第14話 探求のカップメン
半ばゴーストタウンと化した町にも、酒場はある。
ちょっとしたステージまで用意されている広い店内は、以前は鉱山労働者や運搬員で毎日、終日混雑していたものだったが、今は近所の商店の店員や農場の労働者が数人立ち寄る程度となっている。
今日の昼過ぎには、ちょっとした新顔が訪れた。砂色のテンガロンハットを被り、同じ色のコートを着た、着ているものの色からして砂埃にまみれている流れ者の男だった。
男はスイングドアを開いて店内に入ると、まっすぐカウンターにやって来る。
「はい、いらっしゃい。食事ですかい?」
マスターは愛想良く応対しつつ、男にメニューを差し出した。だが、男はメニューに目をやらず、まっすぐマスターの顔を見たまま言った。
「カップメンはあるか?」
「え? カップメンですか?」
マスターは一瞬、怪訝な表情をした。だが、すぐに愛想笑いを浮かべる。
「ええ、ありますよ。ただ、ウチは正規品しか扱ってませんから、アレですけど」
何がアレなのか、男は尋ねなかった。代わりに訊いた。
「フォックスのカップうどんはあるか?」
「ええ、もちろん。……けど、本当にいいんですか?」
マスターは気遣わしげに男の顔を覗き込んだが、男は即答した。
「いいよ」
そして、硬貨を数枚、カウンターに置く。
マスターは棚からカップメンを取り出すと、割り箸と共に男の前に置いた。そして、お湯の入ったやかんも。
男はカップのふたを開け、かやくの袋を切ってカップに投入し、やかんからお湯を注いだ。そして、ふたを閉じる。
マスターは男から離れて、もうしばらくしたら来るであろう、常連客用の料理の下ごしらえに戻る。しかし、それをやりつつも、ちらちらと男の様子を気にしていた。
一方、男はカウンターに寄りかかり、ただまっすぐ、目の前の棚の辺りを凝視している。棚に何か気になるものがある、という風ではない。単にそうして茹で上がりを待っているだけのようである。
やがて、男は何の前触れもなく、突如としてふたを剥がした。マスターは時間を計っていたわけではないし、男が時間を計っていたかも分からないが、たぶん5分経ったのだろう、と、マスターは思うことにした。
男は片手で器用に割り箸を割ると、少しスープをかき混ぜ、それから両手でカップを抱え、スープを一口する。
カップをカウンターに置き、一呼吸置いて、そして、言った。
「薄い」
それは独り言のようだったが、マスターは自分が責められたかのように、びくりと肩を震わせた。そして、申し訳なさそうに言う。
「ええ、そうなんですよ。さっき言おうと思ったんですけど。最近のフォックスのカップうどんは、どうもチープになっていましてね」
男はマスターの話を聞いているのかいないのか、うどんを啜っている。
と、突然、その手を止めて、ぼそりと言った。
「しかし、妙だな」
お揚げを一口かじって、またぼそりと言う。
「あのとき食ったうどんは、こんなんじゃなかったのだが」
「え? 何のことです?」
マスターの声に、男は我に返ったようだった。わずかに眉を上げただけではあったが。
うどんをもう一口運び、カップを持ってスープを啜り、カップを置き、その味を確かめるように一拍おいて、それから、マスターの方を向いて言った。
「こうなったのは、いつからなんだ?」
「禁麺法が制定された後ですよ。あれ以来、サンライズかフォックスのカップメンくらいしか売れなくなっちまいましたからね。それで連中、手を抜いてるんだと思います。そのくせ値上がりするし。おかげで最近じゃカップメンを頼む人もめっきり減ったんですけど、こっちは必ず一定量仕入れなきゃならないもんでね。正直、お客さんが頼んでくれて助かりましたよ」
マスターが話している間、男はうどんを食う手を止めなかった。相変わらず、話を聞いているのか分からない素振りだったが、マスターの話が一段落すると、一応はひとつ、返事をした。
「そうか」
そして、尋ねる。
「訊きたいんだが、最近、黒っぽい服を着た一団がこの辺を訪れなかったか?」
「ああ、ちょくちょく来ますよ。シェリフ代理だとか言って偉そうにしてる連中でしょ? まあ、あれでも貴重な客だから、悪いことは言いたくありませんが」
男はスープを飲み切ると、カップを置いた。
「シェリフ代理がこんなところで何をやってるんだ?」
「違法メンの取り締まりだとかなんとか言ってましたけど……そういえば、変ですよね」
「ほう?」
「いえね。密造メンや偽造メンを取り締まるってんなら、この店の取り調べや聞き取りをするもんじゃないですか? 違法なものを取り扱ってないか、とか、売り込みが来なかったか、とか。あいつら、何度かウチで飲み食いしてますけど、ウチを調査する気はまったくないんですよね。……もちろんウチはまっとうな商売をやってますが、この辺でカップメンを取り扱ってるのって、ウチと水筒屋だけでしょう。
……まさか、水筒屋のおっさんが密売に関わっているんですかね。そういえばあそこ、いつ開いてるんだか全然わからないですし、怪しいというか」
「じゃあ、実際のところ、そいつらは何をやってるんだ? 何か知らないか」
「さあね。わかりゃしませんよ。そういうことは外で働いている連中とかに……ああ、ヴィニー、いいところに来た」
マスターはいましがた店に入ってきた農作業服姿の三人組に手を振った。三人は顔を見合わせ、それからみんなしてカウンターのところへやってきた。
「どうした?」
「いやね、最近、黒い服の連中がいただろ。あのやかましいの」
マスターは喋りながらも、カウンターに皿を3つ並べ、モツ煮らしきものを鍋からすくって盛り付けていた。
「いたね。勘弁して欲しいよな、お上品なおフランス語で騒ぎやがって。ここをどこだと思ってやがる」
「いや、あれイタリア語じゃないの? フランス語はもっと鼻づまり感があるだろ」
「どっちでもいいよそんなの。まあ、賑やかなのはいいけど、あれはちょっとね」
三人組のうち、だれがヴィニーなのかはわからないが、ともかく彼らは好き好きに喋っている。
「まあ、ともかくそいつらなんだけど」
マスターはモツ煮に、店の裏にでも生えていたような、しょぼくれた香草らしきものを雑にちぎって振りかけた。
「何をやっているかとか、どこから来たのかとか、なんか知ってる?」
「ああ、そういやミッキーが、客を運んでる最中に連中を見たとか言ってたような」
「ミッキーって誰だっけ。元カウボーイで今はヤギボーイやってる奴だっけ」
「違うよ。駅馬車の奴だよ。浅黒くて髭もじゃの」
「あ、オレ、あいつに5ドルの貸しがあるんだよな。ポーカーで負けたくせに持ち合わせがないとか言ってさ」
「その話は前も聞いたよ。すんごい土砂降りの中でお前が大勝ちしたってアレだろ? もういいよ、その自慢話は」
「『そのときオレは、突然強くなった雨脚に気を取られて、賭けるチップを取り違えてしまったんだ』ってアレね。聞いた聞いた」
三人は喋りながらも習慣的にカウンターに硬貨を置き、それぞれスプーンを手にモツ煮に手を付け始めている。
「まあまあまあ」
マスターは話に割って入る。
「その話は私も聞いたけどさ、で、ミッチーが何を見たって?」
「ああ」
伝説のポーカー勝負を繰り広げたというその男は、モツ煮を口に入れたままで言った。
「あいつら、フォックスの荷馬車を止めて、何か口論をした後、逮捕したんだかなんだか、引っ張っていったんだってさ。その話が本当なら、ヤな連中だけどいいこともするよな」
「いいことなのか? それ」
「あいつらのせいで、オレの好きだった旨ダシきつねうどんが食えなくなったんだぞ! あれにモツ煮を入れて食うのがオレの唯一の楽しみだったったのに! で、代わりにやってきたのがあのクソまずいうどんだぜ、やってられるか! フォックスの敵はオレの味方だね!」
「それで」
そのとき、流れ者の男がぽつりと言った。うどんへの愛を叫ぶ男の声にかき消されるような声だったにも関わらず、三人はぴたりとそこで会話を止め、流れ者の男の方を見た。
男は続ける。
「その、荷馬車が止められていたという馬車がどこかは知らないか?」
「……いや、そこまで聞いてないよ」
さっきまで泣き叫んでいたのがウソのように、三人組のひとりが言った。
「知りたいなら本人に聞いた方が早いんじゃないかな。今なら駅の近くにいるはずだ」
「そうか。ありがとう」
流れ者の男はそう言うと、三人組の近くまでやってきて、カウンターに何枚かの硬貨を置いた。そして、それとは別に、5ドル分の硬貨を取り出し、隣に置く。
「こっちはミッチーの負け分だ」
「あ、ああ。どうも」
流れ者の男はそのまま、店を出て行く。
スイングドアの振れが止まるまで、三人とマスターは、呆然とそれを見続けていた。
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