第31話 白雪姫と王子 ④

 体育館の時計が十六時ちょうどを指すと、体育館の照明が落とされ、ステージの照明だけが照らされた。


「お前ら、文化祭は楽しんだかー!!!?」


 そんな言葉とともに生徒会長の男子がステージ脇から登場した。そのテンションの高さとノリに笑い声や歓声が起こっている。


「こうやって大きなトラブルもなく文化祭もラストを迎えられたことは本当に喜ばしいことで、これもみんなが文化祭を成功させようとがんばったおかげだと思ってるよ」


 生徒会長が真面目なトーンで締めの言葉を口にし始めたところで、文化祭実行委員長を兼ねている生徒会副会長の女子が慌てた様子で出てきた。


「ちょっと会長! 何を勝手に終わらせようとしてるんですか! まだ一つ大きなイベントが残ってるでしょ?」


 そう切り出すと、ドッと体育館が沸いた。


「そこまで怒ることないだろう? 分かってるって。それじゃあ――北高文化祭名物のミス・ミスターコンテスト始めるぜっ!!」


 生徒会長が煽ると、歓声が上がり熱気に包まれる。


「本来なら、今からミスター・コンテストから始めて、次にミス・コンテストをやるのが通例なんだけれど、今年は前代未聞の出来事が起こってるんだ。なんたって、コンテストの出場者が次々と辞退しちゃって、一人ずつしか残ってないんだ」


 体育館にはざわざわとした不穏な空気が広がっていく。


「もちろん何かしらの不正があったわけじゃなく、本人の意志による辞退だから問題はないぜ」

「しかも、辞退の理由が残っている二人がエントリーしていると聞いて、出場しても勝てる気がしない、自分よりふさわしいと思うからというものなんですよね、会長」

「ああ。今年はそんなハイレベルな二人が残ってるというわけだ。俺も二人がどんな人か、よく知ってる人に話を聞いたり、ステージ裏で直接見たけど、個人的には納得できるものだと思ってる」

「ですね。私も会長の意見には珍しく同意します」

「珍しくは余計だ!」


 二人のやり取りに笑いが起こり、さっきまでの不穏な空気は晴れつつあった。


「それで去年までは、ここで投票をしてたんだよな?」

「はい。北高のホームページに在校生だけが入れる特設ページを用意して、投票してましたね」

「今年は急遽きゅうきょ、信任投票に項目を書き換えたんだ。これから候補者をステージに招き入れるから二人がコンテストで優勝に足るかどうかはお前らの目で判断してくれ!」


 生徒会長の言葉に合わせて、ステージの照明も落ちる。

 その一連の成り行きを俺とシイナはステージ脇で待機しながら眺めていた。照明が落ちたタイミングで、近くにいた文化祭実行委員の一人が小声で、


「まずは椎名さんから入場してもらいます。呼びこまれたらステージ中央の会長の隣まで歩いてください。白崎さんも同様にお願いします」


 と、指示される。その指示が終わったタイミングでステージのすみに移動していた副会長にスポットが当たる。


「まずはミスター・コンテストの候補者から! 一年C組の椎名さん!」


 呼びこまれたシイナは小声で「じゃあ、シロ君。先に行くね」と口にして、ステージ脇から出ていく。シイナの動きに合わせてスポットライトが動き、ステージ中央にいた会長がマイクを通さずにシイナに指示を出したようで足を止め、正面に向き直って一礼する。その所作の一つ一つが綺麗で洗練されていて、思わず息を呑んでしまいそうなほどのオーラをステージ上から発している。


「では、ミス・コンテストの候補者にも入場してもらいましょう。同じく一年C組、白崎さん!」


 俺はシイナみたいに肝がわっていないので緊張で足が震えた。そんなとき、シイナとふいに目が合った気がした。たったそれだけで不思議と気持ちがすっと落ち着いた。

 それからステージ上に一歩踏み出したと同時に、あろうことかシイナもこちらに歩いてきた。きっとこれは誰にとっても想定外の行動で、思わず足を止めると俺の正面まで来て立ち止まったシイナはふっと俺にだけ分かるように笑みをこぼし、


「こういうときは王子が姫をエスコートするものでしょう」


 と、小声で呟き、ステージ中央に向き直り、腕を軽く折り曲げてそっと差し出してくるので、俺はその腕に手をかけた。


「お前な、誰もそこまでやれと言ってないだろ?」

「だけど、きっちりやるならこれくらいしないとね」

「お前、アホだろ?」

「一緒に恥をかいてくれるんでしょ?」

「そうだったな。――じゃあ、行こうか」


 そう小声でやり取りして、笑ってしまいそうになるのをこらえながら、できるだけ澄ました表情を作り、ステージ中央まで歩いた。そして、前に向き直り、シイナと目でタイミングを合わせて、揃って一礼をする。


「これは驚きましたね、会長。エスコートですよ、エスコート。私、生で初めて見ましたよ」

「俺も生で見たのは、従姉妹いとこの結婚式の時以来でこんなところで見ると思ってなかったよ。それにしても、なんというか絵になる二人だよね。てか、なんでメイド服に執事服?」


 会長のおどけた言い方に体育館に笑い声が起こる。


「二人は一年C組の喫茶店の看板だったんですよ。それでこの格好で校内を歩いて宣伝をしたりしてたそうですよ。もしかしたら、見かけた人もいるんじゃないですか?」


 副会長のサポートが自然なのでこの辺りは打ち合わせ済みなのかもしれない。どこまでが台本なのか分かりづらい。


「それで会長、二人の紹介ですよ」

「そうだった。でも、俺が言わなくても二人のことはきっと、みんな知ってるだろう? なんたって一年生ながら北高では有名人だ」


 その会長の言葉に体育館からは「知ってるー」「姫ー!」「椎名君かっこいい!」と今まで我慢してたであろう声が上がり、その声に対して笑い声が起こる。


「二人は毎年、春先にやってる新聞部の『クラスのかっこいい、かわいい投票』で今年一番目立っていたんだよね」

「はい。なんたって『C組の白雪姫と王子』と入学式の日から一年生の間では有名だったみたいですからね。それがゴールデンウィークの特集記事が配信されて、一気に魅力が拡散されたんですよね」

「俺もその記事見たけど、見た目も性格も絶賛され過ぎていて、本当かよと思ったけど、本物だったんだよな。そして、一番驚かせたのが――」

「二人の、“性別”――ですね」


 それは周知の事実だったはずだが、話し方や煽り方が上手いため観衆の反応は二人の言葉に振り回されている。


「ミスターコンの候補の椎名さんが女性で、ミスコンの候補の白崎さんが男性なんですよね」

「そうなんだよな。まさか男子がミスコンに女子がミスターコンに出てくるなんて思わないし、これも前代未聞のことなんだよな。実際、こうやって間近で見ても性別がどっちがどっちか分からなくなりそうなんだよね。特に白崎さん! キミ、本当は女の子なんじゃないの?」

「会長、失礼ですよ。でも、女子から見てもかわいい女の子にしか見えないんですよね、白崎さんって。しかも、今日の一年C組でやっていた喫茶店で出したケーキやスイーツを作ったのも白崎さんだそうで、もう女子力の権化ごんげですよね」

「それはそれは。ケーキは話題になってたのは知ってるけど、俺が食べに行ったときは売り切れてたんだよね。個人的にでいいから、今度こっそり作ってよ、白崎さん」


 結果が出るまではなにも喋らなくていいと事前に言われていたのに、突然話を振られて焦ってしまう。とりあえず、指でオッケーサインを作って、小さく頷いて見せると、生徒会長はオーバーに喜んでみせる。


「そして、椎名さんですが、大胆で紳士的だって話を聞いてます」

「例えば、どんな感じに?」

「先ほどのエスコートもですが、他にも褒め上手で、困ってる人にちょうどいい塩梅で手を貸したりと、普通は少し勇気を振り絞ったりしないといけないことを当たり前にできるかっこよさを持っているそうですよ」

「あふれ出るイケメンオーラだけじゃない、ってわけなんだね」

「ええ。そして、運動も男子と対等にできるレベルだけでもすごいことなのに、それに加えて、『C組の白雪姫と王子』と呼ばれる所以ゆえんにもなった、階段から落ちた白崎さんを受け止めて、お姫様抱っこで階段を上り切るなんて芸当もしたそうですからね」

「それは普通にすごいな。俺にはそんなことは出来そうにないな」

「会長は運動神経悪いうえに、力もないですもんね」


 体育館は笑いに包まれ、気付けばいい雰囲気になっている。


「さて、長々と二人の紹介をしてきたわけだけど、信任投票の準備ができたみたいだね」


 生徒会長が切り出したところで、ステージの照明の明るさが絞られ、スクリーンにプロジェクターで北高のホームページが表示される。


「投票の仕方だけれども、トップにある文化祭の特設ページに入ってもらうと、『コンテスト投票ページ』っていうのがあると思う。その先に入るためには学生番号を入力する必要があるんだ」


 生徒会長の説明に合わせて、スクリーンでマウスカーソルが動き、ガイドしていく。


「学生番号は学生証に書かれています。もし今持ってなくて、学生番号が分からないという人は近くにいる実行委員や先生に声を掛けてください」


 今度は副会長の言葉に合わせて、散らばって立っている文化祭実行委員や先生たちが手を挙げて大きく振りながら、存在をアピールする。


「その先に椎名さん、白崎さんをそれぞれ信任するかしないかというアンケートがあるので、どちらかを選んで最後に『結果を送信』で投票は完了だ」

「それでは投票を始めてください。今から十分ほどで投票は締め切ります」


 副会長の合図で体育館の照明がいて明るくなる。それと同時にざわざわと騒がしくなった。

 俺とシイナは投票している間は、ステージ脇から持ってこられたパイプ椅子に座って待つように促される。

 椅子に腰かけ、大きく息を吐くと、隣でシイナも同じよう息を吐いていて、思わず笑ってしまう。シイナも平気そうに見えて、それなりに緊張していたのだろう。


「きっと大丈夫だよ。俺もシイナもできることは全部したしな」

「うん。いろんな人に協力してもらったり、支えてもらったもんね」

「ああ。結果はどっちにしろ、これは変われるきっかけになると思うんだよ。シイナにとっても、俺にとっても」

「シロ君にとっても?」

「そうだよ。文化祭を通して、色んな人の見え方が変わったからな」

「そっか……」


 そして、時間は刻々と過ぎ去っていき、投票のタイムリミットが過ぎる。ステージ以外の照明が消えた体育館のなか、ドラムロールの音が鳴り響きだす。


「それでは、投票の結果を発表します!」

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