TS戦士:中編



 ……。


 ……。


 …………まあ、そんなわけで、だ。



 それから、かれこれ1400年。そう、気付けば1400年の時が流れていた。俺がその事に気付いたのは、仲間たちがぽろっと零した『お前が仲間になってから、もう1400年だな』という言葉からだった。


 これには、面食らった。何せ、体感的には数年程度だろうと思っていたのに、蓋を開けてみたら1400年も経っているよ~、みたいな感じなのだ。


 というか、1400年も生きられるわけないだろうと、その時の俺は率直に思ったわけで……仲間たちの冗談だろうとも思った俺は、特に思う事もなく教官にその事を話した。



 『冗談ではないぞ。君が我らと共に生きるようになってから、だいたいそれだけの月日が経っているのは事実だ。』



 でも、そんな俺に対して言い放った教官の返事が、それであった。



 ――いったい、どういうことなのか。



 思わず問い質した俺に対して、教官は何時ものように澄んだ眼差しで俺を落ち着かせた後……曰く、今の俺はほとんど不老に近い、ということを教えてくれた。



 ……どうも、俺は1400年近くも思い違いというか、自身の身体について勘違いをしていたようだ。



 自称神様(教官からは、本物だと怒られた)がわざわざ『お化けスペック』と称し、その存在自体が希少だとされる理由を、俺は1400年目にしてようやく理解した。


 と、同時に、改めて思い知らされた(正確には、我に返ったのかもしれない)のは……教官たちのあまりにストイックな暮らしというか、文字通りの脳筋な考え方であった。


 何せ、彼らの寝床である世界樹の枝葉の中で暮らし、(彼らにおぶさって移動)朝昼晩の食事をバナナ一択で過ごし、教官の指導の元、朝起きてから寝るまで、ただひたすら稽古、鍛錬、修行。


 もう本当に、それしかしない。『力こそ筋肉、筋肉こそ力、筋肉で出来ないことは無い』という教官の方針(というか、皆の考え方)に従い、1400年間……俺は只ひたすら己を鍛え上げることしかしてこなかった。



 もちろん、神様から指示を受けているらしい教官は、それだけでは終わらなかった。



 生きていくために必要な常識(このファンタジー世界での)をしっかり教えてくれたし、何時か必要になるかもと称してテーブルマナーなんかもみっちり仕込んでくれた。


 それは何も、知識だけではない。俺が男として生きるにしても、女として生きるにしても、無用な注意を引き付けないよう、両方の所作すらも俺に仕込んでくれた。


 それは時に羞恥心と屈辱を伴うモノではあったが、全ては俺が一人でも生きていけるようにと、皆が心を鬼にして教えてくれているのだからと分かっていたから、俺は耐えた。



 ……だが、しかし。だからこそ……分かってしまった。



 最初はとにかく環境に慣れるのと稽古にしがみ付くだけで精一杯で、気付けば馴染んでいたから気付かなかったが……そうして我に返ったことで、俺は嫌でも理解してしまった。





 ――あ、皆様方、骨の髄まで脳筋でいらっしゃる……と。





 いちおう、言われるがまま習得こそはしたが、ぶっちゃけ初っ端から違和感は多大にあった。けれども、俺はその事に異論を唱えようとはしなかった。


 何故なら、俺が暮らしていた世界とは違うから、常識が根本から異なるのは想像するまでもないからだ。


 けれども、教官や仲間たちの態度というか、反応があまりにも違うとなれば……ねえ。


 もう、仕草の一つ一つから、『これで……合っている、よね?』みたいな不安が見え隠れしているのだから、俺が抱いた不安と心配は正当なモノだろう。


 『知識の鍛錬だ』と告げた教官ですら、四苦八苦というか、『人間たちは、そうやっているらしい』という具合に、どうにも勝手が分からないといった様子だったのだ。



 対して、武道の鍛錬ともなれば……そりゃあもう、表情が違う。



 活き活きとしているという言葉があれほど当てはまる顔を、俺は知らない。やってもやり返しても満面の笑みで鍛錬を続ける辺り、もう……色々と手遅れなのだろう。

 考えてみれば、そもそも、おかしかった気がする。


 というか、拳で岩石どころか鋼鉄を変形させる正拳突きをまともに受けて悶絶する程度で済むのを『手加減してくれていた』からだと思っていた俺は……いや、まあいい



 とりあえずは、だ。俺が言いたいのは、だ。



 出会い頭に、ぽろっ、と教官が零した『戦士』という単語は、冗談でも何でもなかったというのを1400年掛けて身を持って理解した俺は……遂に、この日。




『うほ、うほうほうっほっほ、ほほ、うっほほ!(良く耐え、良く学んだ。お前は今日より一人前の戦士であり、真の意味で我らの同士となった! 我らから離れ、新たな道を進むも良し、留まり研鑽を積むのも良し、自由はお前の手の内にあるのだ)』


『うほ! うほっほ、ほ!(今日までの御指導、ありがとうございます! 私はこれより外の世界に出て、見聞を広めようと思います!)』




『うほ、うほうっほ! うほ、うほうほ、うほうほ!!(うむ、貴方の寿命は長い。女として生きるも良し、男として生きるも良し、修羅の道を生き、武の極みを目指すも良し。だが、君はまだ若く、この世界には君よりも強い戦士たちが数多に存在している)』


『うほっほ!(委細承知の上でございます!)』




『うほうほうっほっほ!(貴方の決意を問うているわけではない。これを、受け取りなさい。旅立つ若き戦士に送る、せめてもの親心と思ってくれ)』


『うほ……うほほ?(これは……鎧ですか? しかし、私の身体の大きさと比べて、かなり大きいように見えるのですが……)』



『うほほほ! うっほっほ!(かつて、我が一族に生まれたか弱き戦士がいた。彼は我らの誰よりも力が弱く、息が続かなかった)』


『うほ……(かつて……)』




『うほ、うほ、うほ、うほうっほっほ!(だが、彼は一族の誰よりも頭が良かった。それは、彼が残した武具の一つで、魔力によって操作する)』


『うほ、うほ、うほ(それを、どうして私に? 私の力が仲間たちと比べて劣っているのは承知しておりますが……)』




『うほほ! うほうほっほ、うほほっほ(違う、我らは貴方の力の程を知っている。だが、外の者たちは知らない。そして、本質よりもソレを覆う外面を重視する者たちは、はるかに多い)』


『うほっ、うほ……(……つまり、見た目を変えろ、というわけですか? しかし、これは逆に威圧感を与えるのでは?)』




『うほうほうっほ、うっほっほ(それぐらいがちょうど良いのだ。礼儀正しく振る舞いさえすれば、その威圧感はいずれ安心感に変わる。窮屈だとは思うが、外に慣れるまではそれを着ていなさい)』


『……うほ!(……ありがとうございます!)』





 時に厳しく、時に優しく、時に一緒に壁を乗り越えてきた仲間たちと、俺を指導してくれた教官から離れ……ここ、『世界樹』を飛び出し、外の世界へと、俺は踏み出したわけであった。






 ……正直、不安は有った。だが、それ以上に俺の心にあったのは、期待であった。



 いくらこの世界がファンタジー世界とはいえ、言葉や絵でしか教えられなかっただけでなく、1400年もお預けとなったのだ。


 当初こそ俺が暮らしていた世界に残した家族の事や友人のことを想いはしたが、さすがに1400年も経てば過去の記憶も薄れて残像すら残っていない。


 その、ぽかりと空いた隙間に入って来たのが……この世界。すなわち、俺がこれから生きていく、ファンタジー世界への、強い興味。


 この世界には魔物がいる。掌サイズのやつもいれば、町一つを呑み込むぐらいの巨大なやつもいる。人知を超えた、信じ難い存在もいる。


 加えて、野盗や強盗なんてのも当たり前のように居るし、俺が暮らしていた世界に比べて、人の命は軽いというのは皆からこれでもかと教えられた。



 また、この世界には人間以外の知的生命体……つまり、異種族が山のようにいる。



 人間とほとんど変わらないやつもいれば、生態が根本から異なっているやつもいる。そして、そんなやつらにとって、他種族はただの獲物でしかないというのもごく自然な考え方である。


 つまり、人間に近しい姿をしていても、人間を好んで捕食するやつも……この世界では何ら珍しい存在ではない、ということだ。


 そんな世界に、俺は行く。俺は、これからその世界で生きて行かなくてはならない。俺が望んだ以上は、他の命と同じく……死に怯えなければならない。


 だが、それでも、俺は行きたいと思った。





 ……。


 ……。


 …………そうして、だ。



 『世界樹』を離れ、周囲に広がる『大聖林』(と、呼ばれているらしい)を抜け、途中で魔物や盗賊に襲われ、それらを返り討ちにして、歩く事……約150日。


 その気になれば不眠不休の飲まず食わずが可能な俺は、初めて体感するこの世界の景色や魔物やらを前にして、溢れ出る好奇心に突き動かされるがまま歩き続け……そして、町を見つけた。


 それからの日々は、正しく光陰矢のごとしであり、毎日が充実していた。とはいえ、最初の頃は……まあ、大変であった。


 何と言っても、見た目だ。見た目は大事という言葉通り、鎧(教官に貰ったやつ)は大そう役に立った。


 おそらく……というか、間違いなく、アレだ。鎧が無かったら、俺は男女問わず色んなやつらからナメられっぱなしだったと思う。


 何せ、前世の基準から見れば『厳ついヤンキー』のような風貌のやつがゴロゴロいる。そりゃあもう、通りを歩けば10人中2人ぐらい、そんな感じ。


 そんな感じなやつらの眼光を、真正面から受け止めるばかりか言い返す少女……そう、少女だ。俺よりも年若い見た目をした、少女が、だ。


 気が強い所じゃない。心臓に毛でも生えているのかと疑ってしまいそうになるぐらいの、度胸。それを、ここのやつらは……というか、この世界のやつらはけっこうな割合で標準装備しているのだ。


 さすが、魔物が跋扈している世界を逞しく生きぬいているだけある。


 そんな世界に、果たして鎧なしでやっていけるか……無理だろうなあ、と俺はすぐに納得した。


 昔、教官から遠まわしに『……どうも、戦士としての迫力に欠けている節がある』と言われたぐらいだから、どうも俺にはそういう他者を威圧させる才に欠けているようだ。


 もしかしたら前世の、平和な国で暮らしていたから……なのかもしれないが、まあ、それは今はいいだろう。何であれ、鎧は実に役立った。


 教官の思惑通り、最初は俺の風体を恐れていた町の人々も、根気強く決まり事を守り、時には町の為にと動いたおかげか、気付けば俺は町に受け入れられていた。



 そうすると、今度は名も売れる……というか、凄腕の巨人として有名になる。



 その点については、まあ当然だなと思った。そりゃあ教官たちには勝てなかったにしても、外の世界でもやっていけるという判断が成されたから、俺はここにいる。


 材質不明のこの鎧のアシストがあるとはいえ、『力(パワー)は中々見所がある』と太鼓判を押された俺の腕力は、有象無象の魔物なんぞ一撃で粉砕してしまう。


 さすがに本当に粉砕してしまったら駄目(魔物の皮や肉は売り物になる)だから、極力傷つけないよう特注のツルハシを使っていたが……この世界でもそういう形状の得物を武器として扱う者は少なかったらしく、そういう物珍しさも相まって、俺は有名になっていた。



 ――その名も、『一点殺しのリーリンシャン』。



 リーリンシャンとは、俺の新しい名前である。今は使われていない古い言葉らしく、意味は『誰もが見初める(リーリン)・美女(シャン)』らしい。かつての仲間たちが、意見を寄せ合って考えてくれた宝物だ。


 男であった時の名をそのまま名乗っても大丈夫(この世界では、名前にそれほど男女の特徴は無いらしい)とは言われたが、姿形はおろか、内面もあの時とは根本から変わっているのだ。



 ――時々寂しくはなるが、何時までも以前の己を忘れられずに未練を引きずるのはよろしくない。



 そんな思いもあって、俺は『世界樹』を離れたその時から、自分の名をリーリンシャンと改め、かつての○○という名は封印した。






 そうして、町に根を張ってから、早20年。






 気付けば、それだけの月日が流れていた。まあ、気付かぬ間に1400年も稽古と修行と鍛錬を続けていたのだ。この肉体の影響もあるのだろうが、1年が誇張抜きで一ヵ月程度の感覚だった。



 そうして、ふと……思ったのだ。世界には、この町以外にも数多くの町がある……ということに。



 思ったが吉日とは前世の言葉(この世界にも、似たような言い回しがあるらしい)だが、これ以上のモノは無かっただろう。その時の私の内心を言い表す、明確な言葉を。


 それ故に、私は新天地へと旅立った。その際、こんな私を引き留めようとしてくれた人たちがいたが、未知を目指す私の熱意に1人、また一人と諦め……そうして、私は22年目にして次の町へと向かう。



 目指すは――世界でも有数の大都市とされている、『オルレアン王国』。



 世界に数多くある王国やら町やらがあるが、その中でも文句なしの最先端を行く王国……そこへと、私は意気揚々と向かったのであった。




 ……それなのに、だ。




 そんな、どきどきわくわくな気持ちにうきうきしながらも、王国へと到着した私が、王国唯一の出入り口とされている正門にて目にしたのは、だ。



『――もしもし、ちょっとインタビューよろしいでしょうか?』



 今はもう、モノクロどころかモザイクすら掛かっている、古いふるーい記憶の奥底に眠っていた……埃被っていた、それは。



(……記憶が確かなら、あれは……まさか……)



 テレビカメラを手にした者たちと、マイクを手にして者たち。そんな者たちが、正門にて列を作っている商人やら何やらに声を掛けている。


 このファンタジー世界には似つかわしくない、異様な光景。


 それはまるで、白いキャンバスに浮かぶ一点の異質。例えば、移動手段が馬の中世の絵の中に、ポツンとジープが有るかのような……どうしようもない違和感。


 あまりに予想していなかった光景に、私は……見に纏った鎧の中で、思わず動きを止めた。驚愕のあまり思考を停止した事なんて、『――残像だ』の一言で300人ぐらいに分身した教官を見た時以来のことだ。


 ……なのに、誰も気に留めていない。場所が場所なら反射的に攻撃を仕掛けているぐらいに驚いているわたしを他所に、親に手を引かれた幼子すら、欠片も気にしていない。


 もちろん、少数ながら何度も視線を向ける者はいるが……どうにも、私とは違う。アレは驚いているというよりは……緊張している?



(そう、そうだ……アレはまるで、カメラを向けられて恥ずかしがっているかのような……)



 そんな物が作られるだけの科学力が……いや、有り得ない。だって、ここに来るまで、そのような科学の発展は見られなかったから



「…………どういうことなんだ?」



 誰もが当たり前のように受け入れているけれども、私にとっては違和感しか残らない、奇妙な光景で……そう、呟くだけで精一杯であった。





  

 

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