起承転結の『起』で終わっちゃう系の短編

葛城2号

異世界転生して戦闘種族になったTS戦士YouTubeな話:前編




 ――正直に言おう。




 その日、その時、目が覚めた瞬間……俺は、己を構成する全てを夢だと思っていた。


 何せ、考えてもみてほしい。


 何時ものように何時ものベッドで何時ものように寝入る前……その前の記憶は、俺が何時ものように寝泊まりしている何時もの自室であった。


 築37年とかいう、マンションの一室だ。駅から遠いし交通の利便が悪い代わりに家賃が3万という破格の物件。それが、何時も寝泊まりしている俺の家であった。


 特別なことは何もしていない。シャワーを浴びて、歯を磨いて、トイレをして準備を済ませた。そうしてから、寝る前にメールやら何やらを確認してから、目覚ましを掛けた。


 その時の俺は、翌朝もいつも通りになると思って……いや、それ以前だ。いつも通りにならない可能性など欠片も考えず、明日もバイトか~、といった感じでいた。


 着ていた衣服も、何時ものやつであった。ユニクロでセール品になっていたTシャツ(一年近く使い続けている)で、肩の所の生地がぼろぼろで肌が露出していた。


 下のハーフパンツもそうだ。100円均一で買った白ゴムを使いはしたが、かれこれ2年近く使い続けたおかげで、元の藍色から大分脱色が進んでいた。


 寝心地一辺倒に特化したそれは、少なくとも自室の外に出るには些か勇気がいる恰好である。しかし、寝るだけならばこれ以上ないぐらいに肌に馴染んでいることもあって、俺は冬場でもそれを着て寝ていた。





 ……そう、俺はその恰好で寝ていたはずなのだ。そこまでは覚えている。そこまでは、いつも通りであった。





 それが、何時ものように目覚めてみれば、だ。


 まず、俺が実感したのは……息苦しさと、身体の重心。すなわち、己の身体の違和感からだった。


 何と言い表せば良いのか最初は分からなかった。とにかく、妙に息苦しいうえに、身体のバランスが崩れると思った。こう、息が詰まって身体が前のめりになるというか、何というか……その答えを、俺はすぐに思い知った。



 ――息苦しさの原因が分からず、何気なく胸に手を当てたことで。



 寝ぼけていたこともあって、深い意味はなかった。だが、結果を如実に理解させられた。掌から伝わる、もにゅり、と弾力がありつつも柔らかい感触に思わず視線を落とし……直後、一気に目が覚めた。


 最初、俺はそれが何か分からなかった。


 だって、考えてもみてほしい。これもまた、考えてみてほしい。というか、俺の状況を想像して欲しい。


 目が覚めたら、シャツの胸元がぱんぱんに膨らんでいた。具体的には、己の胸が膨らんでいた。もはやそれは『乳房』と称するしかないぐらいに大きく、シャツの『Foolish』の文字が歪に歪んでいた。



 普通に考えれば、夢か何かだと思うところだろう。実際、俺はそう思った。



 だが、己の乳房を揉むという初めてで異質な感覚、サイズの関係から乳房を押さえ付ける形になったことからの、息苦しさ。そして、嫌な想像に促されるがままパンツの中に手を入れ……俺は悟った。






 ……これが夢ではないと、俺は理解した。






 というか、させられた。消えてしまった男性の証の代わりに鎮座する、女性の証であるそれらが、これが確かな現実であることを俺に突き付けてきた。


 けれども、理解したからといって……はいそうですかと納得出来るかといえば、そうでもない。



 ――は、え、え、え……え?



 ぶっちゃけてしまえば、俺はしばしの間……何も出来なかった。もちろん、そのまま本当に茫然自失となっていたわけではない。


 その場から動くことは出来なかったが……それでも、少なくとも今の俺は、寝る前とは異なる場所にいて、何かが起こっていることを認識するだけの冷静さは残っていた。



 ……そうして、お次は、だ。



 何時ものように何時ものベッドで何時ものように起きるはずだった俺が、自分の変化の次に感じて理解したのは……むせ返ってしまうほどの、濃厚な緑の臭いであった。


 そう、臭いだ。緑などという曖昧な言い回しをするにはワケがある。ありのままを言葉にするのであれば……周囲全てが緑色……つまり、植物がこれでもかと溢れる自然の世界になっていたのだ。


 言っておくが、自然の世界というのも誇張ではない。文字通り、全てが植物だ。それも、道端に生えていそうな雑草……なんて生易しいものではない。



 一言でいえば、大樹だ。大樹としか言い表しようがない巨大なソレが、私の背後にあった。



 まるで、アニメや漫画の世界だ。誇張ではなく、幹の端が見えない。ついでに、天高く伸びる枝葉の先端も見えない。まるで緑の大地が空を覆い隠しているかのように、ある地点から上が見えない。


 おかげで、辺りは妙に薄暗い。僅かに枝葉の隙間から差し込む日の光から、今が日の出ている時刻であるのは分かるのだが……それだけだ。



 辺りには、何も無い。寝る前には有ったはずの物が、何一つない。



 目覚めた俺は、地面の上で直接寝ていた。何気なく置いた大地は細かな雑草が生えていて、天然の絨毯を思わせる柔らかさが有った。


 なので、身体を預けていたはずのベッドも無ければ、家も無い。家が無ければ家電も無い。家電も無ければ……文明の利器と呼べるような物が、何一つない。


 辛うじて……辛うじて、そう呼べる物が有るとするならば、俺が寝る時に着ていて、今も身に纏っているボロボロTシャツとハーフパンツ……なのだが。



 ――あっ。



 と、思った時にはもう、遅かった。何気なく……本当に何気なく身体を起こした途端、呆気なく『俺を指し示す唯一の衣服』は解れて破れ……布きれの残骸となってしまった。



 ……。


 ……。


 …………この時の俺は、色々な事が脳裏を過った。



 まず、露わになった自分の身体のこと。服の上からある程度は想像出来ていたが、実物はそれ以上。グラビアに出たらしばらくは天下を取れるのではないかと思ったほどの、見事な膨らみであった。



 ――これは、俺の身体ではない。



 反射的にそう思った俺だが、思っただけであった。どのように否定したところで、俺が俺として認識出来ている俺の身体は、紛れもなく『女』でしかない。


 掌からこれでもかと零れ出るぐらいに大きな乳房も、自分のモノとは思えないぐらいに張り出している尻も、喪失感と奇妙な違和感が伴う股の間も……全てが、今の俺は『女』であることを訴えてきていた。



 ……無言のままに立ち上がり、そのまま己の身体を見下ろす。



 そうして改めて実感するのは、だ。足元が見えない不確かさと、鏡が無いので正確な状態が目視出来ないこと。


 そして……何気なく辺りを見回したことで思い知らされる、『己は今、大変な状況に陥っている』という、強烈な不安であった。



 何せ、周囲には見覚えのある物が何も無い。



 傍にある化け物染みた巨大な樹木を除けば、あるのは大小様々な木々ばかり。その木々とて、人の手がほとんど入っていないのが一目で分かる有様であり、その足元は落ち葉やら雑草やらが絨毯のように広がっている。


 樹木から視線を外し、少しばかり離れた先に広がっている茂み(というより、樹木の群れ)の向こうは……何があるのかが全く分からない。


 というか、正確に言い直すのであれば、見えない。樹木の群れはかなり遠くにまで広がっているようで、目を凝らしても……見えるのは、日光を遮る枝葉によって生まれた、薄暗い自然の光景だけで――っと。



 さあさあ、と木々が揺れる音がしたかと思えば唐突に――風が吹いた。



 反射的に、両手で身体を守る。その際、張り出した胸が腕にぽにょりと当たる感触に驚くも、直後にやってきた突風に堪らず目を瞑る。合わせて、ぱちぱちと砂埃が僅かに肌に当たる感触と共に……静かに、風は止まった。



 ……。


 ……。


 …………顔を上げる。恐る恐る見やったそこにあるのは、目を瞑る前にもあった……広大な緑の自然で――あっ。



 ――唐突に、意識が現実感を取り戻した。



 それはまるで、かみ合っていなかった歯車を正しくかみ合わせたかのようで。肌に感じた突風の衝撃によって、心の中で否定し続けていた何かを直視し……現実として受け入れた瞬間であった。



 ……あ、ああ、ああ……!



 そうしてから一気にこみ上げてくるのは、不安、恐怖、困惑、焦燥、危機感。おおよそ良い意味ではないそれらがどどんと噴き出してくる感覚に……俺は、腰が抜けてしまいそうな感覚を覚えた。



「た、助けを……呼ばないと……」



 不安のままに発した己の声のまた、可愛らしい事。自分自身ですら女の声だと分かるぐらいだから、第三者が聞けば、10人中10人が、声の持ち主が女性であるだろうと推測するモノで……ああ、いや、そうじゃない。



 ――助けを呼ぶって、誰に?



 自分自身が発した言葉だというのに、俺は直後に己の言葉を否定した。



 ――呼べたとしても、どう説明しろと?



 自分自身、この状況が何一つ分からないのだ。目が覚めたら見知らぬ場所にいて、女の身体になっていて……俺はどうなってしまったというのか。


 振り返れば、ボロボロになった衣服の残骸が至る所に散らばっている。先ほどの突風のせいだろう。


 とりあえず、一番近い場所にあったそれを手に取る。せめて要所を隠せればとも思ったが、駄目だった。手に取った途端、ぽろぽろと砂を掴むかのように崩れてしまった。


 これは……先ほどと同じ現象に目を瞬かせつつも、他のへ向かう。だが、どれもこれも触れた途端に崩れてしまい、肌を隠すことはおろか、掴むことすら難しい有様であった。



 ……いったい、何が起こっていたのだろうか。



 異常な現象を前に、何度目かとなる記憶の想起を行う……が、やっぱり何も思い出せない。何時ものように眠ったところまでは何時もと同じで、その間の事は何も……いや、というか、だ。



 ――そもそも、ここは何処なんだ?



 今更なことを考えながら、また辺りを見回す。何度見ても、何も変わらない。とにかく、このまま突っ立っていてもしょうがないよなと思い、傍の巨大樹へと駆け寄った。



 ――そうして、何気なくその分厚すぎる幹に触れた、途端。



 ぽぽん、と。


 前触れもなく、いきなり……俺の眼前に正方形で薄っぺらくも半透明なナニカが現れた。



「――うわぁ!?」



 あまりに突然の事に堪らず尻餅を付いた俺を他所に、そのナニカはグイッと俺の眼前に迫り――ピタリと、動きを止めた。


 反射的に、腕でそれを振り払う。


 だが、俺の腕はナニカを素通りし、空ぶった。「すりぬ――っ!?」手応えなくすり抜けた事実に、俺は思わず尻餅を付いたまま後ずさった。


 すると……ナニカは音も無く俺に迫る。


 だから、俺は何度も腕を振ってソレを振り払おうとする。だが、出来ない。全て、すり抜けるから。立ち上がって逃げようにも、ナニカは常に俺の眼前へと先回りしてしまう。


 必然的に、俺は後ずさるしかない。その結果、俺はぎゃあぎゃあと喚きながら、引き千切った雑草やら土やらをナニカに向かってぶん投げるも……結果は同じであった。




 ……。


 ……。


 …………けれども、だ。そうして、ふと、だいたい十数メートルぐらい後ずさった辺りで……俺はある事に気付いた。



 こいつ……もしかして何もしてこないのではないか……ということに。



 どうしてそう思ったのかといえば、半透明のナニカに文字が映し出されたのだ。何がって、日本語が。


 『注意事項だから呼んでね、○○くん』と表示されたそれは、紛れもなく日本語であり、○○というのは俺の名前であったからだ。


 そのうえ、表示された日本語がパッと入れ替わった。あっ、と声を上げた時にはもう長々と表示された日本語のスクロールが始まっていて……俺は逃げていたことも忘れて、慌てて流れる文字を目で追った。


 一体全体何が起こっているのかはさておき、俺はバクバクと鼓動を繰り返す胸の内を静めながら、表示されているそれらを必死な思いと共に視線で追いかけ――。



「……は?」



 ――た、その結果。



 俺の口から飛び出したのは……多大な困惑と、膨大な……己をこんな状況にしてしまった存在への、強い怒りであった。


 と、いうのも、そのナニカに表示された言葉の中身が、だ。



 『ちーっす、私ってば神様だけど、ほんとマジごめんね、ちょっとぽんぽんペインでトイレにランしてあいたたたしてたらうっかりミスしちゃった。何がどうミステイクなのかって、それ話すと長くなるしオフトゥンにスヤァしたくなるからまた今度ね。とりあえず、色々有ってマジでヤバいから代わりのボデー用意したので大事に使ってね』



 という感じの……こいつ説明する気が有るのかと、正気を疑いたくなってしまうような内容であったからだ。



 ……言っておくが、俺は文章を頭の中で何一つ改変などしていない。原文が、コレなのだ。



 正直、見ているだけで頭が痛くなる文章……というか、頭痛を堪えながら、俺はスクロールし続ける分を目で追う。



 『とりあえず、結論から述べると、君は一度死んだの。信じられないだろうけどマジでガチだから。それで、あんたのデスってのは管理職的なアレでマジこれヤバいって感じなイレギュラーで、色々と私の今後に関わってくるわけよ』



 ……何だろうか。非常にショッキングな内容ではあるが、文章が文章だから不思議と恐怖を覚えない。率直に、俺はそう思った。



 いや、まあ、思うところが無いといえば、嘘にはなるだろう。


 何せ、いきなり“お前は既に死んでいる”と言われたのだ。


 加えて、この状況……いっそのこと、薬物が見せた幻覚で、部屋の隅で座り込み、空になった注射器を何本も転がしたまま涎を垂らしてラリッているのが現実の……と言われた方が、万倍も納得が出来る。


 けれども、そうじゃないとすぐに首を横に振る。


 何故かは分からないが、コレは現実で、今の俺も現実で、表示されたこの文章の全てが……まごう事なき真実であると、確証も無いのに受け入れられている。


 それが、俺には堪らなく不思議であった。ああそうなのか、と、あっさり納得してしまう自身がいることも、堪らなく不思議でならなかった。



 『死因はまあ、アレだね。漫画みたいなアレだね。それで、今の君は私が取って置いたスペシャルなスペックオバケみたいなボデーにソウルを移したアレなわけよ。だから今の君、心は生前の男のままだけど、身体は女ってわけ。まあ、おいおい慣れると思うよ。慣れなかったらメンゴめんご』



 ……ああ、うん。その言葉を、俺は辛うじて飲み込んだ。



 『でもまあ可哀想だし、せっかくだし、物凄く高性能なやつにしたし。とりあえず、いきなりバッドなエンドになることはないと思うし。あ、おっぱいと尻のデカさは、ほら……バッテリーみたいなもんだから、ごはんいっぱい食べたら大きくなるし、絶食したり肉体に異常が起こったりすると縮むから、パロメーター代わりに使ってね』


「え、これが?」




 思わず、素で反応した俺は、そのまま自分の胸を掴む。前世……という言い方を自分で言うのも何だが、これだけのサイズを直視したことは一度として無い。


 というか、それ以前に……当たり前のように自分の死を受け入れて……いや、もう止めよう。



 そう、俺は内心にて諦めた。



 事態を受け入れる前に、次から次へと事態が進むからだろうか。目覚めてすぐは困惑と共に怯えてしまのを抑えられなかったが、今はそうでもない。


 とりあえず、考えるのは後だ。何一つ経緯が分からない以上は、大人しくしておく方が良いと……そう、俺は結論付けた。



 『ちなみに、胸はMAXで18メートル、尻は20メートルまで大きくなるから。だいたい12メートルぐらいのサイズを維持しておけば、スペックを良い感じに発揮できるヨ!』


「それ、もはや化け物じゃないかな?」


 『身長は最大2メートル、起たないやつすらも、心のちんこが勃起するぐらいのスーパーモデルにも成れるよ! いやあ、我ながら凄い、さすが私、こういう事には頑張るよ!』


「バランス悪過ぎるにも程がないかな?」


 『あ、そうだ、安心してね。おっぱいやら尻やら地面を引きずっても大丈夫なぐらいに身体を頑丈にしたから。バイクのタイヤでぶおおおんってしてもかすり傷一つ付かないから』


「違う、着眼するのはそこじゃないと思うよ」



 というか、いちいちそれらを気にするよりも前に、俺をこの状況に追いやった『神様』(事実であるならば)の思考があまりにぶっ飛び過ぎて……口を挟む勇気が湧かなかった。



 ……そうして、欠片も悪い事したとは思っていないだろうというのが伺える、自称神様が記したと思われるソレの要点をまとめると、だ。





 まず――色々あって死んだ俺を、元の世界で生き返らせるのは無理らしい。





 理由としては、アレだ。物凄く遠まわしかつ曖昧な言い回しになっているから分かり難いが、要は……判子を押して了承し推し進めていた業務を途中で止めることが出来ない、仕事上のアレだ。


 どうも、神様の世界というのもある種の分担作業になっているようで。


 何時もの流れ作業で行っていたのでミスに気付くのが遅れ、気付いた時にはもう手遅れ。どうも俺が暮らしていた世界は常にパンパンらく、既に俺が死んだ事で生まれた『空き』は埋められ、戻せなくなったのだとか。


 だから、苦肉の策として『空き』に余裕がある他の世界に俺を移し、それで『諸々ごめんちゃい、断るなら魂消滅っすよ』という感じらしい。


 ……まあ、それはいい。本心は欠片も納得していないけど、文句を言ったところで事態が好転するわけないし、多分、頭の中も少しばかり弄られていると思うから……話を戻そう。


 そして次に……俺が今いるこの場所は、俺が暮らしていた世界とは異なる場所。いわゆる、『剣と魔法と冒険が満ち溢れたファンタジー世界』……つまり、『異世界』らしい。


 それも、ただのファンタジー世界ではない。これもまた冗談のような話だが、どうやら俺が知っているゲーム等では御馴染みの『ステータス』だとか『スキル』だとかが当たり前に存在しているらしい。


 どういう原理でそんなものが存在しているのかとは思ったが、魔法があるぐらいなのだ。そういうものなのだろうとは思うし、神様も『そういうものだから』で切り上げたあたり……説明すると長くなるのだろう。


 それで、魔物だとかがいて、エルフだとか妖精だとか魔王だとか聖女だとか剣王だとか……まあ、少年少女が好きそうな単語がごろごろ転がっている世界……そこの、『世界樹』と呼ばれる大木の傍。



 それが、俺の現在位置であるらしい。



 『世界樹』とは、文字通りこの世界を支えている樹木の事。この世界が生まれたその時より存在している樹木らしく、この世界では魔王とかいうやつすらも神聖視(あるいは特別視)するようなものらしい。


 そして、そこに俺がいる理由は……特に深い意味は無い。強いて挙げるとするなら、転生(という言い方だったが、実質誘拐では?)した俺の身の安全を考えて……ということらしい。


 というのも……どうやら今の俺(正確には、この身体らしいのだが)はこの世界においては超の文字が20個付くぐらいに貴重な存在らしい。



 ――曰く、数万年に一度、何かしらの偶発的要因が重なった結果、非常に低い確率で生まれる存在……というやつらしい。



 例えるなら、ガチャ(UR率は0.0004%だとか)でURを38回連続で引き当てるぐらい……らしく、自称神様もストックは残り900体しかないのだとか。


 なので、URを通り越してSSUR(スーパー・スペシャル・ウルトラ・レア)なボデーはとにかく狙われやすいらしい。それを防ぐ為に、この世界では一番安全な場所に俺を移送したのだという。



 ……ちなみに、そのボデーに前世の衣服を着せていた理由は、『朝起きたら女の子の身体になっちゃった!?』的な感じを演出したかったのだとか……まあ、それはいい。





 それで、その『世界樹』はというと、だ。





 まず、『世界樹』は強大な結界を周囲に張っているらしく、悪しきモノ(性根が悪いモノ)は近寄ることはおろか、その存在を認識することすら出来ない。


 なので、『世界樹』の傍にいれば魔物に襲われる心配はないし、邪な人間に襲い掛かられることもない。時たま動物が入り込むこともあるが、結界の影響から襲い掛かってくることはない。


 ひとまず、今の身体に慣れるまでは『世界樹』の傍を離れず、自称神様が派遣した『教官』の教えに従って、この世界の生き方を学び、後は自由にやっていけ……というのが、全文の大まかな中身であった。



 ……。


 ……。


 …………そうして、最後の一文まで読み終わった途端に半透明のナニカは消えた……その後。


 本当の意味で、徐々に現状を理解し始めてからは……もう、俺は何と言葉に言い表せればいいのか……俺には分からなかった。


 前世に未練が有るのかと問われれば、有ると答える。ぶっちゃけ、文句どころか罵詈雑言を100時間掛けてぶつけても有り余るぐらいの怒りが腸に渦巻いている。



(けれども……ねえ。こんなことが出来る相手に怒ったとしても、俺に何が出来るというのだろうか……)



 しかし、俺はその怒りを……自称神様にぶつけようとは思わなかった。というか、やっても無駄だろうし、そもそも不可能だろうなとも思った。


 とりあえず……幾度視線を下ろしたのか……足元が全く見えないぐらいのサイズのそれを、両手で掴む。指からはみ出るどころではない。


 何せ、掌を一杯にまで広げてもなお、一目で足りないのが分かる。有り余るどころか、持て余すサイズで……個人的には、どデカい玩具のスライムを捏ねている気分だった。



(これが他人の胸だったなら、まだ少しは……自分のだと、どうしてこうありがたみが無いのか……)



 身体が女になった影響なのだろうか……性的な興奮は欠片もしてこない。おそらく、そういった感性も我知らず変化しているのかもしれない。



(とりあえず、服が欲しい……せめて、下だけでも隠したい)



 考えてみれば、今の己は右も左も分からない幼子と大した違いはない。


 自称神様の手でこんな場所にいるとはいえ、何やら凄まじく希少な身体を与えられたとはいえ、このファンタジー世界の常識なんぞ欠片も持ち合わせていないのが、今の俺なのだ。


 はっきり言えば、詰む。このままここに立っているだけでは、待っているのは遠からず訪れる確実な……餓死という未来。



 冷静に考えれば、非常に不味い状況にあるのは確実だ。



 だから、この後にやってくると思われる『教官』に、俺は少しでも気に入らなければならない。あるいは、少しでも多くの事を素直に受け入れ、学ぶしか――ん?


 ふと……違和感が脳裏を過った。いや、これは違和感というより……視線か?


 気になって、辺りを見回す。だが、それらしい人物は見当たらない。遮蔽物なんぞ足元に生えている雑草と、もはや遮蔽物にカウントしてよいのかが分からない世界樹の幹ぐらいで……隠れられそうな場所はない。


 けれども、視線……そう、これは視線だ。


 比較する対象が無いから上手く説明出来ないが、分かる。神様曰く『お化けスペック』と称するだけあって、そういう野生の勘も相当に……あっ。



「――ぶな!?」



 何かが迫ってくる――直感が、脳裏を過った。


 気づけば、俺は反射的にその場を飛んで――何かが、俺が今しがた居た場所に降り立った――大して俺は、胸のどデカい二つが遅れて跳ねたせいで、転んでしまった。



 ……どうやら、見た目よりも相当にこの乳房は重いようだ。



 いや、正確には胸だけではない。何と言い表すべきか、強いて挙げるとするなら、重心が違う。姿勢等という生易しい話ではなく、物理的に重心が異なっている。


 具体的に、何がどう異なっているかと言えば、考えるまでもなく胸と尻……まあ、いい。重要なのは、そこではない。重要なのは、まだその違いに身体が馴染んでいないというところだ。


 故に、飛んだ瞬間、まるで括りつけた重りが遅れて動いたかのような感覚を男は覚えた……とはいえ、痛くはなかった。ぼゆん、と体重に圧された乳房が歪んだのを自覚したが……それだけであった。



 ……どうやら、重いだけではないようだ。



 幾ばくか腰が抜けかけたが、それだけだ。身体そのものは頑丈なようで、怪我一つない。「な、なんだ……?」顔に引っ付いた雑草やら砂埃やらをそのままに振り返った。



「……は?」



 そして……俺は、眼前の光景を上手く認識出来なかった。



「ご、ゴリラ?」



 何故なら……そこに立っていたのは、ゴリラだったからだ。


 そう、ゴリラだ。前世の、死ぬ前の俺が暮らしていた世界にいた、ゴリラだ。全身黒色の毛むくじゃらで、全身からゴリラを主張していた……あの、ゴリラだった。


 そのゴリラが、人間のように二本足で立って、仁王立ちしている。腕を組んで、鋭い眼差しを俺に……まっすぐに、俺を見下ろしている。


 倒れている俺に襲い掛かるわけでもないし、威嚇してくるわけでもない。かといって群れや縄張りに侵入してきた不届きモノを見る眼差しでもない。


 そこには、確かな知性が感じ取れた。『目で物を語る』という言葉があるらしいが、俺はそれをここまで明確に思い知る機会はなかった。


 だから、より強く理解させられた。眼前のゴリラは、ただのゴリラではないということに……しかも、それが一体だけではないのだ。


 まるで代表するかのように俺を見下ろすそのゴリラの後ろには……パッと見ただけでも十数体は確認出来るだけのゴリラが、同じように仁王立ちしていた。



 ……。


 ……。


 …………え、なにこれ?



 そのまま、5分ぐらいだろうか。



 突然の事に動揺していた頭と心臓がようやく落ち着いた頃。仁王立ちしたゴリラたちから見下ろされ続ける状況に慣れ始めた辺りで呟いた俺の第一声が、それであった。



 いや、だって考えてもみてほしい、ゴリラだよ。



 一目でただのゴリラじゃないってのは分かったけど、見た目は本当に只のゴリラだ。そんなゴリラが、十体以上も何をするわけでもなくこちらを見下ろしている。


 ぶっちゃけ、怖さよりも困惑の方がはるかに強くもなって当然だろう。というか、客観的に見て、これってどういう状況なんだろうか。



「……人の子よ、話は聞いている。我らが、お前を導き育てる『教官』だ」

「ゴリラが喋った!?」



 そのうえ、男(身体は女だけど)の俺ですら聞き惚れる美声だ――という感想を、俺は寸でのところで呑み込んだ。



「そう、驚くな。我らはお前たちの知るゴリラに瓜二つであるとはいえ、その中身は全くの別物だ。見下すわけではないが、同一視するのは慎みなさい。彼らは彼らで、我らは我らなのだ」

「あ……はい、すみません」



 思わず叫んだ俺は、けして悪くはない。けれども、穏やかな笑みで注意(しかも、正論である)されれば、フッと罪悪感を抱くには十分で――いや、待て。



「……教官?」

「うむ、我らが只今より貴女を導き育て上げる『教官』だ。と、同時に貴方を育てる以上、貴女は只今より我らの同胞となり、末弟(まってい)となる。故に、今後は私の事を『師匠(マスター)』と呼びなさい」

「は、はあ……」

「うむ、状況に頭が追い付いていないと見える……よろしい、修行は明日から始めるとして、今日はもう休みなさい。美味しい食事と温まる入浴と穏やかな睡眠こそが、戦士への第一歩だ」

「はあ、よろしくお願い……待って、戦士って?」

「さあ、来なさい。もう君は我らの同胞であり末弟。己の兄であり姉であり父や母に挨拶をしなさい。挨拶は、肝心な事だよ」



 聞き捨てならない単語に思わず目を剥く俺を尻目に、教官に手を引かれてゴリラたちの下へ……ていうか、待て、今の俺って裸なんだけど……気にしないのか。


 欠片も反応した様子を見せない彼ら彼女らを見やった俺は、反射的に隠していた手を外す。


 すると、彼ら彼女らは……何も変わらなかった。誰も彼が穏やかな笑みを浮かべて、俺を歓迎するかのように見ているだけであった。



(……まあ、見た目が全く違うし、そういうものなんだろう)



 ちょっと、恥じ入る気持ちが湧いてくる。何故なら、真っ当な善意で動いてくれているであろう相手の性根を、疑ってしまったからだ。


 正直、申し訳ないと俺は思った……が、だ。これから世話になる相手だし、右も左も分からない俺に色々と頑張ってくれるのだ。



 ――ここはせめて、みんなが気持ちよく俺を育ててくれるように俺も明るく振る舞おう。



 そう思った俺は、相も変わらず仁王立ちする彼ら彼女ら……いや、これから成る仲間たちに向かって「――○○です、よろしくお願いします!」深々と頭を下げた。



「――うほ、うほうほ、うほほ!」



 そんな俺に返された言葉が――間違いなく日本語ではない、言語であった。




 ……。


 ……。


 …………?



 聞き間違いだろうか……そう思って頭を上げた俺の顔には、さぞ困惑の色が滲んでいただろう。しかし、そんな俺の困惑をあざ笑うかのように、眼前の仲間たちは。



「うほ! うほうほうっほっほ!」



 先ほどと同じように、うほうほと奇声を上げると、満面の笑みでばちばちと己が胸を叩いたのであった。




 ……。



 ……。



 …………?




 無言のままに、俺は教官を見やる。俺の視線を受けた教官は、言われずとも察したのだろう。うむ、と満面の笑みのまま頷くと。



「君の言語を話せるのは私だけだ。なので、君は速やかに我らの言語を理解し、それを活用してもらわなければならない」

「……つまり?」

「――うほ! うほっ、うほほ!」



 意味は、『これから、よろしくお願いします』。そう、彼らの言葉で告げて、俺の知る言葉で翻訳してくれた教官を前に、俺は。



「……ゴリラが喋った」



 そう、呟く他、何も出来なかった。





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