麻子4

「はいこれ」

ヨーコさんはコッペパンを半分にちぎって僕にくれた。

いちごジャムとマーガリンが塗ってある、

定番のジャム&マーガリン。

「ありがとうございます」

僕はヨーコさんからもらったコッペを一口かじる。

「やっぱりおいしいですね、これ」

「最初食べた時は衝撃でした」

「あの時は、お腹が空き過ぎてたんじゃないのか」

「そんなことありませんよ」

「これを食べたら、他のコッペは食べられません」

ヨーコさんはいつもの作業服に履きこんだスニーカー。

後ろに長い髪を束ねて、作業帽をかぶっている。

「これは区役所の支給品なんだ」

「区役所に勤めてるんですか」

「そう見えるか」

ヨーコさんが僕を見て微笑む。

「見えませんね」

「これは、ある人のお下がりでね」

「その人が区役所ですか」

「まあ、そんなところだ」

ヨーコさんが立ち上がる。

「すいませんね。今日はアサちゃんが来るはずだったのに」

「そのために早起きしたのかと思ってたんです」

「あいつ早起きしたのか」

「そうなんです。ご飯まで作ってくれて」

「居酒屋の残り物だったらしいですけど」

「それであいつは、どこに行ったんだ」

「えっ、ヨーコさんも知らないんですか」

「何も言ってなかったよ」

「よく引き受けましたね」

「あいつからの頼み事は断れない」

「荷物を置いたら、飯にするか」

ヨーコさんが軽トラの運転席に乗り込む。

「そうですね」

僕は、反対側にまわって助手席に乗る。

「あとはよろしくね」

部屋を出て行ったときの、アサちゃんの笑顔が頭をよぎる。

結局アサちゃんは、部屋に戻ってこなかった。

いくら時が過ぎて行っても。

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