2 友達を作りましょう

「それでは、行って参りますわ」



いや待て、どこ行くねん。失礼、勝手にツッコミが。だがこれは本当に困った。学園について知らなさすぎてどこに行くべきかわからない。

ひとまず人の流れに沿っていくか、と当たりを見渡してみるが、なんと流れが3つもあり、それぞれがそれぞれの方向へ向かっている。つまり、もし間違えた流れに沿ったら戻ることはかなり難しい。もしも迷ってしまったら本当の《ウォーリーを探せ》になってしまう。あんなに高ぶっていた気分もこれでは収まってしまう。まさかこんな所でつまづくとは。学園の中にも入っていないではないか。


「あの、どうかしたの?何か困ってるみたいだけど。」



声がかかった方向を見ると、可愛らしい女子生徒がこちらを伺っていた。糊付けされてパリパリな制服を見る限り、彼女も同じ新入生のようだ。丁度いい。



「私、新入生なのですが、どの列に並ぶべきか分からなくて。良ければ教えて頂けませんか?」


「新入生!なら私と一緒ね。私、メイシー・ノース。両親にはメイって言われてるから気軽にそう呼んで。1年生の流れは右よ。講堂に向かってるの。」


「メイ、ありがとう。私はシャロン・ウォーリー。迷っていた所を助けて頂いて嬉しいわ。」



予想はやはり当たっていたようだった。メイは講堂に向かう途中に少し話しただけでも明るく優しい少女だと分かる。学園については分からないことだらけだから、面倒見の良いメイとはぜひ仲良くなっておきたい。


「もしかして公爵家の方でしたか。平民の立場で申し訳ございません!」


なるほど、メイは平民だったようだ。メイの様子を見る限りこの国では貴族文化が根強いようだ。ここは1つ株を上げておこう。


「そんな、メイ、辞めてちょうだい。ここは勉学を学ぶところよ。勉学に貴族も平民も関係ないわ。学園はみんなが平等であるべき場所よ。だからメイ、私と良ければ仲良くしてくれないかしら……?」


「ウォーリー様、ありがとうございます!そんな事を仰るだなんて、噂とは全然違うわ……私なんかで良ければぜひ!」



良かった。狙い通り良い印象を与えられたようだ。それにしても、噂とは何だろう。

記憶が戻る前の私はもしかして公爵令嬢として以外に有名だったのだろう。全然違う、ということは良い印象とは全く別の印象を持っていたことになる。ということは、シャロン・ウォーリーは何かしらやらかしていたのだろうか。


「メイ、ぜひシャロンって呼んで。私達友達じゃない。ちなみに噂について聞いても?恥ずかしながら私、最近になって自分がどう思われているのか気になるようになったの。それで、悪い所があれば改善出来たらなって。」



「その……怒らなければ良いけども、シャロンの評判はあまりよくないわ。私が街で聞いたのは、シャロンは我儘令嬢ってこと。使用人にも厳しく、ゴリ押しで王子と婚約したとか、めちゃくちゃ言われてた。」



なるほど、私はまるで悪役令嬢を絵に描いたような人物だったようだ。使用人に厳しく当たっていたようだが、エマはそんな素振り1度も見せなかった。普通なら厳しかった我儘令嬢が急に大人しくなれば驚くはずだが、これがプロというものなのだろうか。私がした訳でも無いのに、なんだか申し訳なくなる。

そして、なんと私はこの国の王子との婚約をゴリ押したらしい。馬車から降りた際になんの迎えも無かったことから、私は婚約者にも嫌われているようだ。そりゃそうだ。我儘令嬢との婚約なんぞ、誰でも嫌だろう。



私は少し、勝負に出ることにした。



「本人を前にして言いにくかっただろうにありがとう、メイ。」


「私こそごめんなさい!嫌な思いさせちゃったよね……それに、シャロンは全然噂とは違う人だから大丈夫よ。私からもみんなに言っておくわ!」


「いいえ、メイ。その必要はないわ。恐らくその噂は本当だから。」


「シャロン、どういうこと?《恐らく》ってシャロンには確定してることなのに?」



メイは案外鋭いようだ。私があえて濁した部分を正確に拾っている。勝負に賭けて正解だったようだ。



「メイ、今から言うことは秘密よ。実は私、記憶障害になってしまったみたい。」


「え?」


「今朝起きてみたら、昨日までの記憶が全くないの。ここまでは使用人からの言葉を掻き集めてなんとかやって来たわ。だからここで何処へ向かえば良いのか分からなかったし、今私についての評判を聞いたの。騙してごめんなさい。」


「なるほど……それって、私に話してよかったの?私たち出会って数分も経たないわよ。私が反王派ならどうするつもりだったの?国で1番力のある家の令嬢が記憶喪失なんて、反王派からしたらかなり大きな情報よ。」


「例えメイが反王派だったとしても、こちらに損は無いわ。私、誰にも記憶について話してないもの。だから反王派が騒いでも公爵家は事実無根と一蹴するだけ。それに、私がメイに話したのに何の計算もないと?だって私は記憶は無くてもあの悪役令嬢よ?」


「考えがあったようで安心したわ。それじゃあ、今どこまで自分の状況を把握してる?‪間違いがあれば私が訂正するし、補足もするわ。状況が分からないと流石の悪役令嬢も困るでしょう。」



メイが話がはやくて助かった。やはりこの勝負、正解だった。私は素早く馬車の中で整理した情報を提供した。



「なるほど、粗方間違いはないわ。ただ、公爵家の仲が悪いという噂は聞いたことがないわ。私が知っているのは、公爵様がかなりシャロンを溺愛しているということよ。そして、あなたの婚約者はトレー・ポーグレー第2王子。あなたの事を嫌っているはずだから会う機会は少ないと思うから安心して」



婚約者については会う機会も少ないと言うので一旦放置。

それにしても溺愛、か。我儘になるのには家庭環境にも確かに問題があったのかもしれない。もしかすると、私は両親ではなく母親に嫌われているのだろうか。父親は公爵だから仕事で不在だったかも。父親には私は溺愛されていたようだから。なら母親は?母親には不在になる理由がない。となるとやはり……



「ここが講堂よ。入学式が終わったらクラス発表の掲示板の前で会いましょう。」



そうこうしていた内に、入学式が行われる講堂に到着した。ぞろぞろと生徒が入り、どの世界でも長い校長の話を半目で聞き流していた。


「新入生代表、トレー・ポーグレー」



「はい!」



どうやらこの男子生徒が私の婚約者らしい。なるほど、昔の私が婚約を申し込んだ理由も分かる。この王子、顔が良い。どうやら私は面食いだったらしい。

何やら長い挨拶をしているが、今の私には婚約者も代表挨拶も優先順位は最下位だ。そう、今重要なことは初めから言っている《こちらのシャロンが私に入れ替わったきっかけ》だ。何度考えてもこればかりは情報が足りなさ過ぎる。

しかしもうこれ以上はメイに聞くわけにはいかない。私は異世界から来たのではなく記憶喪失をしているのだから。記憶喪失までが現段階で私がこの世界の人々に話せる最終ラインだ。

ここからは自力で頑張るしかない。大丈夫、私ならきっと出来る。こちら側に来てから思考が少しポジティブになった気がする。良い傾向だ。そう言えば、これだけ問題のある人物ならばシャロンは何かトラブルに巻き込まれていたりしないのだろうか。帰ったら部屋に日記などの手掛かりがないか調べてみよう。




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