第6話 過去の自分から送られる毒リンゴ ②

 学園祭のアイドルライブの動画は大きな歓声と拍手の音と共に暗転したところで終わっていた。

 大竹と江田は動画のシークバーを動かしながら、動画の気になるところを見直しているようだった。


「ねえ、このメインでMCやって、姫を紹介したりしてるのって、渡瀬さんだよね?」


 スマホの画面から顔を上げた江田が、視線を渡瀬の方に向けながら尋ねる。


「うん、そうだけど」

「すごいなあ。でも、やっぱり一番すごいのは、姫だよね? 大勢の前でこんな格好でかわいい声出してアピールまでしてるし、ほんとやばい。それに比べたら周りはダンスもだけど、ちょっと見劣りするよね」

「だよねー。てか、私にはそもそも人前で踊ったりとか無理だわ。本当によくやるよね」

「てか、ダンスの才能もあって、かわいくて、それにお菓子作りもしてるとか、姫の女子力高すぎっ!」

「ここまでかわいかったら、本当にアイドルできるんじゃない? ねえ、姫?」


 江田と大竹の二人はからかい半分、称賛半分の言葉を笑いながら投げかけてくる。そのことになんて返そうかと悩み、迂闊うかつに変なことも言いたくないし、これ以上深掘りされるのも面倒なのでいっそのこと笑って誤魔化そうかなと決める。そのときだった。


 ズズズッ――。


 渡瀬が空になったパックジュースを吸って、音を鳴らし、その音の大きさに近くにいた全員が驚いてビクッとなる。


「あー、ごめん。思ったより強く吸っちゃったみたいだわ」

「びっくりしたよ、渡瀬さん」

「ごめん、ごめん。てか、水分取りすぎたかも。椎名さん、一緒にトイレに行こうよ」


 シイナは突然話を振られ、すぐには反応できずにいたが、「うん、いいよ」と返事をする。しかし、シイナは「だけど……」と渋り俺を抱きしめる腕にそっと力を込める。


「じゃあ、行こ行こ。ユキちゃんも付いてくる?」

「なんで俺がお前とトイレに行かないといけねえんだよ?」

「冗談だって。そんなにムキになんなくてもいいじゃん」


 渡瀬は笑いながら、さっきまで渋っていたシイナの腕を引き、教室から出て行った。

 そんな二人を横目で見送っていると、今度は俺の机に浅く腰かけていた佑二が、


「なんか喉乾いたわ。シロ、智也。ちょっと購買行こうぜ」


 そう口にしながら、すっと立ち上がる。


「でも、休憩終わるまでそんなに時間ないぜ?」


 吉野がもっともな理由を言って渋るも、佑二は「いいから付いてきてくれよ? 一人じゃ、なんか寂しいだろ? 二人の分もおごるからさ」と何かを誤魔化すような笑顔を浮かべながら、俺の腕を引き、吉野の背中を押しながら教室から連れ出された。

 そのまま購買に向かってしばらく廊下を歩いたところで、


「これくらいしかできなくて悪いな、シロ」


 と、佑二が歩きながら声を掛けてきた。そこでやっと渡瀬と佑二が俺に気を遣ってくれたのだと気付いた。そんなことにすぐに気付けないほどに、頭の中が真っ白になりパニックになっていたのかもしれない。


「なあ、佑二? ちゃんと説明してくれないと分かんないんだけど」


 吉野からすれば、空気は読めても佑二の行動の真意までくみ取れないのは仕方のないことだろう。佑二は吉野にさっきまで隠していた不機嫌そうな感情を顔に浮かべながら尋ねる。


「なあ、智也はさっきシロたちの動画見てどう思った?」

「どうって言われてもなあ。文化祭でテンション上がる気持ちは分かるけど、よくやるなってのが正直なところだよな」

「まあ、普通はそんなもんだよな。俺も部外者なら同じ感想持ったかもだし。じゃあ、智也はあのダンス覚えるのにどれくらいかかる?」

「はあ? 一曲だけ覚えるなら二週間くらいじゃね? さっき見た動画くらい踊れるようになるには分からねえな。まあ、俺には数ヶ月かかっても無理だろうな」

「だよな。でも、あれさ、準備期間は一ヶ月少々であのクオリティなんだぜ? あそこに映ってたやつらは、みんな休憩時間も放課後も暇さえあれば練習してたの見てたからな。シロはどれくらいで覚えたんだっけ?」

「たしか、覚えるだけなら、動画もらって、週末挟んでだったから、三日か四日かな? 開いてる時間全部練習に回してたから、最初は筋肉痛やばかったの覚えてる」


 吉野は思わず「まじかよ……」と漏らして、口をあんぐり開けている。


「まあ、シロはやるって決めたらガチだからな。練習も人一倍真面目にやってたし、女子もシロを巻き込んだ手前、引き下がれなくなってたからつられて必死になってたからなあ。それでシロが目立ってたのは、単純に男女差による身体能力の差と、自分の体を思い通りに動かせるかっていうスポーツに打ち込んでいたら身に付きやすい努力の賜物たまものなだけなのにな」

「それでもあんだけできるって、白崎って、実はすげえんだな」


 吉野の称賛の言葉は真っ直ぐに届いた気がした。表情を見れば、本気で驚いているのも分かる。吉野は顔に出過ぎるきらいがある。


「まあ、でもさ、見てる側は当たり前だけど、やってる側の苦労も努力も分からないものじゃん? だからといって、MCの台詞回しまで練習してたシロたちのステージを笑ったり、からかったり、おとしめたりするのはなんか許せないんだよ。どんだけ真剣にやってきたか俺らは三年二組のやつらはずっと見てたからな。シロも最初は嫌がってたのに、いざ決まってからはあれだからな?」

「それは褒めてるんだよな?」


 俺の言葉に佑二は肩をガっと組んで、「ああ」と相槌をついて言葉をげる。


「もちろん。あの完璧な女装で人気ナンバーワンだったこともな」

「それは褒めてないだろ?」

「褒めてるって」


 佑二の言葉にはさっきまで感じられていた重さはなくなっていた。

 中学最後の文化祭でアイドルをやったことはある意味誰にも知られたくなく、触れられたくもない黒歴史に違いはないが、同時に三年二組のクラスメイト、とりわけ、一緒に踊った渡瀬たち四人とはずっと共有したい輝かしい青春の一ページなのは間違いない。

 その青春を笑われたり、上辺うわべだけを見て、適当なことを言われるのは、佑二や渡瀬には耐えられないことだったのかもしれない。しかし、あの場でことを荒立てるのも違うと分かっていての対応だったのだ。

 もしかすると、今ごろ、渡瀬もトイレか廊下の片隅でシイナに事情を話して、愚痴っているのかもしれない。


 つくづく友達に恵まれているなと感じながら、自分にとって今の『姫』扱いと、あの入学式の一件が仮になかったとして、後々になってバレていたであろう動画のことで『アイドル』扱いされるのはどちらかがよかったのだろうかと考えてみる。

 どのみち、クラスの女子を中心にかわいいと持ち上げられる扱いを受けることになり、今と大して変わってなかったのではないかと思ってしまう。

 結局はどちらも嫌だという結論にしか辿り着けず、肩に掛かる心地の良い重さを感じながら、ただただ深いため息がこぼれるばかりだった――。

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