第27話 毒リンゴの呪いの解呪法 ⑧

「高校でもサッカー部に入りたいんだけど、ダメかな?」


 両親にそう切り出すと、父さんは「いいんじゃないか」とあっさり了承してくれるが、


「私もやりたいって言うなら、やらせてあげたい。ユキ君にはいつも我慢させて、来未の面倒や家事までやってもらってるからね。だけどね……」


 母さんは難色を示す。理由は簡単で来未が心配だから。それは大いに理解できるから、今まで何かをしたいと口に出さずにいた。しかし、夕方に来未と話したことを伝えると、母さんはどこか穏やかな表情に変わっていく。


「来未ももう四年生だものね。留守番もちゃんとできる年齢だし、寂しくなったら学校帰りに高校に行くってのも悪くないけど、中学と違って高校側がうんと言うかは難しいところよね」

「それは俺の方から話してみようか? 北高のサッカー部の顧問の先生とは面識あるし、教頭先生や他にも何人か知ってる先生もいるから相談はできると思う。それにダメでも学童っていう手段もあるんだから、ユキはやりたいことを我慢しなくていいんだ」

「そうよね。結果はどうであれ、ユキ君がサッカーを続けるのには反対はしないわ」


 両親はうんうんと頷きあって、同じ意見だということを確認し合ってるようだった。


「それでユキ君。話したいことは部活のことだけ?」


 母さんの視線が真っ直ぐにこっちを射抜く。まるで全てを見透かされているようだった。元々隠すつもりもなかったが、渋々ながら話すことにした。

 成り行きとはいえ、また女装をして、さらには性別を偽って学校新聞の取材を受け、写真とともにウェブで公開されたこと。そして、シイナのこと。しかし、シイナのことは詳しく話さなくても、


「秋津中のバレーの県代表に選ばれたすごい子だよね」


 と、父さんも当たり前のように知っていて、シイナの評判の高さを再認識することになった。それから、シイナは今はバレーから離れていて、その離れる理由となった出来事が最後の一押しになり、人から求められる自分を積極的に演じるようになり、人付き合いが不器用なのに人気者というアンバランスな存在であることも順序立てて話した。

 しかし、シイナはバレーには未練があって、今のシイナではバレー部に戻ってもきっと上手くは行かないだろうと思い、バレーと学校生活を心から楽しめるような環境を作るために、文化祭で再度女装をする予定があることを真面目に話した。

 話し終え、しばらくすると、両親はあろうことか大声で笑い始めた。


「それで、なんでそこで女装になるんだ、ユキ。まあ、できることを考えてたどり着いた結果だろうけど」

「母さんからすれば、あんたが女装に目覚めたんじゃないかと不安だったけど、理由が人のためって聞いて、らしくてホッとしたわよ」

「それにしても、このユキの写真、母さんの若いころに似てるんじゃないか?」

「言われてみれば十代のころの私にそっくりかもね。来未もこんな風に成長するのかしら」

「そうなると、親としては変なトラブルに巻き込まれそうで心配になるな」


 校内新聞のページを表示させたスマホを片手に、二人して好き勝手に感想を口にしながら、ケラケラと楽しそうに笑っている。


「思いっきりやってきなさい」

「後悔をしないようにね、ユキ君」


 最終的には二人とも背中を押してくれ、なんだかんだで味方でいてくれるということに「ありがとう」と感謝の言葉を素直に口にした。


 翌日の放課後。シイナを誘って、一緒に帰ることにした。聞きたいことがあったからだ。


「それで、シロ君。私に聞きたいことって?」


 下駄箱で靴を履き替えながら、シイナは尋ねてきた。


「あのさ、サッカー部の部長の宮沖先輩とどこで知り合った?」

「ああ……そのことか。秘密ってことで許してくれない?」


 シイナは冗談めかして笑う。そのことにふっと笑みと一緒にため息が出る。


「まあ、話す気がないなら別にいいんだ。ちょっと気になっただけだし」

「別に隠すつもりもないからいいんだけどね。私もシロ君と同じことしただけだよ」

「同じこと?」

「そうだよ。私もミスターコンで優勝したいので協力してくれませんか、ってお願いしたんだ。中田君たちに仲介を頼んでね」

「なるほどなあ」


 シイナと並んで歩きながら、昨日のことを思い返す。きっと昼休みに佑二と吉野と三人で連れ立って教室を出ていったときだ。そのときに話をしたのだろう。

 シイナは隣で楽しそうにこちらの様子を伺っている。


「そういえば、シロ君ってさ、本当に足速いんだね」

「急になんだよ?」

「シロ君のプレーしてる映像見せてもらったんだよね」

「はあ? そんな映像残ってないだろ、お前と違って」


 そう口にして、しまったと思った。シイナの表情にも動揺の色が見える。


「シロ君はどこで私の動画を?」

「隠すつもりもないから、正直に言うけどさ、昨日の昼休みにバレー部の先輩と話をする機会があってさ、ミスコンの協力のお願いついでにシイナのことを教えてもらったんだ」


 それから雑誌のインタビュー記事を見たこと、試合の動画を見せてもらったことを素直に白状した。


「そうだったんだ。それで……どう思った?」

「素直にかっこいいと思った。あと、すごいやつだってことを改めて知ったよ。あと生でお前がバレーしてるところをすっげー見たくなった」

「そっか……どの試合のを見たかは知らないけどさ、シロ君に応援されたら、きっともっとすごいプレイができる気がするよ」


 夕陽に照らされて笑うシイナはとてもかわいくて、思わず見惚みとれてしまう。


「どうしたの、シロ君? ぼーっとしちゃってさ」

「いや、なんでもないよ。それで、シイナは俺のプレーしてる映像をどこで手に入れたんだ?」

「それはさ、吉野君からだよ。北中の分析用に撮った映像が残ってたらしくって、それをね」

「なるほどね。ただ走り回ってただけだったろ?」

「そうかもだけど、中田君はチームメイトとしては助かる存在、吉野君は最悪の相手だったって笑ってたよ。あと、そのためにしたことも中田君や先輩たちから色々と教えてもらったよ。シロ君がどんだけ努力家でがんばってたかって」


 それからシイナは聞いた話を楽しそうに口にする。例えば、陸上部の神辺先輩には速く走るための走り方やトレーニング方法を教えてもらい、長距離専門の別の先輩を紹介してもらい、疲れにくい走り方を教わったこと。しかし、神辺先輩はサッカーと陸上ではスタートが違うので動きの中で反転してスプリントなどは教えれないと言われた。

 そこで野球部で一番足が速かった長浜先輩に、野球の盗塁や走塁技術の応用で足りないスタートの方法を参考までに教えてもらうことになった。

 他にも柔道部の先輩に簡単な受け身を教わったりと、サッカーに通じそうな技術を教えてもらった。そんな俺の行動を須波先輩たちサッカー部の先輩が間を取り持ってくれたりして、いろんな先輩と縁ができて、かわいがってもらっていた。

 そうまでしてとことん走ることを追及して、相手ディフェンスの裏に抜ける動きや味方のカバーに走り回るのが俺のプレースタイルだったわけだ。

 そんな自分のやってきたことを知っていると、シイナの口から聞かされ、なんだか気恥ずかしいような少し嬉しいような気がしてしまう。

 そして、知られたからにはどう思われたのか気になってしまう。数分前のシイナも同じような気持ちだったのだろうか。


「それで、シイナはどう思った?」

「サッカーでも誰かのために走ってたんだなってのが、シロ君らしいなと思ったよ。真っ直ぐでがんばり屋だから、みんな協力したりだとかしたくなるんだろうなって。そんなシロ君をかっこいいと思ったよ」

「なあ、シイナ。お前は俺がサッカーやってるところを見たいか?」

「うん。見たいし、応援したいよ」


 シイナは真面目な顔で即答してきた。そのことになんだか笑みがこぼれてしまう。そして、知らず知らず似たような行動をして、同じようなことを言っているのがおかしく思えた。


 ここまで似ているならもしかしたら、俺がシイナに抱いている気持ちをシイナも同じように抱いていたらいいなと、夢を見てしまうのも仕方のないことなのかもしれない――。

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