第2話 革命


目を開けるとそこは天国でも地獄でもなく、目の前には見知った顔。


「……どうだった?」


 俺の目を覗くのは先程コートを濡らした血の色によく似た瞳。

 えらく端整な顔立ちに、部屋の明かりを受けて煌めく銀色の髪。

 起きてすぐにそんな美人が俺を見て"どうだった?"などと聞いてくるのだ。

 男なら黙って"最高だったぜ"と答えるのが正解だ。


「最高だったぜ、ユミナ」


 彼女の問いに男として正しく答えてやると、せっかくの綺麗な顔を崩して冷たい目で見てきた。

 なんだかものすごく嫌悪されているんだが……。


「あんな人間の最後を見ておいて最高だったって……ラドリーあなたMだったかしら?」


 おい、勝手にマゾ疑惑を抱くな。


「あぁ、アイツの人生は最悪だったよ。ありゃただの馬鹿だわ」


 さっきの発言の違いに彼女は少し困惑しているみたいだが、そのことに関してはなのも聞いてこない。


「ま、最悪なのには同感。ただ手がかりにはなったでしょ? あれがアルティスの警備体制」

「入国審査ゲートまでは手薄だが、一歩アクシデントが踏み入れば即刻射殺だもんな。それが知れただけでもこいつの人生カードは役に立ったってことか」


 先程まで俺が体験していたのは、他人の人生。


「さすがは絶対安全国家アルティスってとこかしらね。中に住む人間に関してはすべて"ゼウス"が管理しているとして、"事故"にもこれだけ速やかに対処されるとはね」


 アルティスに住む人間は生まれた日からスーパーコンピュータ"ゼウス"によって監視される。

 DNAのデータを取られ、家族のDNAデータと照合し10年、20年どんな人間に育つのかを予測する。

 そのデータを元に家族マニュアルが作られ、どう転んでも犯罪者に育たない子育てが要求される。

 もしもマニュアル通りに育てなければ一家諸共殺される。

 これによって国の中での犯罪率は0%……犯罪者になる前の人間を摘み取っているのだから当たり前だがな。


「しかし、国外の人間を全員アクシデントとはまた酷い名称だな」

「ゼウス……彼のデータにない人間はさすがに解析も何も出来ないもの。神も予測出来ない"事故"……アクシデント。うまいこと考えるじゃない」


 そういってユミナはシニカルに笑う。


「安全国家なんて言ってるが一方的な虐げじゃねぇかよ! 自由なんて一切ねぇ! ただ機械の言いなりだ……俺はそんなの許さねぇ」


 そんなマニュアルに沿った子育ては国家にとって良いかも知れないが、家族にとって納得の出来ることばかりではない。


「ラドリー……貴方の御両親はマニュアルには頼りたくなかった。だから殺された。辛うじて貴方だけ逃がして」


 それは7年前、俺が10歳になる誕生日のことだったな。ただ、何も思いだせない。

 もちろん思いだしたくない記憶だが。一切の記憶が飛んでしまっているのだ。

 ただ両親のことはよく覚えている。いつも言っていた……自由にのびのび育てよと。


「俺の両親はただ自由に育って欲しいって願っただけじゃねぇか。それの何がいけないんだ」

「何も悪いことじゃない、ゼウスが完成するまで皆が当然のようにしてきたこと」


 すべての元凶はゼウス。あれが人を、世界をおかしくしたんだ。


「だからぶっ壊す。あんなものない方が絶対に良い。過ちを犯すのが人間だ。それを正すのも人間だ! 機械の計算なんかに従うなんて馬鹿げてる」


 別に家族を殺された復讐ではない。自分達を信じた両親が、ゼウスに否定された両親が……間違ってなんかなかったことを証明するんだ。


「で、実際どうするって言うの? それだけ自身たっぷりに言うんだもの、何か考えてあるんでしょう?」


 ユミナの言う通り。一応の計画はある。


「直接ゼウスがある所に行ってぶっ壊す! ってのが理想だが、そんなことが到底無理なのはわかってるさ」

「そうね、入るだけで命賭けなのにゼウスの保管されてる中央センターに忍びこむなんて口にするだけでも恥ずかしいわ」

「でもな……神にも弱点がある!」


 自信満々にユミナに言い放つ。


「弱点?」

「それは、電気だ。話は至極簡単。ゼウスに電力を供給する発電所に忍び込み、供給を断つ。その混乱に乗じてゼウスを破壊する」


 そもそも、侵入することすら不可能だが、その不可能を可能にするキーパーソンだってここにいる。


「ところでユミナ、人生カードはちゃんと出来たんだろうな?」


 そう、人生カード。持つ人間の生い立ちや家族データ、それからどのような人間になるかの予測含めたアルティスでの身分証明カード。これを持たないと先程見た男のように入国した瞬間射殺だ。

 それを、ハッカーであるユミナが作成……ってか偽造してくれるのである。


「もちろん出来てるわ。私を誰だと思っているの」


 そう言って無い胸を張る彼女はえらくかわいらしい。


「天才ハッカー様です。でも、そこまで出来るならゼウスにハッキングして直接ぶっ壊すとか出来ないのかよ」


 さっきまでドヤ顔決めていた顔が急に不機嫌な表情を見せる。


「あのね、末端機器と本体じゃセキュリティの度合いが違うのよ!それに私の調べじゃゼウス本体は本来のネットワークとは独立してるみたいなの。繋がってないコンピュータにアクセスするなんて物理的に無理!」


 天才なのは認めるが正直彼女の言ってることは8割も理解出来ない。

 俺は機械音痴なんだよ。


「じゃあ、さっきの男の人生カードはどうやったんだ?あいつはアクシデントだろ?」

「アクシデントは犯罪パターンや思考を"ハデス"って言う別のコンピュータで解析するために人生カードの形式で記録されるの。それにハッキングをかけて手に入れたわけ。ちなみに今回は一般人を管理するための"ポセイドン"にハッキングをかけて偽の情報を流したのよ。あたかも最初から私達がアルティスの住民かの様に」


 ポセイドンのことはよく聞く話だ、アルティスで上流階級とされる人間の人生カードデータを手に入れ別の人間に売る。買ったやつらは"モルペウス"と言う機械でその人間の人生を体験するのだ。先程俺が体験したように。


「なるほど、わからん」

「……はぁ、別にいいわ。馬鹿は馬鹿なりに私の言う事聞いてくれれば」


 すごく失礼で、痛いことを言われた気がするが気にしないでおこう。

 人間馬鹿なほうが楽なこともある。


「それじゃ作戦開始といこうぜ!」


 意を決して立ちあがる。


「ちょっと待って!」


 だがユミナが引きとめる、せっかく人が覚悟を決めたと言うのに……。


「別に発電所に忍びこまなくてもいいわよ。いくら警備が手薄と言ってもね」

「うん?じゃあどうすんだよ。俺の完璧な計画より優れる案があるのか?」


 俺が考え抜いた計画だ、そう簡単に代案があるわけ……。


「計画案に関しては特に私も賛成。でももうちょっと早く言ってくれればよかったのに」


 とブツブツ言いながらパソコンに向かいカタカタとキータッチを始める彼女。


「何してるんだ?」


 パソコンと向きあい始めたらユミナは自分の世界に入ってしまう。なので早々に問いかける。


「私達の人生カードを改竄してるのよ。発電所の点検員としてね。これで堂々と発電所内部に入っちゃえばいいじゃない。今日の決行は無理だけど定期検査として三日後にしておくわね」


「お前天才だな、そしてかわいい」

「当たり前のこと言わないでよ」


 そうは言うものの、顔を赤くしているユミナはかわいい。


「あ~もう! 邪魔! あっち行って!」


 普段は俺に構いもせず作業をする彼女だが、先程の言葉のせいなのか集中出来ないようだ。

 俺は彼女から離れ別室に移動する。

 決行は三日後、じゃあやることは一つ頭の中で絶対うまくいくと言うシミュレーション。

 俺は入念に準備を整え、シミュレーションを繰り返す。彼女はハッキングで情報の書き換えと見直しを続ける。

 俺は中に入ってからが勝負だが、彼女は計画以前の前準備が勝負だ。もし、ここでしくじれば二人仲良く死ぬのだから。

 彼女の負担は重い、俺だって17だが、ユミナだってまだ18歳……こんな危険なことをしなくても、ゼウスと関わらなくても卓越したハッキング技術があれば何不自由なく暮らすことだって出来るのに。

 なぜここまで俺に協力的なのか、一回聞いてみたことがあったが"女の子には秘密が2,3個あるほうが魅力的なの"とはぐらかされたままだ。

 そりゃ人間話したくないことの一つや二つあるもんだ、俺はそれ以上聞くことをやめた。


 三日間、約72時間はあっと言う間に過ぎ去り、計画決行日となる。


「準備はいい?」


 そう聞いてきたユミナは少し緊張したような面持ちだ。


「俺は大丈夫だ、三日間みっちりシミュレーションしたからな。お前こそ大丈夫か?何なら俺だけでも……」

「大丈夫」


 俺の提案をその一言で遮る。


「それにラドリーだけじゃ無理でしょ?」


 そして、大きく深呼吸。いつもパソコンに向き合うような真剣な表情で俺を見つめる。

 いつもかわいいと思っていた表情に、俺は初めて"綺麗"だと感じた。


「あんま見んなよ……その、惚れるだろ?」

「あら、惚れてると思ってたのに。ざーんねん」


 表情を和らげ、ほんのり頬を赤く染めた。


「さ、行きましょ! 入国審査ゲートと発電所まで結構遠いんだから、時間が無くなるわ!」


 さっきのことは忘れろと言わんばかり俺を急かす彼女。時間の猶予は十分になるのだが、俺は黙って従った。

 きっと俺の顔も赤く染まっているから……そんな表情をユミナに見られたくないからだ。


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