episode.4
「時計ですか?」
大きな瞳をくりくりと動かして、ハトの子は私を迎えてくれた。レースのカーテンがどの窓にもかけられて、ほかの店より薄暗い。
けれどこの少年の表情が喜怒哀楽を雄弁に語るから、まるで太陽が置いてあるようでどこか眩しくもあった。
「昨日のお祭り、僕も行きたかったんです。でもどうしても、歯車の寸法が合わなくて」
「いえいえ、よろしくどうぞ」
作業机の前に彼は座って、私に向き直った。
「どんな時計がいいですか?腕時計、置時計、壁掛け時計に水時計と何でも作りますよ。どんな注文でもなさってください」
尋ねる姿勢がだんだん前のめりになり、目が輝き始める。私が求めるものを作るためというより、自分が早く時計を作りたいのだと見えた。まるでボールを投げてほしい犬だ。私は聞いた。
「懐中時計も作るの?」
「はい、懐中時計でよろしいですか」
「あ、町で聞いたから。あの、カッコウが食べちゃうって」
「あぁ兄さんの話ですか。あれはただの噂なので気になさらないでいいですよ。懐中時計にしましょうか」
彼は紙とペンを用意する。私は声を上げた。
「お兄さんがカッコウなの?」
「そうですよ。僕は時計作り歴は長いですけれど、一番しっくりと作れるのは兄さんが改良した懐中時計なんです。いい出来栄えになるんですよ。文字盤もそろえていますし」
さらりと時計に話が戻っていく。私は必死に手繰り寄せた。
「死ぬまでの時間を刻む時計?」
「はい。ほら、こんなに種類が」
「お兄さんが、発明したの?」
表情を伺うけれど、全く曇らぬ明るい笑顔で頷いた。
「そうです。最高傑作である、貴女が息途絶えるまで一度も止まらない、正確な時間を刻む時計です」
なんとも不思議なキャッチコピーに曖昧にほほ笑んだ。彼は得意そうだった。
「特別なものね?」
「機能としてはただの時計ですよ。一秒も狂わず正確に前へ進むので、針を調整するねじが無いくらいですね。一流の職人にしか作れない、滅多とない代物です」
明らかに自慢だ。小学生くらいの年頃にしては深すぎる。
「この時計を紛失したらどうなるの?」
「破壊されない限りは問題ないです。作り直すことはできませんので、失くしたらそれきりですね」
「壊れたら死んじゃうってこと?」
「そう簡単に壊れませんよ。ハトの太鼓判ですので」
おススメですよ、となおサンプルを見せてくるハトに首を振る。
「怖いわ。人質に取られたり、万が一を考えると」
「何を言っているんですか。あなたがその体で生きている限り続くことと、全く一緒の話なだけですよ」
ハトも驚いた顔をしてこちらに顔を向ける。そういえば目元が、彼の兄に似ている。閑古鳥の彼の笑顔が浮かんだ。彼を取り巻く、微睡の見世物屋だ。
「……もしかしたら、真っ先にお兄さんに預けるかもしれないわ」
「はい?」
彼は聞き取れなかったようだ。私は笑顔で首を振った。
「ううん、何でもない」
「ねぇ作りましょうよ、懐中時計」
**
帰り道、ベーコンを買いにチーターさんの所へ寄った。彼女は笑顔で秤を取り出した。
「ソーセージ、おまけにつけとくよ」
「ありがとう。それと鶏肉もくださいな」
ショーケースに並んでいた脂ののった塊が秤の上に乗る。
「鳩屋へ入ったの?」
「今行ってきました。成り行きで懐中時計を作ることになって」
チーターさんは軽く笑った。
「あんた押しに弱いのね」
「あんなに押しが強いとは思いませんでした」
「あの子はあれが好きだからね。作り甲斐があるんでしょうよ」
針はぶれて、なかなか止まらない。
「何日かデザインの話や調整で通わないといけないそうで」
「あの子は好きなことに熱中できる性質なのさ」
紙に包まれたベーコンが渡される。私は代金を払った。財布の中を見て思わず声が出る。
「仕事を探さないと」
「役所は手が欲しいみたいだけどね。はんこ押し係」
「できれば私も自分の手で何か渡したいんです。特技があるわけではないですが」
「何でもいいのよ。時間をかけるほど磨かれるから、根気よく行きなさい。みんなも楽しみにしてるわ」
「ありがとう」
「あぁあと、グジルの事、悪く思わないでね」
苦笑いに微笑んで、私は外へ出た。ベーコンをぶら下げて帰路につく。時間とはどんな味がするのだろう。八の字の眉を思い出しながら、夕焼雲を見ていた。
**
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