10.14.けじめ

 「おはよう、凜愛姫りあら


 「とおる、今日も一緒に……」


 「うん。でもちょっと用事が出来ちゃったから、終わってから凜愛姫りあらの家に行くね」


 「そう、なんだ……。警戒してる? もう落ち着いたから大丈夫。あの時みたいにならないから」


 「昨日馬鹿親父から連絡が来てさ。ちょっと会いたいっていうから」


 「そう……」


 実際には僕から連絡したんだけど、馬鹿親父に会いに行くってのは本当だ。

 でも、不安そうだな。心配ないのに……


 「凜愛姫りあら


 「とおる


 「僕も覚悟は出来てるから。だから、ちょっとだけ待ってて」


 凜愛姫りあらが不安に思ってるなら僕に出来ることはしてあげたい。


    ◇◇◇


 「久しぶりだな。元気にしてたか」


 「ああ。この通り、男に戻ったしね」


 「はあ? 何いってんだ。何も変わってねえだろう」


 「まあ、信じたくないならいいんだけどさ、別に今日は報告しに来たわけじゃないし。それより、これ、署名してよ。終わったらすぐ帰るから」


 「お前、これって……」


 そう。婚姻届。いかにも役所って感じのじゃなくて、ここに来る前に書店で手に入れてきた雑誌の付録についてるちょっと可愛いやつ。


 「2回も書いてるから見慣れてるよね。でも今回は証人の所に署名してよね」


 「馬鹿な。こんな白紙の婚姻届に署名出来るわけ無いだろ。それに、1回しか書いたことねーよ」


 そうか、母さんとは反対されてたんだっけ。まあどうでもいいけど。


 「相手は凜愛姫りあらだよ。当然、まだ結婚できるわけじゃないから、署名して渡しておくだけ」


 「凜愛姫りあらちゃんだったら態々こんな事する必要無いだろう」


 「色々あって不安みたいなんだ」


 「浮気か」


 「あんたと一緒にするな」


 「うるせえ。じゃあ、何だ」


 浮気は否定しないのかよ……


 「関係無いだろ。捨ててったんだから」


 「……」


 「とにかく、署名してよ。じいちゃんに頼んでもいいんだけど、それだと時間かかるからさ。今すぐ欲しいんだよ。他に頼める大人も居ないし」


 「だからってな……」


 全然署名しようとしない馬鹿親父。


 「そういえば、会いたがってたよ、母さん」


 「春華はるかさんが……」


 「馬鹿じゃないの? 僕を産んでくれた母さんだよ」


 「会ったのか!」


 「何が『最後ぐらいは寄り添ってやりたい』だよ。何やってんの、あんた」


 「五月蝿え、色々有るんだよ。それより、透子とうこはどうなった。元気なのか?」


 「もう退院してるよ。元気になってね」


 「退院? 見つかったのか、ドナーが」


 「あんたの目の前に居る」


 「とおる透子とうこを……」


 「そう。代わりに鳳凰院ほうおういん とおるって名前になって、婚約者ができた。糞ジジイが勝手に決めた婚約者がね」


 「それで凜愛姫りあらちゃんが……。解った。署名してやる。息子まであのジジイの思い通りにされてたまるか」


 「息子じゃないけどね」


 「そうか、娘だったな」


 そういう意味じゃないんだけどね。署名してくれるんならそれでいいけど。


 「久しぶりに飯でもどうだ」


 「早く渡したいから」


 「……そうか」


 「まあ、また機会があれば」


    ◇◇◇


 「ごめん、遅くなっちゃった」


 「とおる、何でそんな格好で?」


 「あー、これは……」


 結婚情報紙買うのが恥ずかしくて女装して行ったんだった。体型もあんまり変わってないし、前の服も捨てずにとってあったからね。


 「とおるちゃんなの? 入ってもらえば?」


 「そうね。入って」


 リビングに上がると姫花ひめかが手を伸ばしてくる。


 「とー、うー」


 「おいで、姫花ひめか


 「どうしたの、こんな遅くに。もしかして、もうしたくなっちゃったのかしら? したくてしたくてたまらなくて凜愛姫りあらに会いに来ちゃったとか?」


 今度は義母かあさんが暴走?


 「……今日来たのは、凜愛姫りあらにこれを渡したくて」


 「これは……」


 「僕の名前も、証人の所も書いてあるから。……だから、もう心配しないで」


 「とおる……、ありがと……」


 「なるほど、婚姻届かあ。考えたわね、とおるちゃん。いいわ、姫花ひめかと少し出てくるわね」


 「えっ、何で?」


 「だって、そういう事なんでしょ? 親公認の婚前交渉? その為の婚姻届なんじゃ無いの?」


 「婚前交渉って、そんなつもりじゃなくて、僕はただ凜愛姫りあらを安心させたくて……」


 「冗談よ。ありがとう、とおるちゃん。でも、したくなったらいつでも言ってね」


 「とおる……」


 「もうちょっと……、もうちょっと待ってね」


 せめてあと10センチ……、いや、5センチでもいい!


 「うん……」


 「義母かあさんも出かけなくてもいいから」


 「そう? じゃあご飯でも食べてく?」


 「うん、お腹ペコペコなんだ」

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