第5話ヴィルヘルミナの歓喜

 信じられない。これだけの規模のガンマ線が検出されるなんて。ああ、信号が途絶えちゃった。超新星爆発のガンマ線バーストを検出するための観測装置突然になって異常な数値をたたきだしたんだもん。きっと余りの異常な数値に観測装置が壊れちゃったのね。


 どう考えてもこの検出結果はあの月面での国家の独立宣言をしたラエ改とかいう機械の女の子の仕業ね。トランプが問答無用で核ミサイルを発射したと思ったらこの桁違いの数値のガンマ線だもん。


 これはあのラエ改が反物質を生み出して核ミサイルと対消滅反応させたんだわ。そうじゃなかったらこのガンマ線の値の説明がつかないわ。まさか反物質をこんなレベルで扱うことができるなんて。


 どう考えてもあたしたち人類のレベルを超えてるわ。今の人類の技術じゃあ医療用にポジトロン断層法で画像診断するくらいがせいぜいなのに。あれだけの規模の対消滅反応を起こさせるだけの反物質を生み出そうと思ったらどれだけの規模の加速装置が必要になることか。


 これだけの技術力を持った存在があらわれるなんて……第三次世界大戦が始まっちゃうに決まってるじゃない。トランプも戦争する気満々みたいだし。いや、第三次世界大戦という言葉は適切じゃないかもしれないわね。


 地球対月戦争の始まる瞬間を体験できるだなんて……あああ、ソ連とアメリカの冷戦を利用してアポロ計画を実現させて人類を月に送り込んだフォンブラウンおじいちゃんの遺志をこんな形で継承できるなんて。


 あんな強大な人類の敵が誕生したのよ。とうぜん軍事に国家予算がじゃぶじゃぶ使われるに決まってるじゃない。マンハッタン計画並みのプロジェクトが実行できるわ。


 楽しみだなあ。どんな武器を生み出しちゃおう。オッペンハイマーは原子爆弾を、テラーは水素爆弾を生み出したわ。このヴィルヘルミナ・フォンブラウンも新兵器を生み出してやるわ。やっぱり反物質爆弾ね。


 実際にあれだけの規模の対消滅反応が起こってるんだもん。あたしたち人類にだって反物質を兵器として運用できるに決まってるわ。向こうと同じレベルの兵器を使えないと戦争なんて成立しないもんね。


 フォンブラウンおじいちゃんはナチスの兵器としてミサイル技術を実用化して、そのあとアメリカとソ連のパワーゲームに乗っかってアポロ計画を実現させたのよね。


 あたしだって、ラエ改とかいう敵に対する兵器として反物質爆弾を開発してやる。そして、そのテクノロジーを惑星間航行につぎ込んで火星や金星への有人飛行を実現させてやるわ。


 対消滅反応を動力源にできるようになったら、火星までだろうと金星までだろうと地球と月との距離感覚で移動できるようになるんだから。


 やっぱりテクノロジーの発展のためには戦争が起きてもらうのが一番よねえ。戦争が起きて敵の国家を意識することで国の予算が軍事に回されるようになるんだもん。


 スポーツで国の威信をかけた戦いが行われるから技術の発展になる? ナンセンスよ。スポーツなんてものがビジネスになる世の中が間違ってたのよ。なんであんな玉遊びがうまいだけで億万長者になれる世の中になっちゃたのよ。


 もっと人類のためになるテクノロジーを開発できる人間に正当な報酬が支払われるべきだわ。例えばあたしのような人類の敵である月国家を滅亡させられるだけの兵器を開発できる人間にね。


 当然老い先短い老人への医療費もカットよ。人類の存亡がかかってるんだからじいさんばあさんを長生きさせられる余裕なんてありはしないもの。楽しみだわあ。どう予算を使おう。


 やっぱりまずは優秀な人材よね。今までのアメフト選手や野球選手並みの待遇で研究者を集めないと。国民の意識改革も必要よね。アメフトができる筋肉バカの男とそれに群がる頭に行くはずだった栄養がブロンドに行っちゃったようなお気楽ガールがもてはやされる現状をなんとかしなきゃ。


 なにせこの非常時だからスポーツなんてご時世じゃないのよね。小学生がスポーツに興じる同級生を、『うわっ、スポーツオタクが筋肉見せびらかしてる。気持ち割るっ!』なんてさげすむような世界にしなきゃ。


 まあ、あたしは慈悲深いからスポーツをしたい人間からその権利をはく奪するようなまねはしないであげるわ。例え、『こんな非常時にスポーツなんてものにいそしむ人間は非国民だ』なんてののしられようともスポーツをしたいならさせてあげましょうじゃないの。


 でも違うでしょう? どうせ大半の人間はちやほやされるからとか、将来の金づるになるとかなんて理由でスポーツをやってる人間ばかりなんでしょう。


 あたしみたいに周りからがり勉だのネクラだの陰口をたたかれても学業にいそしむだけの根性があるなんて思えないしね。


 人類のためには何と言っても技術力よ。そのためにはスポーツマンはダサいという風潮をつくらなくては。お勉強ができる人間が称賛させる世界にしてみせるんだから。


 筋肉しか取り柄のない人間は一兵卒こそふさわしいのよ。

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