04.07.ミス高天原

 「ちょっと、とおる……」


 私の声が聞こえなかったのか、とおるは女の子を背負って出ていってしまう。後を追いかけようとしたけど、とおる目当ての女の子達に取り囲まれていて近づけない。結局、保健室前で追い返されるし、とおるはそのまま戻ってこないし。

 もう、何やってるんだか。


 「さーて、恒例のミス高天原たかまがはら、ミスター高天原たかまがはらの発表の時間が迫って参りました。天照あまてらす会長が連覇するのか、はたまた噂の新入生が王座を奪うのか。発表はこの後16時からだー。女神降臨の瞬間を目に焼き付けたい奴は今すぐ中庭に集合だー」


 噂の新入生って、まさかとおる

 そういえば、とおるが気になってずっとここに居たけど、今日は午後から投票が行われるんだった。

 成績至上主義のこの学校において、生徒の投票によって決められる数少ないイベントだ。というか、このコンテストの他には会長選挙ぐらいしかないんだけど、人気投票故なのか創立以来ミス高天原たかまがはら以外が生徒会長になったことはないらしい。


 「行こう、伊織いおりさん」


 「う、うん」


 武神たけがみさんと中庭に向かったんだけど、アナウンス前から集まってた人たちでとてもじゃないけど近づけるような状況じゃなかった。しかも、殆どが女の子。男子は……はじき出されてる感じかな。メイドのコスプレしてるけど、ちょっと身の危険を感じるレベルだ。


 「仕方ない、2階、いや3階の廊下に行こう」


 「うん」


 中庭というだけあって、四方を校舎に囲まれた空間になっていて、各校舎の廊下の窓からは中庭を見下ろすことが出来る。3階を選んだのは2階が既にいっぱいに見えたからなんだろうけど、移動している間に3階もいっぱいになっていた。結局、5階まで上がって漸く窓際を確保できた。

 中庭の中央にステージが用意され、黒い布を被せられた人物っぽい塊が佇んでいた。たぶん、ミス高天原たかまがはらとミスター高天原たかまがはらなんだろうけど。

 ミス、ミスター高天原たかまがはらの発表は最後のようで、ミスター太ももとか、ミス上腕二頭筋とか、受賞してもあまり嬉しくないような賞が次々と発表されていく。


 「でーは、いよいよミスター高天原たかまがはらの発表でーす。多方の予想通り、今年もあの人の独壇場。気になるのはその得票率だけでしょうかー。発表しまーす。ミスター高天原たかまがはらはー……。2年10組、十六夜 いざよい 葉月はづきさーん。なんと、3562票、99%もの得票率でだんとつの優勝でーす」


 黒い布が取り払われ、何ともチャラい感じの男子生徒が前に出る。


 「では、見事な勝利を収めた十六夜 いざよいさんから一言どうぞ」


 「まあ、当然の結果だろうね。そんなことより、気になるのは僕のプリンセスとなる栄光を掴むのは誰か、なんじゃないのかな? 違うかな、みんな」


 あまりの発言に、場は静まりかえってしまう。


 「10組ともなると理解し難い考え方をする人がいるもんなんだな。大体からして、99%の得票率などとは何らかの不正が疑われるのだが」


 「確かにね。うちのクラスは投票どころじゃなかったと思うし」


 生徒会主催のイベントということで、学校側もそのへんは甘いのだろうか。


 「さて、最後となりました。我が校の女神、ミス高天原たかまがはらの発表に移りたいと思います」


 白けていた会場が一気に盛り上がる。ステージ周辺に集まっていた女の子の様子からも、目当てがミスター高天原たかまがはらではないことは明らかだ。


 「神楽かぐらさま〜」とか、「姫ちゃ〜ん」とかいう黄色い声が飛び交っている。「とおるちゃ〜ん」っていう野太い声は校舎の2階を中心に浴びせられているみたい。


 「では、まずは上位2名の得票数から。その差は何と17票ー。発表しますっ、1位1278票、2位1261票ー」


 湧き上がる歓声の中、数字を聞いて淡々と頷く武神たけがみさん。


 「まあ、この数字からしてもさっきの3562票っていうのは胡散臭いな。不正をするならもう少し上手くやればいいものを」


 「冷静だね」


 「いや、とおるさんの事を僕のプリンセスなどという輩に少々立腹しているだけさ」


 「まだとおると決まったわけじゃ……」


 「……」


 彼の中ではとおるが勝者となっているようだ。


 「いよいよ発表です。ミス高天原たかまがはらは……」


 うう、間が長い。


 「1年1組、姫神ひめがみ とおるさんでーす」


 ステージには巫女に扮したとおるが居た。ミスター高天原たかまがはらに差し出された手を無視して前えと歩み出る。


 「僅差ですが、天照あまてらす会長を破ってのミス高天原たかまがはらとなりました姫神ひめがみさんから一言いただきたいと思います」


 「ミス高天原たかまがはらという大変栄誉在る賞を頂戴することは、想像さえしておりませんでした」


 とおるが挨拶始めたんだけど、棒読み、だね……


 「ミス高天原たかまがはら高天原たかまがはらを統べる女神、すなわち、てんしょうだいじん天照大神の――」


 「(ごにょごにょ)」


 うう、天照大神あまてらすおおみかみだよ……。司会の人からもつっこまれてるみたいだし。もう、とおるったら。


 「えっ、あまてらすって読むの? 会長と同じ――」


 「(ごにょごにょ)」


 「ああ、そうなんだ。なるほど。じゃあ会長がミス高天原たかまがはらで良かったんじゃないのかなあ。僕なんて――」


 「(ごにょごにょ)」


 もう、何やってるんだか……


 「とおるさんらしいね」


 「まあ、そうだけど」


 初めて会った時とは比べ物にならないね、とおる


 「では気を取り直して、ミス高天原たかまがはらから一言どうぞっ」


 「えーっと、感激で胸がいっぱいです?」


 「ミス高天原たかまがはら姫神ひめがみ とおるさんでしたー。この後受賞者によるパレードが行われます。間近で女神を拝めるチャンスですよー。もしかしたら、握手してもらえるかも?」


 「えー、や――」


 「主神の気が変わらない内にパレード行っちゃいましょー!」

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