05.12.周囲の勘違い

 台風が去ってから初めての週末がやって来た。

 前に約束したので、今日は一緒に料理をするんだ♪


 先ずは近くの大型スーパーへ食材の調達に。買ったものの運搬を考えて、父さんに車を出してもらったので、二人きりというわけにはいかなかったけど。


 「ちょっと酒見てくるから適当に買っといてくれ。あー、牛スジ食いてえなあ」


 別に二人きりにしてくれたってわけじゃなくて、欲望のままにお酒コーナーに吸い寄せられてったんだろう。だって、反対みたいだもん、僕達が付き合うの。


 「凜愛姫りあら〜、こうしてると新婚さんみたいだね〜」


 「えっ、うん、そうかな」


 まあ、僕にもその気は無いけどね。こうやって、“気分” だけ味わえればそれで十分。その先にすすむ勇気はないよ。


    ◇◇◇


 今日作るのはチャーシュー、の予定だったんだけど、急遽牛すじ煮込みも追加かな。どっちも圧力鍋に放り込めば簡単だけどね。


 「じゃあ生姜をスライスしてみようか」


 「う、うん」


 包丁持つ手が不安なんだけど……


 「ダメダメ、それじゃ手切っちゃうよ」


 「えっ、でも」


 「こうやってえ、こうね」


 「うん、ありがと」


 凜愛姫りあらの手に傷でも残ったら嫌だもん。


 「初々しくていいわね。ね、あなた?」


 「まあ、そうだな」


 お揃いのエプロンは、一緒に料理するならって、義母かあさんがプレゼントしてくれたんだ。本人達にその気がないのに、義母かあさんは僕たちが付き合ってるんだと思ってるみたい。


 「えっと……」


 「うん……」


 時々こうして見つめ合いながら――


 「次は何を?」


 「そ、そうだね」


 「あらあら、見てられないわね」


 義母かあさんに冷やかされながら――


    『じゃあ、僕と付き合ってよ』


 でも、何であんな事言ったんだろ。不安で凜愛姫りあらの返事を待てなかったんだけど、何て答えるつもりだったんだろう、凜愛姫りあら……


 「とおる?」


 そうだ、料理するんだ。


 「ちゃんと教えてくれないと」


 「え、うん。後はお肉に焦げ目を着けてから圧力鍋に全部入れるだけかな。生姜もにんにくもネギも一緒にね」


 お肉も縛ってあるの買ってきてるし、調味料は本に買いてある通りに入れればいいだけだもん。


 「解った。お肉に焦げ目ね」


 もう、真面目なんだから。


 「調味料も入れちゃっていいのかなあ」


 「うん。全部入れて、ここに白い線が見えてきたら弱火にして10分ぐらいで完成かな」


 「そうなんだ。意外と簡単ね」


 「まあ、こっちはね」


 「こっちは?」


 「牛スジの方は下茹でして綺麗に洗ってから一口大に切ってえ、あと蒟蒻も下茹でが必要かな。牛蒡はささがきしながら水にさらしてから下茹でするんだけど、その前に泥を落とさないとね」


 「でも、そんなに難しそうじゃないんだね」


 ちょっと手がべたつくけどね。


 「圧力鍋が空かないと調理できないから少し休憩にしようか」


 「そうだね」


 ちなみに、ソファーには隣同士で座るんだけど、父さんは不服そうな顔で、義母かあさんは笑顔だ。

 あんなことがあったから色々と誤解してるんだろうけど、ここが定位置だから、ずっと前から。別にイチャイチャしてるわけじゃないんだから。


 そもそも、父さんたちだって僕達の前で平気でイチャイチャしてるじゃん。

 ん? そういえば、確かあの時……


 「ねえ、父さん」


 「なんだ」


 「義母かあさんが『ダメって言っても出来ちゃうものは出来ちゃう』って言ったの覚えてる?」


 「覚えてるが、だからと言ってそんな事になって良いって意味じゃないからな」


 「まあ、そこは安心してくれて良いんだけどさ、あの時の父さん、何だか慌ててたよね」


 「気の所為だろ」


 「『その話はまだ』だったかなあ」


 「それは、あれだ、出来る出来ないって話はまだ早いって意味だろ」


 「ふーん。ねえ、凜愛姫りあらは男の子と女の子、どっちが欲しい?」


 「えっ、急にそんなこと言われても、まだ考えてないよ……」


 あの、えっと、そういう意味で訊いたんじゃ無いんだけど……


 「ふふっ、凜愛姫りあらったら。あなた、とおるちゃん、気づいてるみたいよ?」


 「えっ? 気付く?」


 「あ、ああ……、まあ、そういうことだ」


 「そっか。で、どっちなの?」


 「今の所写って無いみたいなんだけどねー。このまま女の子だと良いわね。美人三姉妹、みたいな?」


 「三姉妹……、ええっ?」


 いや、僕は男なんだけど。違うか、凜愛姫りあらが男なのか。あーもう、ややこしい。

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