第18話 カップメン荒野を裂く・後編

 カップメン工場の中央にある貨物用の駅は、いまや戦場と化していた。そこかしこでカップメンが飛び交い、テーブルが敷かれ、カップメンの作り合いが起こっている。


 かつおダシの香りが充満する中、汽車から一人の男が駅へと降りてきた。

 黒ずくめの服装をした男達がカップメンを作り合う中で、その男だけ真っ白の服装をしていた。


 白のキャトルマンには緑の羽根があしらわれ、土色のポンチョを羽織っている。


「機関室に伝えろ、お湯をどんどん沸かせ! それと、調理済みのカップメンは食堂車に運ぶんだ!」


 白キャトルマンの男は、仲間に指示を飛ばす。


 そのとき、男に向かってカップメンが2つ飛んできた。男はそれぞれ片手で受け止める。


「ショットガン・ジョー! ブラウン様を裏切るのか!」


 見ると、黒ずくめの男が二人、こちらに水筒を突きつけている。


 白キャトルマンの男――ショットガン・ジョーは、口元に笑みを浮かべて、言った。


「おやおや、おかしな話だな。ここはフォックスの工場だぜ。フォックス社を襲撃したら、どうしてキリングの野郎を裏切ることになるんだ?」


 彼らが話をしている間にも、ショットガン・ジョーの配下が彼らの間にテーブルを置き、戦いの準備を調えている。


 テーブルの上に投げ付けられたカップメンを置き、ショットガン・ジョーは言った。


「御託はいい。かかってこいよ、二人とも」


 男達はテーブルにやって来ると、それぞれにカップメンを置いた。テーブルに置かれたカップメンは4つとも同じ。フォックス社のきつねうどん。丼型の5分、お湯の目安410ml、1ピース。


 3人はほぼ同時に動いた。ショットガン・ジョーは2つあるカップメンをそれぞれ片手でふたを開け、粉末だし袋を取り出す。


 だし袋を持った手を交差させたかと思うと、すでに封は切られており、すぐさまそれをカップメンに投入する。


 その時点で黒服の男達も、それぞれだしの封を切り、カップメンに投じようとしているところだった。


 一対一の勝負なら、この時点で黒服達の負けはほぼ決まっている。しかし、二食分のカップにお湯を注ぐとなると話は別である。

 見たところ、ショットガン・ジョーは一丁しか水筒を持っておらず、近くにやかんもない。


 ――そのとき、ショットガン・ジョーが背中の辺りを探り、何かを取り出した。バレルが水平にふたつくっついた、奇妙な形状の水筒である。


 ショットガン・ジョーはそれぞれの水筒の口をそれぞれのカップに向けると、水筒の底を叩くような動作をした。すると、水筒の中から勢いよくお湯が飛び出し、あっという間にお湯注ぎを完了してしまう。


「このカップうどんは、だしっ気がなくて最低だからな」


 黒服が必死にお湯を注ぐのを尻目に、ショットガン・ジョーは悠々とふたに割り箸を置いた。


「このお湯には根昆布だしを混ぜてある。いい香りだろ?」


「なっ……なんなんだその水筒は!」


 ようやくお湯を注ぎ終えた黒服の一人が叫ぶ。


 ショットガン・ジョーは呆れた顔をして言った。


「水平二連ショットガン水筒だ。……俺の異名を知ってるんだろ?」


 そう言いながら、ショットガン・ジョーは水筒のバレルにあるボタンを押した。すると、水筒の底からカートリッジのようなものが排出される。


 空のカートリッジは懐に収め、代わりにお湯が満たされたカートリッジを取り出し、装填する。


 そのとき、背後から声がした。


「元気そうだな、JJ!」


 ショットガン・ジョーは振り返らずに応える。


「やあ、ラクーン。君も元気だったかい?」


「ラクーンはやめてくれ。世間ではミスター・サイモンで通ってるんだ」


 ショットガン・ジョーは鼻で笑った。


「バレバレの正体をなぜ隠すんだ? まあいい。ここは俺達で引き受けるから、さっさと保安官を助けに行きな。そのために来たんだろ?」


「わかった」


 サイモンとテンガロンハットの男は、そのまま駅を通り抜け、さきほど崖の岩棚から当たりを付けていた建物へと走る。



 その建物は、小さな事務所のようだった。上から偵察したときは、この周囲には巡回の警備がいたが、今は誰もいない。


「妙だな。静かすぎる」


 テンガロンハットの男が言った。


「とはいえ、もうこうなったら突入するしかないですね」


 サイモンが応える。


 テンガロンハットの男は頷くと、事務所のドアを開けた。


 中には誰もいなかった。入り口の側には机があるが、椅子が倒れている。

 奥には地下へと続く階段がある。サイモンが予想した通りである。二人は慎重な足取りで建物の中へと入り、階段を下りていく。


 と、下の方から声がした。


「旦那ですかい? こっちですよ、こっち!」


 テンガロンハットの男には、聞き覚えのある声だった。保安官と一緒に待ち伏せの中へと突撃していった、背の低い男である。


 地下は暗く、小男の声は反響しており、何がどうなっているかよくわからない。


 と、後ろで明かりが灯った。振り返ると、サイモンがカンテラを手に提げていた。


「上にあったんですよ」


 サイモンが言った。


「助かるよ。じゃあ、先導してくれ」


 テンガロンハットの男はそう言うと、サイモンと位置を変えた。


 サイモンはカンテラを掲げながら、暗い地下室の中を進んでいく。


「ああ、助けに来てくれたんですね、旦那。信じてましたよ! あれっ、旦那ですよね?」


「誰のことを言ってるか知らないが、たぶん私は旦那じゃありませんよ」


「俺のことを言ってるんだろう。顔見知りだ」


 テンガロンハットの男は、サイモンが照らす明かりの先へと顔を覗かせた。

 どうやらそころ牢屋か何かのようだった。鉄格子の向こう側に、ぶかぶかのカウボーイスタイルの服を着た小男がしゃがみ込んでいる。


「彼は誰なんです?」


 サイモンが訊いた。テンガロンハットの男が答える。


「ああ。あんたの積み荷を襲撃してきた奴の片割れだよ」


「そうなんですか。じゃあ、このままほっときましょうか」


「いやいやいや、待ってください、待ってくださいよ旦那! あっしが悪うございました、そりゃもう深ぁく反省しています。だから出してくださいよう」


「お前を出すようにミスター・サイモンを説得してもいいが、情報をくれ。保安官はどうした」


「ええ、ええ。そうですよ。それそれ。実は、さっきまで保安官とはご一緒していたんですが、あの悪徳マーシャルの奴に連れて行かれたんですよ!」


「そうなのか」


「あと、あの腐れマーシャルの野郎から手紙を預かってます」


「ふむ」


 テンガロンハットの男は顎に手を当てて、しばし考え込むようだった。やがて、サイモンに言った。


「まあ、出してやろう。その手紙と引き換えに」


「ええ、ええ。もちろんお渡ししますよ!」


 サイモンは周囲をカンテラで照らして調べ回り、やがて、小さな机の上に鍵束を見つけた。小男の捕らえられている牢の鍵穴に、その鍵束からいくつか鍵を試して、やがて、そのひとつが合った。


 軋んだ音を立てて鉄格子の扉が開く。


「いやあ、旦那。ありがとうございます。助かりましたよほんと」


「それはいいから手紙を寄越してくれ」


「もちろんですとも。どうぞ」


 小男は懐から大事そうに手紙を取り出すと、もったいぶってテンガロンハットの男に渡した。


 テンガロンハットの男はそれを開き、サイモンはその紙面に明かりをかざす。


 書かれた内容はシンプルだった。


 ――農場で待つ。 ダニエル・ブラウン

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