第12話 情無用のカップメン

 荒野に点々とする町と町との間を荷馬車が行き交うのは珍しいことではない。だが、その荷馬車は明らかに目立っていた。


 木箱を満載した一頭立ての荷馬車。

 その御者台には、妙に山の高い異国風のテンガロンハットを被った流れ者風の男が手綱を握る。

 隣には両手を後ろで縛られた男。黒いキャトルマンを被り、いかにもカウボーイという格好をしているものの、着ているものがどれもぶかぶかで全然似合っていない。

 そして、荷馬車と並んで馬を走らせるのは、帽子に保安官バッジを付けたサングラスの男。


 保安官が荷馬車を護送しているようにも見えるが、そのわりには緊張感や、捕り物を終えた後の高揚感らしきものもなく、皆が一様に暗い表情をして淡々と荷物を運んでいる。


 これまでにいくつかの駅馬車や荷馬車、あるいは馬に乗って放浪する者などが彼らとすれ違ったが、みな一様に、不思議そうにその一行へと目をやっていた。


 そのことが災いしたかどうかはわからないが、やがて、彼らの行く手を遮ろうととする集団が現れる。


 それにいち早く気付いたのは保安官だった。右手を挙げて合図をする。流れ者の男は黙って荷馬車を止めた。


「え、ど、どうしたんです?」


 縛られている小男はせわしなく首を振り、保安官と流れ者の男の顔を交互に覗き込もうとする。


 小男の挙動には一理あった。どこを見渡しても、周囲に変わった様子は見られない。何の意味もなく、突然、荒野の真ん中で止まっただけに見える。


 だが、保安官と流れ者の男は察知していた。ここから遙か前方にある水のない川にかかる橋の向こう側の岩陰や低木の影に、何かが潜んでいる気配を。


 二人はしばらく馬を止めたまま、黙って前方を見つめていた。


 やがて、保安官が口を開く。


「ご苦労だったな。君はここまででいい。ここから道を外れて北に進めば街道に行き当たるはずだ。その道沿いに西に行けば町に行き着く。歩きだと時間がかかるだろうが、すまんね」


 隣で「え? え?」という声がする中、流れ者の男は黙って保安官の言葉を聞いていた。その言葉が途切れてからも、前方を見つめながら、なおも黙っていたが、ついに、重々しく口を開いた。


「あんたはどうする」


「私はこのまま進む。なに、奴らも保安官に手を出したりしないさ」


 努めて軽薄な口調で保安官が言う。だが、二人の重苦しい雰囲気は、それで軽くなるものでもなかった。


 保安官はひとつ、深いため息をついた。そして、馬を荷馬車の方へ向け、流れ者の男の顔を見る。


「なあ、君は私に雇われているわけではない。勝手にくっついてきただけだ。これ以上付き合う義理もないし、そうすべきでもない。こっちとしても、他人を巻き込みたくないんでね」


「……わかった」


 流れ者の男はそう言うと、懐からナイフを取り出した。そして、隣の小男の腕を縛っていた縄を切る。


「え?」


 素っ頓狂な声をあげる小男に、流れ者の男は手綱を託すと、御者台から飛び降りた。そして太陽を背にして、道なき荒野へと歩き出す。


 呆然とそれを見送る小男に、保安官が怒鳴りつける。


「ほれ、ぼーっとしてないで行くぞ」


「え? ええ、ああ、はいはい」


 小男は何が何だかさっぱり理解できていないようだったが、とにかく言われたとおり手綱をとり、荷馬車の馬に進むように促した。



 数百フィート進んだところで、小男にもようやく事情が理解できてくる。


 橋が近づいてきたところで、向こう岸の岩陰から一台の幌馬車が出てきた。そして道を塞ぐようにして止まる。


 それを合図に、幌馬車の荷台の影、岩陰、低木の影などから、一斉に水筒を構えた男達が現れる。その数は少なくとも10人。


「うわわわわっ、ど、ど、どどうしましょう旦那ぁ……」


 小男はびっくりした拍子に手綱を引いてしまい、馬は抗議の嘶きをひとつして立ち止まった。


「いいから馬車を進めろ」


「いやっ、あのっ……あっしもここまででOKってことには……なりませんかネ……」


「あっしは関係者だろ。自分から首を突っ込んできたくせに」


「そうでしたっけ? いやまさかこんな関係者になるとは思ってなかったんですけど……あ、兄貴ー、代わってくださいよー、なんで肝心なときにいないんスか……」


 小男はとびきり情けない声をあげたが、それでも一応、言うとおりに馬車を橋へと進めた。


 大勢の者達に水筒を突きつけられ、監視される中、保安官は悠々と馬を歩かせ、橋を渡っていく。荷馬車の方も、少なくとも馬は落ち着き払ってそれに従う。


 一行は橋の終端近くまでゆっくりと進み、そこで止まった。


「お前ら、どういうつもりだ。さっさと馬車をどかせ!」


 保安官が馬上から怒鳴る。


 それに応じて、道を塞ぐ幌馬車の影から、一人の男が現れた。モーニングコートにトップハットという、往来を妨害する者としては似つかわしくない服装をしている。


「もちろん、お退きしますよ。あなた方がまともな方々でしたらね」


 トップハットの男はイギリスなまりの気取った口調で応える。


 保安官はわざとらしくため息をついた。それから、帽子のバッジを指で弾く。


「君にはこれが見えんのかね。君らは絶賛、保安官の公務妨害中だ。さっさとどかさないと全員逮捕するぞ」


 だが、トップハットの男は動じなかった。


「ですから、もちろん、お退きしますよ。あなた方が泥棒でないと証明されましたらね」


「はあ?」


「最近、我が社の荷馬車が強盗の被害に遭っていましてね。逃げ帰った者の話によると、強盗どもは保安官の名を騙るそうなんです。ところで、あなた方の荷馬車は行方不明になっている我が社のものとよく似ているのですがね、保安官殿」


「この荷馬車は先ほど、強盗団の隠れ家から押収したものだ。君の社のものだというなら返却するが、手続きが必要だ。町までご同行願いたい」


「その前に、そちらの積み荷を改めさせていただけませんかね?」


「その必要はない。こちらで確認した限り、木箱の中身はフォックス社のカップうどんだった。すべての中身が同じかはわからんがね。それで、君らはフォックス社の者なのかね?」


「そういうあなたは、本物の保安官なのですかな?」


 保安官はサングラスを外した。不服そうな表情であることを差し引いても、鷹を思わせるような鋭い目つきをしている。


「この州でキースを知らないとは言わせんよ、ミスター・フォックス」


 それでも、トップハットの男は態度を崩そうとはしなかった。キースの言葉を鼻で笑い飛ばして、言う。


「もちろんご存知ですよ、マクドネル保安官。あなたが弊社に敵意を持っていることもね。いろいろ探りを入れていたようですが、まさか、保安官たる者が強盗まで働くとはね」


「あんたもわからん奴だな。俺は強盗などしていない」


「そうですか。しかし、そんなことはどうでもよろしい。我々としては、あなたを強盗として始末するだけです」


「……あんた、保安官にケンカを売る気か?」


 トップハットの男……フォックスは、てのひらをひらひらとさせた。


「確かにそのバッジは、町では威光があるでしょう。しかし、ここは荒野のウエスタンだ。あなたは群からはぐれた憐れな狼に過ぎない」


 その言葉を合図に、フォックスの手下達が動き出した。


 橋のたもと、フォックスとキースとの間に長方形のテーブルを設置し、口から湯気を立ち上らせるやかんを数個と、カップメンを8個ずつ、二列に並べる。


 そして、フォックス側のテーブルの前に、ホルスターに水筒を収めた手下が8人並ぶ。


 セッティングが終わり、フォックスの高笑いが荒野に響いた。


「ミスター・マクドネル。この件から手を引きなさい。そうすれば見逃してあげましょう」


 キースは、枯れた川に向かってつばを吐いた。


「馬鹿が」


 そして、馬を下り、上着を脱ぎ捨て、ゆっくりとテーブルの前へと進み出る。


「馬鹿はどちらです。勝てる見込みなどないでしょう。せっかくこの私が慈悲を見せているというのに。付き合っていられませんな」


 フォックスは首を横に振ると、くるりと後ろを向き、馬車の影へと戻っていった。


「お前ら、さっさと片付けてしまいなさい」


 キースは、8人の男が待ち受けるテーブルの前に立った。


 並べられたカップメンは、フォックス社のきつねうどん。丼型の5分、お湯の目安410ml。最新モデルで、お揚げをはじめとした多くの具は、すでにカップの中に入っている。袋に入ったかやくは1ピースのみ。


 キースは身構えるが、対する8人は棒立ちのまま。薄ら笑いを浮かべてキースを見下ろす。


 だが、キースの動きは、彼らの予想を超えて早かった。

 動き出しを察知して彼らがそれぞれ目の前のカップのふたを剥がそうとしたとき、すでにキースはひとつめのカップに水筒から湯を注いでいた。

 あまりの早さに動揺し、かやくの封を切るのにもたついている間に、キースはひとつめのカップのふたに割り箸を置き、ふたつめの調理にかかる。

 水筒の湯はもうないので、用意されたやかんをひっつかみ、もう片方の手でふたをはがしてかやくの封を切る。

 そして、かやくをカップに投じると同時に、すでにやかんから湯を投じていた。


 その日のキースの早さは神がかっていた。そして、それにうろたえた男達がもたつくという幸運もあった。しかし、それでもどうにもならない壁というものがある。

 

キースがみっつめのカップの調理を終えようとするとき、フォックス側の最後のひとりが湯を注ぎ終え、カップのふたに割り箸を置いた。


 キースは静かに、みっつめのカップのふたに割り箸を置いた。そしてそのまま、仰向けに倒れる。その際に帽子が脱げ落ち、外れたバッジが音を立てて地面に転がった。


「だ、旦那ぁ!」


 小男は御者台から飛び降り、キースに駆け寄ろうとした。

 だが、途中で両腕を掴まれて阻まれた。いつの間にかフォックスの手下が辺りを取り囲んでいたのだ。


「あっ、いえ、私は単なる御者でして、この件とは無関係なんですが」


 小男はせいいっぱい愛想笑いを浮かべて弁解してみたが、彼らは聞く耳を持たないらしい。そのまま二人がかりで両腕を掴まれて、幌馬車の方へと引きずられていった。


 一方、倒れたキースの方も、手下の一人が足を掴んで引きずり、幌馬車へと放り入れる。


 その頃には、やかんや、未調理のカップメンの撤去も終わっており、残るはテーブルと、できあがりを待つ11のカップうどんのみとなっていた。

 手の空いているフォックスの手下がひとつずつカップを手に取り、割り箸をわってうどんを啜る中、残る者でテーブルを片付ける。


 そうこうする間に片付けも終わり、幌馬車が動き出す。荷馬車にも、うどんを片手に手綱を取る手下が一人乗り、後に続く。


 橋に残されたのは鰹だしの香りと、キースの乗ってきた馬。そして、地面で日の光を浴びて輝く星形のバッジだけとなった。

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