第23話 毒リンゴの呪いの解呪法 ④

 渡瀬に告白された翌日。渡瀬に言われたからというのもあるが、大量にクッキーを作り、それを小分けにラッピングをしたものを紙袋に入れて学校に持ってきた。

 今日も登校してみれば、教室前に人だかりができていた。そこをすり抜けて教室に入り、自分の席に座って、机の上に置いた紙袋を見つめる。少しだけ渡瀬と顔を合わせずらい。そんなことを思っていたら、渡瀬が登校してきた。俺の方をちらりと見ると近づいてきた。


「おはよう、ユキちゃん」


 そのいつも通りの挨拶に気持ちが楽になる。しかし、渡瀬が『ユキちゃん』と呼んだことで廊下がざわついた。昨日は渡瀬は気を遣い名前を呼ばなかったし、騒動が大きくなりすぎて委縮したクラスメイトも『姫』と呼ぶことをためらっていた。しかし、名前を呼ばれたことで廊下にざわっと波が広がる。


「ちょっと渡瀬! その呼び方は――」

「呼び方? それを言うなら、私の呼び方変えてくれるって言ったのに、ひどくない?」

「えっ? ああ、そうだったな。悪かったよ、マユ」


 そんなやり取りに隣の席の大竹が思わず、


「えっ、渡瀬さんと姫って――えっ?」


 と、声をあげる。そのことで廊下にいる先輩たちの疑惑は確信に変わる。そして、教室に一気になだれ込んできて、あっという間に俺の席は囲まれた。


「えっ、君が白崎さんなの?」

「椎名君が女の子だったから、もしかしてって思ったけど、そのまさかだったとは……」

「でも、よく見たらこの子すっごいかわいいじゃん!」


 なんだか思ったより好意的に受け止められている。いつの間にか、渡瀬は椎名の席に腰かけている。


「ねえ、大竹さん。よくユキちゃんの写真撮ってるけど、メイクしてた時のやつ、撮ってない?」

「えっと、ちょっと待ってて」


 よく聞こえていたシャッター音の正体はこいつだったのかと、ため息が出てしまう。


「メイク後のしかないよ? 王子と姫が新婚さんプレイしてたやつ」


 大竹の言葉に集まっていた先輩たちが反応する。そして、「見せて、見せてー」と先輩の一人がスマホを受け取り、写真をみんなで回し見ているようだった。それがひと段落すると、再度注目が集まる。


「ねえ、椎名君は背が高いのは知ってたけど、キミは写真だとすっごい小柄に見えるよね?」

「ああ、たしかに。ねえ、ちょっと立ってみてよ」


 誰かが腕をぐっと持ち上げるので、仕方なく立ち上がると、


「キミ、本当に小さいねえ」

「目線の高さが同じくらいで、細身だから男子の威圧感みたいなのなくてかわいい」


 そう口々に感想が飛んでくる。なんだか見せ物にされているようで、女子に囲まれているというはたから見れば羨まれる状況なのに全く嬉しくない。


「先輩、ユキちゃんの肌触ってみたらどうですか? 他にも、爪の形やツヤも綺麗だし、髪の毛もサラサラだしで、性別以外は完璧女の子の理想ですよ」

「お前、なに勝手に――」

「えっ、いいの?」


 俺の意志とは関係なく、女子にもみくちゃにされる。髪の毛や肌を触られ、まじまじと顔を見つめられ、指や爪まで見られ、しまいには、抱きつかれて頭などを撫でまわされる始末で全身隅々まで凌辱りょうじょくされた気分になる。


「この子、本当にかわいい」

「なんだろう……このメイクやマニキュアしてあげたくなる感じ」

「ねえ、君。本当に男の子なの?」


 ついには、クラスメイトの女子たちと同じようなことを言い出し、リアクションに困ってしまう。そんな光景を渡瀬はニヤニヤと見ている。それでこの一連の流れはわざとやっているのだと確信する。その証拠に渡瀬はさらに燃料を投下する。


「先輩、去年の北中の文化祭でアイドルが話題になったの知ってます?」

「知ってる、知ってる。あのみんなかわいくて、ダンスもすごかったやつだ」

「ああ! あった、あった! でも、それがどうかしたの?」

「あのセンターの子もこのユキちゃんなんですよ」


 渡瀬が口にすると、そのことにまた騒然として、誰かがその文化祭の動画を再生させ、間近で見比べられる。


「わあ、本当だ。キミ、すごいね」

「この格好もかわいい」


 渡瀬に何か策があるのだと信じて、笑顔を浮かべながら相槌を打つことに専念する。それなのに、助け船は来る気配がない。それどころか、


「ねえ、ユキちゃん。昨日お願いしたやつはー?」


 と、クッキーの催促までされる。その暢気のんきさに体の力が抜ける。


「そこの紙袋の中だよ」

「うん、ありがとう」


 渡瀬はさっそく一つ取り出し、クッキーを一つ口に入れて、「おいしい」と頬を緩ませている。こっちのことは見えてないかのように、大竹にも「よかったらどう? ユキちゃんお手製だよ?」と勧めている。大竹は「いいの? 姫の手作りなら食べないわけがないよ!」と喜んでクッキーを口に運び、大げさに「姫、すっごいおいしい!」と感想まで言ってきた。そのやり取りを先輩たちももちろん見ていて、また圧が強くなる。


「ねえ、キミはお菓子作りもできるの?」

「ええ、まあ。簡単なものしか作れませんけど」

「ユキちゃん、謙遜しなくてもいいのに。こないだはチーズケーキ作ってたじゃん」


 渡瀬は矮小化も許してくれないようで、そのことでまた盛り上がり、


「女子力も高いの? この子」

「ねえ、私の嫁か妹にならない?」


 と、楽しそうな声が上がる。そこに渡瀬が「先輩たちも食べますか?」と紙袋を差し出すので、それを俺が受け取ると、周りの先輩たちにクッキーを渡していく。


「ありがとう。ねえ、私らもユキちゃんって呼んでいい?」

「私は姫って呼びたい!」

「好きに呼んでください、先輩」


 その諦めにも似た肯定の言葉を笑顔で口にする。そのことで先輩たちは楽しそうな表情を浮かべている。


「先輩、ユキちゃんが実は男の子だからって、悪い噂流さないでくださいよ?」

「流すわけないじゃない。こんなかわいい子なんだし」

「そうそう。逆にかわいいって広めてあげるよ」

「ありがとうございます。その言葉できっとユキちゃんもアンケートで性別偽ったことに罪悪感を感じなくて済むと思います」


 渡瀬が穏やかに笑うと、先輩たちも表情が柔らかくなる。


「てか、そんなこと気にしてたの? 意外と繊細だねえ、姫は」

「それは……まあ、反響が大きかったので、悪ふざけが過ぎたかなって」

「そんなことないよー。真面目だなあ。でも、そんなとこもなんかかわいい」


 先輩たちにまた頭を撫でられたりと、どうにも調子が狂う。まるで小さい子を相手にしているような扱いっぷりに、来未から見える俺がこんな風なら態度を改めようかなと反省する。


「ところでさー、気になってたんだけど、キミはユキちゃんのなんなの?」


 誰かが渡瀬にそう尋ねる。渡瀬は目を伏せたあと、すっと視線を上げ、俺を真っ直ぐに見つめる。


「友達ですよ。付き合いが少し長いくらいです」

「そうだったんだ。もしかしてと思ったけど、違うのね。ごめんなさい」

「いいんですよ。それにユキちゃんは――姫は王子のものでしょう?」


 渡瀬の言葉に大竹を含めて、先輩たちは納得の声を漏らす。そして、渡瀬はこのタイミングで軽く目配せをしてくる。俺のことを『姫』扱いしたりと、普段しないことをしているということは、それには理由があり、そうする心当たりは察しがついている。小さくフッと息を噴き出して、覚悟を決める。


「あの、先輩。ちょっとお願いがあるんですが?」


 俺が話を切り出したことで、注目が集まるのを感じる。


「どうしたの、姫? 改まっちゃてさ」

「もしミスコンに出て優勝したいって言ったら、助けてくれますか?」


 その場が一瞬固まる。そして、先輩のみならず、聞き耳を立てていたクラスメイトまで大きな驚きの声をあげる。

 しかし、すぐに驚きは興味と好奇と期待感に塗り替えられる。


「もちろん、協力するよ!」

「なんなら他の人にも投票してもらえるように頼んであげるよ」

「そうそう。きっと姫がミスコンに出るって知ったら、出ようと思ってた人は出たくなくなると思うよ」

「ああ、たしかに。そういうのに出る子って自信がある子だろうから、姫は一応男の子だし、男の子にかわいさで負けたらプライドがずたずたになりそうだもんね」


 先輩が驚くほど協力的で驚いた。さらにはクラスメイトも、


「俺たちは姫の味方だからなー!」

「姫が優勝できるようになんでも協力するからね!」


 と、かなり乗り気で熱気がすごいことになっている。そこにシイナが登校してきて、俺を中心に謎の盛り上がりをみせていることに一瞬たじろいで、自分の席に向かいながら、


「おはよう、シロ君、渡瀬さん、みんな。この盛り上がりは何かあったの?」


 と、挨拶がてら尋ねてくる。それに俺が答えるより先に大竹がテンション高く、


「姫がミスコンに出るって宣言したから、みんなで協力しようって盛り上がってたんだよ。王子も応援するよね?」


 と、話しかけるので、椎名の表情が一瞬だけ歪み、すぐに王子の仮面をつけ直したのか、凛とした表情になる。そして、俺に視線を向け、口元がふっと緩んだのが分かった。昨日の昼休みのことを思い出したのかもしれない。


「もちろんだよ。じゃあ、私もミスターコンに出ようかな。そうしたら、みんなは私のことも協力してくれるかな?」


 そう口に出すと、教室は再度爆発的に盛り上がる。


 そして、C組のクラスメイトや『姫と王子』のサポーターたちの間でこの瞬間、『白雪姫と王子を頂点へ』がスローガンとなり、気勢をあげた――。

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