魔眼と避難

 渋谷は夕暮れに差しかかろうとしている。粉塵に呑まれながらも圭吾は辛うじて攻撃をかわし、大きなダメージを受けずにすんでいた。突如、真上から現れた謎の物体は、確実に圭吾を狙って攻撃していた。

 圭吾は謎の物体が作り出した小さなクレーターから、距離を取る。ジャンプし粉塵の中から圭吾が現れる。大きなダメージはないが、擦り傷などは負っている。



「橘! 大丈夫!?」



 静乃は粉塵の中から現れた圭吾の姿を見て一安心する。階段を上がり切った直後の攻撃に驚きながらも、圭吾の心配はしていた。



「外に出るな!」



 圭吾は静乃に指示を出す。

 次第に粉塵が風で流れて、圭吾を攻撃した物体が姿を現し始めていた。その姿が完全に現れた時、三人は驚嘆する。



「……鉄の球?」



 クレーターの上で鉄の球が宙を漂っていた。大きさは野球ボール程度で、表面は銀色であり、反射で圭吾の姿を映していた。

 明らかに物理法則から外れている鉄の球は、常識外の代物だと静乃達でも分かる。



「何なのあれ?」



 階段の下から覗く静乃も謎の鉄の球体に驚く。圭吾は懐から小型化した刀を取り出し、元の大きさに戻して鞘を取り捨て構える。



(この球からも魔力を感じる! 魔力で動く物か?)



 鉄の球からは何の音も聞こえてこない。動きのみで見切らなければならない。圭吾は難しいと感じながらもやるしかないと刀を強く握る。

 何の前触れもなく鉄の球は突如動いた。圭吾目掛けて飛んでいく鉄の球の速度は、常人が反応できるレベルではない。戦車の砲弾レベルだ。寸前でかわす圭吾。ひやりとする。



「くっ!」



 避けられた鉄の球は、放物線を描きながら引き返してくる。圭吾は避ける体制で待ち構える。

 再び飛来してきた鉄の球を避ける圭吾。今度は地面にバウンドした。バウンドした地面は小さく陥没する。



(明らかに俺を狙ってるよな)



 その時だった、再び感知魔術が反応した。二つの目の反応に危機感を募らせる圭吾。二個目は圭吾の背後を狙って飛来して来た。圭吾は辛うじてかわす。二個目の攻撃も、大きなクレーターを作り出した。地面が破片となって周囲に飛び散る。



「ちっ!」



 二個目の鉄の球も放物線を描きながら圭吾へ向けて引き返していく。そして最初の鉄の球と合流し、二個がクルクルと回る。まるで圭吾の様子を報告し合っている様な光景だ。



(“あれ”を使うか? いや、まだ早いか……!)



 例の力を使えば、絶大な魔術効果を得られるが、その後の疲労を考えると使用するのを躊躇う。圭吾は大本に辿りつくまでこの力は温存したいと考え、無しであの鉄の球を破壊する事を考える。



(すこし刀に送る魔力を増やしてやれば、鉄の球でも斬れるはず)



 刀にかけている魔術は、基本的には小型化魔術と真剣化魔術であるが、奥の手としてまだ使用していない振動剣化魔術がある。刀を超振動させて、切断力を高める原理を魔術にて再現するものだ。しかし、圭吾の編み出した振動剣化魔術は魔力消費がやや大きい物である為、ここぞという時しか使用しない。



(来る!)



 二個の鉄の球が圭吾目掛けて飛んでいく。圭吾はハチ公の前まで走って逃げて行き背後に迫った瞬間、地面を蹴り避けるが、時間差をつけて飛んできた二個目の鉄の球が避けていく圭吾の背後を狙う。飛んでいる圭吾はもう大きな方向転換出来ない。圭吾は空中で大きく振りかえって、刀を振る。刀と鉄の球は直撃した。この時、圭吾は瞬時に刀に送る魔力量を増やしたが、斬れる事は無く、鉄の球の軌道を逸らしただけであった。逸れた鉄の球は、ハチ公像に直撃し、ハチ公を粉々に粉砕した。



(くっ!)



 圭吾は地面に倒れ込んだ。今のままでは通用しない事に危機感と緊張を募らせ焦る。さらに圭吾の感知魔術にさらなる反応が感知される。



「なっ!? 三個目だと!?」



 立ち上がった瞬間、瞬時にその場から離れる圭吾。三個目の鉄の球が圭吾のすぐ横の地面に直撃し、その衝撃で圭吾を吹き飛ばす。地面の破片が共に飛び散り、圭吾を傷つける。



「ぐっ!」



 圭吾の体は吹き飛ばされた。三個となった鉄の球は、圭吾を見降ろす様に空中でクルクルと回り、まるで嘲笑っている様にも感じられた。



(出し惜しみしてる場合じゃないか)



 圭吾は魔力を右目に送る。14歳で開眼したその魔の眼は、圭吾の魔術に絶大な力を与える。黒い瞳は青色に変化し、白の逆三角形が瞳の中に浮かび上がり、同じく白い円がその中心に現れた。

 魔眼。開眼した者に絶大な魔術的効力を与えるその魔の眼は、古代からいくつかの文明では災いの元と言われている。しかし、圭吾の魔眼は呪い類ではない。圭吾が右目に宿した魔眼の効果は魔力の増幅である。その為圭吾は『増幅の魔眼』と命名している。

 増幅の魔眼は魔力を単純に増幅するだけの魔眼であるが、魔力総量から計算される魔術使用可能時間を大幅に延長する事が可能であり、魔術に出力出来る魔力量も増やす事が可能となる為、魔術の効力や出力を強化出来る利点がある。特に圭吾が採用しているエリルット式魔術とは相性が良い。エリルット式魔術は術に送り込む魔力が多いほど、その術の効力が増大されるという特徴を持つ。

 その為、自身にかけている全ての魔術がエリルット式の圭吾の戦闘力は大幅に向上する。圭吾は増大した身体強化魔術により大きく空へ跳び上がり、クルクルと回っていた鉄の球目掛けて刀を振り下ろした。

 その動きは一瞬であり、鉄の球は切れ味を増した振動剣の刀により見事斬り落とされ、真っ二つとなった。しかし、破壊出来たのは一つだけである。残り二つは圭吾から距離を取る。圭吾は木に落下しつつ、地面に降り立った。地面に降りると同時に、前後から鉄の球が体当たりによる挟み撃ちをする。



「……俺のが速い」



 圭吾は寸前でひらりと交わし、鉄の球二つは衝突した。凄まじい音が渋谷に響いて木霊し、互いに衝突した鉄の球は振動する。

 圭吾は衝突し合った鉄の球目掛けて刀を振り下ろすが、寸前で二つの球は避けた。



「ちっ!」



 鉄の球は急激に動きを早めていく。圭吾を左右上下から連続で突撃するが、それらの攻撃全てを避け、刀で反らす圭吾の姿は周囲から見て余裕が感じられる動きであり、優勢に見える。鉄の球の攻撃は当たらない。

 鉄の球はいくら圭吾を体当たり攻撃しても当たらない事を理解したのか、二個とも圭吾から距離を取る。高く上がって前後に並ぶ。



「何をする気だ?」



 二つある鉄の球の内、後ろの一つは大きく後退する。その様子を見ていた圭吾は気付いた。



「そういう事か」



 後退した鉄の球が、前方に鉄の球目掛けて凄まじい速度で飛んでいく。そして直撃した前方の球は凄まじい速度で圭吾目掛けて飛んでいく。ガウス加速器に似た原理で攻撃する鉄の球の威力は単体の時よりも大きい。

 圭吾は大きな衝突に巻き込まれる。地面に衝突し粉砕した地面から破片と、粉塵が舞う。階段から戦闘の様子を見ていた静乃達は圭吾の身を案じる。



「橘っ!」



 静乃が叫ぶ。しかし、返事は無く。粉塵の中からよろよろになりながらも、飛んでいく鉄の球を静乃達は見た。



「そっそんな……」



「お兄ちゃん!」



 攻撃した鉄の球は、亀裂が入っていた。もう一つの鉄の球が近寄った瞬間。亀裂が全体に回り、攻撃した鉄の球は二つに割れて、落ちて行った。

 最後の鉄の球は圭吾を倒したと思ったのか、動かない。しかし、粉塵の中から不穏な物を感じ取り、逃げようとした瞬間、粉塵の中から刀が突如飛来し、最後の鉄の球に突き刺さった。刀が綺麗に刺さった鉄の球はそのまま地面に落下し、刀は地面に突き刺さった。

 圭吾が刀を投げつけたのだった。



「橘?」



 驚きながらも、収まっていく粉塵の中から現れる人影に安心を覚える静乃。その人影は圭吾だった。



「橘! 大丈夫!?」



 階段を上がりきり、レイナと共に圭吾に駆け寄る二人。圭吾はその場に膝を地面に付く。コートは汚れて、破片により小さな傷を多く負ってしまった。



「まさか、大きな傷でも負ったの!?」



「大丈夫だ」



 圭吾は傷ついた右手で顔を覆っていた。静乃はその右手の指の隙間から青い瞳を一瞬ながら見た。



「あんた……右目が」



「お兄ちゃん! これ!」



 レイナが刀と鞘を圭吾の元に届けて来た。増幅の魔眼だった右目の瞳は、元の黒い瞳へと戻る。



「ありがとう」



 そう言って圭吾は立ち上がる。そして鞘にしまい、小型化して懐にしまう。



「……教えてよ」



「何をだ?」



 静乃が真剣な顔で圭吾に問う。その目はもう誤魔化させないという目をしていた。



「あんた……何か特別な力を持ってるでしょ? 何か隠してる感じよね」



 圭吾は静乃の様子から察して、誤魔化しきれない事を悟り、意を決して話す。



「……そうだ、俺はお前達とは違う。魔力を持つ人間だ」



「魔力って……」



 いささか信じられない圭吾の言葉に静乃は目を丸くする。しかし、魔法なら今までの圭吾の挙動に納得がいく気がする静乃だが、まだ半信半疑だ。



「俺は魔術師だ。マジシャンではない本物の魔術師だ」



 圭吾はそう言って、右手の手のひらを二人に見せて、魔力放出を行う。魔粒子が手のひらから放出される様子は綺麗な光景である。緑色の小さな粒子が宙を舞う。



「なっ!」



「きれい~!」



「魔粒子放出だ。魔力を持つ者なら誰でも出来る初歩的な操作だな」



 静乃は粒子を掴もうとするが、掴んでもすぐに消えていく。圭吾は放出を止めて、手を引く。



「どうなってんのよ? マジック?」



 圭吾は再び刀を取り出し、鞘を抜いて静乃に刀を持たせる。



「刃を握ってみろ」



「はぁ? これって真剣じゃないの?」



「いいから握ってみろ」



 言われるがまま静乃は恐る恐る刀の刃を握る。しかし、手が切れる事など無かった。



「切れない? 何で? あんたの体どうかなってんの?」


 

「俺が持つ時のみ真剣化する魔術をかけている。だからお前が持つと単なる模擬刀だ。それと魔力以外は普通の人間だよ。中学の時、俺の体がおかしいって話題になったか?」



 静乃は刀を圭吾に返す。圭吾はまた小型化して懐に戻した。



「なった事ないわよね。にしても本当に魔法なの?」



「そうだ。まあ驚くのは当然だな。親以外には誰にも話していない」



 この時、圭吾は嘘をついてしまった。



「そうよね……周りに何されるか分かったもんじゃないだろうし……本当の魔法なんだ」



「そうだ。そして今回のこの東京の殺戮は明らかに魔力を持つ者、魔術師によるものだ」



「どうして分かるのよ?」



「感知魔術だ。俺の感知は魔力を感じる事が出来る。おおよその居場所も知る事が可能だ」



「……凄いわね」



「俺のレベルは大した事はない。俺の感知領域は最大半径1キロ程度で、普段は半径100メートル程度だ。これは大したレベルではないと聞いている」



「だとしても、常人よりは遥かに凄いじゃない。だからここまで来れたのね」



 静乃は圭吾がここまで無傷で辿り付いた事を不思議に思っていたが、これで謎は解けた。かつての同級生は魔術師。あまり実感はないが、現に目の前で非科学的な現象を見た。



「さっきの鉄の球って、敵の魔術師の物なの?」



「ああ、そうだろうな。倒すのに苦労した」



「……あんた、そう言えば顔色悪いわよ。どうしたの?」



 静乃の言葉通り、圭吾の顔色は優れているとはいえない。これは魔眼を使用したリスクである。圭吾が持つ増幅の魔眼のリスクは体力消費であり、使った分だけ体力は減り、疲労する。



「少々特別な力を使ってな……少し疲れている」



「お兄ちゃん大丈夫? 痛くない?」



 レイナが心配そうな顔を圭吾に見せる。そんなレイナに圭吾はぎこちない笑顔を見せた。



「大丈夫だ。それよりさっさと行くぞ。向かうのは皇居だ」



「ちょっと待ってよ橘!? まさかこのまま行くの?」



 東京は既に夜に近い。街灯にいくつかは光は灯っているが、ほとんどの建物は光がない。グールだらけの不気味な東京の夜を歩くいていくなど恐怖だ。



「そうだ。時間はあまりない」



「無茶よ。私もこの子も疲れてる! あんたも疲れてるでしょ?」



「途中休憩はする。休憩すれば大丈夫なはずだ」



「ここから皇居って歩いて一時間ぐらいはするはずよ。その間にグールに襲撃される事を考えたら、一晩明かしてからでも」



「敵がそんなに待つか。明日の朝には首都圏周辺地域も落とされる可能性があんだ。そうなる前に大本を叩く必要がある」



「……そうか、だからあんた、私達を足手まといって言ったのね」



「そうだ。分かったならさっさと行くぞ」



「そういうのは自衛隊の人達と協力してするべきじゃない? アメリカ軍だってそのうち来るんじゃない?」



「その程度、敵はお見通しだ。ここに来る途中、自衛隊の駐屯地は全て集中的にグール達に襲われていたと聞いた。敵は軍事力を無力化してから市民を襲っている。戦術は弁えている。自衛隊は今頃郊外のグール達に手こずってる最中だろうよ」



「そんな……」



「あまり時間は無いと思え。時間がたつほど敵は有利になると考えていた方がいい」



 圭吾はそれで良いかもしれないが、子供のレイナの事を考えると無茶なスケジュールだろう。しかし、少しでも生存率を維持したいなら圭吾と共に行動するべきだと静乃は考えた。



「わかった……レイナちゃん、ちょっと大変だろうけど頑張ろう」



「うん」



 静乃とレイナは肉体的疲労より、精神的疲労が多い。見なれない地獄を見てしまったのだから当然である。しかし、圭吾はそんな二人の心労を考えず、二人を連れて歩き出すのであった。











 渋谷駅ハチ公前広場を発ち、約10分ほど歩いて圭吾達三人達は青山通りに入り、セブンイレブン金王坂上店で休憩をとっていた。ここまでグールの襲撃も無く。一安心している三人であるが、店員もいない店内は荒れており、ほとんど食料は強奪されていた。が、わずかに残っていた物を三人で分け合っていた。

 圭吾は体力回復の栄養ドリンクを飲み干す。



「そんなに飲んで大丈夫なの?」



 圭吾は既に五本程飲み干している。そんな圭吾を見て、静乃は心配になる。レイナも同様だ。



「さっきの戦いで体力がだいぶ減ったんでね。少しでも体力回復だ」



「ゲームじゃあるまいし、飲めば飲む程いい物じゃないでしょ?」



「いいだよこれで」



「無理しないでよね」



 まるで彼女みたいに心配するが、圭吾に何かあれば困るのは私達であると静乃は分かっている。

 休憩を初めて三分程度たった頃。外からジェット機の音が聞こえて始めて来た。それは段々と大きくなって近付いているのが分かる。

 圭吾は一人、店内を出た。航空自衛隊のRF-4Eが低空飛行で都内を飛行しているを圭吾は肉眼で確認した。



「あれって……」



 静乃が店内から出てきた。レイナも同じく出て来ている。



「偵察機だ……災害地の撮影だろうな」



「そう……生存者の確認じゃないんだ」



「それも含めているだろうが、大きな声は出すなよ」



 レイナが手を振って声を出そうとしていた。が、圭吾の言葉を聞いて止めてしまう。泣きそうな顔を見せる。

 レイナが泣きそうな顔を向けたまま、無言の圧力を圭吾に与える。



「ああ、もう! 手は振っていいぞ」



 その言葉を聞いてレイナは笑顔で手を振る。



「振ったところで気付かないだろうよ」



「そんな事を言わないの」



 圭吾は本当にデリカシーがないと感じる静乃。こんな男でも今は頼るしかないのだ。











 コンビニでの休憩を終え、運良くグールに遭遇する事無く、三人は歩いてついに表参道の青山通りに到着した。もう見慣れてしまったが、どこにでも乾いた血だまりがあり、破かれた衣類等が散乱し、乗り捨てられた車があちこちに存在する光景に三人はもうあまり驚かない。慣れていい光景ではないのだが、慣れとは恐ろしいの物だ。



「それにしてもレイナちゃんすごいわね」



 歩きながら静乃がレイナの強さに感心している言葉を告げる。レイナは少し恥ずかしそうにする。



「そうかな……」



「怖くないの? もう、ほとんど泣いてないけど?」



「うん、怖いけど……お姉ちゃん達と一緒だから」



「それでもすごいよレイナちゃん。ねえ」



 圭吾に同意を求める静乃



「……そうだな」



 と圭吾は素っ気ない返事をした。



「全く……このお兄ちゃんは愛想ないねレイナちゃん!」



「うん!」



 元気よく返事をするレイナに圭吾は心のどこかで納得しないのであった。

 そんな会話をする中、圭吾は遠くから聞こえてくる音に気付き、二人の会話を遮る。



「静かにしろ!」



 圭吾の突然の指示に驚く二人。二人にはまだ何も聞こえない。



「何か来るの?」



「ああ……」



 圭吾は耳を済ます。二人の耳にも段々近付いてくる物の正体が分かった。



「車!?」



 都道413号線から一台のワゴンがグール四体を車体に張り付かせて表参道に走って来た。ワゴンは猛スピードで413号線から青山通りに入ろう左折したが、曲がり切れずに交番前の街灯に側面から激突した。

 突如現れたワゴンに静乃とレイナは驚く。驚きながらも中には人がいるはずだと静乃は考え、圭吾に叫ぶ。



「助けなきゃ! あんた、あんな数ちょちょいのちょいって倒せるでしょ!?」



「ああ。出来るけど」



「じゃあ早く!」



 圭吾の顔はどこかやる気がない無表情の事に気付く静乃。



「あんたまさか見捨てる気?」



 圭吾の返事はない。その間にもグールは奇声を発しながら、フロントガラスを叩いたり、ドアをこじ開けようとしている。



「きいいいいいいいいいやあああああああああああっ!!!!!」



 表参道にグールの奇声が響く。その奇声にレイナは身震いする。



「橘!!!」



 怒鳴るような声で静乃は圭吾の名を叫ぶが、圭吾はやる気がない。ただえさえ二人のお荷物があるのにこれ以上増やす気はないのだ。さらに気苦労したくはない。



「あんた魔法使いだからって何様のつもりよ! 少しは弱い人の事も考えたら!?」



 また説教かと圭吾はため息をつく。圭吾は仕方ない様な様子で懐から小型化した刀を取り出し、助け出してやろうとした時だった。ワゴンの運転席のドアが開き、中から中年らしき男性が出て来た。男性の服装はシャツとズボンだけという質素な格好であったが、シャツの一部が血で染まっていた。そして手には鉄バットが握り締められている。



「パパっ! やっちゃっえ!!!」



 男性の息子らしき子が、ドアのウィンドウを開けて叫ぶ。中で息子を制止する母親の姿も見えた。家族揃って逃げて来た様だ。



「このっ!」



 男性はフロントガラスを叩いていたグールの体を鉄バットで叩く。見事、ヒットしてグールは怯むが、違うグールが男性を襲う。グールのとび蹴りが男性の顔にヒットする。



「おごっ!」



 吹き飛ばされる男性。地面に叩きつけれれる。



「パパっ!」



「あなたっ!」



 車の中から妻子が叫ぶが、グール達には関係ない。グール達は男性を囲み。奇声を上げる。



「きいいいいいいいいいいやああああああああああっ!!!!」



「出てくるな!」



 起き上がりながら妻子へと叫ぶ男性。男性は鉄バットを構え、グールに挑もうとする。が、男性の視界にグール達の横に立つ圭吾が入った。驚く男性。



「おい」



 圭吾の声に振り向くグールの一匹は感嘆符を付けた奇声を発した。



「きぃやあああ?」



 圭吾は振り向いた瞬間頭を切断する。グールの頭が飛び、地面を転がる。

 突如現れた圭吾にグール達は一斉に標的を圭吾に変える。圭吾は落ちついた様子でグール達の攻撃をかわしつつ、確実に斬り倒す。

 圭吾が現れて一分程度で、四匹全てのグールは倒されてしまった。



「……なっ」



 男性は緊張が解けたのか、その場に尻もちを付く。そして静乃とレイナが男性に近付く。



「大丈夫ですか?」



「……えっ? はい」



 男性はあまり事態が飲み込めていないのか、少し混乱している様だった。

 ワゴンの後部ドアがスライドして開く。中から飛び出してきたのは男性の息子だ。小学生低学年らしき息子は父親に飛びつく。



「パパっ!! 大丈夫!?」



 妻の女性もワゴンから出て男性に近寄る。



「あなたっ! 怪我は?」



「だっ大丈夫だ。そこの人に助けてもらったよ」



 男は顔に傷を付けながらも幸いにも大きな怪我はしなかった。男は圭吾を見る。妻子も圭吾を見る。そこにいるのはもちろん圭吾だ。小型化した刀を懐にしまっている最中だった。



「ありがとうございます」



 男性は立ち上がり、軽くお辞儀をする。妻の女性も同じくお辞儀をした。



「……いえ」



 圭吾の返事は変わりなく素っ気ないものだ。



「ところであなた達は?」



 静乃が三人家族に問う。



「私は佐藤と言います。妻と子を連れて逃げてきました。あなた達は?」



「私は一之瀬です。そしてレイナちゃん。で、こいつは橘」



 圭吾は紹介されながらも、辺りを警戒している為そっぽを向いていた。そもそも不本意で助けているので、不機嫌である。



「橘さん。助けて下さって本当にありがとうございます」



 礼儀正しい佐藤家は一家揃って再びお辞儀をする。圭吾はお礼を言われて悪い気分になる人間ではない、悪い気分ではない。



「お兄ちゃんはねぇ正義の魔法使いなんだよ!」



 レイナが自慢げに告げる。静乃が少し焦る。



「レっレイナちゃん!」



「ふーん。僕のパパはお巡りさんだもんね!」



 佐藤家の息子がレイナの前に立ち塞がる。仁王立ちする男子を前にレイナはかわいく頬を膨らませる。



「魔法使いの方がすごいもん!」



「ふん! 魔法使いなんているわけないだろ?」



「いるもん! ねぇ、お兄ちゃん!」



 レイナは圭吾に同意を求めるが、圭吾は辺りを警戒しており聞こていないのか無反応だ。



「お兄ちゃん……」



 レイナは涙目になる。



「ほら見ろ! いるわけないんだ!」



 レイナは泣き出してしまった。その様子を見ていた静乃はやはり子供だなと思いつつ、レイナの頭を撫でて慰める。



「全くお兄ちゃんは意地悪だねレイナちゃん」



「何か言ったか?」



 圭吾が問う。静乃は言った。



「なんでもない!」



「それしてもすごいですね橘さん。“奴ら”を圧倒する動きはすごかったですよ」



 佐藤の主人が圭吾に告げる。



 素直に魔術によるものですとは言えず、圭吾は話す。



「自分はファンタジーに良く出てくるグールに似てるのであいつ等をグールと呼んでいます。グールはどうやら郊外に移動して、都内にはもうさほどいませんよ」



「それは聞いています。ですので私達は自衛隊がいる避難所まで移動しようと考えていまして」



「避難所?」



「避難所? それってどこですか?」



 静乃が食いつく。



「東京ドームです。陸上自衛隊が逃げて来た都民をドームに受け入れつつ、守っていると聞いています」



「東京ドームか……」



 表参道から東京ドームは車でも20分近くかかり、距離がある。しかし、静乃達を避難所に送り届ければ、後は好き勝手に行動できると圭吾は考えた。



「他に避難所はないのですか?」



「いえ、特には聞いてないですよ」



「でも、どうして東京ドームが避難所って分かるのですか?」



 静乃が問う。すると佐藤の妻がスマホを見せる。



「ツイッターですよ。まだネットは生きています」



「えっ!?」



 瞬時に自身のスマホを確認する静乃。ブラウザを開くと、スムーズに開いた。つい混乱で電話回線などは殺到してネットも使えなくなったと思いこんでいた静乃は驚いた。



「なっ!? まさか橘? 最初から使えるの知ってたでしょ?」



「襲撃があっても普通に使えていたけどな」



「なんで教えてくれなかったのよ!」



「そう言われてもな」



「まあまあ、とりあえず情報収集は誰にも出来ますよ」



 静乃を鎮める佐藤の主人。その間にもレイナと佐藤の息子は大人たちを尻目に遊んでいた。静乃は二人の遊びに加わる。



「にしても佐藤さん。グールがいる街中で車で移動なんて無謀ですよ」



「どういう事ですか橘さん?」



「グールは五感が優れています。臭いはもちろんの事、音にも敏感です」



「そうなのですか、知らなかった」



「こんな静まり返った街中で車での移動はグールを引き寄せるだけです。歩いていくのがベストですよ」



「ですがね……」



 佐藤の主人は子供たちを見つめる妻を見る。圭吾は思案した後、気付いた。



「まさか妊婦で……?」



「ええ……」



 圭吾は困惑する。ただえさえ一般人がお荷物なのに妊婦は余計なお荷物なる可能性があるからだ。



「まだ妊娠初期なのですが、これ以上惨劇を見せたくはないのですよ。流産するかもしれない。なので一分でも早く避難所に行きたいのです」



「しかし……」



「あなた達も車で一緒に逃げましょう橘さん。あなたとなら東京ドームまで無事に行けるでしょう」



 先程の圭吾の戦闘を見て佐藤の主人は提案した様だ。確かに可能だが、目的地を通り過ぎてしまう。圭吾は思案する。



「まさか、他に行く所があるのですか?」



 圭吾の目的地は皇居である。大本の魔力は皇居地下深くから感じている圭吾はいますぐにでも皇居に向かいたいのだが、助けてしまった以上、彼らを簡単に見捨てるわけにはいかない。

 圭吾は決意した。一度ドームに送り届けけた後、一人引き返せばいいだけだ。



「いえ。では車で移動しましょう。だたし、俺の指示したルートを通って頂けませんか?」



「いいですが、どのルートで?」



「内堀通りを通ってくれませんか」












 放棄されていたワゴンに乗り、圭吾達と佐藤家の一行は皇居周辺の通りである内堀通りに入った。圭吾は一人車体の上に乗り、車に気付いて、飛び掛かってくるグール達を蹴散らしていた。ここまで来るのに何匹のグール達に襲われながらも、全て蹴散らしている。

 運転する佐藤の主人は、圭吾の動きに感心してつつ、指示通り内堀通りのルートで走り、なるべく早く到着出来るように曲がり切った途端速度を上げた。



「すごいですね……」



「ええ、あいつすごいんですよ」



 後部座席で静乃と佐藤の妻が、圭吾について会話をしていた。圭吾の動きは明らかに一般人レベルではない事は誰の目にも分かる。

 二人の間ではレイナと佐藤家の息子が寝そうな顔で座っていた。



「何者なの彼?」



「さあ? 私にもよく話してくれなくて」



 本当は魔術師だが、言ったところで信じて貰えないだとうと静乃は考えた。そもそも静乃自身まだまだ本気で信じているわけではない。



「二人は付き会ってるの?」



「はっ!? まさか、絶対にないですよ!」



 圭吾と付き会うなど、天変地異が起きても絶対ない事は静乃自身よく分かっている。それほど嫌いな男だ。かつて親友を泣かした罪は重い。



「そうなの? かっこいいじゃない」



「でも中身は最低ですよ。最初助け出された時、私らを置いていく感じだったんですよ」



「でも、なんだかんだ言って助けてくれたんでしょ。それに私達と行動してるし……彼氏じゃないなら男友達なの?」



「えっと……中学時代の同級生で」



「へえ……まさかの運命の再会ってやつかしら?」



 静乃はやたら恋の話にしようとする佐藤の妻を苦手に感じつつあった。彼氏など高校以来一人もいない。その為、恋バナはやや苦手である。



「――いえ、最悪の再会ですよ」



 静乃は圭吾と再会した時を思い出す。自身は漏らしていたからだ。それを見られたのだから最悪に決まっている。消し去りたい過去だ。思い出すだけでも恥ずかしい。人生最大の屈辱の日だ。



「そう……でも、会えて良かったんじゃない?」



「えっ?」



「会えたから今があるのでしょ? 感謝しなくちゃ」



 そう言って佐藤の妻は笑った。



「――そうですね」



 静乃は圭吾と会えた事を感謝するなど圭吾の過去や態度からして全く思っていなかったが、佐藤の妻の言葉を聞き、感謝すべきなのかもしれないと考えた。しかし、あいつに感謝の言葉を言ったとしも素っ気ない態度と返事で返すだけだろうと静乃は思った。

 静乃はふと外を見る。皇居が見えた。だが皇居周辺でも相変わらず、外の光景は地獄だった。

 下で自分の会話をしているとは知らず、皇居にある大本を集中して感知しようとする圭吾。大本の魔力を感じるのは皇居の地下だ。圭吾は大きな魔力を感じ、動揺する。



(これが大本か……とんでもないな)



 圭吾は予想以上の力の大きさに驚いた。例の物を使用すれば破壊出来る可能性はまだある力の大きさであるが、骨を折りそうな感じに圭吾は不安を覚える。

 不安を感じつつ集中して感知している間にも、圭吾にはグールが飛び掛かってくる。圭吾は難なく蹴散らすが、歩道にはやたら数が多い。



(俺を狙って増えているよな……)



 内堀通りに入ってから、グールの数が入る前より圭吾は増えていると感じていた。現に感知魔術により、入る前から数は多く感知していたのだが、あまり気にかけていなかった。もうグール程度がいくらいようとも圭吾の敵ではない。



「敵は俺を気にかけているのか?」



 上に圭吾を乗せたワゴンはグールの襲撃に遭いながらも、確実に東京ドームへと向かって行く。内堀通りを無事に通過する事は思いのほか難しくないが、圭吾の不安は募るのであった。大本の魔力は時間が経つに連れて、大きくなっているのだから。












 暗闇の中。一人の男が内堀通りを走る圭吾達のワゴンを遠目で映している水晶で見つめていた。男は背が高く、椅子に座っており、右手に異様なステッキを握りしめている。暗闇の為、姿は全て見えないが、髪は極めて長い長髪である。



「……」



 男はワゴンの上の圭吾を見つめる。計画を邪魔する圭吾は明らかに男にとってお邪魔な存在だ。圭吾は約五時間前、東京に入ってから、愛しきグール達を斬り殺しまくって、拠点に近付いている。圭吾は男にとって予想外の敵であり、怒りを感じていた。ついさっき差し向けた鉄のスホークボールも蹴散らされ、ここ数時間で苛立ちはさらに募っており男はステッキを強く握る。

 見つめながらワゴンはどこに向かっているのかと男は考える。そしてしばらく思案したのち、目的地と思われる個所を特定した男はニヤリと笑う。これまでの圭吾達を観察した結果、大体の目的地は予測出来る。



「ここか……」



 耳に残りそうな高い声で呟く男。その見つめる先の水晶には東京ドームが映っていた。水晶に映るドームを見て、男はいい案を思いつきニヤリと笑った。

 圭吾達が知らぬ間に、次のさらなる脅威は動き出そうとしていた。とある魔術師による東京侵攻はまだまだこれからなのである。



「おもしろくなって来た――」



 男の呟きが、暗い空間に響くのであった。






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