05.13.二人の距離

 中間試験の結果を受けて、皆んなで一緒に勉強しようと約束していたのだが……


 「いつの間にそのような関係になったのです?」


 水無みなが問いただしているのはとおるさんと伊織いおりさんの関係だ。


 「別に、何も変わってないよ? ねえ、伊織いおり


 「えっ、うん」


 とおるさんはそう言うけど、明らかに二人の距離が近くなっている。物理的にも、心理的にも……なんじゃないかな。

 確か、つい先日までは違ったはずだ。確かに隣り合って座ることはあったけど、肩が触れ合うような距離では無かった。伊織いおりさんの反応も微妙だ。


 「少し近すぎませんか? お二人とも」


 水無みなが般若になりかけているのも判らなくもない。


 「そうかなあ。う~ん、何かあったとすれば台風の夜かな〜、ね~、伊織いおり


 伊織いおりさんの腕にしがみつきながらとおるさんが答える。何とも幸せそうだ。


 「あれは……そんなんじゃ……」


 伊織いおりさんは何とか取り繕おうとしてるけど、苦しいね。何かあったんだ、本当に……


 「強風で家が揺れて、電気も消えちゃってさあ。凄くドキドキしたんだ〜」


 「それは吊橋効果というものなのでは?」


 「そうなの? 伊織いおり


 「うん。たぶん……そう」


 「まあ、そういう事でいいけど」


 はあ。こんな事になるなら一緒に勉強を、なんて言わなければ良かった。水無みなも同じ事を思ってるんだろうな。

 それに、伊織いおりさんが着けているネックレス。恐らくは、あの時とおるさんが買ったもので間違いないだろう。まさか伊織いおりさんがとおるさんに贈った物と同じだとは。


    永遠に変わらない愛を約束する


 あの時、店員さんはそう言っていた。そんなネックレスをお互いに贈り合うということは……


    『僕用じゃなくて、凜愛姫りあらに』


 か……。実在するんだろうか、そんな女の子。


    『只のボディーガード』


 判っていたことだけど、こうして現実を突きつけられると堪えるな、やっぱり。ぼくのネックレスは着けてくれているんだろうか。会長のは……流石に無理だと思うけど……


 本人たちはイチャイチャしているつもりも無いのかもしれない。でも、このちょっとした変化に気付いた生徒も多く、既に噂になっていた。学年主席と次席、しかも義姉弟でミス高天原たかまがはらが付き合い始めたとなれば、その情報はまたたく間に広まり、当然ながら尾ひれはひれがついて学校中の知るところとなるまでそう時間はかからなかった。

 当然、面白く思わない者も居るわけで……


 「マイ・プリンセス。これはいったいどういうことだい?」


 「うげっ、出たなウザ男っ」


 うげって、警告鳴ってたし、指摘もしてあげてたんだけどな。


 「変な噂が流れているから来てみれば……、いや、僕の気を惹こうという涙ぐましい努力なのかな? そんな必要は無いんだよ、マイ・プリンセス」


 「何で此処に居ることが判っちゃったんだろう。ひょっとしてまた情報が漏れてるのかも。もう1回システムのチェックしないとかな」


 まあ、システムとかじゃなくて、学校中の噂になってるからね。他にもほら、噂のカップルを一目見ようと生徒が集まってるじゃないか……


 「さあ、そんな演技は終いにして、僕と行こうじゃないか」


 「行くわけないじゃん。頼むから消えてくれないかな、この世界から」


 「照れなくてもいいんだって、マイ・プリンセス」


 相変わらず理解し難い人だな、この人。


 「姫神ひめがみの言うとおりだ。今すぐここから消えるんだな、十六夜 いざよい 満月まんげつ


 ここにもいたか、理解し難い人間が。


 「また君か。満月まんげつじゃなくて葉月はづきなんだけどね」


 「満月まんげつだろうが葉月はづきだろうが関係ない。姫神ひめがみの前から消えろ」


 「消えるのは君の方じゃないのかい? なあ、八嶋やしま


 「だな、ちょっと面貸しな」


 まあ、助ける義理もないし、こっちは放っておいてもいいだろう。


 「で、君が噂の彼氏君かい? 驚いたね、まるで女の子だ。守れるのかい、その華奢な体で。なあ、草井くさい


 「うんうん、綺麗な足だよね」


 この男、伊織いおりさんを見て言ってるのか? それとも、とおるさん?


 「馬鹿な事言ってないで向こうに連れて行って少し話してきたらどうだい?」


 「えっ、でも……おいら男には興味ねえから……」


 「なあ、草井くさい、向こうで話したいんだろ? そこのイケメンと」


 「あ、ああ、勿論。じゃあ、ちょっと行こうか」


    バシッ


 「いてててて、何すんだ、お前……」


 「伊織いおり……くんに触れるな、汚らわしいブタめ」


 「可愛いな……」


 「何?」


 「お前でいいや。ちょっと向こうで話そうよー」


 「断る」


 こっちも任せておいて大丈夫そうだな。


 「あー、佐々木ささきも頼めるかい? これじゃ話もできない」


 「あいよっ」


 「させるかっ」


 鹿島かしまさんが伊織いおりさんの前に歩みでる。


 「おいおい、お前はデブの相手をするんじゃねえのかよ、デブの」


 「デブっていうなーっ」


 「るせえ、デブ」


 「デブじゃねえー」


 いや、どう見ても……

 しかし仲間割れとはな。


 「まあいい。お前ら二人でその女と彼氏君の相手をしているといい」


 「で、ぼくの相手はお前なのか?」


 「なんだ、君も居たのかい。関係ない奴は引っ込んでてくれないかい」


 「相変わらずくだらないことをしているようね、十六夜 いざよい 葉月はづきさん」


 「天照あまてらす、君には関係ないと思うんだけどね」


 「いいえ、あるわよ」


 いつの間にか現れて、とおるさんに首輪を着けようとする会長。


 「ダメじゃない、ちゃんと着けてないからこういうことになるのよ」


    カチッ


 「えっ……」


 「見ての通り、この娘は私の所有物なの。許可なく話しかけないでもらえるかしら、十六夜 いざよい 葉月はづきさん」


 「……」


 会長の奇行に流石の十六夜 いざよいも言葉を失っているようだ。


 「行くわよ、姫神ひめがみさん」


 「行くって、何これ、外れない」


 首輪を外そうとするとおるさんの手を引いて何処かへ連れて行こうとする会長。


 「この鍵がないと外れないわよ?」


 「待って下さい、とおるをどこ――」


    カチッ


 「貴方にも付けてあげるわ。これでお揃いね」


 そう言って伊織いおりさんにも首輪を着ける会長。

 会長に手を引かれながらも、時々見つめ合い、笑みを溢す二人。とても幸せそうだ。


 この場は治まったからよかった……のかな。

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