第28話 白雪姫と王子 ①
六月に入り、空は梅雨模様でどんよりと重たいが、校内は文化祭というお祭りに向けて賑やかな雰囲気になっていた。
文化祭と言えば秋と思っていたが、浮かれ気分で梅雨時期の湿っぽさを忘れ、運動部連中は外で練習できない鬱憤を文化祭の準備に向けている。さらには、クラスで一つのことをやるということで一体感が増し、よりお互いのことを知れる機会にもなり、そう言う意味では、この時期にやるのもいいのかもしれないと思えた。
一年C組は、女子たちの強い要望で文化祭に喫茶店をすることになった。『白雪姫と王子』にちなんで、リンゴをテーマにしたスイーツと飲み物を提供することになった。
俺はというと強引にメニューを決める担当にされ、さらに文化祭当日も客引きに接客にと、ゆっくり見て回る時間はほとんどない。当日はシイナも似たようなもので、それはコンテストのアピールも兼ねているので仕方がない。
「ねえ、ユキちゃん。客引きを兼ねてアピール目的で校内を歩き回るなら、ついでに売り歩きで女子力アピールもするってのはどう?」
「それはいいかもな。パウンドケーキやひとくちサイズのアップルパイとか作ってラッピングすれば、持ち帰りや食べ歩き用にも売れるし、いけるかもな」
渡瀬の案を採用しつつ、「でも、来てくれた人にはインパクトあるものを出したいよね」とスイーツ好きな本郷が真っ当な意見をくれる。
「ねえ、姫ってさ、チーズケーキ作れるんだよね?」
「うん。一回作って、なんとなく感じは分かったからレシピさえあれば、チーズケーキならある程度は作れると思う」
「すごいね、姫は。でさ、前に駅ビルに新しいスイーツ店できたからって誘ったの覚えてる?」
「ああ、あったな。それで?」
「その店で、リンゴのクリームチーズケーキってのがあったの思い出してさ」
本郷はスマホを取り出して、「ああ、これこれ」と写真を表示させて見せてくれる。見た目はチーズスフレのような柔らかな生地に煮リンゴが載っていて、ミントが色合いとして添えられていた。地味な見た目になりがちなリンゴスイーツにしては、食欲もそそられ、おいしそうだった。
あとは簡単にできるリンゴケーキを用意すればメニューは十分に思えた。
それから何度か試作し、余ったものを女子バレー部に差し入れに行った。そこで甘いものを食べながらの女子会というものに参加させられた。話の主なネタは恋バナでバレー部の部員には俺がシイナが好きだということを知られてしまっているので、必然的に狙い撃ちにされる。そこで、シイナがどんな人間でどういうところをいいと思っているかを話させられるという仕打ちにあったが、シイナを知ってもらう機会とも考えたら、不思議と嫌な気にもならなかった。
そうやって、協力者に対して対価を払いつつ、コンテストで優勝をするための地盤固めをしていった。久井先輩や宮沖先輩からもっとアピールした方がいいとアドバイスされ、俺とシイナは放課後の文化祭の準備で生徒が多く残っている時間帯にそれぞれ女装、男装をして、二人で購買への買い出しやゴミ捨てなど人目につく機会があることを率先して引き受けた。そのおかげか、
「あ、姫と王子がいる」
「姫、ミスコン応援してるよー」
「椎名君、かっこいいなあ」
と、声を掛けられたりすることが増えた。少しずつだけれど、認知度が高まっているのを実感し、それは自信にもなる。
文化祭に向けて準備は順調に見えていたが、不安もあった。
例えば、文化祭当日まではコンテストに誰が何人エントリーしたかは分からないのだ。だから、裏で自分たち以上に根回をして完了させてしまってる候補者がいても不思議じゃない。
そういう心配をするのもエントリーするだけでも相当ハードルが高いがゆえかもしれない。コンテストのエントリーは、基本的に自薦ができないことになっている。俺やシイナは新聞部のアンケートの優先出場権を利用しているだけで、それ以外では前年度の優勝者や得票率二割以上のシード枠は自薦でエントリーできる。そうでない場合は、一定数の推薦を集めることが必要という面倒くさい条件が規定されている。
それだけハードルが高いがゆえに、人望も人柄も必要になり、特典が豪華になっているという側面もあるのだろう。冷やかしや特典目当てで立候補ということすら難しいのだ。
だから、コンテストにエントリーするというだけで相当の人望があり、それなりの票が集まるというのが確定しているわけだ。
またコンテストの運営は主に文化祭実行委員と生徒会だが、新聞部も深く関わっている。そのため、俺とシイナは早い段階で新聞部にはお詫びをしに行った。
変にしこりを残したり、悪印象を抱かれたままだと、土壇場で性別を理由に排除されても文句は言いだしづらい。そういう不安要素を解消したかったのだ。
謝罪の言葉を口にした俺とシイナに対して、部長の荘野先輩は、
「裏取りをしなかったこっちも悪いし、何より君たちのおかげであの特集は例年にないほどに盛り上がったから、結果的にはオッケーだよ。それに文化祭も君たちの話題でもちきりだからね。何かあったら取材させてくれよ?」
と、なんだか楽しそうに口にしていた。他の部員もおおむね同じような反応で緊張していた分、安堵とともに拍子抜けしてしまった。しかし、ただ一人赤坂先輩だけは違っていた。
「ねえ、白崎さんって、本当に男子なんですか?」
「ええ、そうですよ。学生証か保険証で確認しますか?」
「それはいいわ。もうね、ぶっちゃけどっちでもいいわ。私、取材とかインタビュー以外で男子と話したりって、あまり得意ではなかったんだけど、白崎さんは平気なのよね」
「似たようなことをよく言われます」
「そうだよね? なんか新しい扉開けた気分っていうのかな、私はむしろ感謝してるよ」
そう鼻息荒く手をぎゅっと握られる。そのことに身の危険を感じ、背筋が寒くなる。しかし、印象を悪くしたくないので、「先輩もいい人で本当によかったです。あの記事も素敵でしたし」と笑いかけると、赤坂先輩は体の力が抜けたようにその場にへたり込んでしまい、いろんな意味で大丈夫かなと心配してしまう。
そして、あっという間に文化祭当日がやって来た――。
チーズケーキは昨日の晩に作り冷蔵庫で冷やした。それ以外のお菓子は早朝から大量に作り、渡瀬や本郷をはじめ数人がやってきて、ラッピングを中心に手伝ってくれた。それを保冷剤を入れたクーラーボックスに詰め込み、父さんの車で学校まで運んでもらった。学校に着き、渡瀬たち女子は人を呼んでくると先に教室に向かった。車からの荷下ろしを一人でしていると、ふいに横から声を掛けられた。
「おはよう、シロ君」
「ああ、おはよう。それにしてもタイミングいいな」
「シロ君が家を出たタイミングで渡瀬さんが手が空いてる人を連れてきてって頼まれたんだよね。で、だいたいこれくらいの時間かなって一足先に出てきた」
そう答えるシイナの表情はどこか楽しそうで、周りに
「あのさあ、それだと手が足らないんだけど?」
「いいじゃん。これくらいなら私一人でも持てるよ?」
「それだと俺が持たせてるみたいじゃないか。半分は寄こせ」
「分かった。ありがとう、シロ君」
「ありがとう、って言うのはこっちだろうが」
そう文句を言いながら、車のトランクを閉め、シイナから荷物を奪い取る。そのまま並んで教室に向かって歩き始めた。
今日が俺にとってもシイナにとっても、大きな一日になるのは間違いない。緊張と重圧を今さらになって感じながら、隣を歩くシイナを横目で見上げる。その横顔は見慣れてきたからか、ずいぶんと身近に感じられるようになった。最近ではシイナの表情は柔らかくなったように思える。もしかしたら、王子の仮面が剥げかけているのかもしれない。
ふいにシイナと目が合うと、にこりと微笑んできた。そんな表情を自然にできる環境を作りたいと
そんな気持ちを隠しながら、隣を歩く背の高い女の子に今はただ想いを寄せながら歩いた――。
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