四月 不可視の獣 その2
次の日。早速大徳寺付近をパトロール中の
何時もの様に中へ車を入れられないので、素早く降りてからその祭りの如き勧誘を一瞥する。各部活がそれぞれのパフォーマンスを……つまり柔道部であれば畳を持って来て乱取りをし、サッカー部であればリフティングをしたりパス回しをし、美術部であれば絵を描き陸上部は筋トレをし吹奏楽部の不協和音をBGMに華道部が花を活け科学部はフラスコを爆発させ――――
「新聞部、新聞部は如何ですか〜!怪奇現象摩訶不思議、百鬼夜行に魑魅魍魎!ありとあらゆる怪異をズバッと解決する部活で〜す!」
「相談無料!迅速対応!なんならお話だけでも結構です!如何でしょうか、新聞部!」
我らが新聞部は、訳の分からない事を言いながら妙なチラシをバラ撒いていた。
「…………何してんの?」
「さぁどうですか新聞部。アタシ達新聞部にかかればどんな不可思議も
ウチがチラシの束を持つ
「何してるの?」
「何してるってそりゃあ朱雀、成る可く新聞部の活動を色んな人に知って貰おうと………………朱雀?」
よく晴れた四月の青空。そこに、心地良い扇子の打撃音が二つ響いた。
「……で、新聞のネタに困ったから、どうせなら新入部員も獲得する次いでにネタの提供もして貰おうとした……と」
新聞部の部室。ダルちゃんを膝に乗せて正座している翼が首を縦に振る。因みに神楽は叱ろうとしたらミニキッチンへ逃げた。
「だってほら、新入部員欲しいじゃん……ネタも…………」
小さくボソッと呟く翼。気持ちは分からなくもない。何時もなら国枝先輩が色々とネタを回してくれるのだが、春休みだった先月末からご家庭の事情で何処か海外に居るらしく、この部室の入り口に「んじゃ、よろしく〜」と書かれたメモが貼られていた。だから、今月の新聞の内容に困る……のは分かる。だが。
「それで?もし事件が持ち込まれたら……誰が解決すると?」
「………………朱雀、です」
その通り。だがウチは多忙であり、現に学校生活を犠牲にしながら陰陽寮の仕事を
つまり。何にせよウチが出張る必要があるし、それをするには余りにも余裕が無いのだ。全く、ウチの負担を増やさないで欲しい。
「朱雀〜、あんまり責めちゃ駄目だよ。翼だって考えてやったんだから」
「ウチはアンタも許してないんだけど?」
しれっとウチの前にお茶を置いている神楽にそう返す、湯呑を載せていたお盆で顔を隠した。と、その時。
「あ、あのぉ……すみませ――」
ガラリと扉が開き、昨日聞いた様な可愛らしい声がし――
「ぴ、ぴ――――」
「……ぴ?」
「ぴぇぇぇぇぇっ!!」
なんだか同じ様な展開を迎え、闖入者は逃走した。
「う、うぅ……あぅ……」
暫くの後。神楽に連れられてやって来たその少女は、矢張り昨日ウチとぶつかり……そして悲鳴を上げて逃げ出したあの一年生だった。今はソファに居心地が悪そうに座り、下を向いて小さく震えている。
「朱雀……何したの、この子に」
「何も。昨日ぶつかって悲鳴上げて逃げられた」
ジトっとした目でウチを見る翼に説明すると、呆れた様な溜息が。なんだか謂れなき誤解を受けた気がするが、重要なのはそこでは無い。
「…………そ、その、ごめんなさい……わ、私……人見知り、する方で……」
「別に。それはどうでも良いの。それより」
ウチは、ずっと気になっていたその一年生の右手を見る。そこには、この二人が配っていた新聞部のチラシが握られていた。つまり。
「……何か依頼があるんでしょ」
「ぴぇぇ……」
そう言うと、一年生は小さな鳴き声と共に更に小さくなった。まるで小動物である。
「朱雀。威圧しないの」
「してない。大体そもそも、アンタが余計なチラシを配るから――」
「はいストップストップ。痴話喧嘩したら更に喋りにくいでしょ?」
神楽が手を叩いて、ウチと翼の間に入った。見れば一年生は更に小さく丸くなっている。少しやり過ぎたか。そう思った時、何処からか盛大にお腹の音がした。
「……えっと、君……の?」
「ひょ、ひょわっ?!」
翼が恐る恐る聞くと、一年生が慌てて顔を上げる。と、もう一度お腹の音が。その瞬間、一年生の顔が真っ赤になってしまった。
「……うん、よし!先ずはオヤツだ!」
直ぐ様神楽が頷き、ミニキッチンに向かう。そしてクッキーの載った皿と紅茶を持って現れた時には、一年生は半ば開き直った様な表情になっていた。
「はい、オヤツどうぞ」
そう言って神楽は一年生の前に皿を置――かず、優しく笑顔で声を掛ける。
「でも先ず、お名前を教えて欲しいな」
「あぅ……」
一瞬、頭を下げてしまう一年生。しかし神楽が皿を目の前を通過させると、それを追って顔が動く。相当お腹が減っているらしい。暫くそんな風にしていると、流石に諦めたのか呟く様に喋り出した。
「…………えっと、わ、私は……さ、
「うん、良く言えました〜」
神楽はそう言い、一年生――西園寺有栖の前に皿と紅茶のカップを置いた。どうも神楽には尋問の才能があるらしい。
そして西園寺はと言うと、眼の前のクッキーをサクサクと食べ続けている。ふわふわした茶色の髪に、クリクリとした目。なんだか小動物……それもハムスターとかモルモット辺りに思える
だが。残念ながら、ここは小動物を愛でて紅茶を楽しむカフェでは無い。それに面倒事はさっさと片付けるに限る。ので、ウチは紅茶を飲み干し――気付いた。彼女の右袖口の奥にある白い布に。そして、ほんの少しだけ血の匂いもする。つまり。
「……ねぇ、西園寺さん。貴女、右腕を怪我してるの?」
「ふぇ?ふぉ、ふぉうふぇふ……んぐっ。そうです」
そう言い……と言うかクッキーを飲み混んで、西園寺は右腕の袖を捲った。そこにあったのは、新しく巻かれたであろう包帯。矢張り血と薬の匂いがする。
「大丈夫……?痛くない?」
「あぅ、一寸だけ……でも元気なのですよ。えいえ――痛っ」
心配そうな翼の台詞に、腕を振って答えた西園寺。しかし案の定痛いのか、直ぐに右腕を抑えた。
「んで、依頼があるんでしょ」
「あ、はい。そのぉ……つまりはこれ何ですけど……」
ウチが聞くと、西園寺はその右腕を指差す。
「残念だけど、ウチは医者じゃあ無いから。怪我の面倒は――」
「ち、違くて……えっと…………」
また暫く、口をモゴモゴと動かす西園寺。だが今度は小さくなる事無く、しっかりと話し始めた。
「その……この傷なんですが、身に覚えが無いのに……えっと、いつの間にか出来たのです」
あぅ……えっと、先ずその……私はおっちょこちょいで、鈍臭くて……だから怪我とかは良くあってぇ。でも、流石にこの傷は何時出来たか分かんなくて……
確か……二日前の、入学式前日です。お昼寝をしてて、起きたら右腕が血塗れになってて。ビックリしました。はい。何だかこぅ……ザックリと切れてて、でも痛くなくて……慌てて病院には行ったのですが、表面が切れてるだけで何ともないって言われて……
で、そのぉ……実は最近こう言う怪我が増えてて……あの、変な話何ですけどぉ…………私、何かに取り憑かれたりしてたりしますか……?
西園寺が言い終えると、一瞬ひんやりとした……まるで水に入った時の様な感覚が身体を包んだ。翼の
が、しかし。
「……あれ?おかしいなぁ……」
翼は首を傾げ、ウチの前にレーダーを展開した。そこに映る西園寺には、普通の人より少し多いくらいの妖力しかない。特に何かある様には見えないのだ。
一つ、違和感があるとすれば……
「……ねぇ、貴女」
「は、はひっ?!」
ウチが呼び掛けると、西園寺は小さく飛び上がった。……ウチはかつてこれ程驚かれた事があるだろうか。多分無い。
「貴女、能力者?」
「ふぇ?い、いえ。違います、はい」
「……そう」
「ん、ん〜??」
西園寺の答えに、翼は訝しげな声を上げた。確かに彼女には能力者特有の……何と言うか、妖力の"流れ"が見て取れる。だが。確かに彼女は能力者には思えないのだ。何せ能力者にしては妖力値が低過ぎる上に、妖力の"流れ"が安定していない。
まぁ少なからず、何かに取り憑かれたりしている訳では無さそうだ。となれば、単に彼女の思い過ごしか、或いは妖力値が人より多い分雑霊に襲われやすいか……の何方かだろう。そう説明しようとした時、神楽が口を開いた。
「有栖ちゃんだっけ。そのペンダントって最近よく見るけど、流行ってるの?」
「あ、はい!そうなんですよ。このペンダントは、恋のおまじないなんです!私も、折角高校生になったから……してみようかなって。えへへ」
そう言い、嬉しそうにハート型のペンダントを見せる西園寺。シンプルなデザインだが、だからこそワンポイントで目立つ。何だか妙に引っ掛かるが、一年生の小さな校則違反位は見逃しておこう。
取り敢えず調べた限りは何の異常も無い事、そして乗りかかった船なので、また何かあれば相談には乗る旨を伝えて今日はお開きとなった。
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