第26話 毒リンゴの呪いの解呪法 ⑦

「白崎の言うことに協力してやってもいいけど、条件がある」


 ミスコンへの根回しの協力を頼んだ俺に対して、サッカー部のキャプテンの宮沖先輩はそう切り出した。宮沖先輩に真っ直ぐに視線を向け、言葉の続きを待った。


「白崎の希望通り文化祭のミスコンで優勝したら、サッカー部に入ってくれないか?」


 提示された条件を理解するために固まっていると、


「宮沖先輩! その条件はひどくないですか? シロ個人でどうにもならないことじゃないですか!」


 佑二が不満を爆発させる。やはり佑二は俺が部活に入らない理由を理解していて、部活の勧誘を諦めていたのだろう。しかし、佑二が声を上げてくれたおかげで宮沖先輩の意図したことに気付けた。


「佑二。お前、ちょっと勘違いしてるぞ」

「なにがだよ、シロ? 協力する代わりに部活入れってことだぞ? なんかずるくね?」

「だから、それが勘違い。早とちりってやつだって。先輩は回りくどく協力してくれるって、言ってるんだよ。ですよね、宮沖先輩?」


 宮沖先輩は口元を緩めながら頷いている。それを見て、佑二の表情からさっきまでの憤りの色は消えていた。

 宮沖先輩の出した条件は、部活に入ることが協力の見返りではなく、ミスコンに優勝できたときは入部を考えてくれというお願いレベルなのだ。


「サッカー部に入るかの結論は待ってもらえませんか? さっき佑二も言いましたが、俺だけでは決めれない部分もあるんで」

「ああ、もちろん。ミスコンの結果が出るまでは待ってやるよ」

「ありがとうございます」


 そう深々と頭を下げると、須波先輩が隣に来て肩をポンポンと叩きながら「よかったな」と声を掛けてくれた。それから宮沖先輩は運動部の横の繋がりをフル活用してくれると約束してくれた。それとは別にクラスメイトや友達にも声を掛けてくれるとも。


「先輩、色々とありがとうございます」

「いいってことよ。これでたぶん男子の半分以上はお前にいれるだろうな。女子の方は分からんが」

「そのことなんですが、女子バレー部の部長の久井先輩や二年生の松永先輩も協力してくれることになってます」

「それ、本当か?」


 宮沖先輩は驚きの表情を浮かべる。


「バレー部の久井はな、去年のミスコンで優勝してるんだよ。で、周りも連覇を期待して盛り上がってたけど、そういうことなら久井は出ないのか」


 そう言われ、久井先輩のことを思い返すと、たしかに背が高くてスタイルがよくて美人だ。さらに不躾ぶしつけな態度だった俺の話をちゃんと聞いてくれた人で、きっと性格もよくて人望もあるのだろう。


「じゃあ、久井とは明日にでも俺から話してみるわ。協力し合えるなら、それに越したことはないしな」


 宮沖先輩は立ち上がり、俺の肩に手を置いた。なんとも頼りがいのある先輩に感謝の気持ちしかないが、こんなにも自分に都合よく話が進んでいいのかと戸惑いさえ感じてしまう。


「あの、どうして、俺なんかのためにそこまでしてくれるんですか?」

「そりゃあ、かわいい後輩のため――というのは冗談で、みんな白崎を助けたいんだよ。お前の努力して、がんばってる姿はみんな見てきたし、知ってるんだぜ。あとは、男子がミスコンで優勝とか前代未聞すぎて面白そうだからかな」


 部室内に笑いの波が広がる。本当に俺は恵まれていると実感する。こんなにもいい人たちに囲まれて、お世話になって、迷惑をかけて――返せるか分からないが、ちゃんと恩を返したいと心に決める。

 部室に響く笑い声に張りつめていたものがほどけていき、自然と笑みがこぼれてしまう。


「よっし! 円陣組もうか!」


 宮沖先輩の言葉に俺の周りに円陣ができあがる。突然のことに戸惑っていると、


「白崎たちを優勝させて、白崎をサッカー部に入れさせるぞ!」


 宮沖先輩が発声すると、それに合わせて、「おおっーー!!」と声が上がった。そして、円陣の中心にいた俺は揉みくちゃにされ、肩や頭を痛くない程度にバンバン叩かれる。そんな手荒い激励を受けたあと、部室を後にして、今はひとり帰り道についた。

 盛り上がっていた気持ちが落ち着いてみれば、どこか物寂しさを感じてしまい、そのなかで違和感に気付いた。


 白崎たちを優勝させて――。


 宮沖先輩は確かにそう口にした。きっとその複数形に含まれる人間はおそらくシイナなのだろう。しかし、シイナと宮沖先輩は面識があるとは思えず、言葉の真意が掴めないでいた。明日あたり、シイナに直接聞いてみるのもいいかもしれない。

 そのまえに俺は自分の問題に向き合わなければならない。今まで義務感で塗り固めて見ないようにしてきたものにちゃんと向き合うときが来たのかもしれない。

 いつものように頼まれた買い物をスーパーですませてから、家に帰る。来未は先に帰っていて、リビングのテーブルで宿題をする手を止めないまま、「おかえりー」と声を掛けてくれる。それに「ただいま」と返し、手洗いうがいをして、着替えるより先に来未の向かい側に座った。


「どうしたの、お兄ちゃん?」

「あのな、来未に聞きたいことがあって」

「うん。なあに?」


 来未は鉛筆を置いて、真っ直ぐに俺に視線を向ける。


「俺が高校でまたサッカーをやりたいって言ったら、来未はどうする?」

「どうもしないよ? また、応援するだけ」

「ありがとな。だけど、また毎日練習で帰り遅くなったりするけど、来未は大丈夫か?」

「お兄ちゃん、私、もう四年生だよ? 留守番くらいできるよ!」


 来未は頬を軽く膨らませて、子供扱いし過ぎたことに抗議してくる。


「でも、夜まで毎日一人になるんだぞ?」

「えっとね……お兄ちゃんが心配してくれるのは分かるよ。私に寂しい思いさせないようにって、早く帰ってきてくれてるのも知ってる。だけど、それでお兄ちゃんが自分のしたいことを我慢するのはなんか嫌だなって思うよ」


 来未がいつになく真剣な表情で言葉を選びながらも気持ちははっきりと口にする。そのことに驚きつつも、いつまでも小さくて甘えん坊だと思ってた来未もしっかりと成長しているんだなと実感する。


「でもね、週末とかにちょっといいお菓子作ってほしいな、お兄ちゃん」

「部活始めたら週末、祝日含め練習だっての」

「あっ、そっか……」


 露骨にがっかりとした表情に、やっぱりまだまだ子供だなと思わず笑ってしまう。


「大丈夫だ、来未。休みの日とかで時間あるときはちゃんと作ってやるから」

「ありがとう、お兄ちゃん」

「それで、来未。留守番は本当に大丈夫なのか?」

「うーん……たぶんね。でも、一人が嫌になったら、前みたいにお兄ちゃんの学校に行けばいいだけだもん」

「ああ、そうだな。でも、それは四年生になったお姉さんの言葉じゃないよな?」


 来未と顔を見合わせて、声に出して笑い合った。きっと部活を始めれば、一ヶ月もしないうちに来未は放課後に高校に来るようになるだろうなと安易に予測できる。個人的にもそっちの方が安心できていいのだけれど――そう思ってしまう自分はシスコンで過保護なのかもしれない。


 晩ご飯を食べ終わり、来未が先にお風呂に入ったタイミングを見計らって、今度は両親に思い切って相談してみることにした。


「あのさ、ちょっといいかな?」

「どうしたの、ユキ君?」


 母さんが返事をしたが、帰りが遅く、まだ食事中だった父さんも、何かを察してはしを置いて聞く姿勢を作ってくれる。

 そうやってあらたまれると、言い出しづらくなってくる。さて、なにから話をすればいいのかと迷ってしまう。来未のこと、シイナのこと、部活のこと、女装して取材を受けたことを隠していること、それなのにまた女装をする予定があること――話さなければならないことは多い。

 目を閉じて一つ深呼吸をする。まずはそうだ、自分のことから話すことにしよう。


「あのさ、高校でもサッカー部に入りたいんだけど――」

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