第25話 毒リンゴの呪いの解呪法 ⑥

『次世代のニューヒロイン! 椎名央子(秋津中)』


 そんな目立つ見出しと大きな写真。それは見間違うことなきシイナ本人で、記者との一問一答形式のインタビュー記事が掲載されていた。

 以前シイナがインタビューされるのには慣れていると言っていて、実際に淡々と受け答えできていたのはこういうところに理由があったのだろう。

 バレー部の先輩に見せられたシイナのことがっている記事を読み進めていくと、とんでもない人間と接していたのだと痛感させられる。

 シイナは――椎名央子という人間は、中学二年のときに無名の公立校を圧倒的な才能と実力で全国に導き、さらにはその年、県選抜として都道府県対抗の大会に出場。その大会で優勝は逃すも表彰された将来を有望視された選手だった。


「これでわかった? 椎名さんがどんな選手か。まだ足りないなら動画もあるけど見てみる?」


 そう言い差し出された松永先輩のスマホで見せてもらったシイナのプレイしている動画は圧巻だった。一目で分かる体のサイズの違いと、けた違いの跳躍力でブロックの上から何度もスパイクを決めていた。スパイクだけでなく、全てのプレーにおいて素人目しろうとめにもわかるほどに、一人だけ違う次元でプレーをしている選手だった。


「すごいっすね、あいつ」

「でしょ? 椎名さんはもしかすると高校生で日本代表に選出されてもおかしくないかもっていう人だったから、こんな普通の公立校にいたら驚くような選手だってのは分かるでしょ?」


 思わず頷き、言葉を失ってしまう。シイナをできるだけ早くバレーの世界に戻さないといけない気さえしてしまう。だけど、そうやってシイナを特別な存在として扱わなかったからこその今の俺とシイナの関係で、そこで変に遠ざけたり持ち上げたりすればシイナを中学時代のように孤独にする。

 今まで通り、優先すべきはシイナ自身の気持ちだ。

 一度目を閉じ、曇りかけた目と意識を一度リセットする。大丈夫、シイナの姿はいつもの俺の隣で笑う普通の女の子で。

 目を開けて、先輩たちに真っ直ぐに対峙する。


「それで先輩は、もしシイナがバレー部に入ったら、どう接しますか?」

「うーん……チームは全部が椎名さん中心になるだろうね。でも、それは私たちに実力がないから。だけど、バレーは一人じゃできないから、支えるつもりだよ」

「それならいいんですけど……あの、お願いがあります。もしあいつがバレー部に入ったら、選手として特別扱いするのは仕方ないかもしれませんが、それ以外のところでは特別扱いしないで普通に接してやってください。シイナは本気で取り組みだしたら、辛い練習さえも当たり前に淡々とこなすやつです。そういうのが当たり前にできない弱さを俺も知っています。だからといって、遠ざけるようなことはしないでください。どうかちゃんとあいつの話を聞いて、あいつ自身と向き合って、孤立させないでください。少しだけ不器用なだけで真面目でいいやつなんですよ」


 そう言って深々と頭を下げる。それくらいにしか、俺ができることはない。あとはシイナとバレー部の問題だ。


「ちょっ、ちょっと頭を上げてよ! そもそもなんでキミはそこまで椎名さんに肩入れするの?」


 顔を上げて、久井先輩の質問の答えを探す。シイナに肩入れをする理由――友達だから、『白雪姫と王子』と呼ばれ、一緒に困難を乗り越えたりした運命共同体だから。きっとどれも正しくて、少し足らない。

 そして、渡瀬に告白されてはっきりと自覚したシイナへの想い。


 俺はシイナが椎名央子という女の子が好きなのだ――。


「好きだから――それ以外に理由はいりますか?」


 俺の言葉に先輩たちは思わず口元に手を当て、驚いた表情を浮かべている。しかし、一番驚いているのは俺の方だろう。


「でも、このことは誰にも言わないでくださいよ? 言いふらされたら、八つ当たりでシイナにバレー部に入らないように言うかもしれませんし」

「キミ、本当にいい性格してるよね。てか、そういうこと言うわけないじゃない」

「ありがとうございます。今はその言葉を信用します」


 先輩たちはくすくすと笑みをこぼしているが、俺は顔が熱くて仕方がない。


「そういえば、白崎君さあ。椎名さんのためにミスコンに出るって言ってたよね? あれはどういうこと?」

「ああ、それはミスコンの優勝特典を使って、全校生徒にシイナ自身を見てくれって訴えたいんです。あいつはみんなの期待に応えようと、周囲に馴染もうとして、今は王子として振る舞っているんですよ。俺はシイナに期待を押し付けるんじゃなく、シイナという女の子をちゃんと見てくれと言ってやりたいんです。あいつが心から毎日を楽しめるように」

「それで私たちを試すようなマネをしてたんだ」


 先輩たちは顔を見合わせ頷き合っている。


「じゃあ、私たちバレー部もそれに協力していい? そうすればキミの優勝する確率は上がるでしょう?」


 久井先輩は穏やかな表情で提案してきた。隣に立つ松永先輩も同じような表情で頷いていて、そこに悪意などはないように思えた。


「それじゃあ、お願いします」


 頭を下げながら改めてお願いをした。それから先輩たちと連絡先を交換して、どう協力するかということに話の焦点が移った。

 そこで女子運動部を中心に協力してもらえるように頼んでまわってくれるということになり、お礼として今度手作りのお菓子を差し入れするということで落ち着いた。

 それから先輩たちと別れ、教室に戻るともう昼休みは終わりごろで、俺の席あたりにはいつもの面々が集まっていた。


「あっ、ユキちゃん! おかえり」


 渡瀬の言葉を受け止めながら、椅子に座るといつものようにシイナが後ろからすっと抱きついてくる。そのいつもの感触が温かく嬉しいが、どうにも意識し過ぎてしまう。

 どこか落ち着かない気持ちのまま、教室を見回すと、いつも通り視線がこっちに集まっているのを感じる。前の席に座る渡瀬の表情は少しだけ辛そうで、胸が痛んだ。佑二と吉野は何やらニヤついた表情が張り付いていて、何か少しだけ嫌な予感がする。


「あっ、そうだ。佑二」

「なんだ、シロ?」

「前みたいに先輩に集まってくれるように都合つけてくれないか?」

「なんだ、お前もかよ。いいよ、話してみる」


 そう言うと佑二はすぐにスマホを取り出し、連絡してくれているようだった。これで先輩たちにも同じように協力を取り付けることができれば、ミスコン優勝も現実味が帯びてくる。


「なあ、今、“お前も”って、言わなかったか?」

「言ってねえよ。気のせいじゃないか? なあ、智也」

「ああ、気のせいだな」


 なんだか気になる反応だが、それも予鈴のチャイムでうやむやにされてしまった。


 放課後になり、帰り支度をしていると、


「なあ、シロ。これから大丈夫か?」


 と、佑二に声を掛けられた。いつもなら軽く挨拶をして、そのまま部活に向かうのだがそうしないのには理由があるのだろう。


「大丈夫だけど、どうした?」

「昼に頼まれたことなんだけど、この前の先輩全員は無理だけど部活前に、サッカー部の部室で少しなら話聞いてやるって言ってるけど、どうする?」

「頼んだのはこっちだし、行くよ」

「分かった。じゃあ、そう返事しとく」


 佑二はその場でスマホを取り出した。きっとサッカー部の須波先輩に連絡をしているのだろう。


「じゃあ、部室行こうぜ。智也も行くぞ」

「ああ、分かってる」


 吉野は慌てて鞄を背負いながら近寄ってきた。そして、放課後の騒がしい廊下をサッカー部の部室に向かった。


「なんかこうやってシロと放課後に部室に行くってのは、久しぶりな感じがするな」

「まあ、中学のときは毎日こうだったしな。吉野はもうサッカー部に慣れた?」

「そりゃあな。もう一ヶ月だしな。てか、北中出身のやつらは先輩含め、なんであんなノリ軽いんだ? 先輩後輩みたいな上下関係も希薄だし、まあ、その方が楽なんだけどさ」

「それが理由じゃない? 中学時代から運動部の先輩は基本あんなんだったけど、まあ、それは人によるんじゃない?」

「そりゃあ、そうだ」


 吉野は小さく笑いながら、階段の最後二段くらいを飛び降りて着地する。そのまま二人に部活の近況を聞きながら歩いていると、あっという間に部室までやって来た。

 佑二がノックもなしに当たり前に「こんちわーっす」と扉を開けると、中には着替えをしている人を含め、結構な人数が集まっていた。そして、須波先輩もそこにいて、俺に気付くと、上半身裸のまま近づいてきた。


「よう、白崎。ついにサッカー部入りか?」

「ここに来た理由そうじゃないって、知ってるでしょ?」

「まあ、そうだな。で、着替えながらで悪いけど、話って?」


 須波先輩が仕切り直すと、部室内にちょっとした緊張が張りつめたのが分かった。他の部員も着替えをしている手を止めないままこちらに意識を向けているのが分かる。ここにいる人は半分以上が顔見知りで、サッカー部以外の先輩も混じっているのは俺が佑二にお願いしたからだろう。


「単刀直入に言います。文化祭のミスコンで俺が優勝できるように協力をしてもらえませんか?」


 そう深々と頭を下げると、部室内はざわっと空気が震えたのが分かった。突拍子もないことを頼んでいるだろうことは分かっている。しかし、今は回りくどく頼むより、真っ直ぐに端的に話を進める方が、わざわざ時間を作ってくれた先輩たちに対しての礼儀に思えた。


「ちょっと頭を上げろよ、白崎。俺個人はお前に協力していいと思ってるけど、それ以上となるとな……で、どうします? 宮沖みやおきキャプテン」


 須波先輩は、少しわざとらしくキャプテンと呼び、奥のベンチに腰掛けている先輩に視線を送る。それにつられるように一気に視線が宮沖先輩に集まった。

 宮沖先輩は北中のサッカー部出身なので、もちろん俺も面識はあり、何度も話したこともある。

 きっと宮沖先輩の言葉がサッカー部の方針になるのだろう。そう思うと緊張から手が少しだけ震えてくる。


「そうだな、白崎の言うことに協力してやってもいいけど、条件がある」


 その条件がどういうものかは分からないが、協力を頼む側からすれば、これくらいは想定の範囲内だ。

 どうか応えれる条件でありますようにと、どこか判決を言い渡される前の気分で、宮沖先輩の言葉の続きを待った――。

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