04.17.待ち合わせ

 凜愛姫りあらは “木登りカンガルー” が見たいと言った。でもそれがどこに居るのかは言ってくれなかった。そもそも、動物に興味があったんだ、凜愛姫りあら

 ネットで調べると、そいつはセスジキノボリカンガルーという生き物で、日本ではズーラシアにしか居ないという。つまり、集合場所はズーラシアの正門前。正門と北門があるみたいだけど、正門でいいんだろう。最悪それぐらいは許してもらえるんじゃないかな。そもそもちゃんと伝えない凜愛姫りあらが悪いんだから。

 でも、何で一緒に行っちゃダメなんだろ。用事があるなら付き合うし、出発地と目的地が同じなのにな。

 やっぱ、怒ってるんだよね、よくわからないけど。目的地をちゃんと伝えないのだってそうだよ。デートって言ってるけど、僕に嫌がらせしたいだけなんじゃ……。行ってみたら凜愛姫りあらは居ない、とかさ。


 ちなみに、実行犯は見失ってしまった。途中までは尾行できたら、これは凜愛姫りあらの所為じゃ無いんだけどね。


    ◇◇◇


 土曜日は帰りにスーパーに寄ってお弁当の食材を買い、予め仕込んでおけるものは仕込んでおく。約束は10時だけど、遠いからね、ズーラシア。

 凜愛姫りあらは来てくれないかもしれないけど、もしも来てくれるんだったら手ぶらってわけにもいかないから。


    『うん、楽しみにしてるね』


 か、待ってるからね、凜愛姫りあら


 「よし、後は明日の朝かな。ん、警告メール……」


 丁度仕込みが終わったところでセキュリティーシステムから警告メールが届いた。しかも、今回はハニーポットじゃなくて、セキュリティーシステム本体への侵入を試みてるみたい。

 土曜日の授業は午前中だけだけど、部活があるから校内の監視は継続している。だから、外部との接続も維持したままなんだ。

 偶々なのか、狙ったのか、なんでこのタイミングなんだよ。

 対処するにはメンテナンスルームに入らないといけないから、学校に行かないといけない。会長にも連絡して来てもらわないと。そしたらまた凜愛姫りあらの機嫌が悪くなるかも……

 だったら凜愛姫りあらにも来てもらえば……、いや、何時になるかわからないし、明日はデートの前に用事もあるみたいだから止めとこうかな。僕より早く出かけるんだよね、当然。


 結局、対処が終わったのは日が沈んでから。凜愛姫りあらは連れてこなくて正解だったかな。


 「お疲れ様。ご褒美に何かご馳走するわ」


 契約ですから、と断りたいところだけど、無駄だとわかってるので会長の厚意は素直に受けることにする。その方が早く帰れるから。


    ◇◇◇


 約束の日曜日。

 昨日の内に下処理をしておいた食材を使って二人分のお弁当を作る。勿論、個別の弁当なんかじゃなくて、ちゃんとファミリー向けの大きなランチボックスも用意してある。


 「じゃあ、後でね」


 僕がお弁当を作っていると、凜愛姫りあらが出掛けていった。


 「うん、気をつけてね」


 動物園に行くだけにしては荷物が多い気がするけど、寄る所があるって言ってたしね。

 ちゃんと集合場所に来てくれればいいんだけど。っていうか、そもそも目的地が同じかどうかも怪しい。

 一昨日の夜にデートする事を決めてから一度も話してないんだよね。話しかけようとしても何処かに行っちゃうし、ちょっと入学当初の感じに戻っちゃった感じがする。


    ◇◇◇


 「はー、やっと着いたー」


 思わずそんな声が出てしまう程長かった。誰かと一緒ならまだしも、一人で電車とバスを乗り継いで此処まで来るのは楽しくない。凜愛姫りあらが来てくれるかどうかだって分からないのに。

 時刻は約束の5分前。もっと早く着いてる予定だったのに、途中渋滞してて遅くなってしまったのだ。辺りを見渡しても、凜愛姫りあら、というか伊織いおりの姿はない。


 「まだ来てないのかな……。来てくれるんだよね……」


 もし此処じゃないなら……、そんな事を思いながらスマホの画面を見つめる。待ち合わせの時間は間もなく。違うなら連絡欲しいな……


 「はい、チケット。ちゃんと来てくれたんだね」


 顔を上げると、女の子がチケットを差し出していた。


 「えっ……」


 目の前に立つのは、白いワンピース姿の凜愛姫りあらだった。


 「とおる?」


 「……」


 言葉が出てこない。目の前に凜愛姫りあらが居る。胸が、心臓がぎゅーってなって、苦しくて、呼吸が……


 「大丈夫、とおる。そんなに驚かなくてもウィッグだよ、これ。ほら、あの時の」


 「あの……ときの……」


 うん、覚えてる。初めて逢った時の。また逢えたんだ。


 「女の子に……戻った……」


 凜愛姫りあらが女の子に戻ったんだ!


 「まさか。でも、こっちの方が好みでしょ、とおるは」


 好みって、只の女装なの?


 「戻ってない……」


 「そんなにがっかりされるときついな。頑張って女の子になりきってみたのに」


 「そんな事は……ないよ。うん。凄く可愛い。可愛くて女の子に戻ったのかと思っちゃったからさ、違うんだって思ったら……」


 「そう。まあいいわ、行きましょっ」


 凜愛姫りあらが腕を組んでくる。凄くぎゅーってしてきて……


 「り、凜愛姫りあら、あたってるから」


 「えっ、ああ、ただのパットだから気にしなくていいわよ」


 「う、うん、そうだね。女の子に戻ったわけじゃないもんね」


 とはいっても、見た目は女の子だからやっぱり意識しちゃうよ。


 「ほら、早くー」


 「うん……」


 わかっててもドキドキするよ……

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