反撃のマント

 「ワッハッハッハー!!!! 愉快! 愉快!」



 夜の暗雲の下、高らかに大きな笑い声で笑う男が一人いた。東京ドームホテルの屋上、男の目に映るのは遥か南にある遠方の爆炎だ。その爆炎の正体は、男の操る巨大な物が撃ち落としたジャンボジェット機である。



「はあー……さてと、どうですかね三流魔術師」



 男の名はロイット・バン・リクント。紫色の燕尾服と長いシルクハットでその上に白衣という奇妙な姿で、長身の体躯を持ち、長めの顔と、黒の長髪が特徴的な男である。手には水晶が取っ手に備え付けられたステッキが握れている。

 略称ロイと呼ばれるこの男は地球の住人ではない。地球とは異なる“異世界”から来た者である。その世界では魔術が存在し、人々が魔術の恩恵を受けて生活している世界であある。



「私の邪魔をするとどうなるか分かったでしょうねこれで。三流の分際で私の計画に遅れを出させるなど、身の程知らずだ」



 ロイの目的は東京の侵略である。高等魔術師であり、極めて複雑かつ高等な魔術を駆使する優秀な魔術師であるロイは、とある組織に属していた。その組織の指示により、ロイは世界を越えて東京に出向いたのである。的確にはロイ自身が自ら進んで出向いており、事前に東京について徹底的に調べ上げた上で、自慢の人工魔物による侵攻により東京を地獄へと変えたのであった。ロイは優秀な魔術師であるが、性格は良識など存在しないと思わせる程、他者の不幸や苦痛の声を聞くのが大好きな性格である。そんな性格でありながら、異世界では医者という職に就いている。当然、正義感から医師になったわけではなく、単に臓器を見るのが好きという下劣な理由である。当然表向きは性格を偽り医師の生活している。



「ぎゃあああっ!!!!」



 ロイの眼下から聞こえてくるのは、東京ドームに取り残された避難民と自衛官達の悲痛な叫びだ。弾薬が無くなり、抵抗できる手段を失った避難民達と自衛官達は、グールとは異なる存在に襲われていた。



「来るな!!!」



 触手だった。的確には人の手を持った紫色の腕の様な触手だ。圭吾達を送り出して数分後、次々地面からアスファルトを突き破って生える様に現れたその紫の触手は、次々と取り残された人々を捕えて、ほぼ同時に現れた”本体”に運ばれては食われていった。

 次々捕えれていく中で、松井は一人の女性を庇いながら、最後の武器である9mm拳銃で触手を打ち抜く。しかし、撃ち抜いた所で触手の動きは止まらず知らぬ間に後ろに回っていた触手に女性を捕えられてしまった。



「助けて!」



「クソッ!」



 松井は触手に飛び掛かり、女性から引き離そうとするが腕の触手は松井の頭を殴りつけて松井は銃を落としてしまった。

 頭から血を流しながらも、松井は女性を助けようと足掻こうとするが、松井も触手に捕えられ、運ばれる形でウィンズの外に出た。外が紫の光に包まれている事をこの時初めて知った松井は、その光源を見て唖然とした。



「これは……現実なのか――?」



 松井が最後に見た物とは東京ドームシティのラクーアを地下から打ち破り、地響きと共に現れた物である。それは圭吾が追っていたこの地獄の元凶であり、探していた大本であった。

 松井は大きな口へと運ばれ、頬り投げられた。捕えられた人々は悲鳴や助けを求めながらも、容赦なく頬られ食べられていく。



 「さあ! 食べなさい食人臓体(しょくじんぞうたい)よ! 食べて食べて食べ尽くして! 私を喜ばさせてくれ!」



 ロイが手を広げて賛歌する様に叫ぶ先にあるのは自ら設計、製造、成長させたグール生産中央指令体“食人臓体”だ。紫色の人の心臓に似た形状を持つ巨大な生物体であり、天辺に当たる個所に巨大な目を持つ。根元に四本の巨大な腕を生やし、地下に根を広い範囲に張って至る所から触手や生産したグールを解き放つ事が出来る。その大きさは、ラクーア施設を九割崩壊させ、ロイが立つ東京ドームホテルの倍の高さを持つ。地下に張った根は東京23区全ての地下を張り巡らされており、禁忌とも言える特徴を持つ。それは“グールが食らった人間の肉を材料に新たなグールを生産する事”である。

 圭吾が護衛して羽田から飛び立出せたジャンボジェット機を撃墜したは食人臓体である。巨大な腕を伸ばし、とある国道で放置されていたガソリンが詰まったタンクローリーを音速で投げ飛ばして直撃させたのであった。



「300人程度食べそこないましたが、とりあえず満足でしょう。これからもっと食わせてあげますからね!」

 

 

 凄まじい魔力を貯蔵し、何万体にもグールを製造して貯蔵するこの人工巨大魔物はロイの自信作であり、この東京侵攻において要となる存在であった。成人男性一人から二体のグールを製造し、根であちこちの地下から放出して操り、さらに人を捕食して数を増やすという構図は効率よくグールを増やし、人々をより絶望させるのである。

 今までに作り出した数は食べた人の数に対しほぼ倍に相当し、保管しているグールを全て解放する事が第二段階の節目となる。



「作戦の第二段階もそろそろ大詰め! この国全ての人々を食らいつくすしてみせる!」



 ロイは今までに感じた事がない優越感と幸福感を感じていた。これだけの善良な人々を好き勝手に出来る機会など滅多にないからだ。女の悲鳴、子供の泣き声、男の絶望、それらを全て観察し、聞ける事がロイにとっては最高の幸せである。立候補して正解だったとしみじみと感じ、ロイは最高の笑顔を見せる。しかし、その笑顔はどうみても悪魔の笑顔にしか見えない事はロイ自身知らない。

 組織から名付けられたこの侵攻作戦名は『“東京危機(トウキョウクライシス)”』。危機と名付けられていながら、それ以上のものを東京の人々に与えている。

 







































 曇った夜空の下。圭吾は絶望と喪失感に包まれながら、落ちていく火だるまの旅客機をただ呆然と見つめていた。そして海に落ちて、落ちた海域が火の海と化してやっと北の方角からの膨大な魔力を感じ、我に返った。



 これは……!



 それは東京ドームのある北の方角からだった。今までに感じた事がない段違いの魔力に圭吾は驚きながらも、羽田空港第二ターミナルの展望デッキへと向かう。近くまで走った後、高く跳んで、一飛びで展望デッキへと降り立った圭吾は、北側を見た瞬間驚愕した。

 遥か北の夜空が地上から照らされている紫色の光で照らされ、ビル群の向こう側から巨大かつ長い触手が四本、空を蠢いている光景を圭吾は見たのであった。

 圭吾は即時に大本が地上に現れたと理解するも、その膨大な魔力を前に大きく意気消沈したと思わせる顔を見せる。



(これだけの魔力だと……)




 大本の姿は高いビル群の向こう側で見えないが、とても巨大である事は魔力感知から理解出来た。そして空から何も感じない事からジャンボジェット機を撃墜したのは大本だろうと圭吾は仮定した。



「……そういう事か」


 

 羽田(ここ)まで来るのに全くグールの襲撃を受けなかったのは、敵が“これ”を自分に見せつける為だと圭吾は気付いた。

 紫色の光に包まれた首都をただ呆然と圭吾は眺める。今更戻った所で、何が出来るのか。撃墜されたショックで希望を失った圭吾は今までの人生で感じた事がないレベルの魔力感知に恐れるだけだ。それは予想をはるかに上回る物であり、自分ではどうする事もできないと圭吾は確信するのであった。



(……哀れだな)



 結局、自分が言い出した事から始まった救出は誰一人救う事も出来ず、ただ無責任に希望を持たせたという結果という事に圭吾には大きな罪悪感が襲う。自分さえいなければ、自分が言わなければきっと違う未来があったはずだと圭吾は思ってしまう。

 松井達は今頃食べられている所だろうと思いつつ、間に合わず何も出来ない自分は本当に哀れだと圭吾は感じた。



「もう終わりか……」



 圭吾はそう呟いて、途方に暮れた様子で展望デッキを歩いて出ていく。ターミナル内をとぼとぼ歩いて、ロビーから外のバス乗り場へ出た圭吾に声がかけられた。



「お兄ちゃん!」



 それは男の子の声だった。声がしてきた方へと顔を向けるとそこには小さな男の子が立っていた。圭吾は立ち止った。



「たっ助けて!」



「……子供か」



 もう誰一人救う事など出来ない。したところで力になれないだろうと感じいていた圭吾は、男の子を見ても何も特に感じなかった。そのまま再び歩いていく。

 そんな圭吾に男の子は足にしがみつく。



「お兄ちゃん! 助けて! ママが! ママが!」



 泣きながら助けを求める姿に、圭吾は少し心動かされそうになるも、自責の念から男の子を払いのけた。



「ぐっ!」



「他をあたれ……」



 非情な言葉を小さな子供に言い放つ。しかし、男の子は再び圭吾の足にしがみつく。



「お願い! ママを! ママを助けて! ママが死んじゃうなんて嫌だ!」



 泣きながら言い放った男の子の言葉『ママ』が圭吾の心に響いた。かつて、母の死の原因を一つを作ってしまった圭吾は、その言葉で最期の時に言われた母の言葉を思い出す。



「その“魔術(ちから)”はきっと多くの人を助ける為のものだと思ってるの……押し付けがましいと思うけど、圭吾……きっとあなたはそれを正しい事に使うって信じてる。多くの人を助け出せる力よ――きっと」



 最後の最後で呪いの様な言葉をかけられてたと当時の圭吾は思っていた。だが、今は呪いなんかではないと分かる。



(全然助けられなかったよ……母さん。でも――)



 その思いを圭吾は思い出し、圭吾は顔は明るくなった。



「……分かった。どこにいる?」



「こっち!」



 男の子はそう言って駆け出す。それに圭吾は早歩きで追う。男の子が向かうのは羽田空港駐車場の一つ、P3駐車場だ。男の事と圭吾は道路を横断し、駐車場へと入る。

 男の子の案内で、一台の乗用車へと辿りついた。そこには後部座席にて苦しんでいる30歳代らしきお腹の大きい女性がいた。



(妊婦!?)



 怪我人だと思っていた圭吾は驚いた。



「ママ! 助けを呼んできたよ!」



 ドアを開け、男の子は嬉しそうに告げた。



「ありがとう……ハァハァ……すいませんが、助産して貰えないでしょうか?」



 母親は妊婦だった。しかも、大きなお腹で汗をかいて苦しんでいる様子から陣痛であり、これから出産であると圭吾は理解した。困惑する圭吾に、ただ妊婦の母親は苦しい顔で必死に告げる。



「お願いです……ハァハァ……この子だけでも助けてください」



「……俺には助産経験などありません。それに……ここでもし産んでしまったら、血の匂いであいつらを呼び寄せてしまう」



 グールは生まれた赤子だろうと食らう。感知魔術でまだ空港内に何体かグールがいる事は圭吾は知っていた。



「でも……だめ! ハア…無理です。産まれます」



 圭吾は頭を抱える。このまま産み落としたら、グールが血の臭いなどで気付いて集まってくる可能性が高い。もし、そうなってしまったら親子共々襲われる。出産したばかりの女性を逃げ回させるのは良くない。どう考えても足手まといで、守るのは困難である。

 圭吾は考え抜いた末、一つ思いついた。



「お願いです……!」



「分かりました……」



 圭吾はそう言うと、車内に入り妊婦の膨らんだお腹に手を添える。



「何を?」



 圭吾は魔力を手から放出する。緑色の光が圭吾の添えられた手から放出され、お腹を包む。すると陣痛が和らいでいくのを母親は感じた。



「こっこれは――?」



「これは一時的な物です。もって一日程度でしょう」



 圭吾の施したのは、痛みを軽減する魔術だった。全く助産の知識がない自分が出来る事はこれぐらいしかないと圭吾は考えた。単に産まれてくる時間を延ばす程度だが、ここで出産させるよりはいいだろうと考えついた。



「ふぅー」



 痛みがみるみる和らぎ、落ち着きを取り戻す母親は安堵のため息をついた。光を当て続けて五分程度で陣痛はほぼ完全に収まった。



「何をしたのですか?」



「大した事ではありません。ただ、産まれてくるのを遅らせた程度です」



 痛みを軽減する魔術であり、遅らせたと言うのは的確ではないが、陣痛を止めれば出産も遅れるはずだと圭吾は判断した。



「ありがとうございます。予定日はあと一月だったのですが、隠れているうちに陣痛が始まり出して困りました。本当にありがとうございます」



「いえ……多分、母体の危機を感じ取って産まれてこようとしたのでしょう」



 圭吾は車内から出る。そして車外にて心配そうに見ていた男の子に告げた。



「安心しろ。とりあえずママは大丈夫だ」



「本当?」



 心配な顔で母親をみつめる男の子。笑みで返してくれた母を見て笑顔となった。



「ママッ!」



「もう大丈夫。お兄ちゃんに感謝しなくちゃね」



「うん! ありがとうお兄ちゃん!」



 その笑みで圭吾はレイナを思い出してしまう。無事に旅客機に乗っていたはずであり、あの爆発に一之瀬や佐藤家と共に包まれた事を思うと圭吾は無念の思いに駆られる。



(仇は討つ――!)



「どうされました?」



 怖い顔を見せていた圭吾に、母親が問う。



「いえ、なんでも」



「無理しないでください。ここまで来るのに大変な物を見たのでしょう?」



「えっ……まあ」



「だったら言って少しでも楽になりませんか? 話してください」



 圭吾は少し躊躇ったが、言った。



「その子と同じぐらいの女の子を……目の前で失いました」



「そうでしたか……辛かったでしょう」



「はい……途中で出会った子でしたけど、子供が目の前で殺されるのは相当くるものがあります」



「私だったら取り乱すよ。もしこの子があんなのに食い殺される所を見たら……想像するだけでゾッとします」



 母親だったらそうなるだろうと圭吾は思った。血の繋がりのない自分でこうなのだから、血の繋がった母親なら当然だろう。



「でも、この子は強いです。見つかるかもしれないのに母親の為に一人で出歩くなんて」



「怖かったけど! ママが死ぬのはが一番嫌だったから頑張ったんだ! それにお兄ちゃんになるからさ」



 レイナも同じ事を言っていた事を圭吾は思い出す。一人っ子の圭吾には分からないが、弟や妹が出来ると強くなるのが兄(姉)なのかと圭吾は思った。



「そうか……強いお兄ちゃんだな」



「そう思う? えっへん!」



 男の子は得意げに仁王立ちをする。その姿を見て、圭吾の心の中が少なからず希望を感じ始めたのか圭吾の顔は明るい。



 こんな子だってまだ諦めていない。なのに俺は……



 圭吾は今までの行為を振り返る。渋谷で出会った一之瀬とレイナを助け、佐藤家と共に東京ドームへと逃げた。しかし、自分がいたせいで敵を呼び寄せ、松井達に無理をさせた。その結果が避難民及び自衛官達の全滅。こうして見ると圭吾は己が疫病神だと感じてしまう。

 このまま臆病神のままでいいのか?



「本当……ダメだな俺」



 圭吾は小さく呟いた。



「どうしました?」



 母親が問う。



「いえ……なんでもありません。俺、やならきゃならない事を思い出しました」



 圭吾の発言に驚く母親。



「やらなきゃならない事って?」



「よくは言えませんが、俺にしかできない事です」



 圭吾の顔は清々しい顔つきへと変わっていた。圭吾は吹っ切れ、決意した。



「ここは共に逃げるべきではないのですか?」



「さっきまで俺といた人達、俺以外全員全滅しました」



「そういえばさっき大きな音がしたよママ」



 圭吾の言葉、息子の証言で母親は察した。



「――ごめんなさい」



「いえ、俺と一緒に行動しないのは懸命な判断です」



「ですが……」



「いいんです。とりあえず無理せずここに隠れていてください。明日の朝ぐらいにはきっと救助が来ますよ」



 それまでにこの地獄は終わらせると圭吾は固く決意していた。その為に上京したのだ。悲劇を味わい、意気消沈して、のこのこ負け死ぬ為に来たわけではないのだ。勝ってこの地獄を終わらせる。それが圭吾、橘圭吾の役目であると圭吾は己に決め付けた。



「俺は行きます。無理して動かない様に」



 そう言って圭吾は歩き出す。男の子が去って行く圭吾に手を振る。圭吾は手を振り返した。

 再び一人となった圭吾は駐車場内を散策し、一台のバイクを見つける。それはホンダ・CB400SBだった。黒のバイクである。圭吾は魔術でバイクのエンジンを起動させ、跨る。

 アクセルを吹かし、圭吾跨るCB400SBは行き良いよく走り出す。

 夜の羽田を発つ一台の黒いバイク。圭吾は再び地獄の真ん中周辺へと向かうのであった。









































 時計の針が午前3時を刺した。異世界の魔術師ロイによる東京攻略は大詰めを迎えようとしている。もう隠れ潜む人々をほぼ捕食し終えたグール達は、次々郊外へと向かう。自衛隊と米軍というこの世界の軍が侵攻を阻害しているが、さらなるアップグレードを施せば、敵などではない。

 東京ドームホテルの屋上にて、ロイはステッキを大きく振るう。



「さあ! 出てきなさい我が愛しき子達よ!」



 その言葉をきっかけに東京ドームシティを中心に東京が紫に光り出す。光はビルや曇った夜空照らし、紫の光は北は北区、南は港区まで広がり、最終的には半径約7キロまでの円の範囲が光った。

 光が収まると東京のあちこちから現れるのはグールだ。その数も最初のグール数とは桁違いの数である。駅、ビル、商店街、地下、公共施設などのあちこちの建設物から次々出てくるグール達はたちまち東京ドームシティ周辺の道路を支配した。



「総勢約1000万匹! 壮大です! 感動です!」



 捕食した東京都民は約500万人。その捕食した全ての肉や骨をグールに転換し生産するのは少々時間が掛ったが、眼下に広がるグールの大軍勢にロイは身震いした。これほどの壮大な光景はそうそう見れる物ではない。

 都内に点在する変電所に食人臓体の根を侵入させ、電気を魔力に変換する魔術で1000万匹も生産、操れる事とほぼ計画通りに進んで機嫌がいいロイであるが、攻撃開始前に東京に現れた魔術らしき者については気に掛けていた。

 侵入する前からその魔力を感じ取っていたロイであったが、大した障害にはならないと踏んでいた。しかし、思いのほか抵抗され、こちらを追って来ている事に気付いたロイは楽しくなると思った時もあったが、徹底的にやりすぎて大きな反抗はない事に少し残念がった。九時半には再び首都圏に入ったと感知し分かったが、こちらの感知魔術に気付いて追わせたグールから巧みに逃げてつつ、極力感知されない行動に出てくるようになり、最終的に午前0時には完全に感知できなくなっていた。



(やりすぎましたかねぇ……でも、いいか)



 ロイは今を先の楽しみを優先する。食人臓体からプログラム的に操っているグールであるが、最終的な操作者はロイである。ロイはこの世界で見た光景の中でおもしろいと思った事を真似る。



「お前達! 人間食いたいかぁああ!!!!?」



 拡声魔術でロイの声は遠くまで響いた。外道の男の声が東京に響く。



「きぃやああああああああああ!!!!!」



 道路を埋め尽くすグール達が一斉に叫ぶ。その叫び声は郊外までに聞こえる程だった。

 ロイがやってみたかった事とは、音楽のライブでミュージシャンが観客達に叫ぶ様な問いをする事だった。ロイは最初、滑稽に見えながらも、自身もやってみたいと思ったのだ。とはいえ、最終的にグールの操っているのはロイ自身なので、茶番劇に過ぎない。



「人間おいしいと思うかぁあああああああ!!!?」



「きいゃあああああああああああっ!!!!!!!」



 食い殺された者達から見たら、こんな馬鹿馬鹿しい男にやられたと思うと憤怒を覚える光景である。しかし、ロイはそんな事お構いなしにその茶弁劇を3回も続けた。

 実にロイは楽しんでいた。グールを前に無力な者達をいくら食い殺してもと彼は全く罪悪感を覚えいない。むしろ弱者を一方的に痛めつける行為は彼がもっとも愉悦を感じる行為であるのだ。



「食らいつくそうぜぇええええええええええ!!!!」



「きぃやああああああああああああ!!!!!!」



 異様な叫びが地獄の東京に木霊する。東京は一日足らずで地獄と化して、たった一人の男に人々は悲劇を味らわされたのであった。

 それは決して許される所業ではない。しかし、「魔力を持たない者をいくら殺そうと殺人に値しない」と考える魔力至上主義の一人であるロイには罪悪感や贖罪の意識は皆無に等しい。生粋の魔力至上主義の魔術師であるロイはこれからも大勢の人々も命を弄ぶつもりであった。









































 東京侵攻開始の一月前、とある東北地方にある森林の中で昼下がりの時間帯に一人と一匹、圭吾はジョンといた。

 圭吾の手には一枚の鮮やかなマントが握られている。



「こんな物騒な物。なぜ俺に渡す?」



 今日は橘圭吾の誕生日であるが、正確には今日ではない。しかし、ジョンは誕生日プレゼントを渡すのである。そして圭吾はそのプレゼントに対し困惑していた。それは説明を聞く限り、武器にしか聞こえないからだ。



「いいから持っておれ。必ず必要になる」



「お前の言う通りならとんでもない物だぞこれは。もっと役に立つ物の方が」



「贅沢言うな。そいつを手に入れる為の金はお前が一生働いても買えなレベルだぞ?」



 ジョンの説明を聞いても圭吾は疑う。こんなコスプレで出てきそうなマント一枚にそれだけの価値があるとは思えないのだ。



「本当かよ?」



「そこまで言うなら後で使ってみろ。ただし出力10%ぐらいでじゃぞ? もし本気で撃ったら山数個は軽く吹き飛ぶ」



 そう言われても圭吾は信じられない。マント自体からそんな高い魔力を感じないからだ。



「分かったよ……それで本当なんだろうな?」



「何の話だ?」



「東京が侵略されるって話だ」



「それか……そうかもう話して半年たとうとしてたな」



 それまで立っていたジョンは座り込み言った。



「本当だ。あと一月しないかするか程度で始まるぞ」



「もし本当に起きたら俺は何をすればいい?」



「ヒーローごっこでもしろとは言わん……侵攻の大本を叩け。そうすれば話してやろう」



 圭吾はその言葉に食いつく。



「お前の……正体か!?」



「そうだ。それとお前についてもな……」



 ついに長年の疑問に終止符が打たれると思った矢先、圭吾は思いもしなかった自身の事について言われ戸惑う。



「俺には何か秘密でもあるのか? やはり俺は――」



「まあ、楽しみにしとれ。言っておくがお前が侵攻を防がないとわしはもうお前の前に出てこないからな。ちゃんと勝てるよう修行しておけ……ではな」



 それを最後にジョンはしゃべる犬からただの犬へと変化した。それは魔力の皆無で圭吾は分かる。



「たく……いつも一方的に消えやがる」



 圭吾はそう呟いて、ジョンのリードを持つ。そして再び散歩を再開する。

 圭吾は東京が襲われるなど信じ難いと思っていた。しかし、一月後にはそれが現実になるとはこの時の圭吾は知らないのである。

 

































 

 


 

 圭吾の反撃の準備は整い始めていた。場所は葛飾区新小岩公園。公園の真ん中で圭吾は扇状に何台も車両を選べ、全てヘッドライドを照らさせて、その真ん中に立った。ハイビームにさせたライトの真ん中はやたら眩しいが、この光全てが圭吾の攻撃力に変換されるのだ。

 圭吾は、ショルダーバックを降ろし、中から丸められた布を取り出す。



(ジョンから与えれたエルトの肩(ショルダー)マント)



 圭吾が取り出したのはジョンから二十歳の誕生日プレゼントで貰った風変りなマントである。その名はエルトの肩マント。異世界の二世紀前の英雄的な騎士エルト・ガルトルが使用した武装の一つである。左右どちらかの肩に付ける物で、肩から指先の先まで覆い隠すマントである。単なるマントではなく、覆った腕を魔術にて砲身と化させ、光属性の光線砲撃や魔力防壁を展開し、装着者の使用する魔術効果を最大10倍にする魔術機能を持つ。普段は携帯しやすいようにと丸くまとまっているが、魔力を通す事でマントに戻る。マントは紺色の生地に、金色のラインの鮮やかな裁縫が施されている豪華で鮮やかな仕様である。

 圭吾は使用方法及び効果までしか教わっていない為、マントのこれまでの経歴は知らない。

 


『連発はするな。決してな』



 ジョン。橘家の飼い犬であり、圭吾が10歳の時から人語をしゃべる大きな雑種犬である。圭吾が魔力を自覚した10歳から突然しゃべり出し、圭吾に魔力や魔術について教え出した。もちろん圭吾はしゃべりだした時から何者かと尋ねているが、『教えぬ。時がきたら教えてやる』の一点張りであり、それは今でも変わらない。

 そんなジョンが圭吾の二十歳の誕生日にプレゼントしたのがエルトの肩マントであり、その時教えられた注意事項として言われた言葉の一つが上記である。



『確かにそれは強力な魔術武装であるが頼り切った戦いはするな。お前はそんな物に頼らなくても、もっと高い場所に行ける』



 ジョンは圭吾に様々な魔術を教え、この日についても半年前から教えていた。

 圭吾はジョンの様子から、ここ最近は異世界人ではないかと疑っている。もしそうならば、この侵攻は異世界人たちの総意ではないという意味になる。



 ジョンはこの侵攻に反対なのか? だから俺にこんな事をさせる様な事を言ったのか



 つべこべ考えても、この侵攻は終わらない。圭吾はとりあえず考えるのをやめて、マントを左肩に付ける。そして魔力を送り、施された魔術を発動させ、マントを硬化させた。エルトの肩マントは鎧の固さまで硬化した後、金色の魔法陣が圭吾の足元で一瞬展開する。そして金色のラインが光り出し始めて、周囲の光を吸収し始めた。吸収し始めると周囲の光は粒子の形で見えるレベルまで集結し、丸く固まった光はマントに吸収されていく。

 圭吾は、敵のいる方角にマントを装着した左腕を向ける。マントも腕と連動したまま、向けられ、ほぼ西に向けられた。これから行う攻撃は、ジョンから説明された光線攻撃により砲撃である。

 着実にチャージされていく光。吸収した光は圭吾の魔力と混じり合ってビームとして放出される仕組みである。圭吾はショルダーバックの最後の荷物を取り出す。それは手製の飴玉だった。空となったバックを投げ捨てる。



『魔力を飴玉に混ぜ込み、緊急時に摂取して回復や増大できる方法を教えてやる』



 これもジョンからの教えだ。手作りの飴玉に魔力を込めた物を口に五個も放る。それは全て圭吾の魔力を混ぜ込んだ飴だ。手作りであり、作り出していく工程の中で魔力を送りこんで作り出す飴だ。



(まず……)



 ただしこの飴玉は相当まずい。だが魔力を回復したり、普段から持ちえない魔力量を得る事ができる事は魔術師にとって重宝される。だが、おいしくはない。

 圭吾は我慢しつつ噛み砕いて飲み込んだ。



「これでよし……」



 圭吾は最後に刀の鞘を投げ捨て、刀を地面に刺した。そして右手を左腕の肘に添えて、増幅の魔眼を発動させる。黒い眼が青い眼へと変化し、白のラインの三角と円がその中に浮かび上がった。



(これで決着をつける。この地獄を終わられる)



 ここまで来る約六時間の間に、圭吾は都内とある個所に仕掛けを施した。その仕掛けは戦いを有利にする物であり、盛大な仕掛けである。気付かれずに仕掛けるのは苦労したが、必ず成功させてみせると圭吾は誓った。

 次第に光の吸収が増していく。増せば気付かれるがもうこれから隠れる必要はない。ただ、一発の砲撃に集中するのみ。

 圭吾の利き目である右目の目の前に、マントが作り出した照準用のレンズ型ホログラフィーモニターが現れた。その中には敵との距離、光の吸収率、照準が確認出来る。

 圭吾は照準を合わせる。木々、土手、数々の建物の向こう側に敵の本体はある。



(光吸収率80%……そろそろ気付かれるか)



 その時だった。圭吾の耳にあの奇声が聞こえて来た。それはロイの掛け声に答えた物であった。その後も数回聞こえて来た。



(ここまで聞こえるって事は……まさか、予備兵力も解放したのか!?)



 圭吾は危機感を覚えつつも、こいつの威力の前ではグールなど一瞬で溶け消えるだろうと確信していた。今まで100%で放った事はないが、10%の砲撃で山の斜面に10m程の巨大な穴をあけるこの肩マントの砲撃は圭吾に自信を与えている。



(100%到達。どんな奴から知らないが、驚かしてやるよ)



 光の吸収は終わった。圭吾は深呼吸し、目をつぶって落ちついた後、目を開き、攻撃を開始した。

 左手の掌から一筋の光が解き放たれた。それは全てを溶かしていく――












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