04.11.黒タイツ案件

 凜愛姫りあらのお陰で特選に残れたのは良かったんだけど、2位になってしまったってことは、自動的に評議委員に任命されてしまうということでもあり、仕事を持つ身としては例え週1回の評議委員会と言えども煩わしいものなのだ。

 故に僕は逃走する。


 「待って、とおる。今日は評議委員会だよっ」


 凜愛姫りあらに何を言われようが。


 「ここで待っていて正解だったようね」


 会長に何と言われようが……って、何で会長が昇降口に?


 「えっとですねぇ。これには複雑な事情がありましてですね」


 「あら、どういった事情かしら。内容次第では見逃してあげてもいいのだけれど……、そうねぇ、例えば私と逢引とか、こっそり二人でカラオケに行くとか、高まった気持ちを抑えられずにそのまま――」


 「評議委員会に出席しようよ思います……」


 「そう、残念ね。たまにはそういうのもいいかと思ったのだけれど」


 「いや、それは……」


 議長が不在になるなら、いっそ非開催でいいんじゃないかと思うわけで。


 「じゃあ、行きましょうか。手でも繋ぐ?」


 「いえ、もう逃げたりしませんから」


 「そう」


 首をつままれて運ばれる子猫の気分だ。

 無言の圧力で評議委員会へと連れて行かれると、そこにはくすくすと笑う凜愛姫りあらの姿があった。

 評議委員会は100人入れる教室で行われる。各クラス2名の評議委員と、会長をはじめとした生徒会役員が全員入れる広さだ。席は決められていて、僕は凜愛姫りあらの隣。クラス単位だから当然なんだけど。


 「まさか初日をサボろうだなんて、いい度胸してるよね、とおる


 「まさかとか言いながら、会長を待機させておいた伊織いおりにはびっくりだよ」


 「何の事?」


 凜愛姫りあらじゃないなら、会長が僕がサボることを予測してたことになるんだけど?


 「さて、ミス高天原たかまがはらも無事に連行出来たとだし、早速評議委員会を始めましょうか」


 連行って何さ……

 で、今日は何を話し合うのかと思えば、単なる自己紹介だった。中間試験の結果を受けてメンバーが変わったからなんだって。挙句に、僕のことは「ミス高天原たかまがはらは皆んな知っているでしょうから省略しましょうか」だって。この場にいる必要あったのかなぁ。どうせ他の評議委員の名前なんて覚えられそうにないしさぁ。


 僕を除いた評議委員71名と、生徒会役員7名、これは会長、副会長2名、書記2名、会計2名なんだけど、合計78名が自己紹介をしていく。あっ、生徒会役員には常設委員会の委員長4名と、専門委員会の委員長2名も含まれるんだけど、委員長は評議委員の中から選ばれるから、委員長の紹介は評議委員の紹介の中で行われたんだ。

 でも、1人1分だとしても78分だよ? 1分どころじゃない人も居るしさぁ。もう勘弁してよ。特選の5限が終わるのが18時で、それを待ってから評議委員会が始まるから、自己紹介が終わったのは20時過ぎ。漸く帰れると思ったら、会長から呼び止められちゃうし。

 確かに逃げようとしてたけど、こうして最後まで居たんだから説教は勘弁してほしいな……


 「あの、私は……」


 「そうよね。私と2人きりにするのは心配でしょうから姫神ひめがみくんも同席してくれて構わないわ。まあ、私としては二人まとめて、というのでも一向に――」


 「じゃなくて、帰り道の心配だったんですけど……」


 綺麗なのに残念な人だよね、会長って。

 で、何の用件かと思えば、僕への嫌がらせの一件以来、セキュリティシステムの運用保守の発注先が未決定のままになっているので受けてみる気はないか、というもの。

 生徒に唆されて不適正な運用を行った社員が居たことで、その管理責任を取る形でこれまでの委託先は退かざるをえなかったみたいだ。

 元々、風紀委員から業者への運用委託という形を取っていたため、業者が退いた後は風紀委員が運用を引き継いでいたんだけど、システムに明るい委員が居るわけでもなく、感じる必要もない責任を感じてしまった風紀委員長は体調を崩してしまい、学校も休みがちなんだとか。


 「で、それと僕と何の関係が?」


 「SOLソルと聞いて何か心当たりはないかしら?」


 「ローマ神話の太陽神?」


 「神話と絡めてくる辺り、既に予想はついてるのではないかしら?」


 「まあ、なんとなくは」


 パパ活の噂の相手、あの部長の会社がSOLソルという。何かの頭文字を取ってSOLだった気がしたけど、どうでもいいから忘れちゃった。

 てんしょうだいじん天照大神なんて読んでしまった一件以来、多少なりとも神話の類に意識を向けるようにしてきたつもりだ。特に、太陽神を中心にね。

 で、会長の家の系列会社は、だいたい太陽神の名前が付いてるんだよね。


 「悪くない話だと思うのだけれど」


 「うーん、金額次第ですけど、僕が不適切な運用するかもしれませんよ?」


 「それは心配してないわ。信用してるもの」


 「へえー、そんな深い関係なんだ、とおると会長って」


 「そんな深くはないと思うけどなぁ……」


 ねえ、会長。


 「月額120万。といっても、流石に直接姫神ひめがみさんと契約するわけにはいかないからSOLソルを介在させるとして、そうね、貴女の取り分は80万といったところかしら」


 「「80万!!」」


 「ええ、これまでもその金額でお願いしていたのだから、妥当なところね」


 「でも、常駐するのは無理なんですけど」


 「それについても問題ないわ。そもそも大したシステムでもないし、契約上対処が求められるのは平日の9時から17時まで。しかも基本的には何も起こらないから、例の問題を起こした社員も一日中卑猥な動画を見ていたぐらなのいよ? だから、授業中に障害が起きたときだけ対応してくれれば問題ないの。そうね、授業が終わってからでも大丈夫かしら」


 これだけ聞くと美味しい案件に聞こえてしまう。父さんより稼げるんじゃないかな。


 「それに、少々困っていてね。風紀委員長が不在の為、上位代行として私の所に色々と回ってくるのだけれど、何処にも発注出来ないまま私がシステムのメンテナンスも行っているの。正直、もう限界なのだけれど、手伝って貰えないかしら?」


 会長には色々とお世話になってるしな。僕が手伝えることがあるなら……


 「そうですね。こんないい話、逃したら勿体無いですよねっ。有難うございますっ、会長」


 「交渉成立ね。さっそくSOLソルに連絡して契約を進めてもうらうとするわ」


 「待ってよとおる、そんな簡単に受けちゃって大丈夫なの?」


 「平気平気。この案件受けたら家で仕事しなくてもいいんだよ? 土日だって、もっと自由になるんだよ? それに、会長が生徒を陥れるようなことするわけ無いじゃん」


 「信頼してもらえてるみたいで嬉しいわ。そうね、最悪の場合はその体で払ってもらうだけだから、安心していいわよ」


 「「えっ?」」


 「まあ、不正でもしない限りは何も求められないから安心なさい。システムにトラブルが起きるのは貴女の責任ではないし、何か起きても3割もピンハネしているSOLソルが対処すべきかしらね。気になるなら契約を結ぶ時にしっかり確認するといいわ」


 ちょっと信用しちゃいけない気がしてきたけど、そうだね、契約書を確認すれば問題ないか。

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