10.15.失業、更迭、処分

 「そういうわけだから、ごめんなさいね、とおるちゃん」


 対面に居るのはSOLソル井川いかわさんと、名前なんだっけ……、まあいや、井川いかわさんの上司の部長さん。隣に凜愛姫りあらが居るのはいつものこと。

 僕が受けているセキュリティシステムの運用保守案件も、細々とした開発案件も全部SOLソル経由でやってたんだけど……


 「凜愛姫りあらちゃんにお願いしてた案件の方も出せなくなっちゃったの」


 と、僕と凜愛姫りあらは収入源を失ってしまった。

 特にセキュリティシステムの運用保守案件はほとんど何もしないでお金貰ってたみたいなものだから、失うのは凄く痛い。

 十六夜 いざよいグループのコンサルティングはリソース使わせてもらうのと引き換えだから実質無収入だし。


 「とおる、家賃、大丈夫?」


 大丈夫じゃないかな。貯金が有るとはいえ、このままだといずれ家賃が払えなくなっちゃうよ。


 「じいちゃん家に戻るか、鳳凰院ほうおういんの家に行くか……、どっちも無いよね。どうしよう……」


 何でこんな事になったかと言うと、先日の評議委員会が発端なんだよね。正確には、評議委員会が中断され、会長の母さんに会長とは結婚しないって断言したあの件がね。

 SOLソルって天照あまてらすグループ傘下の企業だもん、こうなるのも仕方ないか。


 「うち、来る? お母さんに聞いてみないとだけど、多分大丈夫だと思うよ」


 「いいの?」


 「勿論よ」


    ◇◇◇


 「そうね、そういうことなら仕方がないわね。まあ、婚姻届も預かってるんだし? お婿さんが来たと思えばいいのかしらね」


 「そういうつもりじゃないんだけど……」


 「あら、そうなの?」


 いや、完全に否定するわけでもないんだけどさ……


 「お母さん、本気で困ってるんだから誂わないでよ」


 「暗い顔してても仕方ないじゃない? 遠慮しないで前みたいにいちゃついたら?」


 「「……」」


    ◇◇◇


 天照あまてらす家による嫌がらせはこれだけでは終わらなかった。

 翌週の評議委員会。前の週の続きで自己紹介をするはずだったんだけど、会長の第一声は次のものだった。


 「セキュリティシステムの私的利用が確認されたため、理事会により風紀委員長の更迭が決定されたわ」


 表情も変えず淡々とね。

 まあ、実際に私的利用してたんだけどさ。形跡も消してたし証拠になるような物は無いはずなんだけど理事会の決定じゃどうにもならないのかな。

 システムのアクセス権も剥奪されちゃったからもう何も出来なくなっちゃったしね、表向きには。

 そして、翌日、校内に張り出されたのは、懲戒処分するよーっていう紙。


    鳳凰院ほうおういん とおる

    12組へ移動とし、以後の昇格を認めず


 昇格っていい方があれだけど、要はどんなに頑張っても12組から抜け出せませんょーって事。特選じゃ無くなるってことは……


 「払えないかな、授業料」


 「ここまでするんだ……」


 「理事長だからね、相手は」


 内申も期待できないよね、12組だもん。無理して授業料払ってまでここに居る必要はないかな。


 「学校、辞めようかな」


 「嫌よ、そんなの」


 「凜愛姫りあらとは家で会えるから」


 「でも……。お母さんに相談してみよ? それからでも遅く無いよ」


 問題はお金の事だけじゃなくて、周りが僕を見る目も変わってしまった事かな。


 「見ろよ、ミス高天原たかまがはらだぜ。システムに侵入して個人情報売りさばいてたんだって?」


 「そもそもミス高天原たかまがはらっていうのも怪しいんじゃないの? ほら、昨年のミスター高天原たかまがはらみたいにデータ操作してたりしてさ」


 そんな声が幾度となく聞こえてくる。わざと聞こえるように言ってるんだろうけどさ。

 流石にここでは逮捕されるレベルの行為はしてないつもりだし、コンテストの投票に使われたシステムはセキュリティシステムと繋がって無い。尾ひれはひれがついて、色んな噂が飛び交っていた。入学当初を思い出すな、この視線。凄く嫌だ。あの時は会長が助けてくれたのに……


 その日のうちに校長室に呼び出され、正式に処分が告げられた。理由は風紀委員長の更迭と同じ。


    ◇◇◇


 嫌がらせはまだまだ続く。


 「お母さん、解雇されちゃったみたい」


 「解雇って、そんな……」


 義母かあさんの解雇も全く関係ないって事はないんだろうな。


 「元々育児休暇取ってたから直近の影響は無いと言うか、寧ろ会社都合による解雇だからすぐに失業保険が貰えちゃったり? でも、たけしさんも解雇されちゃったみたいなの。何でも取引先とのトラブルで責任取らされたんだとかで」


 馬鹿親父もか。養育費とか払えるんだろうか、あいつ。

 こんな状況で相談なんてできないよ。


 「僕、学校辞めるよ。辞めて本格的に仕事探さなきゃ」


 「とおるちゃんがそこまですること無いのよ」


 「僕の所為だから……。僕があんな事しなければ……」


 「そしたら凜愛姫りあらはどうなってたの? とおるちゃんが断ってくれたって嬉しそうに話してくれたのに」


 「お母さん、余計なこと言わなくてもいいから」


 そっか、凜愛姫りあらが……


 「そうだね。僕は間違ってない。凜愛姫りあらと一緒に居たいんだから。そのためにも仕事見つけないと」


 「あらあら、もう新婚さん気分?」


    ◇◇◇


 当然ながら、影響は鳳凰院ほうおういん家の方にも出ていた。


 「小娘、ここに居るのは判っている。姿を現せ」


 焦って自ら出向いてきたわけだ。小娘って僕のことかよ、糞ジジイめ。


 「何の用だ、糞ジジイ」


 「貴様、何ということをしてくれた」


 「僕が? 自分がやったことなんじゃ無いの? 勝手に縁談持ちかけちゃってさ」


 「わしの意思は絶対だと言っておいた筈だぞ」


 「違うね。言葉って言ってたよね。何も聞いてないんだけど今回の事。本人抜きにして勝手に進めた結果がこれじゃん。自業自得だよ、糞ジジイが」


 「おのれ――」


 「煩い、帰れ糞ジジイ。二度とくるな」


 あああああ、もう、糞ジジイ、糞ジジイ、糞ジジイ、糞ジジイー。全部お前の所為だ。

 怒った糞ジジイによって、僕の養子縁組は解消された。だからといって理事長の嫌がらせが終わるわけでも無いんだけどね。

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