第17話 カップメン荒野を裂く・前編

 フォックス社の工場は州内にいくつかあったが、最大級のものは町外れの、崖に三方を囲まれた天然の要塞にあった。

 工場区域の中央には崖を貫いて線路が走り、できたてのカップメンが連邦中に運ばれていく。


 その、崖を貫いて線路を通すために作られたトンネルのそば、崖の中腹にある岩棚のようなところに、双眼鏡を構えて伏せる人影がふたつあった。


 ひとつは、砂色のテンガロンハットとダスターコートを着た男。

 もうひとつは、麦わら帽子を被った、農作業員風の男である。


 二人は双眼鏡越しに工場の中の様子を窺っていた。


 麦わら帽子の男が言った。


「妙ですな。今日はやたらと警備が厳しい」


 隣の、テンガロンハットの男が言う。


「奴ら、保安官を捕らえて州にケンカを売ったんだ。警備が厳しいのは当然じゃないのか?」


「それはそうかもしれませんが、それにしても変な感じですよ。黒っぽい服を着た連中が、工場のいたるところを巡回している。私達のように保安官を取り戻そうと忍び込もうとしている連中を警戒しているにしては、あまりにも物々しいと思うのです」


「その辺は俺にはよくわからないが……ひとつ言えるのは、この警備では忍び込むのは無理ということだ」


「ええ。……中央の豪勢な邸宅風の建物の隣に、やたらと警備が厳重な建物が見えるでしょう? 周囲を常に2人組が巡回がしているところです」


「ああ」


「あそこの地下に、おそらく保安官が捕らえられているのでしょう。やはり、気付かれずにあそこに侵入するのは無理ですね。一騒ぎ起こすしかないようです」


「そうか。ところで、ひとつ気になっているんだが。ミスター・サイモン」


 双眼鏡を覗き込んだまま、テンガロンハットの男が問う。


「なんです?」


 サイモンと呼ばれた麦わら帽子の男も、双眼鏡を覗き込んだまま聞き返す。


「ここからどうやってあの工場まで行くんだ? 見たところ、この崖を下りられそうなところはないし、線路の高架を伝っていったら、さすがに目立つだろう」


 サイモンが何かを言いかけたそのとき、遠くで汽笛の音がした。


 サイモンは双眼鏡から目を離すと、テンガロンハットの男の肩を叩いた。 


「見ていてください」


 テンガロンハットの男も双眼鏡から目を離し、トンネルの方へと視線を向ける。


 トンネルで反射して増幅される汽車の走行音は、徐々に大きくなってくる。


 そしてほどなく、トンネルから吐き出されるようにして貨物用の汽車が彼らの脇を通過していく。


 しかし、トンネルを抜けてきた汽車は、想像よりも緩やかな速度で高架を下っていった。駆け足の馬車くらいであろうか。その走行音も、トンネルから漏れ聞こえた音から想像されるよりはずっと穏やかで、二人は耳を塞ぐまでもなかった。


 自分達の脇を通り過ぎていく車列を見送りながら、サイモンが言った。


「見ての通り、汽車はトンネル内で減速します。後ろの車両が通過する頃には、かなりスピードも落ちています。つまり、飛び乗るのも容易ということです」


 汽車はそのままゆっくりと高架を下っていき、やがて工場の中央にある駅に停車した。



 二人はしばらく、停車した汽車の様子を見守っていた。


 車掌らしき男が列車の後方から飛び降り、貨物列車の扉を順に開いていく。開かれた列車から順に、列車の中にいる者と、外で待機している者とが協力し合って、列車の中から木箱らしきものを荷下ろしし始める。


 二人はその様子を眺めていたが、やがて、サイモンが再び口を開いた。


「見てのとおり、汽車はトンネルから出てくるので、私達が線路のすぐ側で待機していてもまず気付きません。ただし、こちらからも飛び乗るべき車両が見えないので、事前に車両の構造を把握しておく必要があります」


 サイモンの話を聞きつつ、テンガロンハットの男は再び双眼鏡を手にし、荷下ろしの様子に注目した。


 しかし、やがて、何が面白いのか、鼻で笑い出す。


「どうかしました?」


 サイモンが問う。テンガロンハットの男はひとしきり笑い終えると、言った。


「サイモン。その案はどうやら却下のようだ」


 言われて、サイモンも双眼鏡を覗き込んだ。


 どうやら、駅でもめ事が起きているようだった。黒ずくめの男達どうしが、なにやら争っている。方々でテーブルが設置され、カップメンの作り合いが起きている。

 そして、その最中に、車両から悠々と下りる人物が見えた。白ずくめの服にポンチョを羽織った男。――ショットガン・ジョー。


 サイモンは感嘆したような、困惑したような、複雑な声を漏らした。そして、呟くように言った。


「……久し振りだな、JJ」


 サイモンは双眼鏡をしまうと、テンガロンハットの男に言った。


「そういうことなら、正面の仲間に連絡を。一気に勝負をかけましょう」


 言われるまでもなく、テンガロンハットの男はすでに焚き火の用意をしていた。男はマッチを取り出すと、ブーツで擦って火を付ける。


 男は手早く焚き火の火を大きくすると、腰のベルトに付けていた、ボロ布で包まれた何かを火に投じた。見る間にそれは真っ黒い煙を立ち上らせ、それと同時に目に染みる悪臭を放つ。


 男とサイモンはそろってむせながら、逃げるように線路へと駆けだした。足を取られないように気をつけつつも、お互いに競うようにして線路の枕木伝いに駅を目指す。


「酷い臭いですねえ。一体何なんです?」


 走りながら、サイモンが問う。


「あんたの牧場で拾ったものだよ。苦情はそっちに言ってくれ」


 同じく走りながら、テンガロンハットの男が言う。


 崖から駅へと延びる線路の高架橋は、見た目には緩やかな下り坂に見えたが、実際に渡ってみると、意外に急だった。


 勢い込んで倒れ込みそうになるのをなんとか留まりつつ、二人は線路の坂を駆け下りていく。

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