空への脱出

 夜の東京ドームに銃声が響いた。休憩に来ていた野々村であったが、グールの襲撃が激化した為、東京ドームの屋外外野席付近に救援として向かっていた。既に第二小隊が交戦していたが、到着した野々村が見たのは予想外の苦戦模様だった。既に負傷者多数の状況で、捕えれた自衛官一人が複数の個体に取り付かれ、捕食されていた。



「ぐあああああ!!!!! 助けてくれ!!!! 誰か!!」



 断末魔で目を背けたくなる野々村には助けたい気持ちはあった。しかし、見るからにして手遅れであった。同じく救援に来ていた中隊長高木が部下に命じた。



「介錯してやれ」



「……了解」



 部下の一人が89式小銃を捕食されている自衛官に向ける。躊躇しながらも見事ヘッドショットで捕食されている自衛官を撃ち抜いた。苦しんでいた自衛官の動きは止まり、捕食はさらに進んだ。残酷な光景に自衛官達はやや慣れたとはいえ、辛い事には変わりない。



「ここはなんとしでも食い止める! 玉砕覚悟で食い止めろ!」



 中隊長高木が高々に発する。進化したグールにはもう89式小銃の5.56mmの銃弾は怯む程度にしか効かない。だが、やならなければならない。ここはまだ希望があるのだから――






































 司令所テントの内の機器は発電機のにより復活した。ライトで照らされたテント内で、松井連隊長は圭吾の手を借り、大宮駐屯所の臨時総監部に無線を繋ぐ事に成功していた。やや雑音混じりながらも、会話に支障はないレベルである。



『こちら大宮の臨時総監部、副幕僚長の戸塚だ! 松井、やっと通信が回復した様だが何かあったのか?』



「はい。グールに対し有効であった銃撃が効果無しとなり、負傷者及び死者が多数出ております。至急、ヘリによる避難者の輸送及び増援を進言します」



『やはり、そっちもか……』



 その言葉で、その場にいた自衛官達は顔を見合わせる。それが意味する事は誰にでも容易に想像出来た。



「まさか……」



『そうだ。こちらに向けて進軍しているグールも銃弾が通用しなくなったという報告を今さっき受けた所だ。そして……偵察に行っていた航空自衛隊の機体が行方不明となり、空自や我々司令部はヘリや航空機を出す事を渋っている』



 その偵察機の言葉で圭吾は避難前に見た戦闘機を思い出した。陸の脅威ばかりに目がいっていたが、空にも何かしら脅威があるのでないかと圭吾は憶測する。



「そんな! 待ってください戸塚副幕僚! それでは我々は全滅せよとでも言うのですか?」



『何を言うか松井! 見捨てるなどありえん。もちろん、他の方法での避難者救助の方法を考えている』



「……ならば良いです。しかし、こちらの避難者数は1000人以上。そう簡単にはいかない数です」



『それでその一つの案なのだが……松井、羽田空港まで行けるか?』



 羽田空港。東京ドーム(ここ)から直線距離にして約18キロの個所にある東京の空の玄関口。例外なくグールの襲撃に合った個所ではあるが、旅客機は健在である。それは調査により確認済みであった。



「もしかして……」



『そうだ。千人の避難者をそこまで移動させ、旅客機にて脱出させる案がこの総監部で提案されている。出来るか?』



 明らかに不可能に近いレベルだ。松井は返答に詰まる。千人を移動させるのであれば、相当数の大型自動車等が必要である。それにそれらを運転出来る自衛官の数も限られている為、時間経過と共に自衛官が減って行く現状では早い決断が必要とされる。松井は言った。



「不可能です……」



『やはりそうなるか……すまなかったな松井。他の案をこちらで考える』



「いえ、他の案、お願いします……」



 松井は思案する。このままでは、この避難所は壊滅する。進化したグールを前に自分達の武器ではもう太刀打ちできず、次々と自衛官達は倒れている。このままここにいても救助される事はほぼない。ならば動くべきなのか? 

 松井は決断を迫られる。本当にどうすればよいのか。



「俺はその案に賛成です。ここにいても死ぬだけだ」



 その言葉を発した圭吾を松井は見る。圭吾は不思議な力で通信を回復させ、食人鬼を感知している男だ。そんな男が賛成すると言うのであれば、もしかして成功するではないかと松井は思った。



「賛成と言ってもな、簡単ではないぞ」



「そうだ。車両はどうする?」



 中隊長の2人が圭吾に告げる。



「他にいい案があるのですか? 確かに千人全ては救えないかもしれませんが、もう切り捨てる覚悟を決めた方がいい。でなければ全滅するだけだ」



 圭吾の考えも一理あると松井は思った。しかし、切り捨てるという言い方は個人的には気に入らない。



「橘君。確かに君の言う通りかもしれん。しかし、ではどうする? 何人助けるのだ?」



「半分の500人助かればいい方では? この状況からしてそれも難しいと思いますが」



 松井と中隊長達は、互いに顔を見合わせる。もう千人全てを救出する事は諦め、半分だけでも助かる事に作戦をシフトした方がいいと松井は嫌々ながらも考え始めていた。もう、時間はあまりない。そして、こうして議論している間にも部下たちは次々傷つき命を落としている。



「分かった。羽田に向かうぞ」



「松井さん……!」



 松井の選択に、気に入らないのか中隊長の一人が声を荒げた。



「もう、時間はない。半分以上犠牲者を出す事になっても、一人でも多くのを人を助ける作戦に移行する!」 



 松井はそう言うと、通信機のマイクを取り、戸塚に告げた。



「戸塚副幕僚。そちらの提案に乗ります」



『何っ? 不可能ではないのか?」



「いえ、やります。たとえ失敗する可能性が高くても、成功させてみせます」



『いいのか?』



「はい」



『わかった……そこまで言うのであればこちらもその準備を始めるぞ。作戦の概要を説明する。羽田空港第二ターミナルに2100時までに到着する事、そこで空自から派遣された民間パイロットを含んだ班と合流し、速やかに旅客機に避難民を搭乗させ空から首都圏を脱出させよ』



 言葉にすれば簡単な作戦あるが、実行するのには相当な労苦が予測される。犠牲を前提とした作戦の為、精神的苦痛も含めれば予想以上な労苦を味あう事になる事は容易に想像できる。



「了解しました。では、こちらも準備に取り掛かります。通信は一度切ります」



『分かった。健闘を祈る』



 それを最後に大宮駐屯所臨時総監部との通信は終わり、松井達は慌ただしく作業を始めていく。まずは移動する為の車両の確保だ。



「井上! 生き残った奴らの中から大型車両を運転できそうな者を割り出せ! 割り出した者で部隊を編成、近隣地域からバスかトラックなどを探しだし、ウィンズ前に移動させろ」



 次々指示する松井。テント内はこれまでになく忙しくなった。



「松井連隊長!」



 息を上げながらテントに来たのは、東京ドーム内で怪我人達の看護をしている衛生要員の自衛官だった。迷彩服を血で汚し、真っ赤なビニール手袋をはめている。



「どうした?」



「大変です……」



 衛生要員の目は落ちつかず、どうやら混乱している事に松井は気付く。



「しっかりしろ! 何があった?」



「えっと……食人鬼が! ドームの中に!」



 その言葉で、忙しくなり、騒がしくなっていたテント内は一瞬静まる。そして直後に再び慌てふためく。



「何だと!?」



「警備担当は何をやっている!?」



「ドーム内にあいつらが!」



 ドーム内に食人鬼が入り込む前提など考えていなかった為、無線機はドーム内に無かった。その為、こうして直に伝えるしかなかったのだ。



「長野!」



 松井が中隊長の長野を呼ぶ。既に長野はミニミ軽機関銃を装備していた。



「ドームに向かえ」



「分かっております」



 長野は部下数名と共に正面ゲートに向けて走り出す。



「松井連隊長」



 圭吾が松井に告げた。



「なんだ橘君?」



「俺もドームに行きます」



「何っ?」



 圭吾がここを離れしまったら、食人鬼の対応が優位にできないと考えている松井は拒否した。



「ダメだ。ここを君が離れたら、優位に立てん」



「進化したグールに弾は効きませんと言ったはずです。しかし、俺ならまだやれる。少しでも戦力は必要でしょう」



「だがな」



 渋る松井は思案した後、佐々木に携帯無線機一号を背負わした。



「わかった……ただし佐々木を同行させる。何かあったら佐々木の無線機で連絡しろ。それと戻れと連絡したら出来るかぎりここに戻ってくれ」



「分かりました」



 圭吾は、佐々木と共にドームへと戻る。東京ドームは、電気を失い、空調が維持できなくなった為、やや凹み始めていた。

 この時の東京ドームは、いつもの夜景の姿ではない。光を失い、中では地獄が始まろうとしていた。






































 静乃は、レイナの手を引き、暗くなったドーム内を走っていた。周りには慌てふためく人々が我先にと出入口に向かっている。

 皆が逃げていく理由はグールである。突如、ドーム内にグールが現れたのだ。数は三匹だが、地獄を見てしまった避難者達の前に現れた食人生物は他に類を見ない程の恐怖の対象であり、三匹でも大きな恐怖であるのだ。当然の如く、避難者達は逃げ惑い、混乱するのであった。停電による暗さが余計に恐怖を煽る。



「来るなっ!」



「さっさと殺しなさいよ!」



「きゃああああああ!!!」



「お母さん!」



 混乱の最中、避難民を中をかき分けて89式小銃を装備した自衛官が二名、侵入して来た食人鬼に立ち向かう。勇敢な二名に食人鬼は威嚇目的の奇声を発する。



「きぃいいいやあああああああああっ!!!!!!」



「死ね! 化け物!」



 一名がバースト射撃を行う。一発が頭部に直撃するも、仰け反る程度である。めり込んだ銃弾が落ちて、小さな音を鳴らして床に転がった。



「きぃやあああああああ!!!!!!」



「嘘だろ!? これで死ぬはずじゃなかったのか?」



 続け様に連射するが、全く効かず、食人鬼はスプリンターの走りで、二名の自衛官達に突撃していく。いくら撃とうとも少し怯み程度、速度はさほど落ちない。二名の自衛官達は、近付いてくるグールにひたすら撃つ。恐怖でそれしかできなくなっていた。

 寸前に迫った時、弾は無くなり、2人は恐怖で身が竦んだ。



「ひぃい!!!」



 その時、二名の間を一人の男が駆け抜けて、飛び込んで来たグール三匹をすれ違い様に瞬時に戦闘不能にした。三匹とも頭を切断する。頭は宙を舞いながら、床に落ちた。



「――なっ?」



「何をした?」



 あまりの速さに訳が分からず唖然としている自衛官2人に、圭吾はただ言った。



「避難者達を落ちつかせてください」



「やはり、すごいな」



 遅れて来たのは佐々木と長野達だ。圭吾の常人離れした動きは佐々木は二度目でも驚いてしまう。



「まだグールはいます。外野席の方です」



 感知魔術にて得たグールの位置情報を佐々木に伝える。



「分かった。では、行こう」



「佐々木さん!」



 女性の声が佐々木を止める。佐々木を呼んだのは女性自衛官の稲村だった。美麗な容姿で衛生兵の稲村は負傷した避難者達や自衛官の応急手当を行っていた。が、ついに医療品は底をつき、運ばれてくる自衛官の手当てが不可能となっていた。



「これ以上の治療が出来ません! 医療品が無くなりました」



「分かった。しかし、もう手当する必要はない」



「どういう意味ですか?」



「俺は先に行きます」



 圭吾はそう告げて外野席方面に向けて走り出す。



「松井連隊長は決断した。ここを脱出する」



「脱出!? どこに逃げるのですか?」



「羽田だ。そこで空自の班と合流し、旅客機で脱出する」



「無理です! 1000人以上いるのに、どうやって移動させるのですか?」



「……」



 無言かつ、真顔の佐々木から稲村は悟った。



「そうか……負傷者を見捨てるのですね」



「……切り捨てるしかないのだ。敵は増えている」



「納得しません。私は残ります!」



「何? ダメだ!」



「それは命令ですか? いえ……命令でも私は残ります!」



 稲村の顔は本気である。稲村の覚悟を感じ取った佐々木は呆れ声で言った。



「好きにしろ」



 佐々木はそう告げて、圭吾が向かった外野方面へと走り出した。



「聞いた? 見捨てるって」



「どういう事なの?」



 近くで2人の話を聞いていた若い女性の避難者達がヒソヒソと話す。それを聞いた稲村は笑顔で言った。



「大丈夫! 誰一人見捨てはしません」



 稲村はそう言ったが、心の中ではそうならないだろうと思っていた。急に負傷した味方が増えた事やドーム内に食人鬼が現れたのを見て、攻め込めこまれ、追い詰められている事は明白だからだ。

 しかし、稲村はそれでも見捨てたりはしない。なぜなら彼女は衛生兵。最後まで傷ついた者と付き添うつもりでいるのである。



 


 

































 佐々木が駆け付けた時には、既に圭吾が最後の一匹に止めを刺し終えた所であった。外野席側の通路は食人鬼の生々しい血で汚れたが、その中で立つ圭吾は返り血一つない浴びていない。

 佐々木のライトが圭吾を照らす。



「もう倒したのか? すごいな」



 停電した東京ドーム内は暗い。辛うじて見える光は、非常出口の光だけだ。

 佐々木が背負っていた携帯無線機から声が聞こえて来た。佐々木は応対する。



「はい。こちら佐々木」



『松井だ。至急、橘に外の援護に出る様に伝えろ』



「了解しました。だが、まだ食人鬼がいる可能性が」



「もうドーム内部にいません。むしろこの外に大量に感じ取れます」



 外野側の外は、あの第三小隊が守っていた場所である。最初に陥落した場所で、既に他の小隊の援護が来ているのだが、苦戦を強いられていた。



「そうか。なら、外に出ます。現在、外野席にいるので11番ゲートから外に出ます」



『了解した。そのまま交戦中の第二小隊を援護しつつ、車両確保部隊と合流してくれ』



「分かりました」



 佐々木はそう告げて、通信を切った。そして圭吾と共に11番ゲートを開けて野外へと出た。出た瞬間、強烈な血の匂いが2人の鼻を覆う。



「これはっ!」



 散乱しているのは由濡れて千切られた迷彩服。味方の物だ。そして血だまりが至る所に目に入る。



「予想以上だな」



「……」



 佐々木は対象は慣れたとはいえ、味方が食い殺された場所を拝むのは辛い。しかし、ここで憂鬱になっている場合ではない。圭吾達はグールの奇声が聞こえる個所へと向かう。向かったそこには10体以上の食人鬼が第二小隊の数名と交戦していた。中隊長の高木は負傷し、右腕の傷を左手で押さえていた。



「高木さん!」



 食人鬼達を挟み撃ちにした。何体かが圭吾達2人に気付き、振り向いて襲いかかる。佐々木は驚く。



「うわっ!」



 驚く佐々木の前に立つ圭吾は、慣れた動作で飛び掛かって来たグールを刀で切り倒す。進化したグールに今まで送りこんでいた魔力量では斬れなくなっていたが、圭吾は増やす事によって切断力を増し対応していた。



(この量は少々辛いがやるしかない)



 圭吾の魔力量はさほど高くない。少ない魔力でいかに効率よく魔術を使用するかが圭吾の魔術師としての課題である。魔眼を使用すれば、長時間の魔術使用が可能となるが、リスクを考えると多用は出来ない。



「すごい……」



 圭吾を素人だと舐め切っていた高木は、圭吾の常人離れした動きに驚きつつ、感心した。単なる妄言だと思っていた圭吾の言葉もこの動きを見ていると嘘ではなく本物だと認めるしかない。

 驚く自衛官達を尻目に、ついに最後の一匹となったグールと対峙する圭吾。最後のグールは、苦し紛れの奇声を発した。



「きぃやあああああああああ!!!!」



 刀を構え、圭吾は飛び込んだ。爪を立て、両手で攻撃するグールの攻撃を圭吾はギリギリで交わす。ミリタリーコートに鋭い爪が掠めるが、圭吾はグールを蹴り飛ばし、仰向けになった所に飛び込んで頭に刀を突き刺した。

 なんら抵抗なく眉間に突き刺さる刀。それを最後に最後のグールは動きを止めた。10体以上の進化したグールを全て倒すのに掛った時間は5分弱だ。自衛官達にとってそれは脅威的であるが、圭吾は危機感を募られた。



(10匹程度で5分以上掛るとは……)



「すげぇな」



「ああ」



 高木以外の自衛官達が、圭吾の動きに驚きながら感想を述べた。常識外れの動きなら当然だろう。



「高木さん! 松井連隊長から通信です」



 佐々木が、座り込んでいた高木に無線機のマイクを手渡す。



「えっ? ああ」



 圭吾の動きに唖然としていた高木は、しゃきっとしない返事で受け取る。



「たっ高木です! この男は一体?」



『何だ高木? どうした?』



「いえ……それで松井連隊長。こちらは片付きました……戦死者は8名。残ったのは6名です」



『そうか。御苦労だった。8名の命は無駄にはしない……高木。お前はこちらに戻れ。佐々木に代わってくれ』



 高木は佐々木にマイクを返した。



「はい」



『車両確保部隊はドームシティだ。白山通りに乗り捨てられた大型バスが3台か確認されている。それらを確保し、ウィンズ後楽園前まで移動させるのが任務だ』



「了解しました。橘と共に向かいます」



『健闘を祈る』



 それを最後に通信は切れた。すると圭吾は既にに走り出していた。



「ちょっと待ってくれ」



 圭吾は速い。佐々木は何とか追いかけるので精一杯であった。









































 白山通りにて乗り捨てられた三台の大型をバスを確保する為、井上が指揮する車両確保部隊は奮戦していた。既に89式小銃は通用しないが、怯ませるている間にバスに乗り込む事は可能だ。そして食人鬼に止めを刺すのは圭吾の仕事である。街灯もない東京の夜を、なんら支障なく動き回る姿に自衛官達は驚いている。

 その中には、野々村もいた。第二小隊に救援に行った野々村であったが、井上により選ばれ、こちらの任務に参加していた。



「凄いな」



 車の上を器用に飛び回る姿はまるで忍者の如くだ。進化した食人鬼相手に圭吾は未だ有利に戦闘出来ているが、術に送り込む魔力量を増やして対応している為、長期戦は望ましくなくなっていた。



(この数では魔力切れも考えなければな)



「そっちに行ったぞ!」



 野々村の声で背後から飛び掛かって来たグールに気付く圭吾。本当は感知魔術で既に知っていたが、思いのほか速い動きだった。振りかえると同時に刀を刺す圭吾。グールは頭から突き刺さり、動きを止めた。刀を振り、グールを落とす。



「大丈夫かお前?」



 野々村が圭吾に問いかける。



「大丈夫だ」



 心配される程柔ではないと思う圭吾であったが、野々村は気に掛けている。



「そうか。あれで最後のバスだ。最後まで気を抜くなよ」



「……」



 言われなくても分かっていると言いたい圭吾であったが、野々村は言う前に行ってしまった。

 最後のバスが移動する。ウィンズ後楽園の前の外堀通りには既に二台の大型バスと自衛官達が乗ってきた三種類の車両が列をなしていた。73式大型トラック通称「カーゴ」5台、73式中型トラック通称「ヤオトラ」が5台、そして高機動車通称「高機(こうき)」が3台が集まっていた。それらを全て用いて一度に運べる人数は370人程度で、運転や護衛、誘導する為の自衛官達を含めると一度に避難者を羽田に運べるのは340人程度だった。

 合計1000人以上の避難者を全員運び出すのには最低3回も往復しなければならない。だが、これはそんな作戦ではない。



「これで全部か!?」



 松井がウィンズ後楽園に現れた。現場で部隊を指示をしていた井上はその声で振り返る。



「連隊長。これが限界です」



 並んだ車両は壮大に見えるが、この車両が羽田までにどれほど辿りつけるのか、松井は不安だった。



「橘!」



 最後のバスの上に立っていた圭吾は、松井の大声に振り返る。一飛びで松井の立つ歩道へと着地した。その光景を見ていた松井達自衛官は驚嘆の表情を見せていた。



「おっ!」



 跳んできた圭吾に井上が驚きの声を上げる。



「それで何でしょうか?」



「……橘、君の意見を聞きたい。これでどれぐらい辿りつけると思う?」



 それは難しい質問だった。羽田へのルート上及び付近にいるグールの数など圭吾でも分かる事はできないのだ。



「それは分かりません。俺の感知でもルート上のグールを感知できませんので」



 その時だった。全て蹴散らしたはずのドーム内に食人鬼の反応が多数圭吾の感知魔術に反応した。



「連隊長!」



 佐々木が急いだ様子で携帯無線機一号のマイクを持って駆け寄って来た。



「どうした?」



「ドーム内に再び食人鬼が!」



「何っ!?」



「今度は100匹だ! まだ増えている!」



 圭吾が感知した数を報告する。先程の十匹程度の10倍の数である。それらも全て進化したグールだ。

 指令所テントは撤収させており、ウィンズに残存兵力を集めているが、もう救援に向かえる部隊の余裕はない。ここで守るので精一杯だ。

 一度殲滅したグールであるが、どこからかまた湧くように現れたのであった。



「行きます!」



「俺も!」



 その声に振り向く一同、そこに立っていたのは野々村だった。



「野々村、行ってくれるか?」



 井上が問う。



「はい! まだ、やれますっすよ!」



 野々村はそう言うと、残り少ない弾薬箱から弾薬を補充して先にドームに向けて走り出した。



「先に行くぞ! 侍!」



「侍?」



 圭吾に対し勝手に愛称を付けて走り出す野々村。圭吾はそれに続く。

 逃げる手段が確保されたといえ、脅威はまだ続くのである。






































 東京ドームの外正面ゲート付近。そこは既にドーム内から逃げて来た避難者達で溢れ反っていた。皆、逃げるので精一杯で、錯乱している者も多数見受けれられており、危険な場所と化している。



「早く逃げろ!」



「自衛隊は何やってんだよ!」



「さっさと殺せよ!」



 怒号罵声の中、自衛官達はなんとか落ち着かせようとする。

 ドームの中では既に惨劇は始まっていた。動けない負傷者と避難者の一部が既に捕食されており、中隊長の長野は辛うじて生き残っている部下数名と共に、大量の食人鬼相手に戦っていた。既に長野は足を一部食われ、横たわりながらもミニミ軽機関銃を懸命に撃っていた。

 突如、湧いて出て来た食人鬼に驚きながらも、懸命に抗戦する。



「長野中隊長! 大丈夫ですか?」



 稲村が出血している長野の足の傷口を素手で押さえる。既に真っ赤に染まっている手で懸命に出血を止めようとする。



「お前は避難者を助けろ。俺はいい!」



「嫌!」



 既婚者の長野と独身の稲村はこの騒動前から知られてならない関係があった。それは人間社会において禁断の関係である。“不倫”である。

 稲村はもう愛する男が死に行く姿を黙って見てはいられず、重傷者を置いて駆けつけてしまったのだ。



「お前は衛生兵だろ! どんなことがあっても助けるんじゃなかったのか!?」



「ごめんさない! やっぱ無理! 私、あなたが死んでいくのは耐えられない!」



 普段から己に厳しい稲村が、珍しく見せる甘えだった。それほど長野に恋焦がれているのだった。どんな事があっても最後まで助けるという信条を掲げていた稲村だったが、最後の最期で放棄してしまった。



「……バカが!」



 ミニミ軽機関銃の弾薬はつき、連射は止まった。もう、終わりだと長野は悟った。食人鬼がゆっくりと近付いていく。最後まで一緒に戦った部下たちも、弾が底をついて、次々襲われていく。



「ぐぁああああ!!!!」



「くそっ! 誰が! 誰か助けて」



 部下たちの断末魔を聞きながら、長野は不倫相手と最後の時を迎える。足の怪我で歩く事は出来ず、逃げる事は出来ない。稲村は涙を流して、長野にしがみ付いていた。

 そんな長野達の前に立つのは一匹の食人鬼だ。



「きぃやああああああああああああああっ!!!!!」



 奇声を発する。ドーム内に木霊する奇声は野外まで聞こえた。

 最後だと覚悟した2人だったが、前に立つ食人鬼は圭吾の刀によって斬り落とされた。



「なっ!?」



 驚く2人の前に現れたのは、圭吾だった。そのまま圭吾は食人鬼達の群れに突撃する。それを迎え撃つ食人鬼達は一斉に戦闘態勢に入った。



「長野中隊長! 稲村!」



 その声で振り向く2人。そこには野々村がこちらに向かって走って来た。息切れしつつも、なんとか駆け付けた野々村は2人の姿を見て、衝撃を受けた。



(やっぱそうか……)



 稲村は長野に覆いかぶさっている。その姿から噂で聞いていた2人の不倫関係を野々村は確信してしまう。ずっと前から好意を寄せていた稲村の真実に野々村は泣きたくなる。嘘であってほしいとずっと思っていた。



「そうか……そう言う事か」



 小さく呟く。



「おい野々村! 稲村を連れて逃げろ!」



「嫌です! 私もあなたと死ぬ!」



「ダメだ! 助けが来たんだ! 生き残れ!」



 そのやりとりに憤りを感じつつも、野々村は笑顔で言った。



「分かりました! 行くぞ稲村! ここから逃げるんだ」


 野々村はそう言って、覆いかぶさる稲村の腕を掴み、立たせる。泣いている稲村の姿に、どこかモヤモヤを感じる野々村であったが、我慢しつつ長野の最後の言葉を聞いた。



「すまない野々村。俺は置いていけ。松井連隊長によろしくな」



「了解です! さあ! ウィンズに向かうぞ! 空から脱出する!」



 歩こうとしない稲村を強引に引っ張り、歩かせる。



「おい侍! ここはもうダメだ! 引くぞ!」



 グールを既に8体倒していた圭吾であったが、野々村の言葉通り、生存者は見込めそうにないのは明らかであった。そこらじゅうグールだらけだ。



「分かった」



 圭吾は群れから飛び出て、2人と共に正面ゲートから脱出しようとする。しかし、稲村は引っ張る野々村の手を薙ぎ払い、長野が倒れる所へと走って行った。



「おい!」



 野々村の声は聞こえていたはずだが、稲村は黙って走って行く。それを負いかけようとするが、圭吾が肩を掴んだ。



「離せ!」



「もう遅い」



 その言葉通り、長野に一斉に群がる食人鬼達。長野の叫び声が聞こえるが、それはすぐに終わった。



「雄一さん!!!」



 稲村は走りを速めるが、それと同時に食人鬼の一匹が横から、飛び蹴りを稲村の体に食らわせた。華麗に吹き飛び、仰向けに横たわる。



「ゆう……いち」



 稲村は朦朧とする意識の中で愛する男の名を呟く。そんなものは関係ないと言わんばかりに数匹の食人鬼が横たわる稲村に群がる。迷彩服を引き裂き、下着を噛み切って、柔肌を貪り食う。



「くそっ!!!」



 震える声で涙目で野々村は叫んだ。見たくなかった。見たくもなかった。好きな女が醜い生き物に捕食される光景など、見たくなかった。絶望的な光景である。

 野々村は体を震わせる。片思いとはいえ、本当に好きだった。助ける為にここに来た。だが、それが今、無駄になった。



「行こう……」



 圭吾は野々村を促すが、それを無視して野々村は一歩引き返した。



「おい!」



「……行けよ侍」



 小さい声で野々村は言った。



「だが……」



「惚れた女助けねえなんて男じゃねえって思うんだ……そう思うよな?」



 小さな声で聞いて来る野々村に、圭吾は言った。



「そうだな――」



「悪いが松井連隊長によろしく言ってとおいてくれや……生き残れよ!」



「……ああ」



 それが最後の会話だった。それを最後に2人は二手に分かれる。一人は出入口に、そしてもう一人は女を助ける為に突入する。




「俺の女に手を出してんじゃねえよ化け物どもぉぉおおお!!!」



 野々村の最後の叫びをゲートを出た圭吾は聞いた。悲しみを大いに含んだその叫びは、圭吾にこの惨劇を起こした者を決して許さないという感情を湧き上がれせるのであった。






































 ウィンズ後楽園前まで戻った圭吾が目にしたのは、外堀通りにて未だ1000人近くいる避難者が寄ってたかって車両に群がる光景だった。圭吾が到着すると同時にドームから避難者をウィンズに移動せよと松井が命令したが、ドーム内でグールが現れた衝撃で避難者達の多くは冷静さを失ったのだ。皆、迫るグールの脅威に怯えて、錯乱しており、我先にと逃げ出したいのである。



「皆さん落ちついて!」



 拡声器で松井の声が、大きく響く、余計グールを呼び出す様な行為であるが、仕方ない。



「うるせぇ! 早く逃げろよ!」



「乗せやがれ!」



 怒声罵声が飛び交うが、松井は冷静だ。



「これから羽田に向かいます。しかし、一度に運べる人数は340人程度です。子供女性から優先的に乗車させます。ご理解ください!」



 その松井の説明で、ある程度落ち着いた避難者達であったが、不安は取り除けてはいない。



「くそ! まだ安心できねぇよ」



「この子のは優先的に乗せてもらえるのでしょうか?」



 避難者達は強制的に自衛官達によって、列を作らされ、子供、女性を優先的にバスやトラックに乗せていく。その中で圭吾は松井に報告しようと歩き出したが、とある声で立ち止まった。



「お兄ちゃん!」



 その声はレイナだった。そしてそれに続く様にして静乃の声が聞こえて来た。



「橘。あんた出て行ったんじゃ?」



 振り向くとそこにいたのは佐藤一家と一緒の静乃とレイナだった。静乃が駆け寄る。



「話が変わってな。今は脱出作戦に協力している」



 圭吾は不用意に恐怖や不安の募られてはいけないだろうと、大本がこの地下にある事はしゃべらない。これ以上、混乱しそうな情報は伏せておいた方がいいと考えた。



「まさかあんたも逃げるの?」



「違う。おれはここに残る」



「それは控えてもらおうか橘君」



 圭吾はその声に振り向く。そこには松井が井上と共にいた。圭吾はドーム内の状況を報告する。



「野々村、長野中隊長を含めた十数人の自衛官は亡くなりました。ドーム内のグールはまだ捕食中ですが、終わったらこちらに向かうでしょう」



「そうか……ごくろうだった」



「いえ」



「それで話は変わるが……君には輸送の護衛を任せたい」



「俺は逃げません。大本を叩くのが俺の目的です。」



「分かった。逃げないか……だが、一人で何ができる?」



 その松井の問いに、圭吾は奥の手について説明しようか考えたが、これ以上正体をばらす事は避けたい。



「一人で勝てる勝算があってここにいます」



「ほう……やたら自信があるな」



「それなんだが橘君。臨時政府は夜が開けたと同時に日米合同による総攻撃作戦を決行すると決めた。その攻撃により食人鬼を一掃する。その大本もやらも報告すれば、軍は集中的に攻撃するだろう」



 井上が説明するが、それでは遅いだろうと圭吾は思う。感知している魔力は徐々に高まっている。総攻撃の前に何か仕掛けて来るに違いない。



「その前に敵は仕掛けてくるでしょう」



「そういう事がどうして分かるのかいい加減教えて貰えないか?」



 松井の問いには答える気はない。

 圭吾の真意を察したのか、それ以上松井は追及しない。



「……そうか。話したくないのは分かった。だが、君の“言葉”で脱出作戦はこうして行われている。その責任を取るつもりで最後まで付き会ってくれ」



 確かに逃げろと最初に言い出したのは圭吾である。圭吾は不本意ながらも、最後まで脱出作戦に参加する事を了解した。



「はい。確かにそうですね……最後までやります。多くの人が生き残れる様にしましょう」



「ありがとう。では、さっそく頼むぞ。私は最後の輸送までここを死守する」



 松井の顔はどこか悲しげであるような事に圭吾は気付くが、気のせいであろうと思った。後にそれがそういう意味だったと知るのは圭吾が羽田に到着して直後の事である。



「松井連隊長! 全車両は乗車準備が完了しました」



 一人の自衛官が報告に来た。



「分かった。では、井上。頼むぞ」



「はっ!」



 井上は輸送車両の指揮を任されており、彼の乗る高機動車が先頭を走る事になっている。



「君達も早く乗るんだ。案内しろ」



 松井は報告に来た自衛官に、静乃とレイナ。そして佐藤一家を案内させる。



「こちらです」



「松井連隊長」



 静乃達が去った後、松井に声を掛ける圭吾。



「俺の言葉を信じてくれてありがとうございます」



「いや……君がいなかったら全滅していただろう。ありがとう」



 松井はそう告げて、圭吾の前から去って行った。

 圭吾も車両へと向かう。圭吾の乗る場所は、圭吾自身分かっていた。






































 午後八時で東京ドームの沿いの外堀通りを出発した第一陣は無事に羽田空港第二ターミナルに到着した。到着時の時刻は午後八時半過ぎ。順調にいく中で、車列の一番最初のカーゴ (73式大型トラック)の屋根の上に乗っていた圭吾は疑問に感じていた。



(なんで何もなく無事に到着できた? 明らかに不自然だ――)



 第一陣はここまで来るのに全くグールの襲撃を受けてこなかったのだ。それは圭吾の目には不自然に映り、疑いを持たせていた。



「到着だ。ここまで無事に来れて運がいい」



 先頭の高機動車に乗っていた井上が車から降りてそう告げた。自衛官達は次々降りて、周囲の警戒する。そしてグールがいない事を確認すると、避難者達を降ろしていく。



「俺は空自の班と合流する」



「ちょっと待ってください! また戻るのでしょう?」



 その圭吾の質問に、井上は歩みを止める。無言である。



「どうしたんですか?」



 圭吾に背中を向けたまま、井上は言った。



「もう戻らない」



「はっ? 何を言って……」



「松井連隊長の指示だ。もう弾薬がない! 仲間も相当数失なった! もうあの避難所を維持する事は出来ない! 戻った所で地獄を見るだけだ。だから松井連隊長は戻って来なくて良いと私に命令した」



 そう告げる井上は悲しげだった。嫌々聞きいれた命令だった。



「そんな……」



「君に言わなかったのは、連隊長なりの気遣いだろう」



 余計な気遣いだと思う圭吾であるが、同時に悲しみを感じるのであった。圭吾はあの時の悲しそうな顔はそういう意味なんだとここで理解した。



「井上隊長! 空自の班と合流しました。班長の方が打ち合わせをしたいと」



「分かった」



 井上は部下共に行こうとするが、圭吾が呼び止める。



「井上さん!」



 井上は振り向く。



「滑走路の方にグールがいます。そちらを蹴散らしますので行ってください」



「いいのか?」



「ええ」



 圭吾はそう言うと、外回りから滑走路に向かう。井上はそれを見送りつつ、心の中で圭吾の健闘を祈った。



「お姉ちゃん……トイレ行きたい」



 第二ターミナル内で整列している避難者の中で、レイナが唐突に静乃に告げた。それはあまりに突然すぎて静乃を焦られた。



「えっ!? レイナちゃん。トイレ行きたいの!?」



 レイナは頷く。辺りを見回しトイレを見つけるレイナ。そして急いでレイナの手を引き、トイレに駆け込んだ。



「これで全員か?」



 海から第二ターミナルに侵入した空時の班は民間の航空会社のパイロットを含めて構成された緊急のチームである。残されたジャンボジェット機を利用して、一度に避難者を首都圏から退避させるこの作戦のために作られたチームである。



「はい。これでも半分も満たないです」



 結局、ここまで運べてのは344人。1000人いた避難者の約三分の一だ。

 班の班長笹倉は心を痛めながらも、生き残った人々を助け出す任務は最後までやり通すつもりである。松井連隊長の意志を継ぐ様な形で、最後まで守り抜きたいと思っていた。



「では、ジャンボジェット機に案内しよう。こっちだ」



 笹倉の案内で移動していく避難者達。既にいつでも発進出来る様になったジャンボジェット機が滑走路で待っていた。

 午後九時になる直前、避難者342人。陸上自衛官24名。空自自衛官6名、民間パイロット3名は無事、旅客機に乗り込んだ。しかし、寸前には数匹のグールが迫っていた。



「きぃやああああああああああっ!!!!」



 64式小銃の銃弾である7.62ミリ弾は進化したグールには有効であった。貫通し、倒す事が出来るのだ。タラップの前で一人、64式小銃で空自の班員一人がグール達を攻撃していた。



「待ってください! 2人いません」



 機内にて佐藤の妻が、静乃とレイナがいない事に気付き、井上に報告するが、既に遅かった。



「もう遅いです!」



「篠田! 上がれ!」



 最後まで迫りくるグール達を蹴散らしていた空自の篠田は味方の班員に呼ばれ、タラップを駆け上り機内に飛び込んだ。そして扉を閉め、井上はコックピットに向かい、班長の笹倉に報告した。



「全員搭乗しました」



「何だあれは?」



 その笹倉の言葉で、井上は窓の外を見る。そこには進路方向の滑走路にて何匹ものグールを相手に懸命に戦う圭吾の姿があった。



「彼の事はいいです。協力者ですから」



「いいのか?」



「ええ」



 井上は圭吾の目的を知っている。彼が残る事は分かっていた。

 ジャンボジェット機は、C滑走路に向かう。グールを向かわせない為に圭吾は次々とグールを倒していく。圭吾のおかけでグールは一匹もジャンボジェット機に取りつく事なく、無事ジャンボジェット機はC滑走路に入った。

 ジャンボジェット機は滑走路を加速していく。難なく離陸し、曇った夜空に飛び立った。その姿を見上げる圭吾は一安心し、全てのグールを倒し終えて、その場から離れようと歩み始めた時、それが起こった。

 それは大きな大きな音だった。圭吾はまさかと思いながらも、ゆっくりと振り返る。

 空に舞いあがろうとしたジャンボジェット機が何者かにより撃ち落とされたのだ。真っ赤に燃え上がった爆炎に包まれて落ちていくジャンボジェット機の姿は無残であった。

 圭吾は唖然とし、言葉を失った。

 小さな希望は撃ち落とされた。圭吾は心の中でそう小さく呟くのであった――


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