第30話 白雪姫と王子 ③
文化祭が始まり、一年C組の模擬店『白雪姫のリンゴ喫茶』も開店した。
お昼ごろまではきっと客足はまばらでお腹の空き始める昼ごろから、甘いものが欲しくなる昼下がりくらいにピークが来るだろうと予想していた。
「それじゃあ、一年C組、『白雪姫のリンゴ喫茶』開店しまーす!!」
本郷が教室の扉を開けると、さっそく新聞部の赤坂先輩がデジカメ片手に、大人しそうな雰囲気の女子と二人で来店してきた。
「来ましたよ、白崎さん! 今日は一段とかわいいですね」
赤坂先輩は笑みを浮かべながら、真っ直ぐに俺に向かって歩いてくる。その笑顔に冷や汗が出て、つい後ずさりしてしまう。しかし、客である赤坂先輩たちを
「いらっしゃいませ、赤坂先輩。来ていただいて、嬉しいです」
と、接客スマイルを浮かべながら、「こちらにどうぞ」と席に案内する。赤坂先輩が椅子に座ると、本来の接客当番のクラスメイトがメニューを持ってきた。それを赤坂先輩は「ありがとう」と受け取りながら軽く会釈をする。メニューに目を落としながら、赤坂先輩は話しかけてきた。
「そういえば、今日は声も変えてるんですね」
「ええ、ミスコンもありますので」
「あとで写真撮ってもいいですか?」
「はい、いいですよ」
そう表向きは笑顔で応対しつつ、私用の写真だと嫌だなと思ってしまう。
「あと取材もさせてもらっていいですか? 新聞部で分担決めて、文化祭の写真を撮ったり、リアルタイムでウェブ版で記事を配信してるんですよ」
「そういうことなら、こちらからお願いします。それでは注文はどうしますか?」
「そうですね――」
赤坂先輩は一緒に来た友達とメニューを見て、二種類のケーキを一つずつ注文してシェアすることにしたようだ。それから、届いたケーキを食べる前に写真に撮ってから食べ始めた。
取材もあると言われていたので、教室の外に宣伝に出るわけにもいかず、看板を片手に手持ち無沙汰に教室の隅に立っているシイナのところに向かった。
「お疲れ様、シロ君。いや、ユキちゃんの方がいいのかな?」
「どっちでもいいよ。それにしても、赤坂先輩は慣れないよ」
「なんだかすごい気に入られてるもんね」
シイナの隣に立ち、赤坂先輩の方に視線をやると、おいしそうに食べていてホッとする。横目でシイナを見上げると、落ち着かない様子でチラチラとこっちを気にしているのが見て取れた。
「どうかしたか、シイナ?」
「さっきのなんだったの?」
「さっきの?」
「ほら、渡瀬さんと抱き合って、その――」
シイナの方に向き直ると、気まずそうに視線を逸らされた。たしかに誤解されてもおかしくない言動をしたが、あれはお互いに一歩踏み出すための儀式のようなものだった。そのことを渡瀬の名誉を守りながら説明するのは難しい。
「あれはユキになるための儀式だよ。前までは名前を呼べば、切り替えれてたけど最近は呼び慣れたせいで上手く切り替われなくてさ。そのせいで、マユも周りも驚かせちゃったけどさ」
「そうなんだ」
「そうだよ。あれはなんというか女子同士がじゃれつくのと似た感じ、って言った方が分かりやすいかな?」
「ああ、それだとなんとなく。でも、女子同士としても、なんだかちょっといやらしい感じがした」
「俺にも渡瀬にもそんな浮ついた感情は一ミリもないよ。言われて初めて気づいた」
そうため息交じりに反論すると、シイナはくすくすと笑いだした。シイナの笑顔を見るだけで心が温まる気がする。
それから赤坂先輩は食べ終わると、俺とシイナのツーショットを含む何枚かの写真を撮り、ケーキについてのことを聞かれた。最初は手作りと称しているがどこかで買ったものを出していると思われていたが、本当に手作りでしかも俺が作ったと知ると目の色を変えて、質問攻めにされた。
「ありがとう、白崎さん。C組のみなさんも。ウェブ版に記事あげるので、楽しみにしてくださいね」
赤坂先輩は笑顔で教室を出ていき、それを見送るとどっと疲れが出た。しかし、これからが本番で学校中を回りながら、宣伝を兼ねた売り歩きをしないといけない。
「シイナ、そろそろ行こうか」
バスケットの持ち手を腕に通しながら声を掛けると、看板を持ったシイナが頷いた。店番をしているクラスメイト達の「いってらっしゃい」という言葉を受けながら教室を出た。
廊下を歩いていると、色んな人に声を掛けられた。
「あっ、姫と王子じゃん。それにしても、姫は今日は気合入った格好してるねー」
「姫、めっちゃかわいい。ねえ、写真撮ってもいい?」
「姫のクラスは喫茶店なんだ。えっ? 姫の手作りなの? じゃあ、一個ちょうだい」
そうやって、少し歩いては声を掛けられて、短い談笑をしたり、撮影をお願いされたりと休む暇がない。撮影を始めるとひどいときは、野次馬や自分も撮らせてくれと、囲まれて身動きが取れなくなってしまうこともあった。
歩いていて、話しかけられる頻度は俺の方が多いが、シイナは遠くから呼びかけられることが多く、扱いの差を実感する。例えるなら、会いに行けるアイドルと雲の上の存在と思わせる俳優といったところだろうか。
校内を一周して、バスケットもほぼ空になったので教室に戻ってくると、行列ができていてその想定外の光景に驚いてしまう。教室に入ると、当番のクラスメイトが忙しそうにしていた。
「ああ、姫! 戻ってきたんだ。なんかもう人が途切れなくてやばいよ! このままだと午前中で売り切れちゃいそう」
嬉しそうにしつつも疲れが見える本郷がテンション高く近づいてきた。
「それにしても、なんでこんなに?」
「姫と王子の宣伝で来たって人や、学校新聞の特集見たとか、あとはクチコミですごい広がってるみたい」
「まじでか」
「うん。じゃあ、私は接客に戻るね」
本郷は小さく手を振って、離れていった。ショーケース内のケーキももう半分以上がなくなっていた。パーテーションで区切られたバックヤードに行き、スマホを取り出すと、サイレントにしていて気づかなかったが、かなりの数のメッセージが届いていた。
バレー部の久井先輩は食べに来てくれたようで、美味しかったから友達にも宣伝しておいたよ、と嬉しい言葉が、須波先輩からは女子が多くて入りにくかったから、パウンドケーキだけ買ったけどうまかった、と少し申し訳ない気持ちになる感想が届いていた。他にも別の高校に進学した中学時代の友人から、宣伝してる俺の姿を遠目に見かけたらしく「今年もやらかしてるな」と、文字越しなのに表情まで見えてきそうな一言に笑ってしまう。
「ねえ、シロ君。さっき本郷さんの言ってた学校新聞の特集ってこれだよね?」
シイナも隣でスマホで確認していたらしく、まだ見ていなかったので画面を見せてもらう。そこでチーズケーキが『文化祭レベルではない極上のスイーツ』と写真付きで紹介されていて、さらに俺の手作りだということが書かれている。相変わらず、俺に甘い書き口と表現に乾いた笑いが出そうになるが、おかげで客足が増えたので今は素直に感謝することにした。
クチコミと学校新聞のおかげで早々にチーズケーキは完売し、リンゴケーキも昼前に全てなくなった。アップルパイなどのサブの商品も売り歩きも含め、昼前後のピークの時間帯に全てなくなってしまい無事完売になった。昼からは休憩所として開放しつつ、余っているドリンク類の提供のみで当番の数人だけを残して、自由時間になった。
自由時間とはいえ、あとはコンテストのためにブラブラしながら注目を集めて、追い込みをかけないといけないのでまるっきりフリーというわけではない。しかし、せっかくの文化祭だ。少しくらいは自由に回りたい。できれば、シイナと一緒に。
「なあ、シイナ。このあと一緒に回らないか?」
「そうだね。一緒の方が目立つし、最後のアピールにもなるもんね」
「そうだけど、それは今は置いといて、普通に楽しもうぜ? ずっと宣伝とかばかりで楽しめてないだろ?」
シイナは目を丸くしていて、ワンテンポ遅れて、口元を隠してくすくすと小さく笑いだした。
「なあ、笑うところあったか?」
「ごめん、そうじゃないの。私はシロ君と宣伝で歩いてるだけでも楽しかったから。それにシロ君はいろんな人に捕まって、
「そう言われたら、そうなのかもな」
こっちが断り切れないという事情を利用して、コンテストに協力してくれている運動部の先輩たちにいいように使われたりしたけれど、それが結果として今の楽しそうなシイナの表情に繋がっているなら、それもよかったのかもしれない。
「じゃあ、シロ君。もうひと回りしようか?」
シイナの言葉に「ああ、そうだな」と返事をして、並んで歩き始める。思い返せば今日は一日シイナと一緒だったなと、隣で明るい表情を浮かべるシイナを横目で見上げる。
『十六時より体育館にて、ミス・ミスターコンテスト及び、エンディングセレモニーを行います』
校内放送が流れ、今年の文化祭は着実に終わりに近づいていた。しかし、俺とシイナにとっては一番重要なイベントの始まりが迫っていた――。
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