第32話 白雪姫と王子 ⑤

「それでは、投票の結果を発表します!」


 ドラムロールに合わせて、バンっとスクリーンにミス・ミスターコンテストの信任投票の結果が映し出された。



〇ミスター・コンテスト部門

 椎名さんを信任しますか?

  する  78.6%

  しない 21.4%


〇ミス・コンテスト部門

 白崎さんを信任しますか?

  する  89.1%

  しない 10.9%



 その結果に体育館から、驚きの声と歓声が同時にあがった。俺とシイナはおそるおそる振り返って、結果を確認した。


「や、やったな、シイナ」

「そうだね、シロ君」


 まだ結果を受け止めきれていない俺とシイナはどこかぼんやりとスクリーンを眺めていた。


「それでは、今年のコンテストの優勝者に盛大な拍手をお願いします!!」


 体育館には割れんばかりの拍手と歓声が響き渡る。その衝撃に正面に向き直り、拍手に応えるように深々と礼をした。


「それでは今年の優勝者に王冠とティアラの贈呈ぞうていです!」


 ステージ脇から賞状盆に載せられて王冠とティアラが運ばれてくる。


「例年なら贈呈をする役目は生徒会長なのですが、今回は二人が『姫と王子』と呼ばれているということにちなみまして、お互いに頭に載せ合ってもらいましょう。では、まずは王子から姫へ、お願いします!」


 ステージの中央でシイナと向かい合うように立たされる。シイナが生徒会長からティアラを受け取り、視線を真っ直ぐに向けてくる。


「おめでとう。ミスコン優勝だから、かわいいよって言った方がいいのかな?」

「どっちでもいいよ」


 短く言葉をを交わし、浅く礼をするように頭を下げる。シイナが一歩近づいて、ティアラを髪に挿し込んでつけてくれる。一歩後ずさったのを確認して頭をあげると、シイナと目が合い、もう一度「おめでとう」と言われた。それに合わすかのように拍手が起こった。


「では、次は姫から王子にお願いします!」


 生徒会長から王冠を受け取ると質感の安っぽさに笑ってしまいそうになるが、学生の文化祭なんだからこういうのでいいのだ。シイナに視線を戻すと、真っ直ぐにこっちを見つめていた。相変わらず、スカートや体のラインなどわかりやすい女子らしさを隠すとイケメン男子にしか見えない。


「おめでとう、シイナ。そういう服を着てるとお前はかっこいいな、まじで」

「そうかな? ありがとう」


 シイナはそう言うと、頭を下げるのではなく、片膝をついた。その自然な動きに体育館からは黄色い声も聞こえてくる。目の前のこいつは出会ったころからこういうキザっぽいことを素でやってのけるところがある。そして、誰に対しても公平で優しいから王子と呼ばれるようになった。

 そんな限りなく本物に見える気高き偽りの王子であるシイナには、きっとこの王冠が誰よりも似合うのだろう。

 そんなシイナの頭にそっと王冠を載せる。その瞬間に俺の時とは比べ物にならない歓声と拍手が上がる。

 そして、シイナはゆっくりと立ち上がり、また二人並んで正面を向いた。


「二人ともおめでとう。なんだか例年にない最高の表彰になったんじゃないかな? こういう演出をこちらからお願いしたわけじゃないけど、今年の二人はなんだかすごいね、本当に」

「そうですね。会長だけでなく、他のみんなもまだ興奮冷めやらぬという感じですからね」


 副会長の言葉の通り、体育館にはまだざわざわと先ほどの余韻が残っていて、落ち着かないという雰囲気が漂っている。


「それでは、優勝者に贈られる特典に移りましょうか。会長、説明をお願いします」

「毎年、コンテストの優勝者には、一つだけ自由にお願いをすることができるんだ。もちろんなんでも叶えるというわけではないけど、生徒会、文化祭実行委員会を中心にできるだけ希望に添えるように力を貸すことになってる。それはもちろん全校生徒もだ。なあ、いいよな? みんな!」


 生徒会長の声に合わせて、巻き起こった大きな歓声と拍手がこの場にいる大多数が肯定的であるという意思を表す。


「さあ、二人のお願いは何か聞かせてくれ!」


 生徒会長のあおる発言を受け、俺は隣に立つシイナに小声で「俺からでいいよな?」と尋ねると、シイナは頷いて見せる。それを確認して、数歩前に歩み出ると、ステージ脇から出てきた文化祭実行委員がマイクを手渡してくるので、それを受け取った。


「まずは白崎さんのようですね。それではどうぞ!」


 副会長に促され、マイクのスイッチを入れる。喋り始める前に体育館を見渡し、やっとここまで来たという達成感を噛みしめる。それと同時に緊張とプレッシャーがこみ上げてくる。俺がこれからしようとしていることが上手くいかなかったらシイナはどうなるのかという不安と、これが自分の自己満足の押し付けじゃないかという疑念がずっとぬぐえなかったからだ。


『いいよ。シロ君が私のことでしてくれることなら、どんな結果になっても後悔はしないと思う』


 いつかシイナと二人で空き教室に隠れて話していた時のシイナの言葉を思い出す。そのときのシイナの笑顔を見て、今まで以上にかわいいと思ったり、胸をときめかせた熱が蘇ってくる。

 大丈夫。これは俺がシイナのために思って始めて、シイナも受け入れたことだ。ダメでも変わるきっかけにはなるし、俺が支えればいいだけだ。

 そして、あの空き教室で見たような柔らかでかわいい笑顔を、いつでもどこでも俺は見せてほしいのだ。


「まずはたくさんの方に信任していただき、コンテストで優勝できたことを光栄に思っています」


 声を変えた状態で、そう切り出すと体育館にはどよめきが広がる。


「私はいろんな人に支えられてここに立っています。クラスメイトや友達、中学からの先輩たちに、新聞部の特集記事が出て以降かわいがってくださった、たくさんの人たちのおかげで、今こうしてお願いをする機会を得ることができました。本当にありがとうございます」


 感謝の言葉とともに軽く頭を下げると、拍手が起こり、「姫ー!」「がんばってー!」と声もかけられる。


「正直言うと、最初は『姫』と呼ばれることは嫌でした。でも、『一年C組の姫』からいつの間にか名前も知らない先輩からも『姫』と声を掛けられ、かわいがってもらいました。『姫』と呼ばれなければ、こんなにも多くの人と関わることはできなかったので、今は少しだけ気に入っています」


 そう笑顔で口にして、一拍置いてから、


「それではお願いを言わせてもらいます」


 と、声を地声に戻して切り出す。やはり急に声を変えたことに対しての驚きかざわざわと動揺が広がっていくのを感じ、それが落ち着くのを待った。


「俺のお願いは――シイナを隣にいるこいつ、椎名央子を王子扱いするのをやめて、ちゃんと一人の女の子として向き合ってほしいんです。シイナのことを王子というフィルターなしで見て、接してほしいということです」


 そう口にすると、一部からは拍手が返ってくるが、大部分からはざわざわと期待していたのと違う、何を言い出したんだろうという雰囲気に包まれる。これは仕方ないことだ。


「このお願いをするのにコンテストの特典だからというので足りないと言うなら、シイナを王子扱いしない代わりに、俺はずっと姫扱いされてもいい。次の文化祭まで『姫』として女子用の制服を着て過ごしたっていい。俺はそれだけ本気なんだっ!」


 俺の必死さに今度はすっと体育館は静かになり、注意が全て俺に向いているのを感じる。ちゃんと聞いてもらえているという、そんな実感をありありと感じる。


「シイナはたしかにかっこいいです。見た目も性格も。シイナは真っ直ぐで芯が強くて、優しくていいやつです。頼まれごとはなかなか断らないし、周りの期待に応えようといつも必死で――だから、周りが王子という目で見たらこいつは、ずっと王子であり続けようとするし、シイナだったらこうだよねという勝手な願望にさえも応えようとする。こういう場ではっきりと言わないと、いつまでもシイナは本当の姿を見せてくれないと思うから……本当のこいつは、笑った顔がかわいくて、時々いたずらっぽくて、どこにでもいる普通の女の子なんです」


 もう自分でも何を言っているから分からない。あふれ出る感情を、気持ちをそのまま言葉に変換して吐き出しているという感じだ。


「最初からそこらの男子よりかっこいいだけの、女の子だって思ってるよ!」


 体育館に聞きなれた女子の声が響く。渡瀬だ。それに合わせて、「それくらい、ちゃんと分かってるんだからな!」と佑二が叫ぶ声も聞こえる。


「そんなこと、もう知ってるよ!」


 どこからかそんな声も届く。その聞き覚えのある声は同じクラスで一番王子扱いをしていた大竹だ。


「甘いもの好きだってことも知ってる!」


 これはバレー部の松永先輩の声だ。そこからはもう聞き取れない量の声が、反応が、わっと上がり、もうどうなってるか分からない。

 ただ俺の気持ちは、言葉はこの場にいる全員にたしかに届いた――。

 これは、シイナが普段は王子の仮面を被ってはいたが、その振る舞いが行いが努力がそういうのが全て報われた瞬間なのかもしれない。


「それでは、もう結果は出てるようですが、白崎さんのお願いをみなさんは聞き届けてもらえますか?」


 副会長の言葉に大きな拍手と歓声が上がった。そのことに思わず、シイナの方に顔を向けると、目を潤ませながら、嬉しそうに何度も頷いていた。

 その表情を見れたことが、俺にとっての報われた瞬間だったのかもしれない――。

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