第5話 藤条北中学校文化祭のアイドルライブ

 暗転した体育館のステージに照明の光がバッと当たる。そこには赤チェックのスカートやリボンなど国民的なアイドルグループを連想させる衣装を身にまとった五人がスタンバイして立っていた。

 まだ音楽が流れ始める前だというのに、五人の姿にざわっと体育館がどよめいた。それもそのはずで、これから行われるのがクラス単位の出し物とはいえ、立っているのはクラスのみならず学内でも目立つレベルのかわいい容姿の面々だったことに加え、センターに立っている一人だけミニハットを頭に付けているひと際かわいい子に見覚えのなかったことが原因だろう。

 そんな一瞬の観衆のゆらぎをかき消すように音楽が大音量で響き始めた。テレビからもよく流れていた有名アイドルグループの曲で、それに合わせてステージの五人が踊りだした。元々は大所帯のアイドルグループの中心メンバーのダンスを完コピしつつ、それをベースに五人用にアレンジが加えられていた。それをさながらライブをしているかのようにステージを広く使い、マイクを手に口パクまでしているという念の入れようで、そのクオリティーの高すぎるパフォーマンスに体育館の空気は大熱狂に変わる。

 パッと見でも全員が踊りが上手いことが分かるが、それでもセンターの子だけはずば抜けていた。その差を上手く活かし、他のメンバーがセンターの子の引き立てるように動いている。

 あっという間に一曲目が終わると、大歓声と拍手が体育館に響き渡る。

 その反響が予想外だったのか、ステージ上で五人は顔を見合わせた後、笑顔になり、歓声に手を振って応える。それから横一列に並び、メンバーの一人がマイクのスイッチを入れて、喋りはじめた。


「みんなー!! 文化祭、楽しんでるー!?」


 そう観客をあおると、歓声が返ってくる。ただの文化祭の出し物の一つのはずなのに、今だけは紛れもなくアイドルのコンサートライブと同じ熱量を帯びている空間だった。


「まずは私たちの自己紹介だよね? じゃあ、みんないい?」


 メンバーに目配せをした後、「私たちは――」と言うと、一拍置いて全員で、


「文化祭限定アイドル! 北中スリーツーです!!」


 声を合わせてグループ名を言うと、観衆からは再度拍手とそこまでやりきるのかという笑いが起こる。


「みなさんは私たちのこと知ってますかー?」


 耳に手を当てて問いかけると、「知らなーい」だとか一部からはレスポンスが返ってくる。そんな当たり前だが微妙な反応に、ずっとメインでMCをやっている子が苦笑いを浮かべながら、「ははは、そうだよね」と口にすると、隣に立つメンバーが、


「そもそも、なんで『北中スリーツー』なんて名前なの?」


 と、観衆の代わりに尋ねる。


「それは私たちが全員三年二組だからだよー」

「ネーミング適当過ぎー」


 そうツッコミながら笑うと、観衆からも同じようにクスクスと笑い声が起こる。


「それよりも、みんなも気になることあるよね?」

「なになに?」

「ほら、うちのメンバーで一人だけ学校で見慣れない、すっごいかわいい子がいるでしょう?」


 そう言いながら、センターで踊っていたミニハットを付けた子を中心に他のメンバーが取り囲むように立ち位置を変える。観衆からも「だーれー?」と煽るような声も聞こえてくる。


「じゃあ、自己紹介しよっか。先に言うけど、この子もちゃんと三年二組の子だからね!」


 メインMCの子がセンターの子の背中をそっと押す。センターの子は一歩前に出て、ステージの上からさっと見回したあと、一段と明るい表情を作り微笑みかける。


「今日限定でアイドルやってる『ユキ』です!! よろしくお願いしまーす!!」


 軽快に挨拶するとやはり誰か分からないという困惑混じりのどよめきが起こる。それを予測していたようにすっと助け船が入る。


「本当にこうやって挨拶しても、誰だか分からないって人が大半だよね? 私たちもこの子の普段の姿からは想像できないくらいのかわいさに驚いているんだよ」

「ねえ、マユ。それって、普段は私がかわいくないみたいな感じに聞こえるんだけど?」

「ごめーん、ユキちゃん。ユキちゃんはいつでも誰よりもかわいいよ。うんうん、みんなもそう思うよね?」


 マイクを両手で握り、口を尖らせるユキの姿に体育館からは男女問わず「かわいいー!」と声が上がる。


「よかったね、ユキちゃん。みんな公認のかわいさだよ」

「それは嬉しいけど、時間大丈夫なの? さっきからステージの下の文化祭実行委員の人が怖い顔してるよ?」


 ユキの言葉に体育館はドッと沸く。すかさずメインMCの子が他のメンバーにアイコンタクトをして話の流れを変える。


「ああ、そうだね。私たち三年二組では喫茶店をやってます」

「うん。メニューは多くないけどふわふわのホットケーキをその場で焼いたり、手作りクッキーを出してます」

「そうそう。特にうちのホットケーキは食べないと損だよね?」

「うん、超こだわってるんだよね。なんたって普段から料理やお菓子作りをしてるユキが、アレンジ加えてるから、ふわふわ度が増して甘くて美味しんだよねー」


 自然な会話の中できっちりとクラスの模擬店の宣伝をしていく。


「それで、私たちは今日はアイドルなので、来てくれたお客さんと握手やツーショット写真を撮れるサービスもあります」

「もちろん三年二組の人なら誰とでも写真撮影はオッケーだけど、私たちと撮ってくれたら嬉しいです。ねえ、ユキちゃん?」

「うん。よかったらステージが終わってから、私と握手や写真撮影をしに、三年二組まで来てね?」


 小首をかしげながら、ユキがかわいくお願いすると、「分かったー!」「絶対に行くからな!」と、口々に多くの肯定的な反応が返ってきた。


「じゃあ、次の曲いっくよー!!」


 そう言うと、一曲目より激しいノリの同じグループの曲が体育館に響き始める。さっきのMCに温められた空気と一曲目のパフォーマンスを見た期待感から、大きな歓声が上がり、音楽に合わせて観衆も盛り上がり始める。

 それに呼応するかのようにステージ上では。キレのあるダンスパフォーマンスが繰り広げられ、大きなインパクトと余韻と、「ありがとー!!」という言葉を残し、ステージ上から五人ははけていった――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る