第11話 ワイルドカップメン

 太陽が再び地平線から顔を覗かせようとしている。


 流れ者の男は鶏舎の入り口の近くにしゃがみ、地面を見つめていた。


 鶏舎の付近には鶏の羽や穀物などはひとつも落ちておらず、臭いも残っていない。明らかに長い間、鶏舎としては利用されていない。


 にも関わらず、地面には靴の跡がいくつか残っている。どうやら鶏舎の入り口付近に身を隠しながら、見張りをしていた人物がいたようである。だが、靴跡以外の痕跡は見当たらなかった。


 流れ者の男は立ち上がり、鶏舎の向かいにある牛舎へと視線を向ける。


 そのとき、男を呼ぶ声がした。厩のほうからだった。男はしばらくその場で辺りを見回していたが、やがて、厩の方へと向かった。


 厩はいくつかの馬房が並ぶ作りになっていた。見える限り、馬房の中には馬はなく、水飲み場は乾いており、牧草などの用意もない。


 キースとのっぽの相方は、建物の中央辺りにある馬房の前に立っていた。キースは流れ者の男に気付くと、親指でその馬房をさした。


 流れ者の男が近づき、中を覗き込むと、そこにあったのは馬ではなく、幌のない粗末な荷馬車だった。荷台には木箱がぎっしりと積まれている。


「どう思う?」


 キースが尋ねる。


「さあな。だが、わざわざ残していったからには意味があるんだろう」


 流れ者の男が言った。キースが頷く。そして、辺りを見回しながら言った。


「中身を確認したいが、あいにく釘抜きが見当たらないな。どうしたものか」


「ともかく、馬車を中から出さないか。このままじゃどうにもならんだろ」


「それもそうか。よし」


 キースは意外な身軽さで荷馬車に飛び乗ると、木箱を乗り越え、奥へと入り込んだ。流れ者の男は荷馬車の下に両手を入れると、それを持ち上げて、車輪が動くようにする。


 そして、未だに両手を後ろで縛られたままののっぽの相方は、自分の立っている位置が邪魔になっていると判断したらしく、後ずさりするように数歩避けた。


 キースが押すと、荷物を満載しているはずの荷馬車は、意外と簡単に前に進み、ほどなくして厩の外へと運び出すことができた。


「こりゃ、これだけ軽いと、中身は決まったようなもんだな」


 手をはたきながら、キースが言う。


「そうは言っても、一応中を確かめておくべきだろう」


 流れ者の男は言いながら、懐から硬貨を一枚取り出した。


「とりあえず、これで開かないか試してみよう」


 流れ者の男は積まれた木箱のひとつを持ち上げると、地面に置いた。そして、木の隙間に硬貨を差し込もうとする。


「じゃあ、その間にこっちは馬を持ってこよう」


 キースは言って、農場の入り口へと歩き出す。


「あああの、あっしは……」


 のっぽの相方が言う。


「あっしはそこにいとけ」


「へえ」


 のっぽの相方はその場に突っ立ったまま、流れ者の男が木箱を開けようとするのを見学することにした。


 流れ者の男はしばらく、地面に置いた木箱に覆い被さるようにして何やらしていたが、やがて、木がきしむ音が聞こえだした。ほどなくして、箱の一面が開く。


 のっぽの相方はそろそろと近寄り、箱の中身を覗き込んだ。


 それは、ここにいる三人ともが予想したとおり、カップメンだった。どんぶり型のきつねうどんカップメンが、箱の中で整然と詰め込まれている。

 ただ、そのカップメンにはどれも、狐をモチーフにした社章が描かれていた。


「なあ」


 箱の中を見つめながら、流れ者の男が尋ねた。


「フォックス社のカップメンは政府公認なんだろ?」


「へ? ええ、ええ。そうですぜ」


 のっぽの相方が答える。


「じゃあなんで、連邦保安官がこいつを押収するんだ? あんたらは密造メンの取り締まりをしてたんだろ?」


「へえ、へえ。そうです。密輸の摘発をして報酬がもらえる、まっとうで正義な仕事でさ」


 流れ者の男は、箱からいくつかカップメンを取り出してみた。全て同じものだった。密造メンを紛れさせているわけではなさそうである。


 そのうち、キースが二頭の馬を連れて戻ってきた。キースも箱からひとつ、カップメンを取り出し、ふたの手触りやカップ側面の注意書きなどを確かめた。そして首をひねる。


「どうやら本物らしいな。これが偽造品だったら相当高度な技術だよ。まあともかく、この荷馬車を持って帰ろう。こいつらのどちらかが引いてくれる気になったら、だけどな」


 キースと流れ者の男は、流れ者の男が乗ってきた方の馬を荷馬車に繋いだ。流れ者の男は御者台に乗り、馬に前身を促してみる。馬は意外と素直に荷馬車を引き出した。


「よし。お前はそっちの隣に乗っていけ」


「へ? ええ、ええ。わかりました」


 のっぽの相方は動き出した馬車へと駆け寄ると、なんとかして御者台に飛び乗ろうとした。だが、両手が縛られているのでどうにもならないようだった。


「あ、あの、あの、これは、ちょっと、無理じゃないかと、思うんですけどね!」


 息を切らして馬車と並走しながら、のっぽの相方が途切れ途切れに叫ぶ。荷馬車は大した速度は出ていなかったが、それでも人の足で付いていくのはそれなりに大変ではあった。


「しょうがねぇなぁ」


 キースはため息をつくと、馬に飛び乗り、走らせた。馬車に追いつき、少し追い越したところで馬から飛び降りると、のっぽの相方を待ち受け、駆け寄ってきたところで抱え上げる。


 流れ者の男もうまくタイミングを合わせ、御者台から身を乗り出し、抱え上げられたのっぽの相方を掴み、御者台へと引っ張り上げた。


「まったく、世話が焼けるぜ」


 キースは腕をさすりながら、しばらく走って行く荷馬車を見送っていた。


 馬車が遠くに見えた頃になって、キースはふと、周囲に視線をやった。そして、首を傾げる。

 それから再び馬に乗ると、馬車に追いつくべく、馬にかけあしを命じた。

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