第24話 毒リンゴの呪いの解呪法 ⑤
昼休みになり、弁当を食べ終わると、シイナは佑二と吉野と三人だけという少し珍しい組み合わせで教室から出て行った。
俺はと言うと、持ってきたクッキーがまだ余っているので紙袋を持って、一年生の他のクラスや上級生の教室を回って、顔を売りがてら、クッキーを配ろうと決めた。
一年生の他のクラスの教室の前を通りがてら中をのぞくと、面識がある人がすぐに駆け寄ってきてくれた。
「白崎じゃん。聞いたよ、お前またやるらしいな」
そう楽しそうに話しけてくる細身の男子は二年生のとき同じクラスで陸上部に所属していた。彼には走ることについて、色々と相談したり、尋ねたりしていた。そして、俺を駅伝大会の選手として推薦してきて、恩を返すために一緒に練習し走った仲だ。
「やあやあ、ユキ。今は姫の方がいいのかな? それで今度は誰にハメられたのかな?」
こう軽口交じりに絡んでくるかわいい女子は去年一緒にアイドルをやった一人で、きっとミスコンに参加するくだりのことを言っているのだとしたら、相変わらず耳が早い。
こんな感じで縁がある人が集まって、口々に「またやるんだ」と色んな感情を込めて口にしてきた。そこに込められたものは、期待、心配、ちょっとした
こうやって人が集まれば、注目も集まるし、遠巻きに「C組の姫がいる」と口にしているのも見える。それを今は意識しすぎないようにしつつ、
「そうなんだよ。まあ、今回は自分の意志なんだけどさ。それでよかったら協力してくれないか? と言っても票を入れてくれるだけでもいいし、クラスの友達とかにも入れてくれるようにお願いしてくれるだけでいいんだ」
正直にそう切り出すと、みんな一様に首を縦に振ってくれ、「凝りないやつだな」「相変わらず無茶するねえ」と笑ってくれる。そんな久しぶりに一緒に笑い合った友人たちに、協力のお礼を兼ねてクッキーを渡した。
そして、がんばれよと背中を押してくれた。おかげで上級生の教室の方に向かう足取りは重くなることはなかった。しかし、上級生の教室が並ぶ廊下を前にして、実質ノープランだったことに今さら緊張してきた。
「あっ、姫じゃん! どうしたの、こんなところで一人で?」
突然声を掛けられ、声のした方に顔を向けると、今朝の教室で取り囲んできた一人だというのが分かった。その隣にもう一人どこか見覚えのある背の高い女子の先輩がいた。
「えっと、まだクッキー余ってるのでよかったらと思って――」
「本当に? またもらっていいの?」
「はい、よかったらみなさんで分けて下さい」
そう言いながら紙袋ごと渡すと嬉しそうに受け取ってくれた。そして、その場で隣の背の高い女子にクッキーの入った袋を渡していた。
「私ももらってよかったの?」
「ええ、よかったらもらってください」
「ありがとう――って、どこかで見覚えあると思ったらキミ、前に椎名さんと一緒にいた子だよね?」
そう切り出されて、まっすぐに顔を見上げる。しかし、まだピンとこなくて小首を傾げていると、
「ほら下駄箱のところでさ。椎名さんを部活に勧誘したとき、キミもいたでしょ?」
と、追加で説明をされて、思わず「あのときの!」と大きな声が出てしまう。あのときは先輩はジャージ姿だったし、隣のシイナのことを気にしていて、しっかりと顔を見ていなかった。
勧誘していたということは目の前の先輩はバレー部で、バレー部の雰囲気やシイナのこれからを相談するにはちょうどいい相手かもしれない。
「あの先輩、ちょっといいですか?」
「えっ、うん。いいけど」
「じゃあ、私は先に戻ってるね」
「わかった」
そう言うとクッキーの入った紙袋を持った先輩は俺に手を振って教室に向かって歩いて行った。
「それで私にどんな用があるのかな?」
「呼び止めたみたいですいません。それでよかったら教えてもらえませんか? 今の北高のバレー部のこと、あとシイナについてのこと」
バレー部の先輩は真っ直ぐにこっちを見つめてくる。
「ねえ、なんでそんなこと知りたいの?」
「俺はシイナにバレーをやってほしいと思っています。そして、バレーから離れた理由も知っています。それで失礼なことは承知していますが、シイナがちゃんとプレーできる環境なのか知りたいんです」
「そっか。キミは椎名さんのために動いているんだね?」
「そうですね。シイナのために出たくもないミスコンにでて優勝しようとしてるくらいですからね」
ふいに本心がこぼれると、先輩は思わず笑いだした。そのことで、注目を浴び、「あっ、姫がいる」と気付かれて人が集まり始めた。それを見て、先輩は「場所変えようか」と口にして、俺の腕を掴んで、近くの階段を駆け下り始めた。
そのまま一階まで一気に下りて、廊下も疾走して、『女子バレー部』と書かれたプレートのある部屋の前までやってきた。
「ちょっと待ってね」
先輩はそう言うと、スマホを取り出し、どこかに電話を掛け始める。
「急にすいません。部室の鍵持って来てくれないですか? ……はい。ちょっと面白い子が来てるんです。はい、お願いします。それでは」
通話を終えると、顔をすっと上げ、扉脇の壁に背中を預けながら俺の方を見つめてくる。
「ごめんね。今、部長に鍵持って来てもらってるから。もう少しここで待ってもらっていい」
「はい、気にしないでください」
「それでバレー部の雰囲気を知れたらいいんだよね? でも、今だけいい顔するかもしれないよ?」
「そうやって繕っても、回りまわって損をするのは先輩たちだと思うので構いません。今後も含め、ここのバレー部がシイナにふさわしくないと感じたら、バレー部に入らないように、または離れるように勧めます。逆なら、シイナに入るように背中を押します」
先輩は黙ってじっとこっちを見つめ、しばらくするとふっと表情を緩めた。
「大丈夫。私は、私たちは椎名さんが入ってくれるなら歓迎するけど、無理強いはしないって決めてるからね。前に勧誘したときの反応で何かあるのかもって思って、こっちからは深入りしないって決めてたのよ」
そういう先輩の表情や声音は優しくて、話を聞く前にシイナが馴染めそうな場所だと思えた。
「そういえば、キミの名前は聞いてなかったね。たしか、姫……じゃなくて、白なんとか君だよね? C組の今年の女子の代表になってた」
「白崎です。白崎行人です。まあ、その件についてもあまり深入りしないでいただくと助かります」
先輩は楽しそうにケタケタ笑い、「それにしても白崎君さ、男の子なのにちっさいよねえ。身長いくつ?」と、軽い調子で尋ねられるので、「そこにも触れないでもらえますか?」とじっとりした視線を送ると、先輩はさらに声を上げて笑い出した。
そこに駆け足で走り寄ってくる人影が見えた。
「ごめん、
「そうなんですよ、
「ああ、それで部室に」
話がどんどん進んでいく。そして、久井先輩はポケットから鍵を取り出し開けると、扉を開け、中に入るように促してくる。部室はよくあるロッカールームで整理されているように見えた。そして、男子の運動部の部室と違い、いい匂いがする気がした。
「じゃあ、白崎君。そのへんの椅子に適当に座ってもらっていい? で、ちょっと待っててね」
松永先輩はそう言うと、部屋の隅にある本棚から数冊の雑誌を手に戻ってきた。
「はい、これ。それが私たちの知ってる椎名さんだよ」
そう言いながら、雑誌のページを開いて渡してきた。それは月刊のバレーボール専門誌のようで、一ページ丸々シイナの特集記事が掲載されていた――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます