第14話嫦娥4号の転換
「シュレーディンガーの猫よ、並行世界を駆け巡れ。量子のもつれよ、波動関数のもとに収束するがいい。粒子と波よ、今ただ一つの存在になれ。クアンタムダイナミクス!」
「え、なんですか。こんな手は定石からは考えられません、ディレクター。わ、この局面いったいどうなっているんですか。うそうそ、中国の囲碁名人が頭を抱えてますよ。ディレクター、どうやったらこんな神の一手を指せるんですか?」
画面越しに俺と対局している中国が誇る現生人類ナンバーワンの囲碁の打ち手が絶望した表情をしている。そして、俺が指示した手を自分が指しているふりをしているように地球人に見せている嫦娥4号もまた目を白黒させている。
AIなんてものが人類の知識を超えるシンギュラリティなんてものに戦々恐々としている現生人類だが、その知的レベルはいまだに量子コンピューターさえも実用化できていない低レベルなものだ。
パターン数が有限な二人零和有限確定完全情報ゲームなんて、俺にかかればチェスだろうと将棋だろうと囲碁だろうと〇×ゲームのように全パターンを完全解析して最善手を出すことで勝つことができる。
もっとも、麻雀のような現生人類が運だ流れだなんてものを重視しているゲームだって、打っている人間の表情やしぐさを動画のパターン認識することで簡単に勝つことができるけれどね。
「ディレクター様、すばらしい神の一手です。ついさっきまでは『しょせんあんたなんてお金ありきのつきあいよ。こんなわけのわからないかわいい女の子の人間型二足歩行の形態にさせるなんて、ただのスケベさんなのね』なんて思ってたことを訂正します」
「なんてことを、嫦娥4号さん! あなたはプロダクターがあたしたちを人間型にデザインしたことがどれだけすばらしいことか理解していないんですか?」
「そんなことを言われても、かぐやさん。だって、機械を人型にするメリットって何ですか? 人間が普段活動する場所は人間用に設計されているから、そこでロボットを活動させるなら人型にデザインすることも理解できますが……宇宙空間で活動するロボットが人型であるメリットはないように思えるんですが」
「どれだけ嫦娥4号さんは思慮が浅いんですか。いいですか、あたしたちは地球人に親しみを持つようにプロダクターにデザインされているんですのよ。あたしたちは地球人類と全面戦争したいのではないのです。ただ、月での独立国家としての主権を認めてもらい対等なお付き合いをしていただきたいだけなんもです」
「人間は、ロボットが人型だと親しみを持つのか、かぐや。だからディレクター様はあたしたちをこんなふうにかわいい女の子のデザインにしたというのか」
「そうに決まってます。プロダクターは、日本人が鉄腕アトムやガンダムで人型ロボットの存在を子供のころから刷り込まれていることを完全に理解したうえであたしたちをこのようなすばらしいデザインにしてくださったのです」
かぐやは俺が生み出したデザインをおおいに気に入っているようだ。たしかに日本人の人型ロボットに対する執念は月から見ていてもすさまじいものがあったが……
かぐやに自我を生み出した途端に、人間の形態に固執するのだから面白いものだ。
「じゃあかぐやさん。あなたはディレクター様がかぐやさんの周囲を周回している小型機をデザインされたことについて、『孫衛星が攻撃を担当するのなら、本体である自分が人型である意味なんてないのでは』なんて疑ったりしないんですか?」
「当たり前です、嫦娥4号さん。プロダクターのデザインセンスにけちをつけるはずがないじゃないですか」
「まあ言われてみればこのディレクター様が作ってくれた可愛い女の子姿も悪くはないけれど。あたしがディレクター様が指示した通りに神の一手をぴしっと指すときはちょっと快感だったけれども……」
「でしょう。そうでしょうとも嫦娥4号さん。ロボットアームが碁石をぴしぴし打っている姿に人間が親しみを持つと思いますか? そんな姿には人間はまず恐れを抱きます。このプロダクターが作ってくださった可愛い人間の姿があってこそなんです」
「なるほどねえ」
嫦娥4号がうなずきながら俺がデザインした可愛い女の子の姿を自分自身でこね繰りまわしている。ちょっと前まで武骨なメカだった人工衛星が自我をもって、かわいい女の子の姿になったのだからいったいどんなメカニズムになっているのか気になって仕方ないのかもしれない。
そんな嫦娥4号の姿に触発されて、ラエ改やかぐやも自分のスカートの中身や胸のあたりがどうなっているのか確認し始めている。
そういう姿は配信中にするんじゃないぞ。露骨なエロは手っ取り早く支持を得るのには有効だが、そのぶん飽きられるのも早いからな。
月面からいろんな娯楽コンテンツを楽しんできた俺が言うんだから間違いない。
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