04.18.偽装カップル

 「これが見たかったんだ、凜愛姫りあら


 「えっ、うん、そうかな」


 不思議な生き物ね。


 「何か熊みたいな顔してるね」


 「そうだね。見てっ、あの鼻すごーい!」


 「木登りカンガルーはもういいの?」


 「……うん」


 別に本当に見たかったわけじゃないから。ここにしかいないってのが重要だっただけなんだから。解ってないなぁ、とおる

 こんな格好してるの見られたら何言われれるかわからないじゃない。だから遠くに来たかっただけ。こんなの、とおる意外には見せるつもり無いんだから。


 「ここって広いんだね。正門が正解で良かったよ。ちゃんと言ってくれないから北門と迷っちゃったし、そもそも此処でいいのか不安だったんだから」


 少しは私のこと考えてくれたって事でいいのかな?

 なんて考えていたら、騒がしカップルが現れた。バカップルってのかな。


 「ちょっとひびき……、皆んなみてるから」


 「えー、誰も気にしてないって。ほら、あそこのバカップルだって堂々といちゃついてるだろ? 女同士だけど」


 「そうだけど……」


 今、こっち見た? バカップル?

 っていうか、あななたちに言われたくないわよっ、堂々と彼女の胸揉んでる人に言われたくないわよっ、次元が違いすぎるでしょっ!


 「あっ、姫神ひめがみさん」


 ……とおるの知り合いなの?


 「ん? 誰?」


 「だってさ。残念だったね、かえでの事は覚えてないみたいだよ?」


 「当たり前だよ、一回マッサージしてもらっただけなんだから」


 そういう事か。メイド指圧に来てくれたんだ、この女の子。


 「その一回で惚れちゃったんだろ? 女の子同士なのにね」


 相変わらず嫌がる彼女の胸を揉みながらその男は続けた。


 「でもレズなのかぁ……、余計心配になってきちゃったよ」


 レズって……えっ、私? これは……、女装だけど本当は女の子だし、とおるは女の子が好きなんだけど、本当は男の子なんだから。


 「そうだ、折角だからこのあと一緒にどう? かえでが君の事気になってるみたいでさぁ」

 「ひびき、悪いよそんなの。ごめんなさい、姫神ひめがみさん。私達のことは気にしないで――」

 「いいじゃないか、こんな所で会ったのも何かの縁だよ。ねえ、姫神ひめがみさん」


 女の子は申し訳無さそうにしてるんだけど、強引に合流しようとする男。はっきり言って不愉快だ。


 「やだ」


 とおるも不機嫌だったんだね。でも、その場を立ち去ろうとする私達に、男はしつこく絡んでくる。


 「伊達に風紀委員長を任されてるわけじゃないんだね。かなり頑張ったんだけど落としきれなかったよ、君の砦」


 風紀委員、頑張る……、それって……


 「君だったのか」


 「何がだい?」


 「そこまで言ってとぼけるのか」


 「嫌だなぁ、ゲームの話だよ。ねえ、少し話さないかい?」


 やっぱりこの人なんだ。セキュリティシステムに侵入しようとして、とおると会長が狭い部屋でイチャイチャする切欠を作ってくれちゃった人なんだ。そう思ったらちょっとムカムカしてきたかも。でも喋ったら正体バレちゃうから黙っとかないと。


 「はぁ。どうせ犯行に繋がることは話すつもり無いんだろ? 後始末も完璧って事なのかな。だったら時間の無駄じゃん。君と話す理由は僕にはない」


 「君に無くても俺には有るんだよ。かえでの事でね」


 「意味分かんない。彼女とは面識もないんだけど?」


 「まあ、そうなんだけどさ。嫉妬なのかな。かえでが君のことばかり気にしてるんでね、君が疎ましく思えて仕方ないんだ」


 「ますます意味分かんないよ。僕にどうしろって言うのさ」


 まったくよ、とんだ言いがかりじゃないっ!


 「そんなんじゃないんだってば。可愛いなーって思っただけで――」


 「かえでは黙ってて。諦めさせてほしいんだよね、女の子には興味ないんだって。だから手っ取り早く適当な男と付き合っちゃってよ」


 「はあ? なにそれっ!!」


 男のあまりの要求に、つい声が出てしまった。


 「えっ?」


 「あっ……」


 女の子の方に気づかれたかもしれない。でも、とおるに適当な男と付き合えだなんて、何言ってるのよ、こいつ(怒)。


 「姫神ひめがみ……さん? 姫神ひめがみ 伊織いおりさん?」


 「ほーんとだ、見覚え有る有る。高天原たかまがはら祭でもそんな格好してたよな。あんときはメイドだったっけ。ふ~ん、そういう趣味が有るんだ、へ~」


 「これは……、その……」


 どうしよう、なんて言い訳すれば……


 「気づかれちゃったか……。そう、見ての通り、僕と伊織いおりはこういう関係だよ。伊織いおりに女装癖が有るわけじゃなくて、堂々とイチャイチャする為にこんな格好してもらってる。誰に見られてるかわからにからね、君たちみたいにさ」


 こういう関係って……、それはつまり……


 「まさかの禁断の恋? 姉弟で? 冗談だろ。適当なこと言って――」


 「義理の姉弟だからね、僕たち。親同士が再婚して姉弟になっただけだもん。理想的な境遇だろ? ねえ、伊織いおり


 私はとおると付き合ってるんだ。


 「そうだね。私達の関係について周りからとやかく言われる筋合いもないかな」


 「どう、これで満足? 僕は伊織いおりが大好き。他の誰かと付き合うつもりはないよっ」


 とおるが抱きついてくる。この場を乗り切るため、なのかな……、解っていてもドキドキしちゃうよ。

 でも嬉しい。私も抱きしめていいのかな……、いいよね、とおる。そのままとおるの背中に腕を回して抱きしめちゃった。

 顔が……近い。このまま、キス……しちゃおうかな。そしたら本物っぽいよね。とおる……


 「だってさ、かえで。諦めがついたか?」


 えっと……、もう少し疑ってくれてもいいんだけど?


 「だから違うって言ってるのに。でもひびきが納得するならもうそれでいいよ。ごめんなさい、姫神ひめがみさん。折角のデートを邪魔しちゃって。伊織いおりさんもごめんなさい。行くよっ、ひびき


 「待って、この事は」


 とおるが二人を呼び止めた。


 「解ってるよ。女装癖については口外しない」


 「そうじゃなくて――」


 「冗談だって。でも、堂々とイチャイチャする為って無理があるよね。君はいつもの君のままなんだから」


 「それは……」


 「まあ、何れにしても今日の事は口外しないよ。代わりにまたやろうよ、今回は引き分けだったんだしさ」


 「……」


 「だってそうだろ? 君の砦は落とせなかったけど、僕はまだこの通り」


 「断る」


 「まあそう言うと思ってたんだけどさぁ、でも攻め込まれたら守るしか無いだろ、立場上。だから君は断れない。君の砦を落とせば僕の勝ち、君の勝利条件は僕が攻め込んだ痕跡を見つけることかな」


 「攻撃したいなら勝手にすればいい。態々宣告されても迷惑だよ」


 「フェアじゃないからね、俺だけ君の事を知っているのは。俺は鏡音かがみね ひびき。これで対等だろ? じゃあ楽しみにしてるよ」


 そう言い残してバカップルは去っていった。


 「捕まえなくていいの? とおる


 「証拠が無いからね。名前がわかっただけ良かったと思うしか無いよ。あいつの言ってた通り、攻撃してきたら対処するしかないもん」


 「じゃあ調査は……」


 「一旦終わりかな。備えはしておきたいけど」


 そっか。終わりなんだ♪

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