04.13.特別なアカウント

 兄貴から貰ったアカウント、気になるあの娘の居場所を知るための特別なアカウントだ。水無みなちゃんの……

 変な病気が流行して女になった奴とか、男になった女とか居るけど、僕は生まれてからずっと変わっていない。それは水無みなちゃんも同じ。中学が同じだったから知ってる。彼女がずっと女だったって。

 中学が同じだからって、話したことが有るわけでもない。ただ、見ているだけで幸せだったんだ。だから同じ高校を受験した。まあ、何とか合格したけど、最下層の12組。水無みなちゃんは1組なんだよね。だから、彼女の姿が見たくても簡単じゃないんだ、校舎も別だし。


 「やあ、水野みずの。昨日からマイ・プリンセスの情報が全く来ないんだけど、どうなってるんだい?」


 「十六夜 いざよい先輩……、それが、僕にも何が何だか」


 先輩の言う通り、昨日から急に水無みなちゃんの情報が送られてこなくなった。特に何かをしたわけでもないのに。


 「ま、今日一日待ってやっても良い。明日にはマイ・プリンセスの居場所が判るようにしておけよ。寂しくて死んでしまいそうだ」


 「でも、僕にもどう――」


 「今日一日だ。聞こえなかったのかい? 水野みずの 潤一じゅんいち君」


 「なんとか……してみます」


 「良い返事だ。期待してるよ」


 期待されても僕にはどうしていいか解らないんだよ。兄貴に貰っただけなんだから。それに、兄貴だって自分でこんな仕組み作ったわけじゃないって言ってたし……


    ◇◇◇


 翌日。


 「ごふっ」


 「きったねえなぁ。ゲロ吐いてんじゃねえぞ、糞デブがぁ」


 「ぶはぁ」


 八嶋やしま先輩は容赦なく僕を殴りつける。


 「手加減しておけよ、八嶋やしま。痣でも残ると面倒だからな」


 顔や腕、痣が目立つ所は避けて腹を。誰の指示って、勿論十六夜 いざよい先輩だ。


 「分厚い脂身で覆われてるんだ、これぐらいどうって事ねえだろう」


 「まあ、確かに。それより、期待してたんだけどねぇ、水野みずの君。説明して貰えるかい?」


 「はぁ、はぁ、はぁ、僕には……、はぁ、はぁ、どうにも……出来ない……、はぁ、はぁ」


 「おいおい、今更出来ないはないだろう。覚えていないのかい? 1年間の契約だったはずだ。全額渡したつもりだったんだけど、僕の勘違いだったのかい?」


 「それは……」


 高天原たかまがはら祭の後、先輩から情報提供しないかと持ちかけられた。1年で10万円、ミス高天原たかまがはらになった姫神ひめがみの位置情報を流すだけで10万円貰えるんだ。

 僕は喜んで引き受けた。もともと水無みなちゃんの情報を受取るようにしてたし、ちょっと設定するだけだから簡単な仕事だと思った。


 「ごふぁっ」


 十六夜 いざよい先輩のつま先が僕の腹にめり込む。


 「おい、葉月はづき


 「ああ、わかっているさ。水野みずの 潤一じゅんいち君、一週間だ。一週間だけまってやろう」


 「はぁ、はぁ、はぁ、ふぁい、はぁ、はぁ」


 何とか……しないと……


 途方に暮れていると、評議委員の一人から気になる情報がもたらされた。例のミス高天原たかまがはら姫神ひめがみ とおるが風紀委員長になって、校内のシステムのセキュリティを強化したんだとか。

 そうか、その所為で僕は……

 水無みなちゃんを見ることもできなくなって、十六夜 いざよい先輩達に殴られて……

 そもそもお前が居なかったら十六夜 いざよい先輩が僕に近づいてくることなんて無かったんだ。僕がこんな惨めな思いをすることは無かったんだ。


    ◇◇◇


 放課後、昇降口で姫神ひめがみを待ち伏せする。

 居場所が判らなくたって、授業が終われば下校する。必ずここを通ってね。時刻は間もなく18時。ここでこうして待ってれば姫神ひめがみは必ず来る。勿論、水無みなちゃんも。

 でも、現れなかった。姫神ひめがみどころか水無みなちゃんも。

 いったいどうやって……


 次の日も、その次の日も、いつまで待っても姫神ひめがみは現れない。

 だから、今日は授業をサボることにした。サボって特選の校舎のトイレ近くに隠れて待つ。いくらなんでも丸一日トイレに行かないなんてことは無いんだろうから。

 でも、姫神ひめがみ水無みなちゃんも現れなかった。まるでこの学校から居なくなってしまったかのように。


 代わりに現れたのは武神たけがみ。いつも水無みなちゃんと一緒にいるいけ好かない奴だ。


 「待っていても水無みなは来ないよ」


 「僕は別に……」


 「今日は朝からここに居るみたいだけど、あまりしつこいと被害届を出すことになるんだが」


 「ひ、被害届?」


 「ああ、君のしていることはストーカーだよ。自覚はないのか?」


 「ぼ、僕はただ、水無みなちゃんを一目見たくて……、別に何かをしようというわけじゃ……」


 違う、今日は姫神ひめがみを待ち伏せして――


 「水無みなはそれを望んでいない」


 「そ、そんな……」


 「警告はしたよ」


 そもそも何で僕が此処に居るってわかったんだ?

 武神たけがみはまっすぐ此処に向かってきた。隠れてたのに……

 それに『朝からここに』って言ってたよな。僕の居場所が把握されてる?

 そんな事ができるのは……、姫神ひめがみ……。

 そうだ、僕に情報が送られてこなくなったのは姫神ひめがみの仕業。だったら、自分がその仕組を利用することだって出来るはず。そうやって僕を避けてるんだ。十六夜 いざよい先輩の事も。


 「糞う、覚えてろ、姫神ひめがみ


 武神たけがみが去った後、僕は一人で叫んでいた。


 「姫神ひめがみがどうかしたのか?」


 誰も居ないと思ってたのに、そこには不気味に笑うイケメンが居た。


 「今のは別にそういうんじゃなくて……」


 人気あるからな、姫神ひめがみは。水無みなちゃんの方が絶対可愛いのに。


 「か、監視カメラがあるからね。こんな所で僕を殴ったら……」


 姫神ひめがみを悪く言ったから気に入らないとかいう事なんだろうけど、ここにはその姫神ひめがみが管理してる監視カメラがある。癪だけどこれがある限り、校内で滅多なことは出来ないはずだ。


 「ああ、知っているとも。鬱陶しよな、これ。姫神ひめがみに一泡吹かせたいんなら、協力してやってもいいぜ」


 「協力?」


 「ああ、そうだ。俺もあいつにムカついてるんでな」

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