05.11.緊急家族会議

 台風が過ぎ去って、公園の葉っぱが大量に舞い込んできたものの、我が家の屋根も外壁もガラスも、さらにはフェンスにも、まあ、一言で言ってしまえば家自体には何の損傷も無く、台風一過の雲ひとつ無い一日が終わろうとしていた。

 家の中、というか、ある男の心情を除いては。


 「緊急家族会議だっ!!!」


 珍しく呑みにも行かずに定時で帰ってきた父さんが叫んでる。


 「あなた、少し落ち着いたらどう? 二人共怯えちゃってるじゃない」


 そして、いつもと変わらない笑顔の義母かあさん。

 何でこんな事になってるかというと、今朝方かかってきた義母かあさんからの電話で、『キス』とか『続き』とか、気になるキーワードが聞こえちゃったみたいなんだ。


 「もう、とおるの所為なんだから」


 はい。そうです。僕が悪いんです。『僕と付き合ってよ』なんて言っちゃったから何か照れくさくて。それに、凜愛姫りあらも『嫌じゃないけど』って言ってくれたから嬉しくてついね。

 まあ、『けど』の後に何を言おうとしたのかは気になるけど……

 あのまま承諾されても実際困ってたかな。

 僕は凜愛姫りあらが大好きだ。それはあのネックレスが証明してくれた。ブルーダイヤのネックレスがね。それに、このまま元に戻れなかったら、なんて思うことがある。誰かと結婚しなきゃいけないんだったら、それは凜愛姫りあら以外に考えられない。まあ、結婚しなきゃいけないなんて事は無いんだけど。

 それに、もしも付き合い始めてからどっちかが元に戻ったら? 凜愛姫りあらが元に戻るのは大歓迎だけど、僕だけ戻ったら悲惨だもん。男同士で、なんて僕には無理。だから……、凜愛姫りあらが返事をする前に “冗談” ってことにした。朝の凜愛姫りあらへの仕返しって事に。


 「お前たち……」


 「まあまあ、玄関で立ち話というのも何だから、リビングに行きましょうか。ねっ。ほら、あなたも」


 ソファーに並んで座る僕と凜愛姫りあら

 ダイニングテーブルを挟んだ反対側には父さんと義母かあさん。


 「まずはどういう状況か説明してもらおうか」


 「もう、そんなに威圧しなくても」


 「状況って、風が吹いて家が――」


 「まって、とおる。私から話すから……。 昨日は風が強くてその所為で家も揺れちゃって怖かったんだけど、その上停電まで……。 それで怖くて眠れなかったからとおるに一緒に寝てもらったの」


 「まあ、そんな状況なら仕方ないわよね。凜愛姫りあらだって中身は女の子なんだから」


 「春華はるかさんは黙っててくれないか」


 「でも……」


 「いいの、母さん。ちゃんと説明しないと」


 「それで、『覆いかぶさった』とか『キス』とか『続き』とか……、どこまでいってるんだ?」


 「あれは僕がふざけてただけだよ。一緒に寝たけど、何も無かったんだから」


 「証明できるのか?」


 「証明って、馬鹿なの、父さん。起きてないことを証明するのは困難なんだよ。悪魔の証明って聞いたことないかなぁ」


 「親に向かって馬鹿とは……」


 「だって馬鹿じゃん。キスしてないことなんて証明出来るわけないもんっ!!」


 「二人共興奮しないで、ね?」


 「あっ、そうだ。ここでパンツ脱いで見せようか。無いことの証明は困難だけど、在ることは見れば判るよね。


 僕が未経験なの確認すればいいじゃん」


 「それでキスしてない事の証拠になるのかっ!」


 「はぁ、ほんと馬鹿だね。無理だって言ってるじゃん。だいたい、キスなんて挨拶みたいにしてる国だってあるのにさ」


 「ここは日本だ」


 「だから何? じゃあ、僕と凜愛姫りあらがキスしたって証拠を出しなよ」


 「若い男女が一緒に寝てればそういう事になるだろうが」


 「何それ、証拠のつもりなの?」


 この糞親父、証拠はとかいいながら自分は出す気もないんだから。ほんと、馬鹿らしい。


 「僕達、姉弟なんですけど。姉弟でそんなことするわけないじゃん」


 「義理の姉弟だ」


 「義理の姉弟ならエッチとかしてもいいってこと?」


 「ああ」


 「ああって……、じゃあ、何の問題もないじゃん」


 「違っ、それとこれとは話が別だ。話をすり替えるな」


 「もう、どうしたいんだよ。本当のこと言ってるのに信じないし、一方的に決めつけてるだけで証拠も出てこないし。ずっと平行線じゃん。 ……解った、ぼくの■■■ピーーが見たいだけなんだしょ。さっきパンツ脱ぐって言った時にうだうだ言わずに見ればよかったのに。この変態糞親父っ!」


 「この野郎っ」


 「二人共、そこまでよっ!!!!!」


 うわっ、義母かあさんが怒ってる。初めてみたかも……

 糞親父も硬直してやがるし。


 「証拠も無いのに言い掛かり付けるなんて、みっともないわよ、あなた」


 「それは――」


 「無いんでしょ? 証拠」


 「……」


 ふん、ざまあみろ。


 「とおるちゃんも気持ちは解るけど言いすぎよっ」


 「……」


 何で僕まで……


 「さて、邪魔が入っちゃったけど、実際のところはどうなの? 凜愛姫りあら


 「本当にとおるに添い寝してもらっただけ。……なんだけど、朝気が付いたらとおるのこと抱きしめてて、上から覆いかぶさってて……」


 「それから?」


 「それだけ」


 「なーんだ。赤ちゃんはまだでも、もう少しぐらい進んでるかと思ったのに」


 「春華はるかさん、何を――」


 「ダメって言っても出来ちゃうものは出来ちゃうのよ? あなただって――」


 「ちょっ、その話はまだ」


 「そうだったわね。兎に角、こそこそ付き合っていつの間にか出来ちゃいましたってより、公認の方が心の準備も出来るでしょ?」


 いや、出来ちゃうこと前提で話されても……


 「でもね、だからといって節度をもってお付き合いして欲しいの。高校ぐらいはちゃんと卒業しましょうね、とおるちゃん」


 「えっと……、はい」


 僕の心配なのか……


 「ちょっととおる、“はい” じゃないでしょ。私達、付き合ってるわけじゃ……ないんだから」


 「そっか。その心配はないよ、義母かあさん。そんな事するつもりないから」


 「そうなの? いつもラブラブなのにぃ。期待してたんだけどな、は・つ・ま・ご!」


 やめてよ、義母かあさん。意識しちゃうから。

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