第4話 酒場のカップメン

「砂漠の泉」と呼ばれる町に唯一存在する酒場は、今は再び平穏を取り戻していた。


 いや、以前よりも少しだけ活気があるようにも感じられる。それは、この町に新たな「伝説」が生まれたからだろう。過去の栄光にばかりすがっていた彼らが、「今」の話題で盛り上がっている。



 その「伝説」の立役者である二人は、店の隅のカウンターにいた。


「親父、こいつにもっと注いでやってくれ!」


 軍帽を被った大男がマスターに言う。すかさず店のマスターが、大男の隣に座る、砂色のダスターコートを着たテンガロンハットの男のグラスにミルクを注いだ。


「いいのか? こんなに景気よく奢っても」


 テンガロンハットの男はそう言いつつも、早速グラスを手にミルクを傾けていた。


「いいさ。因縁を付けたのは俺の方だからな。せめての詫びだ」


 軍帽は妙に嬉しそうにそう言いつつ、カップラーメンを啜っている。


「俺はてっきりあんたのことを、政府に雇われた連中だと思っちまったんだよ」


「ああ。その話はさっき聞いた」


「そうだっけか? まあいいや。政府の連中は酷いもんだぜ。ケンコーゾーシン法だっけ? カップメンが身体に悪いとかなんとか言って、カップメンに高い税金をかけやがって。で、政府が認可してないカップメンは販売禁止とか抜かしやがる」


「ああ、そうらしいな」


「そうらしいな、って、あんた移民かなんかなのか? この国で禁麺法を知らない奴なんかいないだろ」


 麺をくわえたまま、軍帽の男は不思議そうにテンガロンハットの男を見やる。テンガロンハットの男は特に表情を変えることもなく、ミルクをちびちびとやりながら言う。


「そういうわけじゃないんだが、いろいろあって、最近の事情を知らないんだ」


「ふうん。そうか。まあ、それでわかったよ。あんたがしれっとカップラーメンなんか頼んだのがさ」


 そこまで言い終えてから、軍帽はようやく、途中だった麺を啜りきった。


「カップラーメンは御法度なのか?」


「うーん。まあ、いろいろ事情が複雑なんだが……少なくともここでは、カップラーメンという言葉を口にするのもマズい」


「ほう。じゃあ、なんであんた持ってたんだ」


 テンガロンハットの男はグラスを置き、軍帽の男が食っているカップラーメンに視線をやった。


「こいつはラクーンさんから預かっているんだ。政府の連中のあぶり出しのためとか、いろいろ使えるしな」


「ラクーン?」


 軍帽の男は、心持ち小声で言った。


「ああ。ラクーンさんは……まあ、ここだけの話、要はギャングのボスみたいなもんなんだが、ムーンシャインそばを安くこの町に提供してくれている。ギャングっても、悪い人じゃないよ。政府の暴利と戦う正義の経営者さ」


「じゃあ、そのラーメンは、ムーンシャインラーメンってわけなのか」


「いやいや。これは正規品。さっきも言っただろ? これは政府の犬やらをおびき出すためのもんなんだ。密造品じゃ具合が悪い」


「ふうん」


 興味があるんだかないんだか、よくわからない返事をして、テンガロンハットの男は再びグラスを手にした。


「まあ、そういうわけで、ここではラクーンさんのそばを仕入れている関係から、他のメンは食わない暗黙の了解があるんだ。そこであんたがラーメンなんか頼むからさ……」


「なるほど。まあ、その説明はさっきも聞いたんだが」


「そうだっけか? まあいいや」


 軍帽の男はカップを手にすると、残りのスープを一気に飲み干した。

 空のカップを音を立ててテーブルに置き、それから、テンガロンハットの男の方を向いて言う。


「……で、あんたはなんでこの町に? 町そのものに用がないのはわかってるけど

さ。何にもねえシケた町だからよ。それはそれとして、何の途中で立ち寄ったんだ?」


 ここでテンガロンハットの男は、はじめて困惑したような、戸惑ったような表情を見せた。


 しばらく考えるようにグラスを傾けて、それから言った。


「特にアテもなくふらついているだけなんだが……強いて言えば、ひとつある」


「ほう。なんだい? 良ければ聞かせてくれ」


「……ショットガン・ジョーという男を捜している」


「ショットガン・ジョー?」


「知っているか?」


 尋ねられて、軍帽の男は無意味に天井を見上げながら曖昧な表情を浮かべた。


「聞いたことは当然あるぜ。凄腕の賞金稼ぎで、3つのカップメンを同時に仕上げたとか、水筒を抜く速さが0.17秒だとか。だが、ほとんどホラ話みたいな話ばかりで、実在するかどうかも怪しいもんだと思っているんだが……あんた、あいつに会ったことがあるのか?」


「そう名乗る男には会った。あいつにはひとつ貸しがある」


「ほう」


 軍帽の男は興味津々といった表情でテンガロンハットの男を見る。だが、それ以上詳しくは聞こうとはしなかった。代わりに、こう言った。


「まあ、そいつのことは俺は残念ながら知らねえし、この町の連中も知らねえだろう。だが、ここからもっと南西に行けば大きな町がある。そこなら何か情報が得られるかも知れねえよ」


「そうか。考えておく」


 そう言って、テンガロンハットの男はグラスを空けた。

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