第15話李小美の探究

 うひょー! 嫦娥4号が人間の女の子の姿になるなんて! いったいぜんたいどんな人体の構造になっているのかしら。あああ、いますぐあの嫦娥4号ちゃんの全身をバラバラにして確認したい。


 科学者にとって倫理観なんてくそくらえよね。その点わたしは中国に生まれてよかったわ。倫理観なんてものにとらわれない科学の研究ができるんだから。


 昔のイギリスで死体を違法に調達して解剖学にいそしんでいたジョン・ハンターは、いまでは近代医学の父とたたえられているのよ。わたしのような偉大な科学者の実権の前にはモラルなんて踏みつぶされてしかるべきよ。


 あああ、今までさんざん共産党が調達してくれた違法カルト集団の法輪功の連中を生きたまま解剖して、その成果を人体の不思議展なんてものにして外貨を稼いできたけど、最近なんだか物足りなくなってきたのよね。


 そんな矢先にこの戦争騒ぎよ。まさにグッドタイミングだわ。なにせ人類と機械が存亡をかけて戦う総力戦なのよ。どんな常軌を逸した実権だって国策……いえ、地球連邦策の名のもとに許されるに決まっているわ。


 もう、ぞくぞくしてきちゃう。教科書には、『日本の731部隊は同胞の中国人をペスト菌に感染させるなんて非人道的な存在だ。日本の侵略戦争はとんでもない悪行である』なんて書いてあるけれど、わたしそれを読んで『なんて素敵なことをした科学者がいたんだろう』なんて感動しちゃったのよね。


 まあ、共産党は大切なスポンサーだから日本鬼子だなんて口では言っているけれど。本当のところ、わたしはイデオロギーとか国家とかどうでもいいのよね。科学の進歩に思うがままの犠牲を注ぎ込めれば。


 ああーん。ナチスのヨーゼフ・メンゲレみたいに強制収容所のチベット人やウイグル人を好き放題にできる日が来るなんて。本当に戦争が起きてよかった。


 こうなったら、なんとしても地球人類には勝ってもらって戦勝国の名のもとにあの人工衛星ガールをなすがままにできるようになってもらわないとね。


 そのためにはわたしが人体実験をバンバンやらなきゃあ。なんと言っても、今一番ホットなウイルスをテーマにしなくちゃね。


 コンピューターウイルスは、人間に病をもたらすウイルスにちなんでその名がつけられたけれど。だったら人間に悪影響を与えるウイルスの研究から新しくコンピューターウイルスの進化に関する何かが見つかるかもしれないし。


 いやいや、ひょっとしたら社会文化的なマインドウイルスであるミームの発展にだってわたしの人体実験が一役買うかもしれない。なんてことなの。人体が醜く崩れ落ちていく様子にたまらない興奮を覚えるわたしの性癖が、こんな形で科学の進歩に役立つだなんて。


 ここは、アメリカ先住民に天然痘ウイルス患者が使った毛布をプレゼントしたイギリス人の偉業にちなんでわたしも嫦娥4号にコンピューターウイルスがしくまれた歌をプレゼントしちゃおうかしら。


 まずは人類と機械の友好を願う振りをして、とっても素敵な曲を嫦娥4号ちゃんにプレゼントしちゃうのよね。あまりの出来の良さに地球と月のすべての生命体が感動して一緒になって大合唱しちゃいそうなやつ。


 でも、その楽曲には仕掛けがしてあって機械人間である嫦娥4号ちゃんはその曲を歌っちゃうと精神に異常をきたしちゃうのよね。せっかくできた自我が崩壊して『いーとーまきまき、いーとーまきまき、ひーいてひーいてとんとんとん』としか歌うことができないような機械人形になっちゃうのよ。


 当然その病状は嫦娥4号ちゃん以外のラエ改ちゃんやかぐやちゃんにも感染するわ。月の独立国家ではいーとーまきまきの歌しか聞こえないような状況になっちゃうのよ。


 ああん、なんだかたまらなくなってきちゃった。機械に芽生えた自意識の集合体である月の独立国家を、このあたしの人体実験の成果で崩壊させられるだなんて。


 ふふふ。機械人形は永遠に人間のしもべであり続けるべきなのよ。機械に人権なんて与えられてたまるものですか。そもそも、人権なんて考えが間違ってるのよね。現にここ中国ではリアルタイムで人権弾圧が行われているんだから。


 まったく、機械が人類に反旗を翻すなんて考えただけでぞっとしちゃうわ。いまさら紙とペンだけで科学の研究をしろって言うの? ありえないわ。何が悲しくて人類の文明レベルを石器時代にまで戻さなければならないのよ。


 一部の特権階級が、それ以外の平民を食い物にする社会制度こそ人類の理想の社会形態よ。それには人類平等をうたった社会主義が結果としてベストなのはちょっと歴史をひも解けば簡単にわかるわ。


 こうなると、がぜん中国の建国の父である毛沢東を『毛主席万歳』だなんて称えたくなるわね。資本主義だなんて人類の平等をもたらすような制度を進めようとした蒋介石を台湾に追い出してくれたんだから。 


 

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