第3話 実行

 

 入国審査ゲートまでは二人とも黙ったままだった。

 もちろん緊張もあるのだろうが、先程のやり取りも、お互いだんまりを決め込んでいる理由だ。

 そして、ゲートの間近まで来た時彼女がふと振り返る。


「はい、これがラドリーの人生カード」


 手渡された一枚のカード。


「アルティスからの出国理由は部品の調達とか適当なことにしておいたからね。そして私が貴方の先輩。入国監査の人とは私が話しをするから、何かあったら話合わせてね」


「おう、わかった」


「頼むよ、後輩君」


 ユミナはそれだけ言うと向き直ってゲートに向かおうとした。


「なあユミナ」


 そんな彼女を引き止める。言うなら今しかないだろうから。

 振り返った彼女の目を見る。太陽光に照らされより輝く銀色の髪。穢れを知らない白く透き通った肌。

 いつも薄暗い部屋で見て、血のような色だと思っていた目は明るい場所に出ることで光輝く宝石見たいだ。

 そんな目と合うと、瑞々しく柔らかそうな唇を開く。


「何?」


 俺が呼び止め、彼女は振り返った。ただそれだけなのに、それだけの仕草なのに俺は見入っていた。


「こ、この作戦がもし……」


 ダメだ、緊張でしどろもどろだ。でも、それがなんだ。言え!


「もし成功したら! ん……」


 それからの言葉は彼女の指で遮られた。いつも力強くキータッチをしている彼女の指。

 しかし俺の唇に触れた指は柔らかくて、そして気持ちが良かった。

「唇で塞ぐ方が良かったかな?でもさすがに恥ずかしいから……」


 言ってはにかむユミナ。


「ま、まぁ言いたいことはわかった! そしてその答えは今の発言から察しなさい!」


 そう言って華麗な180度ターンを決める彼女。


「質問は一切許さないんだから……」


「わ、わかったよ」


 これも好都合きっと俺の顔は真っ赤だ、そして彼女も……。

 赤くなった耳元が見えている。

 照れくささとかうれしさとかいろんなものが交じり合ってきっと非常に残念な表情を浮かべてる。

 こんなの見られたらユミナに前言撤回されるに違いない。


「じゃ、行こ。それから"もし"じゃなくて絶対成功するから、そうでしょ?」


 振り向かないままに話す彼女に俺は力強く答える、いや答えよう。


「当たり前だ!」


 少し緩んだ気持ちを一気に引き締め、再び入国審査ゲートに向かう。

 中は三日前にモルペウスを通して見た男の視覚情報通りの作りだ。

 俺達は迷いも無く入国監査員のところへ向かう。

 周りの状況が気にかかるが、あまりウロウロしていられない。

 ユミナの作った人生カードだ。問題なんて無いだろうが怪しまれたり、印象に残る行動は御法度だ。


「人生カードの提示をお願いします」


 目の前まで来た俺達に対して、白の制服に身を包んだ彼はそう言ってきた。

 黙って二人してカードを手渡す。


「では照合していますので少々お待ちください」


 男は一枚一枚カードを機械に通す。


「出国していた理由は?」


「アルティアにはない部品の調達です」


 認証を待つ間の簡単な質疑応答、特に重要ではないがこんなところで不審がられても困る。

 彼女は淡々と答えていく。


「それではお荷物の確認をいたしますがよろしいですか?」


「どうぞ」


 あらかじめ、部品の数々を積めたバッグを監査員に見えるよう開ける。


「こちらは?」


「それは私の持病の薬です」


 パソコンの画面を確認し、嘘の持病について確認する。


「問題ありませんね、認証も終了しました。お通りください」


 文字通り見るだけだ。専門分野でも人間が見ても何なのかわかりもしないだろう。

 カードを受け取り、事務的で無感情で言う彼に従いいそいそとゲートを後にしようとした。


「あの!」


 突然監査員に呼び止められる俺達。


「は、はい!」


 予定外の出来事に思いっきりどもる。

 何だ!?もしかして、ミスったか?

 どうする……強行突破か。いや、ダメだ射殺されて終わりだ。


「ご夫婦で同じ仕事とはいいものですね。奥さんも大変美人ですし、これからもお幸せに」


「え? あ……ど、どうもありがとうございます」


 いまいち理解出来ないが男に話を合わせておいた。

 一時パニックになりかけたが、俺達は入国審査を終え無事に絶対安全神話を持つアルティスに不法入国した。


「はぁ~一時はどうなるかと思ったよ。でもなんであんなこと言ったんだ?」


 ユミナの横にならび俯き加減で歩いている彼女に話す。


「俺達が夫婦だなんてことは……」


「同じにしておいたの」


 そう呟いた彼女、聞こえ辛かったが確かに聞こえた。でも意味まではよくわからない。


「え?」


 だから彼女に聞きなおした。


「だから! 苗字同じにしておいたの! 姉弟に見えるかと思ったけど……ふ、夫婦とか」


 徐々に尻すぼみになっていく彼女の言葉に俺はまた顔を赤く染めているのだろうなと思って、彼女にならって俯き加減に歩くことにした。

 そんな調子でバスや電車を乗り継ぎ、俺達は目的の発電所前まで来ていた。


「定期点検の時間まで少し時間があるわ。もう一度作戦内容のおさらいをしておきましょう」


 俺は小さくうなずく、まだ彼女の顔を見ることは出来ないのでそことなく目を逸らすが。


「発電所内部の構造はこう」


 ユミナは手の平サイズのノートパソコンを開き、発電所の見取り図を表示させる。

 これは何度見て頭の中に叩き込んだものだ。


「私達が点検する設備はここ。で、システム管理ルームがここ」


 彼女の言う事に黙ってうなずく。


「俺が一度システム管理ルームに行って、不審な点が見つかったことを報告する」


 これが俺のするべきことだ。


「その隙に私がシステムに侵入してゼウスへの電力供給をストップさせるわ」


「その作業に約五分。俺はその時間を稼げばいいってことだよな?」


「問題無い見たいね」


 何度も打ち合わせした作戦内容だ。間違えようも無い。


「ここら一帯の電力供給を絶つから混乱は大きいはずよ。供給ストップのプログラムは時限式にしておくから」


「時間にして20分。その間に中央センター前までいることが必要っと」


 大きく一度頷くと彼女は笑った。


「私の計画に狂いは無い! 気合入れていきましょ!」


「おう!」


 そして動きだす計画。ゼウスを殺す。神は死ぬんだ。

 俺達に神なんて不要なんだよ。


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