第15話 昼下がりのカップメン

 荒野を東西に走るその道は、南側の険しい崖に沿って延びていた。

 北側は、道から見ると低木やサボテンが点々と生える平坦な荒野に見えるが、実際は窪んだり隆起したりと、かなり複雑な地形になっている。崖の上から見下ろすと、それがよくわかる。


 崖の端でうつ伏せになっている男も、そうした地形を確かめるように、荒野を見回していた。


 砂色のテンガロンハットを被った男は、さらに麻の布を全身を覆うように被っている。


 男は早朝から昼過ぎまで、ずっと崖の上で麻を被ってうつ伏せのまま、崖下を眺め続けていた。

 その間、道には何台かの馬車や、馬に乗って通り過ぎていく人々がいたが、それらに男は何の反応も示さなかった。


「だいたいな、お前」


 唐突に、テンガロンハットの男の後ろで声がした。


「そうそう都合良く、お目当てのもんが来ると思ったのか? お前、フォックスの輸送日程を知らないだろ。知っていたら、今日張り込んだりしないはずだ」


 テンガロンハットの男は崖下を見たまま、言った。


「だが、あんたはやってきた。そうだろ?」


 鼻を鳴らす声が聞こえた。


「確かにな」


 足音がする。後ろの声の主はテンガロンハットの男の隣にやってきて、その場にしゃがんだ。そして男と同じように崖下を眺める。


「しかしわからんな。こんなところに一人で来て、どうするつもりなんだ? 襲撃を止めるつもりなのか、参加したいのか。あるいは横取りでも狙っているのか?」


「さあな。それはまだわからん」


「まだ? こんなところで半日張り込んでおきながら、まだどうするか決まってないのか?」


 隣の男が笑い交じりに言う。


 男は麻の布を剥がすようにして立ち上がった。テンガロンハットを被り直し、砂色のコートのしわを伸ばすようにはたく。


「そうだ。俺の役柄はまだ決まってないんだとさ」


「なんだ、それは」


 笑いながら、隣の男も立ち上がった。


 緑の羽をあしらった、白のキャトルマンを被った男。土色のポンチョを羽織り、白いズボンを履いている。ポンチョから覗くベストやシャツも白。


 ――ショットガン・ジョー。


「それで、俺に何の用だ?」


 ショットガン・ジョーは言った。


 テンガロンハットの男は、再び崖下に広がる荒野に目を向け、しばし考えるように沈黙する。


 やがて、言った。


「ひとつは、貸しを返してもらおうと思ってな」


「貸し?」


「そうだ。あんた言っただろう。一杯おごるとな」


 ショットガン・ジョーの笑い声が、荒野に木霊する。

 ひとしきり笑った後、にやついた顔のまま、言った。


「まさか、それだけのために俺を探してたって言うのか?」


 テンガロンハットの男は真剣な表情で荒野を見つめたまま、答える。


「そうだ」


「いやいや。まあ、そういうことならお安いご用だ。おごってやるさ」


「ただ、その前にひとつ用事が増えちまったんだがな」


「ほう? なんだ」


 にわかに、強い風が吹き抜けた。二人は同じように、帽子を手で押さえる。


 風が緩み、帽子から手を離して、テンガロンハットの男は言った。


「あんたの真意を訊きたい。あのマーシャルと、なぜ組んでるんだ?」


 ショットガン・ジョーは、鼻で笑った。


「組んでるわけじゃない。利用しているだけさ。不良品の回収のためにな」


「薄味のカップメンか?」


「そうだ。もう知っていると思うが、もともとフォックス社は俺の会社だった。それが、あんなぼったくりカップメンを売るのは我慢ならん。不良品は自主回収すべきだ。それがまっとうな企業の社会的責任ってやつだ」


「それによって抗争を引き起こそうとも、か?」


 ショットガン・ジョーは、テンガロンハットの男の顔を見た。


「どういうことだ」


 テンガロンハットの男は、荒野を見つめながら沈黙する。


 やがて、考えながら、ゆっくりと話し始めた。


「あのマーシャルは、あんたにフォックス社の積み荷を襲わせる一方で、別に人を雇ってラクーンの積み荷も襲わせている。なぜそんなことをするのかはわからんが、単純に考えると、互いに互いが犯人だと思わせようとしてるんじゃないのか? 問題は、あんたがそれを望んでいるのかどうかだ」


 テンガロンハットの男の話を聞くうち、ショットガン・ジョーの顔から笑みが消えた。右手を顎に当てて、荒野を鋭い視線で睨み付ける。


 やがて、彼は尋ねた。


「そういえば、牧場でお前と一緒にいたシェリフはどうした」


「さあな。フォックスの連中が待ち伏せているところに突っ込んでいったよ。切り抜けたかもしれないが、やられたかもしれない」


「……なるほど、そうか」


 ショットガン・ジョーは言った。


「キリングの目的はフォックスとラクーンを争わせることじゃない。そもそもラクーンにはフォックスと戦える力はないんだ。すでに禁麺法でずいぶん力を削がれたからな。この州で現在力を持っているのはフォックスと、シェリフだ」


「あいつ、そんなに力があったのか」


 テンガロンハットの男が感心したように言う。だが、ショットガン・ジョーは首を横に振った。


「何を想像したか知らないが、違う。シェリフ本人に力があるわけじゃない。シェリフがこの州における法と秩序の番人、ということだ。シェリフがいなくなれば、この州は暗黒時代に逆戻りさ。そんなとき、西部で鳴らした辣腕のマーシャルがやってきたらどうなる」


「……なるほど」


 テンガロンハットの男が納得したところで、ショットガン・ジョーは指笛を吹いた。鋭い音が荒野に響く。


「キリングが具体的に何を企んでるは知らんが、ろくでもないことなのは間違いない。お前にはできれば、ラクーンに連絡を取ってもらいたいんだが……」


「ああ、前に会ったことがある。なんとかなるだろう」


「なら話は早い。ラクーンに、戦いに備えろと言ってくれ。俺も後で駆けつける」

 遠くから、蹄の音が聞こえてきた。それはだんだんと近づいてきて、やがて、一頭の鹿毛の馬が現れる。馬はショットガン・ジョーに駆け寄り、ひとつ嘶いて停止した。

 ショットガン・ジョーは鞍にまたがり、言った。


「乗ってくれ。途中まで送る。町で馬を貸すから、それに乗ってラクーンのところへ行ってくれ」


「わかった」


 テンガロンハットの男が後ろに乗ったのを確かめると、ショットガン・ジョーは馬を反転させ、町の方へと駆けさせた。


 馬は土煙を上げて駆けて行く。



 やがて土煙が晴れると、町と町を繋ぐ道と、それを見下ろす崖の昼下がりには、再び静寂が訪れた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る