第2話 一期一会の良くない一面
小鳥の囀りで目が覚める。多分、夢は見ていなかったらしい。
暗闇から引きずり込まれた現実の眩しさに眩みながら、何とか目を開けた俺の目前には──ちょうど1日ほど前に見たのと完全に同じ構図の、アホの寝顔があった。
それを見て、理解する。
……これから、毎朝のようにこの気持ちを味わうのが、いかに最悪なことであるかということを。
*
「薫、なんか朝から調子悪そうだったけど大丈夫? 何か面白いことでもあった?」
他人が調子を悪くするような出来事を"面白いこと"と形容する修に視線を流すと、寝起きのこいつの顔がリフレインする。
「いや、お前が生きてる限り解決しない問題だから気にするな」
「……ま、いいや。それより部活はどうするの?」
入学式の翌日(今度は遅刻せずに済んだ)、午前を丸ごと使ったガイダンスとやらを終えた昼休み、修は文句ありげな表情でそんなことを言い出した。
「……は?」
早々に退屈なご高説に飽き、机に突っ伏して寝ていた俺は、そんな修の言葉を上手く噛み砕くことが出来ずに間抜けな声を上げていた。
そういえば、高校生活に向けてそれなりに張り切っていた割にはそういう事を一切考えていなかったな。部活、部活か……。
「……面倒だし入らなくてもいいんじゃないか?」
俺がそう言うと、修は呆れたような目で俺を見てきた。一体何なんだ。
「薫、さっきの時間寝てたでしょ……」
「おいおい、授業中はちゃんと前を向いてろよ」
「いや、薫には言われたくないんだけど……。さっきの時間に先生が部活は強制加入って言ってたの、聞いてなかったでしょ」
なかなか面倒なルールだな。正直、勘弁して欲しい。
「まあ、適当にサボっても怒られなさそうな部活でも探せばいいだろ」
「ふーん。ちなみに俺調べだと、運動部に入った奴に彼女ができる確率はそうじゃない奴の3割増ってところだけど」
……モテることと楽であることの間で、天秤が揺れる。
「ま、元から薫に彼女ができる確率なんてゼロなんだから、それが3割増になったところで痛ったぁ!」
いらん事を言う修のすねを蹴り、とりあえず部活に対する判断を保留する。
「部活に関しては後々考えればいいだろ。雰囲気とかもわかんないしな」
「む。確かにそれはそうかも。というか、こんな所で話してても何だしお昼ご飯でも買いに行かない?」
ああ、高校には購買なんかもあるのか。寝てるだけだったというのに随分と腹も減ってるし、取り敢えず行ってみるか。
そう考えて財布を取り出そうと鞄に手を突っ込み、頭を抱えたくなる。
「財布、忘れた……」
一応、一縷の望みをかけて修の顔を見る。
「トイチでいいなら貸すけど?」
「……10日で1割?」
「や、10分で1割」
午後の授業を受け終えてから家に帰って即返したとして、おおよそ三倍。世の高利貸も真っ青な利率だった。
とまあ、結局金を借りることを諦めた俺は、修の後ろについて何を買うでもなく購買に来たわけだが。
「俺、生きて帰れるのかなぁ……」
なんて割と本気で言っている修の前にある光景は、まさしく古今東西の創作において語られてきた購買戦争そのものだった。
一部の隙もなく空間を埋め尽くす人の塊に、それでも挑みゆく勇者。押し流され、押し戻されながらも必死に手を伸ばす英雄。人気の惣菜やパンを掴み取った者が勝者の称号を手にし、不人気商品を掴まされた者は敗者のレッテルを貼られる弱肉強食の世界が、そこにはあった。
──明日は、朝のうちに飯を買っておこう。
そう心に誓い、俺は阿鼻叫喚の光景から目を逸した。
結局、揉まれ流された挙句に修が手にしたのが、わさびパンと苺おにぎり。せめてフレーバーを逆にするべきだったのではないだろうか。
*
時は変わって放課後。俺と修は、部活の勧誘が乱れ交う特別教室棟を歩いていた。
「俺、普段の行いが悪かったりするのかなぁ……」
「普段の行いで言ったらお前は決して褒められるような人間ではないな」
ゲテモノ(主にわさびパン)を腹に収める代わりに多大なダメージを負った修は、心なしか疲れたような顔をしていた。ともすればうぐいすあんパンのようにすら見えるほどにぎっしりと詰まったわさびの姿は、当分忘れられそうにない。
それにしても本当に様々な部活があるものである。体験入部期間は部室棟と特別教室棟のまる二棟を部活の勧誘スペースにあてているらしいが、それでも手狭に感じるほどだ。
事前情報によると東堂は生徒が新規で部活を作るハードルが低いらしいが、この光景を見れば納得である。
わかりやすいのだとユニフォーム姿の野球部や、文化系だとちょっと引くくらい上手いアニメ絵の描かれたパネルを持った小太りの男子生徒──これは漫画部か美術部だろう。珍しいところを探せばボクシング部やスケート部、またUFO研究会といった色物枠もある。
そうこうしていると、なにやら生徒手帳を覗いていた修がふとつぶやいた。
「なるほどねぇ」
「ん、どうした?」
「や、部活に関するルールを読んでたんだけど結構面白いなって思って」
そう言うと、俺に生徒手帳を見せてくる修。なになに、
「長い、簡単に説明しろ」
そういう俺をかわいそうなものを見るような目で見ながら、修は説明を始めた。
……一応言っておくが、別に理解しようと思って理解できないことはないぞ? 読むのが面倒だっただけだからな?
「まあ、簡単に言えばここの部活は学校が作った部活と生徒が自主的に作った部活に分かれるんだってさ。前者はすべての部活に部室と部費が、後者は活動において何らかの成績を上げて認可されたら部費が配分される、とかなんとか」
へぇ。ま、部活に入るだけの俺には関係の無い話だ。
興味もない話から逃げるように、人混みを見渡す。
ギター同好会とかやったら女の子にモテたりするんだろうか。自分が楽器をひくために努力するヴィジョンが見えないが。
サッカー部なんかは青春オーラを纏っている気がするが。残念ながら俺には泥まみれになって走り回る根性などない。
オタク文化は理解できないクチではないが、漫研やらで青春を浪費するほど熱を上げている訳でもない。
「そこの君たち! 一年生だよね?」
そんなこんなで頭を悩ませつつ歩いていると、後ろから俺たちに語りかける声。部活勧誘の上級生だろうか。
手当たり次第に声をかけて回っているのだろうということはわかっている。わかっているのだが、星の数ほどもいる生徒の中で俺に声をかけてくれたというのは正直嬉しくもあった。
「そうです! 実はなかなか部活を決められなく……て……」
「やっぱりか、ちなみにメイド服に興味は?」
そうして振り返れば、そこには──等身大のメイド服が精巧に描かれたパネルを持った男子生徒。
そして確信する。こんなのと関わったら俺の高校生活に未来はない──!
「いや、あの、特にメイド服には興味はないっすね」
「またまた、日本男児でメイド服が好きじゃないやつがいるわけないだろう!」
「だったら俺じゃなくてもいいじゃないっすか!」
「それは君が流されやすそ──君からそこはかとないメイド服ソウルを感じたからさッ!!」
「テメェ今流されやすそうっつったか?」
「ほらほら! 体験入部だけでいいからっ」
「興味ねえっつってんだろうがああッ!!」
相手が上級生だと言うことも忘れておもわず叫ぶ。クソ、なんでここまで言って諦めねえんだこいつ……!
さっきから無言の修に目を向ければ、こいつはこいつでニヤニヤしながら俺を眺めてやがった。こいつ、絡まれる俺を見て楽しんでやがる。
「
「え? ……あ、
そんなやり取りを遮るように、メイド服先輩の背後から声が響いた。
しつこい勧誘が緩んだことで、一瞬安堵する。
しかし、一瞬の後、俺と修の間にこれまでの比ではないほどの緊張が走った。
「やあ。また会ったね、新入生くん達」
──メイド服先輩改め佐々木先輩の後ろから現れたのは、昨日の昼下がり、公園で俺たちに絡んできたお嬢様だった。
「? 何やら私を警戒しているような気がするんだけど、気のせいかな? そう固くならないでよ」
……思い返してみれば、確かにこの人は俺に実害を与えてきた訳では無い。それでも、この人を前にすると不思議と怖いのだ。
誰かが俺の墓の上を歩いている感覚、とでも言えばいいのだろうか。
「そういえば名乗っていなかったね。私は
その一言に。その一言のどこかに、俺の動物的本能が危険度最大の警報を鳴らす。
「──修」
俺が一言呼びかけただけで言いたいことを理解したのか、いまいち分かっていないような表情をしていた修の顔色が、一気に変わった。
「オーケー薫、三十六計──」
「逃げるが勝ちだ!」
そんな声を合図に、俺たちは人混みの中へと駆け出した。
「……というわけで佐々木くん、悪いんだけど彼はウチで貰っていいかな?」
「へい! そういう事なら仕方ないッス!」
「それと、彼らを確保するのにちょっとメイド服同好会の手を借りたいんだけど……」
背後からは、そんな不穏な会話が聞こえていた。
「はぁ、はぁ……薫、僕もう限界……」
「くそ、どう逃げきりゃいいんだよ……!」
伊羽名と名乗った先輩率いるメイド服同好会との鬼ごっこ開始から早20分ほど。追手は揃いも揃ってわざわざ俺たちと目を合わせてから走ってくるので逃げるのは容易ではあるのだが、終わりが見えないという状況はなかなかに堪える。
「……これ、下校時間まで続けんのか……?」
「玄関は厳重に張られてたし……どうもある程度退路を絶つ形で追い詰められてるっぽい……? このままじゃどっちにしろすぐ捕まるよ……!」
確かに、徐々に追い詰められているという感覚は俺にもあった。
真っ先に玄関に向かい校舎からの脱出を試みた俺たちだが、それもあっさりと拒まれ、今では三階の廊下に追い詰められてしまっている。それも、階段付近は厳重に固められており、今では玄関に向かうことも叶わない状況だ。
「お前ら、神妙にお縄につけぇ!」
今の状況を脳内で反芻していると、後方から幾度目とも分からない追手の声が聞こえた。
俺たちを摩耗させる作戦かなにかか、それともただバカなだけなのか。ずっとこの調子で俺たちから一定の距離がある状況で存在をアピールしてくれるのは正直有難くもあるのだが……。
「後ろだ! このまま真っ直ぐ行くぞ!」
「ちょ、ほんとに……げ、限界……」
「よし、じゃあ囮は頼んだ!」
そう言い残し逃げようとするが、今度は正面から追手の姿が現れた。
「いたぞ、お前らか!」
「っ、こっちもか……」
囲まれた。残る逃げ道は一本、目前にある曲がり角だけだ。
「提案! 一旦どっかの使われてない教室に立てこもった方がいいよ!」
いよいよどうしようもない状況の中、修がそんな実質敗北宣言とも取れる提案をする。
「クソ、背に腹は変えられないか……。乗った!」
角を曲がると、ほとんどの教室が使われているようで電気が着いている中、一つだけ暗い教室があった。
「鍵は……空いてる、ここだ!」
「ぜぇ、はぁ……」
追手の様子を見る余裕もないまま教室に飛び込み、死にそうになりながらなんとか着いてくる修が入ってきたのを確認して鍵をかける。
入ったのとは反対のドアの鍵もしっかりと閉め、ようやく安心して地面にへたり込んだ。
連中もまさか、教室のドアをぶち壊して入ってくるわけにもいくまい。もっとも、俺たちもいつまでここにいればいいのかわからないが。
一息つくと、教室を見渡す余裕が出てきた。もっとも、教室の電気は付いておらずカーテンも閉まっていたので、廊下から指す僅かな光で置かれた机や椅子の輪郭がなんとなく見える程度だが。
別に面白いものがあるわけでもなく。教室の壁に背を預けた瞬間、教室に俺のものでも修のものでもない声が響いた。
「揚げ足を取るようで悪いんだけど、正しくは"三十六計逃げるに如かず"、だね」
ぱっと、教室の明かりが灯る。
窓際に、伊羽名と名乗った先輩が立っていた。
「君たちが疑問に思うべきはなぜ私がここにいるか、じゃなくてなぜ自分たちはここに来たか、だよ」
伊羽名先輩は、放心状態の俺たちの顔をいたずらっ子のような表情で見比べながら、得意げに語り出した。
「簡単に言ってしまえば、私は最初からここにいて、そこに君たちを導いたんだよ。メイ同の連中、わざわざ自分たちがいることを君たちにバラしてただろう? あれも追手の所在をはっきりさせて逃走ルートを限定させるためさ」
メイド服同好会、メイ同って略すのか……。
「そしてなぜここに呼んだかといえば……お察しかもしれないけど、君たちを私の部活に勧誘したかったからさ」
そんな先輩の言葉に、修が問いを投げた。
「えっと……俺たちを勧誘するためにここにおびき寄せたってのは分かりました。けど、なんでわざわざそんな遠回りな方法で? メイ同の人らに俺たちを捕まえさせて連れてくるのでも良かったじゃないですか」
「全く、分かってないな後輩くん。無理やり連れてこられて私に会うより、逃げた先に私がいた、って状況の方が面白いだろう? 実際、君たちの呆気に取られた顔を見られて満足したよ」
──ああ、頭が痛い。逃げきれなかったという悔恨の念が押し寄せる。
「という訳で、改めて──私の部活にようこそ、1年生諸君!」
「「お断りします」」
修と声が重なる。こういうのを断るコツは、濁さずはっきり否定の意志を伝えることだ。
「なんでだい? 部活はまだ決まってない様子だったけど」
「まぁ……伊羽名先輩、イロモノっぽいし。俺は普通の平和と幸せが欲しいだけで、そこに先輩みたいなサーカスみたいな人は不純物なんだよ」
「……もうちょっと歯に衣着せてほしいな、先輩にイロモノって。というか、サーカスみたいってどういう例え?」
伊羽名先輩は落ち込んだような仕草をしているが、まあ多分演技だろう。
「じゃ、そういう訳で。行くぞ、修」
「待ちたまえ後輩くん、私が何のために第三者の目がないこの場を用意したと思ってるんだ」
去ろうとする俺を前に慌てる様子もなく、先輩はなぜか携帯の画面を見せてくる。
「これ、周りの人らに見られたら困るんじゃないかな?」
携帯の画面に表示された画像を見る。
そこに写っていたのは──昼下がりの公園、制服姿でタバコの箱を持った俺の写真だった。
「なっ──!」
「ぷっ、あははははは!」
気持ちいいくらいの勢いで笑う修にアイアンクローを食らわせつつ、写真をまじまじと見つめる。
「いやぁ、パパラッチの血が騒いでね」
「ンな血、全部抜いちまえ!」
「ああ、安心して。誰かにみせたりする気は無いから」
「……じゃ、俺はこれで」
「今のうちは、ね」
もしかしてこの先輩、悪い人なのでは?
俺が戦慄していると、今度は修が抜け駆けしようとして、
「俺には関係ない話みたいなので、失礼しま──」
「ああ、勿論君の写った写真もあるよ?」
見事に撃沈していた。
「……でも、俺がタバコを持ってるわけじゃないじゃないですか」
「さてさて、大人は優等生の私と入学式に遅刻してきた君たち、どっちの言葉を信じるかな?」
「薫、この人悪い人だ!」
「ああ、知ってる」
何がズルいって、何を言ってようと美人すぎて許せる気がしてくるところだ。
「まったく心外だなぁ、私はただ楽しい後輩に囲まれて青春を謳歌したいだけの女の子だよ」
いや、それにしてもだ。
「……そんな事までして、なんで俺たちなんかを勧誘するんだよ」
「なんでって──少なくとも私から見て君たちは、新入生の中でもトップレベルに面白い人間だからだよ」
「面白い……って、どこが」
俺の疑問に先輩はすこし考える素振りを見せると、とびきりの爆弾を投下した。
「いや、だってさ。入学式の日から公園でたむろしてると思えば、翌日には痴漢の目撃情報が入ってるような二人組、面白くないわけないだろう? ね、富塚修くんと御幸薫くん」
「な」
「え」
……果たして、俺たちはこの人に何度驚かされなきゃ行けないのだろうか。ちょっと衝撃的すぎて、もはや先輩が名乗っていない俺たちの名前を知っていることには驚きすらなかった。
「ちょっと待て、俺たちが痴漢ってどういう事だ!?」
「そうですよ! それを言われるべきは薫だけのはずなのに!」
「んー、私は詳しいことはよく知らないのだけれど、どうやら駅で君が女子中学生に痴漢を働いてるのを見たとか」
……もしかして、あの駅のホームにこの学校の生徒もいたのだろうか。
「それでなくても、入学式の日から大遅刻してきた問題児だ。噂に尾ひれがついて、今ではどうなってるかわからないよ?」
ここに来てようやく、昨日の放課後にクラスメイトが変によそよそしがった理由がわかった。痴漢魔の問題児など、俺だって関わりたくはない。
今や高校生活で青春を謳歌するという目標は崩れ去り、今の当面の目標は痴漢冤罪の誤解をいかに解くかということ、そして目の前の先輩に目をつけられた現状をどうするかということに置き換わってしまった。
「ま、気が向いたら明日の放課後もこの教室に来てくれたまえよ。勿論、来るかどうかは君らの自由だ」
そんなことを言いながらこれ見よがしに例の写真を見せてくる先輩の姿に、先日見た映画のワンシーンを思い出した。
主人公の元に現れた敵の刺客は、こう言うのだ。『お前がこれから死ぬ運命は変えられないが、死に方だけは選ばせてやる』と。
痴漢魔遅刻魔未成年喫煙者の三重苦を背負わされるか、破綻者の先輩の元で得体の知れない部活に勤しむかの二者択一。概ねどちらも高校生活における死であると言って差し支えないだろう。
「というか、部活とは言ってますけど……ここって何部なんですか?」
修の口にした疑問に、よくよく考えてみれば確かに重要なことを聞いてなかったことを思い出す。
「あれ、言ってなかったっけ? 私は……いや、私たちは卓球部だよ」
何の変哲もない机と椅子、それにホコリを被った教卓。たったそれだけを内包した教室の主は、あっけらかんと言ってのけた。
もはや俺たちを頭数に入れているかのような話口はともかく、この部屋に卓球に必要な要素は何ひとつとして無いはずだ。
「ま、卓球部の名前を借りてるだけで中身は全くの別物だけれどね。そこはおいおい話すよ」
「いやいや、そんな横暴が……」
「それが許されるんだよ。工業科始まって以来の成績を誇る私だからこそ、ね」
「え、先輩って工業科なの!?」
確か、工業科ってめちゃくちゃ女子が少ないんじゃなかったか。逆に進学科は確か7割ほどが女子だと聞いた気がする。
「そ。私の代、工業科三年生の174人中12人の女子、その1人が私さ。因みに2年生は169人中17人が女子、君たち1年生は……確か180人中4人が女子だったかな」
「……12分の1の女子がこの奇人か、先輩方も可哀想に」
「ま、工業科は体感だと7割が奇人変人、残り3割が狂人って感じだからね。さもありなん」
どうやら自分が奇人変人の側にいるという自覚があるだけマシと言ってもいいのだろうか。
「というか、工業科にマトモな人間はいないのか……?」
「居ないこともないけど、ごく一部の例外って感じだね。ま、どちらにしろ進学科様方からは動物園扱いなのに変わりはないよ」
「え、工業科ってそんなに扱い酷いの?」
「ま、それはそのうち身をもって知ることになるだろうさ」
何だ、その不穏なセリフ。
「ウチに入部ってもらうに当たって、質問はこのくらいでいいかな?」
「……俺たち、もう部活に入る前提なんですね」
この期に及んでこの先輩に敬語を使い続けている修も、心なしかげんなりしていた。
「別に強制はしないと言っているだろう? ま、来ないという選択を取る勇気が君たちにあるか次第だけれどね」
この人、話せば話すほど怖くなってくる。
「……と、もうこんな時間か。悪いが、昨日も言ったように私はあまり暇ではない身の上でね。悪いが今日はここまでだ」
「はあ。じゃ、また」
「ふふ。また、と言ってくれて嬉しいよ」
「先輩、もしかしてサイコパスか?」
「じゃあね、また明日」
……また明日、という響きの気持ちよさと、明日への恐怖。果たして、俺はどちらを取ればいいのだろうか。
先輩の背中を見送りながら、俺はどのような表情をしていたのか、隣のバカに聞こうという気にもならなかった。
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