最悪の再会

 地獄となった東京。夕暮れになりつつある時間帯、突如現れた男に、驚く静乃とレイナ。五匹のグール達は目標を二人から男に変え威嚇の奇声を発した。渋谷の街に木霊する。



「キィヤアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!」



 臆する事無く男は、グール達に突っ込む。一匹がそれに答えるかの如く、飛び込んだ。男は難なくその飛び込んできたグールを頭から一刺しにし、突き刺さったグールを薙ぎ払った。突き刺さったグールは遠心力で抜け、吹き飛ばされた。

 グール達は次々男に襲いかかる。襲いかかるが男は慣れた動作で攻撃をかわし、避けて再び背後から飛び込んできたグールには見る事無く回し蹴りで吹き飛ばした。

 男の俊敏な動きについ見入ってしまう静乃。突如現れた救世主に安心を覚えつつ、何者かという興味を抱く。

 そんな静乃を横目に男は二匹目のグールを倒す。刀により首を斬られたグールの頭は宙を舞い、落ちて地面を転がった。頭は静乃達二人の足元に転がり、二人は引いてしまう。

 三匹目は背後から飛んできた。男は視認せずに横に避けて、刀を裏拳の要領で振る。頭から斬られたグールは血を噴き出しながら、地面に転がった。

 四匹目は男から突っ込み。頭から斬り倒した。綺麗に左右に分かれたグールの体は、血を噴き出しながら綺麗に左右に倒れる。最後の五匹目は、爪を立てて攻撃した。しかし、男は難なくそれを避け、攻撃した右腕を肩から切断する。



「きぃゃあっ!」



 右腕を切断された痛みに怯んだのか最後のグールの勢いは一瞬収まったが、それは一瞬だった。攻撃を再開する。左手の爪を立て、歯を剥き出しにしながら、最後のグールは男に攻撃する。しかし、左手の攻撃も避けられ、左腕も肩から斬り落とされた。両腕を斬り落とされたグールの最後の攻撃は噛みつき攻撃だ。口を開けて、男に飛びかかるが、当然の如く避けられ、両足をすれ違いざまに斬り落とされる。



「きぃいやあっ!?」



 達磨状態に陥ったグール。短くなった四肢をバタバタさせ、懸命に男に攻撃しようとするがもう何も出来ない。懸命に奇声を発するが、男は剣先をグールの眉間に向けた。



「きぃいやあああっ!!!」



 男は容赦なく眉間に刀を突き刺して、最後のグールを仕留めた。動きを止めたグールから刀を抜き、男は静乃達を見た。



「大丈夫か……?」



「……橘だよね?」



 小さく弱々しいが聞いたある声に圭吾は困惑した。髪型及び髪色は異なるが、その助けた女性はかつて見た顔だった。親友を振った事に文句をつけてきた女。中学時代の同級生。



「一之瀬か……?」



「そうよ! あんた橘! 橘圭吾!」



 急に強くなった声でフルネームを言われ、圭吾は一瞬足を引く。まさかこんな所でかつての同級生。しかも嫌な女と出くわすなど予想外であった。友の告白を断ったぐらいで、敵意を向けて来た女だったからだ。



「……お前」



「橘でしょ? 顔を見せてよ」



 静乃はそう言いながら立ち上がった。同時にレイナを降ろす。圭吾はコートのフードを取った。



「やっぱり橘!」



「そうだが、何でここにいる?」



「何でって……私、東京の大学に進学したのよ」



 同級生のその後に疎い圭吾だが、嫌な女のその後などどうでも良かった。



「で……あんたは何してんの?」



 圭吾は静乃の質問を無視し、彼女の足元に広がっている黄色い液体を凝視した。アンモニア臭がする。その液体の正体が何か理解した圭吾は、静乃に残念な人を見る様な目を向けた。圭吾の五感は魔術により強化されており、臭いも敏感に感じ取ってしまう。

 圭吾の視線に気付いた静乃は、一瞬何の事か分からなかった。視線を下に向けた瞬間、理解し赤面して内股となった。手で隠す。



「違う! これはその! この子の!」



 この子とはレイナの事だ。髪の長い小学生の女の子で、ワンピースに身を包んでいた。



「そうか……」



 圭吾の目は静乃のズボンを見る。明らかに股部分が濡れている事に圭吾は見逃さない。



「……やっちまったな」



「うっさい! この子抱っこしてたからよ!」



 赤面しつつ否定する静乃。圭吾は疑念を抱きつつもどうでもいい事なので、それ以上追及する事はしない。



「それでどうするんだお前達?」



 予想外の圭吾の問いに、困惑した顔を見せる静乃。



「どうするって……? あんたこのまま一緒にいてくれるんじゃないの?」



「あとは自分達でなんとかしろ」



「はぁ!?」



 落ち着きを取り戻しつつあった静乃の心は再び動揺し始めた。昔から気に食わなかったこの男は、今も気に食わない一言を自分に告げて、あの時と同じく無表情な顔を見せている。その事に静乃は苛立ちを覚え、まだ残っている恐怖心を抑えつつ、圭吾に食って掛かる。



「あんたねぇ! こんな幼い子と女一人を置いて一人逃げる気? 助け合って逃げるって気持ちはないの?」



「俺は逃げているんじゃない。とある目的の為ここに来たんだ。生き残りたいなら自衛隊が来るまで、どこで息を潜めて隠れていればいい。それが嫌なら郊外へ向けて自力で歩いて行くんだな」



「嫌よそんなの!」



「どうして?」



「だって怖いもん!」



 静乃の予想外の言葉に圭吾は呆気に取られた。圭吾の記憶の一之瀬静乃はこんな女女しい言葉を堂々と言う女ではないのだ。



「怖い……だと?」



「そうよ! 怖いの! 当然でしょ! 認めたくないけど、私漏らした……怖くて!そうよ。漏らしたのよ。すごく怖くてね!」



 静乃の目が涙目になり、震えている事を圭吾は気付いた。あの一之瀬が怖さのあまり失禁するなど余程の事だと圭吾は思っていたが、思っていた以上だった。中学時代の彼女は弱いイメージなど思わせない女子だったからだ。

 ここで圭吾は自分基準で考える事に気付く。こんな光景はほとんどの人間が嫌悪し、恐怖するに決まっている。ある程度慣れている自分を基準として考えるのは間違いである。



「お前が堂々と漏らしたと宣言するとはな……だが、ダメだ」



「はぁ!? 私泣いてんのよ! 泣いてる女を放っておくとかあんた最低よ!」



「そうさ最低さ俺は……じゃあな……」



 圭吾は一人、歩き出そうとしたが足に抱きつかれ歩みを止めた。圭吾に足にレイナが抱きついたのだ。レイナは今にも泣きそう顔で圭吾を見上げていた。



「……離してくれないか?」



「いや……だずげてお兄ちゃん」



 その声は涙声だった。もし、ここで大声を出されて泣かれればグールが余計集まってくる。圭吾は咄嗟にしゃがみ、ぎこちない笑顔をレイナに向ける。



「お兄ちゃんさ、大事な用があるんだ。だから、このお姉ちゃんとどっか隠れててくれないかな?」



「もう隠れんのは嫌……お母さんに会いたい……」



 圭吾はその母と言う言葉で真剣な顔を見せる。どう考えてもこの子の母親はグールに食い殺されてだろう。子供とはいえ現実を教えるべきだろうと圭吾は考えていた。でなければこれからの世界を生きてはいけないのだ。

 圭吾は意を決して話す。



「ごめん。君のお母さんはもう」



「生きているからこのお兄ちゃんが探してくれるだって!」



 静乃が圭吾の言葉を遮る形で言い放った。笑顔で言った静乃にレイナの顔は笑顔となる。



「本当っ!?」



「うん。このお兄ちゃんは正義の味方なの。だから探してくれるって」



「おいっ一之瀬!」



 圭吾は静乃の肩を掴み。レイナから引き離す。そしてレイナに二人背中を見せる形で、小声で会話する。



「何のつもりだ? この子の母親はな」



「死んでるって言いたいの? あんた、マジでそれ言おうとしたでしょ?」



 静乃は圭吾を睨みつけている。圭吾は言おうとした事を当てられ、返す言葉がない。

 何の返答もない圭吾に静乃は察した。



「やっぱね。もしあのまま無理矢理言ってたら一生あんたを最低男として覚えてたわ」



「別にお前に最低男として登録されるのは構わない」



「あんたが良くてもねレイナちゃんは良くないの! 少しは労りなさいよ!」



 圭吾は無表情ながらも困惑する。助けたもののまさか同級生だとは本当に予想外であり、しかも嫌いな女子だとは運が悪い。さらにこの嫌いな女子は気が強く、涙目ながらも行動を共にしろと言う。おまけに説教もされた。

 圭吾はため息をついた。



「何よ! 相当嫌なの? 私達といるのが?」



「足手まといなんだよ。俺には目的がある」



「目的? 何よそれ?」



 この侵攻の大本を叩くとは言えず、圭吾は言葉を濁すしかない。



「お前達には関係ない。むしろ関係しない方がいい」



「そう言われると知りたくなるのが人間よ。ねぇ?」



 静乃はレイナに合意を求めるが、レイナは意図が分からず首を傾げる。



「お兄ちゃん……どっか行っちゃっうの?」



 悲しげな顔で圭吾を見つめるレイナ。そんなレイナに圭吾は顔を背ける。



「なっ……」



 泣きそうな顔を見せ、圭吾の足に再び抱きつくレイナ。圭吾は何も言わない。



「あーあ。泣かすとか本当最低~! こんなか弱い女の子二人を置いて自分だけ逃げるなんて人としてどうかと思うわ」



 静乃はわざとらしく言う。あざとい静乃を睨みつけたくなる圭吾。そこは中学から変わってないと圭吾は感じた。



「……分かった」



「えっ?聞こえない?」



 聞こえているはずだが、静乃は意地悪を見せた。



「分かったって言ったんだ! だが、言う事は聞け! もし口答えしたらそこで置いていく!」



 圭吾は根負けした。ここで見捨てて後味の悪い展開や化けて出てこられるのはいい迷惑だと圭吾は考えたのだ。

 静乃はニヤニヤしながら聞いて、レイナは笑顔を見せる。二人は見合わせた。



「よかったね! きっとお母さんと会えるよレイナちゃん」



「うん! ありがとうお兄ちゃん」



 その“ありがとう”が不思議と嬉しいと圭吾は感じ、そして戸惑った。幼い子から頼られる事は特に何も感じないと思っていたからだ。

 だが、浮かれている場合ではない。こうしている間にもグール達は仲間を失った事を察してここに集まってくる可能性が大きい。



「まずはそのしょんべん臭えのをどうにかする。あいつらは臭いに敏感だからな」



「しょんべんとか言わないで‘おしっこ’って言ってよ」



「どうでもいいだろそんな事」



 二人はどこかにありそうな避難所で置いていけばいいと圭吾は考えつつ、多少の計画変更に気苦労を感じる。



「ねぇ橘。もっとお上品に言えないの?」



「じゃあ失禁シスターズ。服を着替えようか?」



「うん!」



 意味がよくわからないレイナは元気よく挨拶した。静乃を見るレイナと圭吾。二人の視線が痛い。



「……うん」



「はぁ? 聞こえないぞ?」



 意地悪返しだ。静乃は圭吾を睨みつつ、言った。



「うん!」



 無駄に元気よく挨拶した静乃につい圭吾は吹いてしまった。



「笑うなっ!」












 渋谷と言えば109だろうと、圭吾達三人は店内にいた。目的は二人の着替えだ。店内も外と変わらず、地獄絵図の様相だが、使えそうな衣類は十分である。

 試着室で着替える静乃を待つ圭吾は、辺りを警戒する。とはいえ感知魔術により、建物内にはグールがいない事は確認済みである。



「ちょっと橘。逃げないでよね」



 一人着替える静乃を試着室の前で待つ圭吾達。足にはジーンズを掴むレイナがいる。レイナは他の場所で着替えを既に終えており、静乃にお兄ちゃん見張っててねと言われ、健気に圭吾を見張っている様だが、それ以上に逃げない様にしている。それほど怖いという証拠だ。



「さっさと着替えろ。またグール達が来るかもしれんぞ」



 グール達は都内の人々を9割食らった後、郊外に大移動している事を渋谷まで来た圭吾は観測していた。食らう食料が無ければ移動するのは当然だと思えるが、都内にまだ数百メートル間隔で隠れている人々を探しているグール達がいる事を気付いた圭吾は、その時からグール達を操る者がいるのではないかと考えていた。



 明らかに東京に来てから地下から感じる物は魔力だ。間違いないだろう。グール達にも魔力を感じるからして魔術による遠隔操作なのか?



「お待たせ。終わったわ」



 試着室から出て来た静乃。新たなズボンを履いている。



「そういえばお前、荷物はどうした?」



「それは……」



 言葉を詰まらせる静乃。圭吾はその様子を不思議に思いながらも会話を続ける。



「無くしたならいい。財布と携帯さえあればいいだろ?」



「うん……」



 圭吾は二人を連れて、109を出た。出た瞬間。グール達が囲む。静乃とレイナは驚き、軽く悲鳴を上げる。



「お前達はそこを動くな!」



 圭吾は懐から刀を取り出す。小型化していた刀を元の大きさに戻し、鞘を抜いて、グール達に挑む。



「きぃやああああああああああっ!」



 グール達の数は五体。圭吾は既にグールの基本的な動きは見切っている。飛び込んでくる二匹を華麗に切断し、その後も残り三匹も難なく倒した。109の前にグール達の血が広がる。



「お兄ちゃんすごい……」



 レイナが言った。静乃にしがみ付くレイナは圭吾を羨望のまなざしで見つめるが、静乃は俯いていた。



「おい一之瀬?」



 圭吾が問うと顔を上げた静乃。笑顔を見せるが、その笑顔は明らかに無理をしている作り笑いだった。



「本当、すっすごいわね! あんた!」



「……そうか。広場に戻るぞ。東急の駅から地下を見るからな」



「そう……わかった」



 予想していた言葉と異なる事に圭吾は、拍子抜けとなった。「はあ? 地下? 何考えてんの?」と言う感じの言葉を言い返されると思っていたが、明らかに静乃の様子は暗くなっていた。

 圭吾は気になるも、歩き出そうとした瞬間。レイナの声に振り向く。



「お姉ちゃんどうしたの?」



 圭吾が振り向くと、静乃がその場に蹲っていた。そして明らかに泣いている姿に圭吾はため息をつく。時間を食う様なマネはやめてほしいのだ。



「おい一之瀬。さっさと立ち上がれ」



 心配の欠片も感じられない圭吾の言葉に、一之瀬は反応がない。圭吾はムッとして無理矢理立ち上がらそうとして近付こうとした瞬間。静乃は語りだす。



「私っ! 最低の事をした!」



 泣いて蹲りながらも語る静乃。鼻を啜る。



「友達を……友達を見捨てた」



 圭吾は黙って聞き届ける。



「逃げる時……捕まった友達を……里香に足を掴まれてその……」



「無理矢理離させたのか?」



 まさにその通りの圭吾の言葉に、一之瀬静乃は何も言えない。



「あんたに荷物はって聞かれて思い出したの……それまで忘れて、いや……忘れようとしてて、それであれを見て完全に思い出したの」



 静乃の指差す先には、血が付いたトートバッグがあった。それは静乃の物である。



「あれで殴ったのか?」



「足でも蹴って離させたのよ私……本当最低だ……今頃になって思い出すなんてさ、忘れようとしたなんて!」



「お姉ちゃん大丈夫……大丈夫だよ」



 レイナが優しい言葉をかけ、背中を摩るレイナ。しかし、静乃の自己嫌悪は終わらない。



「いいもう……ここに置いてって」



 その言葉で圭吾は怒りを露わにする。静乃に寄り、胸蔵を掴み、無理矢理立たせ、泣いている顔を睨む。



「ふざけんなよ一之瀬!」



「うっさい! あんたに友達を殺した気持ちが分かるの!?」



「俺はここまで来るのに多くの人等を見捨て来た! 助けてと言われても無視した! 助けられる状況でも見捨てた! 見捨てた数なら俺が上だぞ!」



「あんたの場合は全員赤の他人でしょ!? 友達蹴って逃げた私と違うわよ!」



「同じ人間を見捨てた点では同じだ! 俺の方が最低の人間だ! クズだ! たかが一人見捨てたぐらいでクヨクヨしてんじゃねえ!」



 その言葉で静乃もムッとして、圭吾の手を引きはがす。



「ただの一人じゃない! 一人の大切な“友達”よ!」



 泣きじゃくりながらも静乃は強く言う。圭吾はさらに苛立つが、感知魔術によってグールが接近している事に気付く。



「グールが来てる……さあ、逃げるぞ」



「グール? そうか、あんたはそう言ってるんだ。私はいいからレイナちゃんを連れて逃げてよ……」



「断る。この子はお前と一緒に置いていく」



「はぁ!?」



 泣くのをやめそうになる静乃。圭吾の言葉が信じられない。



「あんた今なんて言ったの? 私はいいとして何でレイナちゃんまで?」



「そもそも俺はガキの相手は得意じゃない。ガキと二人なんぞお断りだ」



「ふざけないでよ橘! レイナちゃんはまだ小学一年なのよ!」



「それがどうした? お前が何とかしろよ」



「あんたね……最低!」



 気付くと涙は止まっていた。



「そうだ俺の方が最低野郎だ……そんな奴に説教なんてされたくないだろ?」



「……」



 静乃は圭吾の気づかされる。過去を思い出した。



「分かったわよ……」



「人なんて追い詰められば保身に走るのがほとんどなんだ。だからお前は珍しくもない、この状況ではしょうがない事をした。怖さのあまり錯乱していた。今はそう思っておけ。後悔して謝るのは生き残って墓の前でもしてろ」



「あんたにしてはいい事言うわね」



「最低野郎の口でもこんな事は言えるんだよ。さあ、さっさと行くぞ地下だ」



「地下って正気? グールはね地下から出て来た感じなのよ」



「だからこそ調べる必要があるんだよ。広場へを戻るぞ」



 そう言って歩き出す圭吾。しかし、レイナが違う方向へと走り出す。それはグルメタウンの方だった。



「おいっ!」



「こっちだよお兄ちゃん!」



 レイナが指差すのはグルメタウンにある。渋谷の地下へと行ける渋谷駅三番出入口だ。



「こんな所に出入口があったのか?」



「あんた地下の事までは調べてなかった様ね。土地勘がないのによくここまで来られたわね」



「どうにかなるもんだ」



「東京に詳しい人間が必要でしょ? 東京ならあんたより詳しいって自信あるし、私らが必要な理由が出来たわね」



 ドヤ顔で語る静乃を置いて、三番出入口に小走りで走る圭吾。



「こっち! こっち!」



 レイナが手招きする。



「ちょっと置いて行かないでよ!」



「置いていけと言っただろ」



「前言撤回よ」



「はいはい」



 三人は三番出入口へと入った。階段を下る。まだ電力は供給されており、地下街は暗く無かったが、地上と同じ残酷な様相であり、空気の流れが無いため、血生臭さが充満していた。



「……臭い」



 思わずレイナは鼻をつまむ。静乃はハンカチで鼻口を覆う。



「大丈夫なのあんた?」



「なんとかな」



 階段を下る前から魔術により強化された嗅覚で臭いを嗅いでいた圭吾であったが、さすがの強さに魔術をオフにして圭吾は進む。



「ホームに行くにはそこの改札口か?」



 道玄坂際札口である。圭吾達はそのまま改札口を乗り越え、再び階段を下り、田園都市線半蔵門線のホームへと出た。ホームも地獄絵図だ。しかし、思いのほかグールはいない。



「俺はこの先に行く。お前達はここで待機してろ」



「ちょっと待ちなさいよ! 私ら置いて一人で行くって事?」



 圭吾は頷く。レイナが悲しそうな顔を圭吾に向ける。



「もうグールはこのこの先にいるな」



「だったら私ら食われるじゃない!?」



「そうだな」



「そうだなって!」



 圭吾は黙ってショルダーバッグからチョークを取り出す。白いチョークだ。



「何する気?」



 圭吾はホームに慣れた手つきで直径三メートル程度の魔法陣を描く。それはグール避けの陣で、魔除けの陣の応用した物である。



「この陣の中心にいれば安全だ」



 と説明する圭吾であったが、静乃は信用していない目を向けていた。



「あんた……こんなんで防げるってマジで思ってんの?」



「嫌ならいい。どこか隠れてろ」



「あんたがオカルト趣味って以外だわ……」



「可愛そうな目で人を見るな。お漏らし女」



「お漏らし言うな!」



 赤面する静乃はこんな魔法陣程度であのグール達から安全を確保できるなど微塵も思わない。なるべく三人で行動すべきだと考えている。



「私らも行くわよ。でも、この先ってトンネルでしょ」



「そうだが、かなりのグールの反応があるな。お前達を守り通せる自信はない数かもしれないな」



「さっきから思っていたんだけどさ、あんた何でわかるの? グールの居場所とか分かってる様な感じで言ってるけど」



「俺は感知している。だが、お前らに教える必要はない。教える気もない」



 圭吾の何か知った様な感じの態度に静乃は苛立つ。そこは中学時代から変わっていないと感じるのであった。



「あーそうですか! もういいわ。ここにいる! この魔法陣の中にいれば安全なんでしょ?」



「そうだ。絶対にそこを動くなよ」



 圭吾はそう言うと、ホームから飛び降りて押上方面へと歩き出す。バックからライトを取り出し前方を照らしながら、薄暗いトンネルへと圭吾は消えていった。



「お姉ちゃん怖いよ」



 レイナが静乃の足にしがみつく。そんなレイナの頭をなでる静乃。

 渋谷の地下、生き残った二人、静寂の中、二人は待つのである――












 地下鉄のトンネルを歩き始めて五分。途中、圭吾は数匹のグールを斬り倒しながら、大きな魔力の一部に近付きづつあった。ライトを照れし、壁のあちこちを確認するが、それらしき物は見当たらない。

 圭吾は警戒しつつ、さらに進む。そして進んでいく中で、ライトがついに見つけようとしていた物を照らす。圭吾は走り、近付く。



(見つけた!)



 圭吾の前に立ちはだかったのは群青色の生きた壁だ。浮き出た血管が鼓動が打ち、鼓動音が聞こえていた。トンネルを行き止まりにするこの生きた壁が、大本の一部だと圭吾は理解した。



(これはほんの端だろうな……大本は――)



 圭吾は目を瞑り、集中して大本を感知しようとする。ほんの数時間前はこの渋谷周辺の地下にいたはずである。これを手かがりに探せばいいのだ。



(なっ!? ――北に移動している!?)



 圭吾は大本が北に移動している事に今となって気付くのであった。二人に気を取られて、肝心の大本の感知を怠っていた自分を攻める。



(クソっ! まさか俺に気付いて移動したとでもいうのか!?)



 極力、魔術の使用を控えて、感知されにくくしていた圭吾であるが、敵はそれ以上の感知方法でこちらを探っているのだろうと圭吾は憶測を立てた。

 圭吾は、魔力検知以上の魔術を敵は使用していると踏まえてこれから行動するべきだと考えた。

 圭吾は刀を壁に突き刺そうとする。すると、生きた壁は動き出す。壁の一部が人型に突起し始めたのだ。



(何っ!?)



 驚く圭吾。少し下がって様子を見る。人型に突起した部分はだんだんと前にせり出していく。そしてそれを見ていた圭吾はその正体に気付く。



(グールか! やはりな!)



 体を覆っている青い膜を引き裂き、飛び出したのはグールだった。圭吾を視認すると、あの奇声を発する。



「きぃいいいいいいいやあああああああああああああああっ!!!!!!!!」



 トンネル内に木霊する奇声。グールは愚かな程真っ直ぐに圭吾に襲いかかった。圭吾は飛んできたグールを頭から一刀両断した。左右に分かれたグールの体は血を噴き出しながら、トンネルの地面を転がった。



(これで確信した……これはやはり侵略戦争だ)



 圭吾は確信した。ジョンが宣言した通り、この惨劇は異世界からの侵攻であると圭吾は結論付けた。この壁はグールを生み出している大本の一部である事は間違いなく、おそらく大本を破壊すれば東京中に現れたグールは全て活動を停止すると圭吾は予測する。



(だが、どうする? どうやって大本を破壊する?)



 感知の感覚からして、大本は東京の地下深くにある。それを引きずり出すか、そこまで赴き叩くか、どちらにせよどちらも難しい。困難である。

 しかし、誰かがやらなければ東京どころか日本は終わるだろう。そしてそれを出来るのは自分だけぐらいだと圭吾は理解している。



「とんでもねぇなおい……」



 自惚れそうな自分を感じつつ、事の大きさに身震いしそうになる圭吾。しかし、最初からやるしかないと思っていた。



「やるしかない……!」



 圭吾は小さく呟いた。そして引き返そうとした時、散らばったグールの肉片の中から、光る物を見つけ出す。圭吾はそれを取り出した。

 指輪だった。



 おかしい……こいつは今生みだされたグールのはずだ。人を食らうなどしていないはず……?



 明らかにそれは人のアクセサリーだ。断じてグールの装飾品ではない。圭吾は考え、一つの仮説を考え出した。



(まさか……!?)











「お姉ちゃん!!! ごわいよぉ!」



 泣きじゃくるレイナ。そしてしがみ付かれる静乃。その二人の周囲には大量のグールが集まっていた。



「お兄ちゃんまだぁ!?」



「もっ――もうすぐ帰ってくるわよ! 大丈夫!」



 グール達は奇声を発する事は無い。二人を視認できないのだ。ただ二人の気配や存在だけは感じ取れるのか、次々集結したのだった。そして陣より内側には決して入らない。



「お姉ちゃん! 怖いよぉお! 気持ち悪いよお!」



 何もしないグール達であるが、皆同じ不細工な顔で無表情のまま、ただ囲んで二人を見つめるその光景は非常にシュールであり、異様な恐怖を感じるのだ。



「何やってんのよ橘! 早く帰ってきなさいよ!」



 静乃もこの光景に限界だった。泣きそうになる。



「きぃいあ?」



 末端のグールが一匹だけ、何かを感じたのか違う方向へと顔を向ける。その向けている方向は圭吾が向かったトンネルの方だ。

 何者かの気配を感じたのか。次々とトンネルの方へと向くグール達。そして一匹が奇声を発すると、トンネルの中から現れた圭吾に次々襲いかかった。



「きぃいいやああああああああ!」



「橘!」



 圭吾は大量のグール達に怯むことなく刀を振り上げ、振り下ろす。数々のグール達の攻撃を交わしつつ、すれ違いざまに斬り、回し蹴りで首をへし折り、二匹まとめて斬り倒した時は、静乃も思わず感心した。

 三分もしないうちに、十匹以上いたグールは全て圭吾に倒された。ホームにグールの赤い血が広がり、血に染まる



「前も思っていたけど、あんたすごいよね。一体、どんな鍛え方したらそんな動きできるの?」



 陣に近付いて来る圭吾に静乃が言った。しかし、圭吾は暗く、自分が斬り倒したグールの死体に近付くとしゃがみ、刀の先で突っ突く。



「何してんのよ?」



 静乃の問いに圭吾は無視だ。無視する上に死体漁りをする圭吾を見て、静乃は苛立ちと怪奇な目を向ける。そんな静乃の視線を感じながら死体の中を調べる圭吾は、お目当ての物を探り当てた。金のネックレスだった。



「金のネックレスよね……食われた時に一緒に呑み込んだの?」



「違う……」



 圭吾はその一言だけ告げて、違うグールの死体を漁る。



「ちょっと! さっきから何をしてんのよ?」



「……調べてんるんだ。黙っていろ」



 静乃は苛立ちながらも、レイナと圭吾の背後で待つ。

 圭吾は二匹目の死体から、切符を見つけ出した。



「今度は切符よね」



 圭吾は立ち上がる。血の付いた刀を振って血を飛ばし、鞘にしまって小型化し、懐にしまった。そして怒りを含んだ口調で二人に告げる。



「グールを構成しているのは食われた人間だ! クソッ! このグールを操っている野郎はとんでもねえ悪趣味野郎だ!」



「えっ!? 人間ってどういう事よ橘!?」



「今までただ斬り倒していたが、ふと死体を調べてようやく分かったんだ。こいつらに胃よりしたの消化器官はない! あるのは肺と心臓、生命維持に必要な器官だけだ」



「つまりどういう事よ橘? このグールはどこかの国の生物兵器って事?」



「生物兵器……? まあ、こちらで言えば動物兵器の類だ。ただ人工的に作られた生き物だがな」



「人工的に作られた生き物って……!? 一体どこの国がそんな物を東京にばら撒いたのよ!」



 異世界の国だとは言えない。二人に異世界や魔術の事を話す必要はないはずである。



「さあな、そこまでは分からん。ただ、このグール達は食らった人間を材料にして構成されている事は確かだ」



「どうしてそれが分かったのよ?」



「さっきのネックレス。そして切符。ネックレスは身につけ、切符は手に持っている可能性があるだろ。グールに襲われた時、それらは一緒に飲みこまれたんだ。そしてそのままグールの生産工場何かに転送されて、それらを含んだまま製造したんだグールを」



「製造って……もし、その話が本当ならとんでもないわよ――」



「そうだ。つまりグールは人を食らうほど増えるって事だ。もう何万人も食い殺されているだろうから、その分増えている可能性がある。それ以上もありえる」



 圭吾の説明を聞き、静乃は恐怖を感じる。こんな気色悪い奴らは増え続け、どんどん人を襲い、その分また増え続けるのだ。このままでは東京どころか関東も地獄になるのではないか。静乃は嫌な予想をイメージしてしまう。



「行くぞ」



「そうね。さっさと東京から逃げましょう」



「はっ? 何、言っている?」



 歩き出していた圭吾は振り向く。静乃の顔は不安で一杯だ。



「このまま北に向かうぞ」



「はっ!? 何言ってんのよ? 東京から逃げるなら南下するべきでしょ? ここ渋谷よ」



 渋谷なら南下し、神奈川県に逃げ込むのが最短の避難ルートだと考えていた静乃。しかし、圭吾の考えは最初から違った。



「まさか郊外に逃げる事を考えていたか?」



「そっそうよ!」



「俺はお前たちを避難させる為にここに来たんじゃないと言ったはずだが?」



「調べ物はもう済んだでしょ? だったら逃げるべきでしょ!」



「断る。俺はまだやらなきゃならない事がある」



「何よそのやらなきゃならない事って!? 命より大切な事なの!?」



「お前には関係ない! 文句あるならここに残れ。魔法陣の中にいる限り、グールには襲われないからな」



「嫌よ」



「じゃあ黙って付いて来い」



「それも気にいらない! 何しようとしてるぐらい説明してよ!」



「やめて!!!」



 レイナの大声がホームに響く。圭吾と静乃は静まり返る。レイナは二人の険悪な雰囲気を感じ取って、喧嘩をしてほしくないと叫んだのだ。



「お姉ちゃん、お兄ちゃん……喧嘩しちゃ嫌だ」



「ごめんねレイナちゃん」



 静乃はレイナの頭を撫でる。レイナは今にも泣きそうであった。



「ふん……さあ、行くぞ。時間を食ったから急ぐからな」



 そう言って小走りで階段を走る圭吾。それに不機嫌ながらも付いて行く静乃達。三人は渋谷地下街を圭吾先頭で走り抜け、大階段を上がり、ハチ公前広場の東急・東京メトロの出入口から地上へ上がっていく。地上は既に夕暮れの色になりつつあるが、まだ日は沈んでいない。

 二人を置いていく様な形で圭吾が一人階段を上りきったその時、圭吾の感知魔術が反応する。



(なっ!)



 静乃達が大階段を登ろうとした時、先に登った圭吾が叫ぶ。迫ってくる脅威は二人を容易く殺せる物だと、圭吾は即時に理解したのだ。



「来るなっ!!!」



「えっ?」




 その時、圭吾は頭上からの攻撃を受けた。それは砲弾と言える速度で飛来し、地面に直撃した。地面はめり込み、砕かれた地面の破片となり周囲に飛び散って、煙が舞う。

 一瞬の出来事で静乃は呆気に取られたが、すぐに事態を把握する。



「お兄ちゃん……!?」



「橘っ!?」



 頼みの綱である圭吾が攻撃され、動揺する二人。夜となり始めた渋谷駅でグールとは異なる脅威が三人を襲うのであった――






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