第5話 池畔のカップメン
土煙を上げて荒野を行く2頭立ての馬車の荷台には、樽がぎっしりと詰まれている。
その樽のひとつに、砂色のダスターコートに同色のテンガロンハットを被った男が座っている。荒れ地で荷台が揺られて、端から見ると男は今にも振り落とされそうで危なっかしかったが、男は自分よりも帽子を気にしているようで、ずっと左手で帽子を押さえていた。
やがて道は、水たまりのような小さな池の側へと差し掛かる。
そのとき、御者が男に声を掛けた。
「ちよっとそこで馬を休ませますよー!」
聞こえているのかいないのか、男は反応しなかったが、構わず御者は馬を池の方へと向かわせる。
そこはもともと馬の休憩所として多くの人が使っているらしく、馬を繋ぐための木の杭が池に沿っていくつか植わっていた。
御者が池の前に馬車を駐めると、馬たちは先を争って水を飲み始める。御者も馬車から降りると、ひとつ伸びをし、それから、腰に下げていた水筒のふたをひねり、水を一口飲んだ。
ひと落ち着きしたところで、馬車の荷台の方を見る。樽に座っている男はその間、微動だにしていなかった。
御者が男に声を掛ける。
「旦那、少し休憩したらどうです? 先はまだ長いですぜ」
「……あれは何かな」
男は遠くを見つめたまま、ぽつりと言った。言われて御者もそっちを見る。何も見当たらない。ただの真昼の不毛な荒野である。
……が、しばらく見続けていると、遠くに土埃があがっているのに気付いた。御者は慌てて懐から単眼鏡を取り出し、目に当てる。
「……あー、ありゃやばい。賞金稼ぎの連中だ!」
その声に、男は樽から飛び降りた。そして、懐から荒縄を取り出し、御者に言った。
「任せろ。調子を合わせてくれ」
そして、手早く御者をその縄で縛ると、地面に座らせた。
それからほどなくして、土埃の正体、馬に乗った二人組が近くまで迫ってくる。そして、30フィートほど離れたところで馬を嘶かせて止まらせると、その内の一人が馬を降り、こちらへと向かってきた。
そいつは、黒のキャトルマンに赤いシャツ、黒のベスト、ジーパンという出で立ちで、長身の男。両腰のホルスターにはそれぞれ、銀色の派手なスティック型1パイント水筒を収めている。
「おやおや。あんた、同業者かね?」
男は髭面をにやつかせながらテンガロンハットの男に歩み寄る。ついでに後ろの、馬に乗って後ろに控えている方も、同じようににやついている。
「あんたにゃ悪いが、ここは俺達の縄張りでね。こいつは俺が頂いていく」
「俺は別に、あんたの縄張りで仕事をしたわけじゃあない」
テンガロンハットの男は、いつもよりもくだけた、軽薄な調子で言う。
「町まで護送する途中で通りがかっただけだ」
「どこで捕まえたかは関係ない」
黒キャトルマンの男は、テンガロンハットの男まで一歩、というところで立ち止まった。にやついた笑顔は崩さずに、続ける。
「ここに来た以上、そいつは俺達の獲物だ」
テンガロンハットの男は表情を変えず、平然とした様子で黒キャトルマンの男の笑顔を見返した。
やがて、言う。
「なあ、あんたもこんな小者を取り合ってもしょうがないだろ。俺に構わず、もっとでかい獲物を追ったらどうだい?」
「小者ってなんだよ!」
縛られた御者が抗議の声をあげる。
キャトルマンの男はやれやれ、といった様子で首を振った。
「そういうわけにはいかんよ。縄張りは縄張りだ。例外を認めると他に示しが付かねえ。そいつを置いていきな。それで丸く収まる」
「やめておけよ。余計なケガをすることはない」
テンガロンハットの男の言葉に、それまで作り笑いを浮かべていた男の表情が怒りに変わった。
「ふざけんなボケがぁっ!」
瞬間、男は両の水筒に手をかける。
――だが、彼の水筒は抜かれることはなかった。
すでに彼の鼻先には、ライトブルーのスティック型水筒が突きつけられていたからである。
驚愕の表情を浮かべ、固まるキャトルマンの男。
テンガロンハットの男は、ゆっくりとした口調で、噛んで含めるように言った。
「――今後、お前らは他所で仕事をするんだ。二度と、俺の前に、そのうす汚ねえ面を見せるな。いいな」
「わっ、わ……わかったよ。わかった」
絞り出すような声で辛うじてそう言うキャトルマンの男。
テンガロンハットの男はしばらくそのまま水筒を突きつけていたが、ふと、水筒の先をキャトルマンの男の鼻先に触れさせた。
その途端、キャトルマンの男はこの世の終わりのような悲鳴を上げながら飛び上がると、一目散に馬へと駆け出し、飛び乗った。
「あ……兄貴ぃ……」
馬に乗っていた方がおろおろしながら声を掛ける。
「うるさいボケナスが! いっ、いっ、行くぞコラ! ひぃぃぃぃ……」
情けない雄叫びを残して、男は来た道へと馬を走らせる。遅れてもう一人の方も、兄貴、兄貴と言いながら去って行った。
しばらくして、二人の姿が見えなくなったところで、ようやくテンガロンハットの男は構えていた水筒をホルスターに収めた。そして、ぽつりと呟く。
「どこにも似たような奴がいるもんだな」
それから、御者の縄をほどいてやる。
「いやあ、助かりましたよ、旦那。旦那がいてくれてほんとに良かった」
縄をほどかれながら、御者が言った。
「あれが政府に雇われたって奴なのか?」
御者が起き上がるのに手を貸してやりながら、テンガロンハットの男が訊く。
「ええ、そう、そうですよ。密造メンの取り締まりを代行してる連中ですが、実際はなんてことない、ただのたかり屋ですよ。何かにつけて難癖を付けては、サツに突き出されたくなきゃ金を払えと脅して来やがる」
「とはいえ、あの樽には実際にブツが入ってるんだろ?」
縄を巻き取りながら、男はちらりと荷台に積まれた樽を見た。
御者はひっそりと言う。
「大きな声じゃ言えませんがね」
巻いた縄を腰のベルトに引っかけて、男はもう一度、二人の逃げた方を向いた。もう、土埃も何も見えない。
「ああいう連中と間違えられたんだな、俺は」
テンガロンハットの男が誰にともかなく、口の中でぼそりと言う。だが、御者には聞こえたらしい。ぱっと表情が明るくなった。
「ええ、ええ。聞きましたよ旦那。『鉄人』ミックさんと決闘したんですよね! いやー、あたしも是非見たかったですよー。町じゃその話でもちきりですからね!」
「……馬の休憩はもういいか? ここには長居しない方が良さそうだ。さっきの連中はここの縄張りを主張していたが、他にも主張したい奴はたくさんいそうだしな」
「あ、ええ、そうですね。じゃあ、行きましょうか、旦那」
言われて御者は出発の準備を始める。テンガロンハットの男も荷台に上り、先ほど座っていたものと同じ樽に腰掛けた。
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