロイの下劣極まりない笑い声がドームに響く。腐りきった品性の持ち主であるロイのは、このような光景が大好物である。それが小さき子供ならなおさらだ。
そんなロイを横目に、圭吾は走り出す。目的はレイナの救出だ。グールが飛び掛かってくるが、難なく避けて抱きしめられたレイナを偽者の母から引き離す。この時、まだレイナの呼吸は止まっていかった。
「レイナ!」
「おにい……ちゃ」
辛うじてレイナの意識はあった。圭吾はこうなる前に飛び出しておくべきだったと悔やむ。すぐさまレイナを抱えてセンター外野席に戻った。
静乃が心配そうな顔を見せながら近付いて来た。
「レイナちゃん!」
「一之瀬! 手当てをしろ!」
「えっ? でも、どうしたら!?」
血で真っ赤に染まるレイナを見て、静乃は体が震えだしていた。辛うじて生きている光景に希望を感じつつも、血を見て錯乱しているのである。
「落ち着け一之瀬! とりあえず血を止める。上着を脱いで傷口に当てろ!」
「わっ分かった……!」
震えながらも、上着脱いでレイナの傷口に当てる。圧迫止血により血を止めるのだ。
「ねぇ? まだ生きてますか? ねぇ?」
ホームベース付近にいるロイが大声で聞いてきた。空気を全く読まないロイにさらに苛立ちを覚えつつ圭吾は、再びセンターに降り立った。
そしてゆっくりとホームベースに向けて歩き出す。
「いやーにしても、この母親を再現するのは苦労したましよ。食らった何白万という人肉からそのレイナって子と同じ遺伝子を探すのはすごく大変でね」
母親に化けていたグールが元の醜いグールへと戻る。
ロイは自身の苦労を淡々と語るが、圭吾は聞く耳を持たない。
「それからその子の記憶から服装を再現するのも大変でしたよ。よくがんばりましよ私!」
圭吾は無言のままである。
「ねぇ聞いてます?」
セカンドベース付近に到着した圭吾は、ロイを睨みつけた。その目にロイは一瞬怯んだ。
「ほう……怖い怖い」
「今からお前を殺す」
小さな声で圭吾は言った。聞き取れなかったロイは聞き返す。
「えっ? なんですって!?」
「殺すって言ったんだ!」
圭吾はそう言って最後の魔力を使い、突き進んだ。グールが一斉に飛び掛かる。最初の数匹からの攻撃は避けられたが、計30匹近くの攻撃は防ぎ切る事が出来ず、吹き飛ばされた。
「ぐあっ!!!」
「戯言ですね。私を殺すなんて」
「うるせぇ!」
「橘!!!!」
センター外野席から静乃の声が聞こえて来た。それに対し、圭吾は振り向かず立つ上がりながら言った。
「何だ!?」
「レイナちゃんが……」
その声は小さな声だった。
「聞こえないぞ!」
「レイナちゃんが……」
「レイナちゃんが息してない! 心臓が動いてないの!」
その言葉に圭吾は絶望を感じた。本当は助からないとどこか思っていた。しかし、もしかして生き延びてくれるかもしれないという思いも何の根拠もなく持っていた。しかし、それは呆気なく失われた。
「良い事しましたよ……本当!」
「何?」
そのロイの言葉を聞き、圭吾は静かに、そしてさらに憤怒を募らせた。
「だって母親とあの世で再会しているのですよ。今頃、涙を流しての感動の再会でしょうね」
「お前……本気で言ってんのか?」
「ええ。私は良い事をしました。魔力を持てない人生なんて悲惨ですからね。こうして死んでしまった方が幸せですよ」
「……ふざけんな」
「聞こえませんよ! もっと大きな声で言ってください」
俯いて圭吾は言った。ボロボロの体からひねり出した。
「ふざけんなぁああああああああ!!!!!!!!!」
圭吾の懸命の叫びはドームに響き、ロイは少し驚いた。
「お前は一体なんの恨みがあってあの子を殺したんだ? 何も悪い事なんてしていないあの子を! ただ母親と会うのを願っていたあの子を! どうして殺したんだ!? レイナは我慢していた。姉となるからと泣くのを痩せ我慢していた。強くなろうとしていた子を殺すなんてお前は……」
涙目で圭吾は叫んだ。それほど守れなかった事は大きかった。
「私のこれは侵略ですよ。その子が良い子だろうが悪い子だろうが関係ないです。この世界の資源を奪う。この侵攻が始めった時点で人権なんて最初からないですよ――あなた達にはね」
俯いて聞いたロイの言葉から、圭吾はこの男とは完全に理解し合えない事を理解した。子供だろうと容赦なく殺すこの男とは一生理解できないと圭吾は悟ったのである。
「そうか……」
「興ざめしてしまいました。ただここまで私を追い詰めた褒美です。冥土に土産にお教えしましょう……」
何を教える気だと圭吾は警戒する。
「この侵攻の真の目的はとある物を探し出す事です。その名は“魔王の義眼”」
「魔王の……義眼?」
圭吾が知らない単語である。魔王の義眼。ジョンからも聞いた事がない言葉だ。
「その様子だと知らない様ですね。こちらの世界では有名な物なのですが」
ロイの言葉を聞きつつ、俯いていた圭吾は顔を上げる。すると、顔を上げた圭吾を見たロイに戦慄が走る。
「何だと!?」
左目に魔眼が発動していたのだ。右目とは異なる緑色の魔眼が左目に表れていた。瞳孔は黒いままだが、角膜は緑色に変化していた。そして虹彩は棘の様な三角が瞳孔から突き出る形で上下左右四本表れていた。
「色違い(オッドアイ)の魔眼だと!? バカな!」
様子がおかしいロイに圭吾は気付く。そして自身の掛けている魔術が再び正常に発動している事に気付いた。最後の砲撃を撃ってから満身創痍で、魔術は魔力不足で不安定だったのだ。
「何だ?」
「ありえん! ありえまんよ! 三流魔術師の分際で異なる眼を開眼するとは!」
「まさか……」
圭吾は自身の左目が魔眼化した事に気付いた。
魔眼の種類において至高と言われる眼が存在する。それは色違いの魔眼である。魔眼を開眼した者の99%が片目か、両目であり、効果が一つである中、ごくまれに魔眼持ちの両親から色違いかつ効果が異なる魔眼を持つ者が産まれる。
色違いの魔眼を持つ者の多くは、歴史に名を残してきた者も多く。開眼した者は魔術において一目置かれてきた。
「まさか……俺が色違いの魔眼を!」
「クソ! たとえ色違いを得ようと私の優勢は変わりない! いけ!」
ロイはステッキを振るい、グール達に一斉攻撃を指示する。それほど恐れている。ロイも色違いの希少性や強さは知っている。例え三流だろうと侮ってならないと分かっていた。
(この感覚……行ける!)
圭吾は体から感じられる躍動感からロイを倒せるのではないかと思った。それは間違いでない。次々襲いかかってくるグール達を華麗に避けては斬り倒しつつ、高速で真っ直ぐロイに向かって走って行く。
「ひぃいいいい!!!!」
ロイは情けない声を上げた。そしてずるずると後ずさりする。
「逃げるな! お前は許さない!」
「うるさい! わっ私は一度退却するぞ!」
ロイはステッキを地面に叩いて、魔法陣を発動させた。異空間移動魔術である。紫色に光る魔法陣の真ん中にロイは立つ。すると背後に空間の穴が開いた。
「でっ、ではさらばだ! 今度会う時はあなたの最後ですよ!」
「ここでお前を最後にしてやる!」
圭吾はそう言って、地面を強く蹴り飛んだ。グール達の隙間を飛んでいき、空間の穴に逃げ込もうとするロイ目掛けて、大きく刀を振り上げた。
「ひぃいいいいい!!!!」
「このおおおお!!!!」
ロイ目掛けて刀を振り下ろした瞬間。圭吾の魔眼は両目とも停止した。元の黒い眼になった事を圭吾は自覚するが、そのままロイにただの模擬刀に戻った刀を振り下ろした。しかし、リスクの疲労で力は入らず、さほど強くない力で刀をロイの顔にめり込ませただけだった。
「おごっおおおお!!!」
「くっ!」
圭吾はそのまま飛ぶように倒れ込み。ロイはその場に座り込んだ。
「いってぇええええええええ!!!! わっ私の顔が! 顔が!」
顔を押さえながらロイは錯乱する。疲労により立ち上がる事も困難な圭吾は、無理して立ち上がろうとするも出来なかった。
「よくも私の顔を! 私の美しい顔を傷つけてくれたな!」
憤怒の表情のロイに、圭吾はニヤリと笑った。
「くっ! 後悔させてやる! 私は貴様を恨んでやるぞ! 覚えていろ!」
よろよろになりながらもロイは立ち上がり、そして空間の穴へと入った。すると空間の穴は消滅し、それを見届けた圭吾は安堵した。
侵攻は終わったのだ。
(勝ったのか……?)
正確には引き分けであった。圭吾はなんとか上半身を起こすと、一之瀬を探した。
「橘! 大丈夫!?」
いつの間にか内野席に移動していた静乃が大声で言った。それは圭吾を心配しての言葉だった。
圭吾が斬り倒したグールの肉片は煙となり消滅しようとしていた。
「ああ」
微かな声で返事をするも、静乃には聞こえない。
その時である。圭吾は感知魔術は危機を知らせる。
「一之瀬! 逃げろ!」
今度は聞こえる大声で言い放った。突然の声で唖然とする静乃。
「えっ!?」
圭吾の背後に小さな空間の穴が開いた。それはロイの物である。圭吾がゆっくりと振り向こうとした瞬間、その小さき穴から一本のメスが飛び出した。それは真っ直ぐ圭吾目掛けて飛んでいき、振り向き終わった圭吾の左目に突き刺さった。
「ぐあああああああああああ!!!!!!!」
圭吾はあまりの激痛に悲鳴を上げた。それはドーム内に木霊し、静乃を驚かせた。
「橘!!」
「あはははっ!!! いいね! ざまぁです! 私を怒らせるからそうなるんですよ!」
ドーム全体からロイの声が聞こえて来た。ロイはまだ逃げていなかったのだ。
「ぐっ……ぐぐっ――おっぐ」
左目を押さえながら、圭吾はうめき声を上げてのたうちまわっていた。そんな圭吾を遠目で見る一之瀬は動揺する。
「橘! しっかり! 今から行くから」
そう言って静乃は下に降りようとするが、圭吾が微かな声で告げた。
「来る……な……来るな!」
「でもっ!」
「では、さらばです! 今度会うときは死を覚悟してくださいね!」
それを最後にロイは姿を消した。気配が消えた事に圭吾の感知で分かった。そして地響きが始まる。
「きゃ!」
地震ではない。東京ドームだけが揺れていた。地震は次第に強まっていき、フィールドに地割れが起こった。
「橘!」
揺れる中、静乃は圭吾を呼ぶ。しかし、圭吾は動けない。
「逃げろ……」
微かな声で圭吾が告げる。
「えっ!?」
「逃げろ!」
今度は聞こえる声で圭吾は言い放った。するとそれを境に、フィールドが大きく崩れ始めた。それに圭吾が飲み込まれると思った静乃は助けようとするが、圭吾は言った。
「逃げろ!」
それを最後にフィールドと共に圭吾は落ちて行った。フィールド全体が崩壊するまでに一分足らず、ドームのフィールドは巨大な穴と化した。そしてしばらくして静まり返ったドームの中でただ一人静乃は叫んだ。
「橘!!!」
大きな穴に声は木霊する。しかし、返事は無い。
裂けた天井の隙間から見えるのは、夜空ではない。明るくなり始めていた空だった。その下でただ一人、一之瀬静乃は立っているだけだった――
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