10.16.退学

 「辞めてしまうのね」


 退学届を提出し、荷物を纏めて帰路に着く途中だった。

 既に1限は始まっていて誰も居ないはずの昇降口。でもそこには会長が居た。


 「会長、何やってるんですか。サボりですか?」


 「とおるさん……、いえ、私にはそう呼ぶ資格は無いわね……。貴方に謝りたくて……。謝って済む事でも無いのでしょうけれど、それでも私は……」


 「会長の所為じゃ無いですから」


 「いいえ、全ては私が原因よ。断れば良かったの。いつもみたいにね。彼女の存在は知っていたのだから……」


 「それは……、元々鳳凰院ほうおういんの糞ジジイが持ちかけた事ですから。それに、会長と出会わなければ1年前に辞めてたんだろうな。そう考えれば1年間楽しい思いが出来たかなーって。寧ろ感謝してるぐらいですよ」


 実際、そうなってたんだろうな。あのまま嫌がらせが続いて、凜愛姫りあらもあのままだったら。それに、ブートキャンプでの事だって辞めるつもりであそこまでしたんだから。


 「断れなかったの。いいえ、断りたくなかったんでしょうね、貴方との結婚。母も言っていたとおり私の家は変わっていてね。父には他に女性が何人も居てたまにしか帰ってこない。母はそんな女性たちが居るのを知っていながら何も言わなし、時々家に招いてお茶会を開いたりもしているわ。もちろん、父と居る時は仲の良い夫婦にしか見えないし、文句一つ聞いたこともない。それが普通だと思っていたの。幼少のころからずっとそんな感じだったから。だから……、貴方たちとも上手くやっていけると思っていたの」


 そんな家庭に育ったら……、考えても仕方ないか。


 「会長、ごめんなさい」


 「なんで貴方が謝るの?」


 「そんな風に思ってもらったのに……、酷いこと言っちゃって。でも、僕には凜愛姫りあらが……」


 「初めてだわ、他人を羨ましいと思ったのは」


 「そもそも……、なんで貴女がここに居るのですか」


 何処からともなく姿を現したのは一年の主席、これで凜愛姫りあらが居れば学年主席が揃っちゃうんだけどね。


 「盗み聞きとは関心しないわね」


 「透子とおるこは先輩に会いに来ただけなのです。なのに、なんで貴女が……。貴女の所為で先輩は……」


 「そうね。貴女のいう通り、私にはここにいる資格はないわね。ごめんなさい、時間を取らせてしまって」


 そう言い残して会長は去っていった。


 「先輩、これからどうするのですか?」


 「仕事探さないとね。全部解約されちゃったから」


 「本当に辞めてしまうのですか?」


 「12組じゃね、お金寄付してるのと変わらないもん。頑張っても上には上がれないみたいだしさ」


 「だったら、透子とおること別の学校に転校するのですっ、葦原あしはら学園なんて良さそうなのですっ」


 「ごめん、僕には凜愛姫りあらしか見えてないから」


 「そんな……」


 「凜愛姫りあらさえ居てくれればそれでいいんだ。高校も、進学だってどうでもいい。凜愛姫りあらと一緒にいる方法だけを考えたい」


 「そう……ですか……。頑張ってください。先輩なら絶対にできるのです」


 「ありがとう」


 蔦原つたはらさんが去り、靴を履き替えているとあまり関わりあいたくない奴から声を掛けられた。


 「久しぶりだな。男に戻ったって聞いてたんだけど……、何も変わってないようだね」


 「鏡音かがみね……、何か用か」


 「別に用って程じゃないけど、本当にこれでいいのかなってね」


 「何がだよ」


 っていうか、話しかけてきたくせにスマホで何かやってるし。何なんだよ……


 『セキュリティ・システムへの侵入を検知しました、マスター』


 そういうことか……


 「僕には関係ないから。もう監視もしなくていいよ、テスラ」


 『了解しました、マスター』


 「ごたごたしてるみたいだったから控えていたんだけど……、やっぱり管理が疎かになってたみたいだね」


 「更迭された僕には関係ないよ。こことの関係もさっき切れたしね」


 「ふーん、じゃあ俺が壊しちゃっても?」


 「好きにすればいい」


 「そうだね。君が居ないんならやりたい放題だろうね。問題をでっち上げて更衣室を監視対象にするのもいいだろうし……、君に見も送ってあげるよ」


 「ああ、楽しみにしてるよ」


 送ってもらわなくても一緒に暮らしてるけどね。


 この日をもって僕は高天原たかまがはら高校を退学した。

 家に帰れば義母かあさんが居て、姫花ひめかも待ってる。ずっと姫花ひめかと一緒に居られるんだ。お世話して~、一緒に遊んで~、お風呂も毎日入れてあげられるよ♪

 それに、凜愛姫りあらとも一緒に居られる。そう考えたら楽しくなってきた。


 「これはこれでありだ!」

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